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金釘流

不協和音 第1話

2020.06.14 16:29

「あのさ、」と突然言葉を切り出したのは向かいの男だった。

 ファーストフード店の一角のテーブル席、窓から見える景色は雨。いつも以上に交差点は人だけにとどまらない騒がしさに包まれていた。 

 貪り食うハイエナのように。頬張っていたハンバーガーから顔を上げて、頬袋からパン屑がこぼれ落ちないよう気をつけながら相槌を打つ。相槌といっても目を合わせる程度だ。向かいの男と目を合わせ瞬きをパチリ。それを合図として自分を呼んだ男は口を開き用件を口にした。

「実の妹が好きな兄ってどう思う?」

 騒がしいのは不思議なことに店外だけだ。店内は比較的静かで、個々の席で会話を楽しむ姿は見受けられるもののささやかなものだ。煩くて相手の声が聞こえにくいなんてことには全くなりそうにない、ほどほどの賑やかさと室温。きっと外は日も暮れてガクンと気温が下がって寒くなっているに違いない。

 食後にここから出た時のことを思うと身震いした。自分は寒がりなのだ。そのくせ細身のせいで着込み過ぎると重いからと厚着をしない。よく目の前の男は呆れて鼻で笑ってくる。

「どう、って。何が?」

「だから、何か思ったりするの?気持ち悪いとか、ドン引きするとか」

 綺麗な顔をより輝かせている男の黒い瞳が手元のナゲットに落とされた。辛いものが苦手なそいつはバーベキューソース派なのに、ナゲットを持つ手は自分用のマスタードソースへ。心ここに在らず。彷徨う手が自分に語る。

 ハンバーガーを持たないもう片方の手で注文したコーラをストローでズズズと吸い上げると、咀嚼したハンバーガーを飲み込んで喉仏を鳴らす。野菜が少ないのがネックだよな、指先に付いている先ほど食べたポテトの塩をペロリと舐めた。

「別に。恋愛するのは自由だろ。そこに身体の関係なり結婚願望なりがあるとまた話は変わってくるだろうけど」

「ふーん…」

「お前から話振っといてなんだよその生返事は」

「…いや、」

───思ったより真人間な言葉並べるからビックリした。

 失礼なやつ。顔をワザと大袈裟に歪めて見せれば、ゴメンゴメンと平謝りが返ってきた。

 また1人何か物思いに耽る男に諦めの溜息を零し、残りのハンバーガーに食らいついた。噛み砕くのが面倒だなと思う反面、噛むから美味しく感じるんだよなと感動もする。

きっと世の中の問題にはこれっぽっちもならない考え事をしながら最後の一口を口の中に詰め込んだ。そして恐らく俺の陳腐な考えは目の前の男の悩みと比べたら埃よりも小さなものだろう。だけど、俺の埃みたいな考えは外で降る雨粒よりは大きいと信じたい。

「僕、妹が好きなんだよね」

 今日の自分と男の会話はやけに弾む。無言の時間が短いのは気のせいではない。それは男が妙に緊張して、やけにソワソワしているからだろうか。

 話題の延長線上で漏らしたかのように聞こえる内容は、よくよく反芻すると全くの別問題にも思えた。ポテトを指でつまんで食べていた手を一瞬止め、視線が自然とポテトから男に移ったが、こちらを見る男の瞳を見てすぐに戻りポテトは口のブラックホールへ吸い込まれていった。

 咀嚼しながら「へえ」とありがちな相槌を返し、塩の多く付いたポテトを探し始めた自分に降ってきたのは雨ではなく溜息だ。「真面目に話してるんだけど」とジトリと冷ややかな視線を送ってくる男の手にはもうナゲットはなかった。食べたのか、それとも。仕方なく手を止め口に残るポテトを飲み込んで、椅子の背もたれに身体を大きく預けた。

「いつ俺が真面目じゃないってことになったんだよ」

「今この瞬間かな」

「心外だね。なあ、そのナゲットもう1つもらっていい?」

「ハァ…。君と話すと気が抜けてドッと疲れるよ」

 好きなだけどうぞ、そう言って自分の前に差し出されたナゲットを食べる為に預けた身体をまた起こす。もちろんマスタードソースに付けて食べさせてもらおう。黄色いソースは時折自分達の横の窓ガラスから映る信号機の色と重なって、赤に変わった時それはまるでケチャップに見えた。ポテトの味を変えるためにケチャップでも頼もうか、そんな提案を遠回しにしてきているみたいだった。

「繁光は俺に何を求めてんの?共感して欲しいわけ?止めて欲しいわけ?引いて欲しいわけ?回りくどいんだよ、昔からお前は」

「ハッキリ言ったら言ったでユキは話を逸らすでしょ」

「耳が痛い話じゃなければ大人しく聞くよ」

 パッパー、と外で大きなクラクションが鳴る。帰宅ラッシュも終わろうとする今、傘を差して忙しなく歩くサラリーマンも減った。

 今度はこちらが溜息を吐いてコーラを啜る。窓へ視線を移して明日は何をしようかなんて考えて、それも考えた3秒後にはどうでもよくなる。視界の端でチラチラと美少年が憂いを宿して長い睫毛を揺らしていた。繁光はある意味分かりやすい。だからこちらがわざわざ目を逸らして視界から外し、気付かないフリをしてあげていることを知らない。

「つまりはさ。僕を好きでいるのはそろそろ諦めて欲しいんだ」

───こんな不毛な恋も他にないだろう?

 チラリと繁光に視線を戻せば、薄気味悪いほど綺麗な笑みを貼り付けてこちらを見ていて反吐が出そうだった。

 そんな不毛な嘘も他にないだろうよ、そう言い返したくなるのをグッと堪えて胃に流し、早く胃酸が消化するようワザとナゲットを何度も何度も咀嚼した。