元号、
元号はいつから
日本で最初の元号は大化
645年6月19日
当時の日本は、先進国の唐(=中国)の文化や制度を学び、持ち帰るため遣唐使を送っていた
中国の暦(こよみ)を持ち帰ってきた
暦は、
時間を日や月、年などの単位で区切って、
数字や言葉を割り当てることで分かりやすくした
645年の政治改革をきっかけに日本でも元号を使用
朝鮮の場合、
中国が定めた元号を使っていた
日本は、
従わない、独自の判断で
大化のあと、
701年に大宝と
元号が付けられ
元号を付ける制度が定められた。
大宝以降は現在に至るまで、元号が使われている
大化から、今の令和まで、248の元号が使われて
「明治」からは「天皇が即位するときに、新しい元号に変える」
とされてきた
それ以前は、
地震
火災、凶作になるときや、
逆に美しい雲が現れたり、 甲羅に北斗七星のような模様がある珍しい亀が見つかるといった良いことがあったときなど
元号が変わっていった
元号を変えるのは、
それまでの時代をリセットして一から始めるという意味が込められていた
明治時代に改定されていなかったら、今も短い間隔
元号が変わっていた
【明治】
明るく治まると書く。
新しい時代が「明るい国になるように」という願いの元号
明治はそれ以前にも元号の候補になっていて、11度目に使われた
【大正】
中国の易経に、
“大”いに亨(とほ)りて以て“正”しきは、天の道なり
人をみちびく人は、みなの言葉をちゃんと聞いて行動しなければならない
という時代になってほしいという思いから「大正」という元号が付けられた
【昭和】
昭和
中国の古書かれた「百姓“昭”明、、協“和”万邦
いう言葉をもとに
人々の平和と、社会が繁栄していく
という意味、「昭」と「和」の文字を使うようになった
【平成】
史記に書かれた
内“平”外“成”
書経に書かれた
地“平”天“成”の言葉
平成は、日本と海外も平和な時代に
希望がこめられてた
明治以降の歴史を学んだ人
それ以前の歴史を知っている人とは、
日本という国の良さを
知る度合いが異なる
大化以降、日本は独自の元号で
国を治め人々は、生きてきた
奴隷制度はなかった
日本
他の国々にない
特色が鮮やかで
影響を及ぼされない国です
良い
環境を考える
グリーンエムアンドジャパン株式会社