Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

一号館一○一教室

中国の政治家の「失言」から考えること

2020.06.16 14:15

                                    黄 文葦



 日本の政治家はしばしば失言する。即時に見解を求められることが多いので、時々個性的すぎる発言をしてしまう。中国の政治家には「失言の機会」がほとんどない。だって、囲み取材などはありえないだろう。政治家の公の場での発言は原稿通りに朗読するらしい。いつも政府の都合に正しく合わせる。



 ところで、今年5月28日、中国の李克強首相は、全国人民代表大会の記者会見で「昨2019年、中国人の平均年収は3万元(約45万円)だった」と公表した。一方で、「中国には月収1000元(約1万5000円)の人が6億人もいる」と明かした。月収1000元ということは、年収1万2000元(約18万円)にしかならない。この月収では、肉と魚は食べられない。また、中小都市の1カ月分の家賃にもならないだろう。「月収1000元の人が6億人」とは、つまり中国の人口の43%は生活困窮者である。



 ネットでは、「月収1000元の人が6億人」だという発言は「失言」ではないか、という推測があった。政府の不都合な真実を公開してしまったので、党の組織が李氏に謝罪文を書かせたという噂話もあった。それは真実かどうか、検証できないが、皮肉なことに中国の現状は「失言」の形でしか言えない。



「月収1000元の人が6億人」について、多くの中国人、特に大都市の若者は驚いたという。「強国中国の夢」から目が覚めたらしい。1000元は、上海の若いサラリーマンには「一か月の昼ご飯代」みたいな感じ。お金持ちのお嬢さんには、一枚のスカートは1000元以上。中国人の知らない中国の真実はまだまだある。ちなみに、「厉害了、我的国」(英語:Amazing China、日本語:すごいぞ、我が国)というタイトルのドキュメンタリー映画が2018年公開された。その時、「厉害了、我的国」はネット愛国者の愛用の言葉になった。しかし、「月収1000元の人が6億人」の真実は「すごいぞ、我が国」が謳歌した強国・大国のイメージとずいぶんかけ離れているように見えた。今、「すごいぞ、我が国」はただの自負自賛の言葉になってしまった。



 私も今回初めて「月収1000元の人が6億人」を知った。中国と20年間離れて、実は、知らない現在の中国のことがたくさんある。中国の現状について周りの人に聞かれても、答えられないことが多くなった。年に一度中国に戻るとまるで海外旅行の感覚で、逆に中国にいる日本人がいろいろ中国のことを教えてくださった。現在の中国の事情を深く知るために、日本と中国をもっと行き来したらいいと考えている。しかし、今年、新型コロナのせいで、まだ中国に帰っていない。



 20年間日本で暮らしている私の目から見れば、現在、来日する中国人観光客は爆買いし、大勢の昔のクラスメートは複数の不動産を持っている。しかし、それはただ中国の一部の事実にすぎない。いくら経済成長とはいえ、民衆全体の裕福とは言えない。「月収1000元の人が6億人」の延長線上で考えると、月収2000元、3000元の人は何億人だろうか。故郷の親友に聞いたら、都市で普通の生計を維持するためには、一人3000~5000元の収入が最低限必要だという。しかも、近年、物価上昇のスピードが速くて収入が全然追い付かない。2020年に絶対的貧困を中国から根絶し、「小康(ややゆとりのある)社会」を実現すると政府が数年前から計画していたが、「月収1000元の人が6億人」の現実を見ると、とても「小康」にたどり着くとは言えないだろう。残念ながら、貧富格差によって、さらに格差は多様化になっているに違いない。例えば、農村の貧困層の子どもは義務教育の恩恵さえ受けられない。



 日本のメディアもよく中国の富裕層に関するニュースを取り上げている。ビジネス業界は一生懸命に中国人観光客、特に富裕層を狙い、サービスを考案する。それで、一つの錯覚を大衆に与えたかもしれない。それは「中国経済が豊かになったので、中国人観光客は皆お金持ちで、日本で爆買いする」である。お金持ちでもないのに、日本旅行の際、豪快な姿勢を見せようと爆買いする人もかなりいるらしい。もちろん、中国は広いので、等身大で捉えるのは大変な仕業だが、中国を片面しか見ないのはいけない。日本人の対中認識を常に更新したほうがいい。さらに、刻々と変化を遂げる中国のあらゆる面を考慮し、日本政府は対中政策を取るわけである。



 2020年、世界の中国への認識はどう変わるだろうか。新型コロナ危機への早期対応を含めて、世界中で多くの人々が中国に対し、不信感を抱いているようである。日本メディアも「中国に隠ぺい新疑惑」などと報道したが、真相は藪の中…。大国の責任を果たし、世界中の人々を安心させるためにも、中国の政治家は常に堂々と真実を世界に発信すればいい。この日を迎えられたら、「すごいぞ、中国」と世界中の人々に心から言われるかもしれない。