第18章 01
一方その頃、コクマの街のカナンの家では。
リビングにて。ソファに座ってカナンと周防が食後のお茶をしている。
周防「…本当に美味しい夕食だった。カナンの家で、カナンと共に夕食を頂いたなんて。…なんだか夢のようだ」と微笑む。
そこへセフィリアが小さなクッキーを入れたカワイイ小さな籠を持ってくると、テーブルの上に置く。
セフィリア「良かったらどうぞ。」
周防「ありがとう」
カナン「私も目の前に貴方が居る事が夢のようだよ」と言うと「それにしても貴方が製造師になるとはねぇ…。信じられないよ。」
セフィリアはキッチンへ戻る。
リビングには木製の棚やインテリア、観葉植物が置いてあり、温かみを感じさせる部屋。棚にはいくつか綺麗な原石が置いてある。
周防、テーブルの上の石茶が入った小さなカップを手に取り「…あまり、いい製造師ではありませんが」と言って石茶を一口飲む。
カナン「貴方のお蔭で、あの子達がこの世に生まれた。…最初に護君とカルロス君を見た時には本当に驚いた。」
周防「カルロスは本当に変わったな…。昔は全く笑わない子だった。殆ど感情を出さずに…。まぁそのようにしてしまったのは、私の責任なんですが」と言うと「あれはちょっと特殊な遺伝子構成の子なんです。…だから私も周囲も期待してしまった。」と言い「勝手な期待、それが重かっただろうと思う。…私もそうだった。製造師の和臣の期待が重かった。なのに同じ事をしてしまった。」
カナン「貴方と和臣さんは同じじゃない。」
周防「そうだろうか…」と言い、石茶のカップをテーブルに置くと、上着の胸ポケットからケテル石のカードケースを出して「これ、先日、カルロスが私にプレゼントしてくれたものです。てっきり私の事を憎んでいるとばかり思っていたのに。」
カナン「今が幸せだからだよ。貴方も幸せになりなさい!…今まで散々苦しんで来たんだから」
周防「そうですね」と微笑み、クッキーをほおばる。カナンも自分のカップを手に取り石茶を飲む。
周防も石茶を頂いて「美味しいなぁ。」と呟くと、近くに置いてあるインテリアの石に目をやって「この石は何ですか」
カナン「アメジスト」
周防「そうかアメジストだ。紫剣さんが好きな石だ。…石の名前は色々知ってるんですが、現物と名前が一致しなくて」と言うと「今、SSFの中は、石の名前の人工種ばかりなんですよ」
カナン「なんで?」
周防「紫剣さんが、石の名前シリーズの人工種を作ろうというので…まぁこれ、紫剣さんが開発した原体F型遺伝子の人工種なんですがね。最初は良かったんですよ。ところが今になってちょっと後悔が」
カナン「どうして」
周防「覚えにくい。紫剣さんは石が好きだから良いけど、私はそんなに石に詳しくないもんで。…もう大変ですよ、毎日『ラピス、オニキス、カーネリアン、オパールとトパーズどこ行った!』とか言ってる。」
それを聞いたカナン爆笑。
周防「もうSSFの中が石屋状態です」
カナン笑いつつ「いいね!それはいい!」
周防「そのうちSSFに来て下さいよ。子供たちが大騒ぎだから。…何であんなになってしまったのか。昔の人工種とは大違いです」
カナン「それを望んだんだろ?」
周防「うんまぁ…。」
カナン「子供ってのは本来、大騒ぎするもんだよ。」
周防「そういえば、貴方は養子を育てたと聞きましたが」
カナン「うん。」と言い立ち上がって棚から写真立てを持ってくると、周防に見せる。若い有翼種の女性が写っている。
カナン「娘のリナだよ。今もう結婚して子供が2人いる。」と言い、棚から家族4人が写った写真を持ってきて、周防に見せる。
周防「なぜ、養子を取ろうと?」
カナン「『家族』というものをやってみたいと思ったからだ」
周防「『家族』…。」
カナン「人工種には、『家族』が無かっただろ。だからどんなものを『家族』というのか私にはわからないが。」と言い「私はイェソドに来て最初にジオード家にお世話になったんだが。…ジオードって、あの大長老のダグラスさんの家だよ。」
周防「あの方の…!」
カナン「うん。昔はコクマに家があったんだ。」と言い「当時、私は色々と身体の不調に悩まされたんだが、その時に驚いたのは…、家の人々が私を心配してくれる事だった。この意味が貴方には分かるだろう。」
周防「人工種は不調を起こせば処分されてもおかしくない」
