010/求めないけど求めてる
好きな人はいるか、と問われると、それはどういう意味の「好き」?と問わなくてはならない昨今。
ここでは大きく「好意を持っている、親愛を感じている人」の話にする。
僕にはありがたいことに友人がそれなりにいるつもりだ。向こうがどう思っているかはわからないけれど、僕は好きだと思っている。
しかし僕は好きな人を求めることをしないようだ。こちらから連絡することが殆ど無い。
勘違いしないでほしいのは「向こうから求められることで満たされる」みたいな弱さなのではなくて、「連絡してもしなくても好きなものは好きだしな」と全般の信頼を寄せてしまうのだ。
結果的にこれが恋人ほど親密な関係だと「寂しい」と文句を言われるのだが(友人たちも言わないだけで思っている可能性はある)、残念ながら僕には「寂しい」はよくわからないようだ。
具体的な好きな人の話をしよう。創作の相方だ。
面と向かって好きだなんて言いたくもないのだが、相方として尊敬している。
ここからはただの悪口だが、極度の方向音痴で説明書は自力で読めず、本の入稿も何かしら惜しい。
しかし柔軟な対応力とコミュニケーション力、メンタル・フィジカルともにの強さも頼りになる。
僕が説明書を読み、イベントの事前準備を済ませ、相方が当日僕の心身のサポートをする。そんなギブアンドテイクの関係が成り立っていると思う。
文章は僕とは系統が真逆だが、深く考察する力は確かで、彼の書くブラックユーモアは胸を張って大好きだと言える。きっと笑いのツボは一緒なのだろう。
けれど前述したように僕は自ら連絡することが殆ど無い。
相方には用事があるときだけ連絡する。ひどいと数カ月は連絡しない。
それでも、それでも大切な相方だ。
常に求めるだけが「好き」なのだろうか。
僕は「求めない」けど「好きでいる」という立場だと改めて思う。