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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第二章 4

2020.06.20 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第二章 4

 ところでの猫の置物はどうしたのであろうか。

善之助はなんとなくそう思うことがあった。先週の老人会に行っても、確かに猫の置物はない。他の老人に聞いてみても「そういえば、最近見かけないね」と言われるばかりである。この猫の置物から東山資金などという話になるとは全く思っていなかっただけに、なんとなく困ったものである。でも、次郎吉に頼んでいるだけに、東山資金の話が済まなければ、次郎吉は猫の置物を探してくれないだろうし、また、その猫の置物が出てきたとしても、東山資金が出てこないとなれば、置物そのものを壊さなければならないかもしれないのである。

そのように考えた場合、あまり猫の置物の話をいろいろな人にしても、困ってしまうことにならないとも限らない。それだけに、なんとなく喉に骨が刺さったような感じでありながら、それを口に出せなかった。

「次郎吉さん、東山資金はいいのだが、猫の置物はどうなっているのかな」

 こうやって聞けたらどれくらい楽なのであろうか。そんなことを考えながら毎日を過ごしていた。


「爺さん、東山資金のことがもう少しわかってきたよ」

「ほう、どうした」

 またいつものように善之助の家に忍び込んできた次郎吉は、猫の置物のことなどは全く関係なく、東山資金の話をし始めた。

「城山のところには、大きな洞窟があって、その洞窟の中に人が隠れられるようになっていた。しかし、その中には東山資金はないみたい、というか、洞窟の中は整備はされていたが、その中に宝を隠すようなことはなかったようだ」

「なぜそう言える」

「そうだなあ、まあ泥棒の勘といえばそれまでだが、なんというのかな、おおきな宝を隠すような穴じゃないというか、そんなに大きな洞窟ではないんだ。何だろう、普段は城山の上にいて、何かあったときだけ一時的に洞窟に隠れるという感じだったのではないかな。ちょうど沖縄とか、他の場所にも残っているような防空壕、あれの人口で作っているものではなく、ちょっと昔の石を切り出した洞窟をそのまま使った感じなんだ」

「なるほど」

「だからあそこではない。また、アメリカ軍が来てあの洞窟に入り込むことを、東山は想定していたのではないかという気がするんだ。」

 次郎吉は、結局この一週間で5か所の女子供の避難所予定地をすべて回ってきたかのような話をしているのである。なかなかすごいというか、その体力はさすがに、現職の泥棒である。

「で、どうなんだ」

「ああ、その山の上に、すべて祠がある。その祠に、何かをお供えをするようになっているんだ。」

「ほう、そこに猫の置物か」

「そこなんだが、その大きさじゃないんだよ。爺さんどう思う」

「猫の置物は、東山の曾孫が作った作品だ。ということは、その猫の置物そのものは全く関係がないのではないか」

「そうだな。でも、たぶん猫の置物が何らかのカギになっているはずなんだ」

 次郎吉は、そういい始めた。ここがチャンスである。

「ところで次郎吉さん。猫の置物は」

「ああ」

 次郎吉は、何か大事なことを思い出した。いや、今まで謎解きばかりをしていたから全く思い出していなかったが、猫の置物を探さなければならなかったことをすっかり忘れてていたという気がするのである。

「猫の置物かあ」

「そうだ」

「一つは、警察にあるんだったな」

「ああ、警察署長の部屋のガラスケースの中にある」

 実際に猫の置物を必要とするときはどうしたらよいのであろうか。何か考えなければなるまい。しかし、他の泥棒も全く盗み出せるような場所ではない。それだけに一応安全という気がする。

「もう一つは、東山の家にあった」

「東山の家」

「ああ、あの応接間のところに、なんとなく飾ってあった。」

「では老人会の中の一つだな」

「ああ、まあ、だいたい場所はどこにあるかわかるのだが。それでは足りないんだ。何しろ、避難場所は5か所、猫は三匹しかいない」

「ああ」

「残り二つはどこだ」

 次郎吉はまた頭の中で様々なことを考え始めた。

「猫の着物がある場所をなんとなくわかるといっていたが」

「ああ、だいたいわかるよ」

「どこだ」

「質屋、隣町の質屋の倉庫にある」

「なぜだ」

「持って行って売ったやつがいるからだろう」

「だれだ」

「まあ、それはいいじゃないか。爺さん、その辺を追求しないことが、老人会みたいなところでうまく人間関係を治めるコツじゃないかな。それに、目の見えない爺さんがそんなことを知っていても、何で知っているんだというような話になって、かえって説明はこまるだろう。そう考えれば、何も言わずに盗み出した方がいいに決まっている。」

 次郎吉の言うとおりである。猫の置物がなくなったところまでは良い。今まであったものがなくなったことは、目が見えなくてもわかる。しかし、それと同じものが、隣町の質屋にあるなってことが、わかるはずがない。そもそも、目が見えない善之助にしてみればウインドウショッピングということはないのである。その善之助が、質屋に猫の置物があることを知っていること自体がおかしな話になってしまう。ましてや、誰かが持って行って売ったということになるのであろうが、その犯人探しなどをしても仕方がない。

「確かにそうだな」

「まあ、もともとの爺さんからの依頼は猫の置物だったな。わかった、明日ちょっと行って取ってくるから」

「悪いねえ」

「ただ、しばらくは老人会にもっていかないでくれるか」

「どうしてだ」

「東山資金のなぞを解明するまで、ちょっとここで、そう、爺さんの家で預かっておいてもらいたいんだ」

 確かにそうだ。何でもないのに猫の置物が戻ってもまたおかしな話になってしまう。それならば何かがあってもここに最後まで持っておいた方がよい。何か必要な時に、またほかの人がどこかにもっていってしまっても困るのである。

「分かった。そうしよう」

「爺さん、話が分かるね」

「東山資金の方でも猫の置物があった方がよいであろう」

「ああ、そうだな。質屋がどこかに売ってしまわないうちに、とってきておくよ」

 次郎吉はにっこり笑ったが、善之助は見えなくてもその雰囲気はわかった。

翌々日、善之助の家の、いつも次郎吉に渡す缶コーヒーの置いておく茶箪笥の中に、猫の置物が置いてあった。

「さすがに次郎吉は仕事が早いなあ」

 善之助は猫の置物を子供のように抱えると、そういって笑った。