カナン「そう、そんな世界で生きてきた私を、心配し、介抱してくれる。…不思議だった。だって相手は有翼種、私は人工種。製造師でもない全くの赤の他人が、たまたま拾った私の事を心配する…。」と言って「これが、『家族』というものなんだろうなと思った。だから私はセフィリアと一緒に、自分も『家族』を作ってみたいと思ったんだ。」と言って「種族がどうだとか血の繋がりとか全く関係ない。私は、『家族』の為に最も重要なのは、『個人』がある事だと思う。」
周防「わかります。それは、よくわかります。」
カナン「親とか子とか関係なく、相手を一人の個人として尊重する。まぁ言うは易しなんだけどね。」
周防「そうなんですよねぇ…。」と言い「私は失敗してばかりです」
カナン「何を言う。私も色々失敗してきたよ。試行錯誤しながら色々学んで進んで来た。」
周防、ため息ついて「『家族』か…。」
カナン「『家族』の形は様々だ。今の貴方にとってはSSFが『家』なのでは?…貴方はなぜ今も製造師を続けているの?」
周防「…面白いので。」というと「どんな子が生まれるやら奇想天外ですから。」
カナン「わかる。」と頷く
周防「遺伝子的に一応プログラムは出来ますが、でもそれは単なる土台なんです。例えば同じ探知という能力を持った子でも能力の特性や傾向が個人によって全く違う。成長と共に何がどうなるか分からない、予想外な事ばかりです。あと髪や目の色も、予想外な色になりますから」
カナン「ほぅ。」
周防「こっちが頑張って遺伝子を組んで、せっかくキレイな色の髪で生まれたのに、後で染めたりされるとちょっとガッカリする。でも本人が気に入らなくて染めるんだから仕方がない。」
カナン「まぁねぇ」と笑う
周防「能力も、どれだけ開花させるかは本人次第で。」と言い「ちなみに人工種の子供には、タグリングは絶対必要です。昔は締め過ぎて人形みたいになりましたが、緩めたら大変だった。」
カナン「何が大変?」
周防「探知とかはまだ大人しくていいんですよ。爆破と怪力の子は申し訳ないがタグリングをきつく締めます。もうSSFの中庭の木は怪力の子に何本折られたことか。子供達を育てる育成エリアの窓は全て強化ガラスですからね。扉は鋼鉄製だし。それは防犯の為じゃなくて、子供達がブッ壊すからなんです。」
カナン爆笑
周防「笑い事じゃないですよ。大変なんです。この間なんか、ある子が勉強が嫌だってSSFから逃亡しようとして大騒ぎを」
カナン「有翼種の子もな、手伝いが嫌だって飛んで逃げ回るから、飛べない私は追いかけるのが大変で」
周防「なるほど!」
カナン笑いつつ「しかし行きたい、SSFに行ってみたい!」
周防「ぜひ来て下さい!大変ですから、今の人工種の子は」
カナン「貴方がそんな風にしたんだろ!」
周防「私は…いや、紫剣さんが…うーん。どっちが悪いんだ…。」
再びケセドの採掘船停泊所。
黒船の船内食堂には、カルロスとジュリアの二人だけがいる。
シャワー上がりのカルロスはTシャツにジーパン姿でバスタオルを羽織り、食堂の椅子を並べてその上に寝転がりつつ小型船の操縦教本を読んでいる。少し離れたテーブルではジュリアが紅茶を飲みつつ読書をしている。
そこへTシャツにパーカーを羽織った上総がやってくる。
上総、寝転がってるカルロスを見ると「勉強中ですか」
カルロス「うん。」
上総「…難しいの?」
カルロス「んー…。一応」
上総「ふぅん」と言うと「あ。カルロスさんもジュース飲む?」
カルロス「要らない」
上総はキッチンの方に行き、冷蔵庫から『自由に飲んで』とマジックで書かれた紙パックボトルのオレンジジュースを出すと、コップに注いで持ってくる。そしてカルロスの向かいの席に座ってちょっと飲む。ふとそこで食堂の入り口を見て駿河が立っているのに気づき、「あ、船長。」
食堂に駿河が入って来る。
上総「船長もジュース飲む?」
駿河「いや。要らない」と言うと上総の隣の椅子に座り、カルロスを見ながら「どんな感じですか、小型船の方は」
カルロス「覚える事が多くて面倒です。」
上総、カルロスに「小型船で稼いで、どうするの」
カルロス「どうって?」
上総「例えば大きな船を買うとか」
カルロス「んー。」と言うと「実は特に何も考えていない。」
上総「そうなの?」
カルロス「とにかく私は自由に探知して、行きたい所に自由に行きたい。あとは石茶石が採れて美味い石茶が飲めればいいかな。」と言って「とりあえず小型船持ちたい。あとは特に何も考えてない。」
上総「なんかもっと色々考えてるのかと思ってた。」
カルロス「最初は単にターさんと一緒に採掘するには小型船が無いと不便だって事で、イェソドで有翼種の小型船を買おうかと思ったが、ジャスパーに残した貯金を放置するのは悔しいって事で、戻って小型船を買う事にした。それだけだ。そしたら今なぜか黒船でイェソドに居るという。」と言い「黒船でこんなにノンビリしたの、初めてだ!」と言いうーんと伸びをすると「ついこの間までは二度とジャスパーには戻らないし黒船と会う事も無いと思ってたのにな。でも今は黒船に居て楽しい。…アルバイトだからかな。」
上総「…黒船に戻ったら?」
カルロス「遠慮しときます。でも週に何日かアルバイトだけはさせて下さい。」
駿河「…もし自由に探知が出来て、貴方が探知した所に自由に行くような黒船だったら、貴方は黒船に戻りますか?」
カルロス「…。」暫し黙ると「何ができるからとか待遇の問題じゃないんだな、本当は…。」
駿河「…と、いうと…。」
カルロス、暫し黙って目を閉じる。
駿河「…カルロスさん?」
上総「寝ちゃったの?」
カルロス「…アレを…。あの事を、言ってみるか…。」と呟く
上総「…なに…?」
駿河「何か」
カルロス「…黒船から逃亡する前、あれは…護を探知した後か。実は私はモノを食べる事が出来なくなったんだ。無理して食べても吐いてしまう。人間で言う所の拒食症って奴だな多分。」
それを聞いたジュリア、驚いて読んでいた本から顔を上げる。
カルロス「でも。そんな事がバレたらメンテ送りにされる。黒船にはもう上総がいて、メンテ送りになったら自分はもう終わりだなと。だから必死に平気なフリをしていた。吐き気がするのを我慢して食べ物を飲み込んで、後でトイレ行って全部吐くとかな。あれは辛かったなー…。あまりに苦痛で、もう『食べる事が出来ないから食事はいらない』と言おうかと思ったんだが、でもどうせ全て失うなら護の所へ行ってしまえと思って、それで嘘をついて黒船から逃げた。」と言い「あの時もし『食べる事が出来ない』と本当の事を言っていたら、どうなったんだろうか。」
駿河達は唖然としてショックで声が出ない。
駿河やっと「そんな。」と呆然として言い「それは…。…それを言う事が出来ないというのは…」と言って溜息をつくと「貴方のそんな状態に気づけないとは、申し訳ない!」とうな垂れる。
カルロス「いや。前にも言ったが貴方が船長だったから、私は逃亡できたんだ。」
駿河「しかし」
カルロス「もしティム船長だったら、私は恐らく二度と黒船には乗せてもらえない。でも貴方はそんな事はしない。…上総、どっちがマトモな船長だと思う?」
上総「駿河船長。」
カルロス「大体あの時、私も『黒船から降ろされたら終わりだ』とか思い込んでいて。何せ昔、管理やティム船長からそのように言われたからな。だから不調になっても言えない。しかし昔はティム船長は立派だとか思っていたよ。厳しさこそ愛だとか思っていたしな」
駿河「俺もそう思っていた。でもあれはハリボテの立派さだった。」と言い「人工種が40代後半で早々に採掘師を辞めてしまう理由が今、わかった…。恐怖で不調を言えずに我慢してしまうからか…。」
カルロス「前に周防が『昔は人工種は本当に短命だった』と言っていた。苦痛に対して麻痺してしまい、限界までやりすぎて、ある日突然、倒れると。」
駿河「…それよりはまぁ、貴方が黒船から逃亡してくれて良かったとは、思うけれども…。」
上総「でもどうせなら管理に反抗して船から降ろされた方がまだ…」
駿河「んー。ティム船長はそれだな。管理に反抗して降ろされた」
上総「駿河船長はそれやっちゃダメです!」
駿河「うーん…。でもなぁ…。」と言い「正直、黒船の船長として一体どうすりゃいいのか」
カルロス、やおらゆっくりと起き上がると、椅子に座って駿河を見て「…もしかして今晩、アンタが剣菱船長の誘いを断って飲みに行かずに船に残ったのは、俺に『黒船に戻りませんか』と話をする為だったとか?」
駿河「…うんまぁ」
カルロス「そういう事するから黒船に残りたくなってしまうんだよ!アンタと一緒に居たくなる。」
駿河「…(汗)。」
カルロス「だが私は護とターさんと小型船で採掘したいんだ!でも黒船と離れるのは寂しいんだ!だからバイトだけさせてくれ!それに小型船でどれだけ稼げるのか正直不安があったりする。」と言い「小型船の値段って予想以上に高くて、買うと貯金がな…。黒船でバイトしないとジャスパー側の金が無くなる。宜しくお願いします船長。」
駿河「わ、わかりました。」
カルロス、はぁと溜息ついてガックリすると駿河を指差して「昔はもっと元気だったのに」と言い「7年前、駿河が黒船に来た当初はウザイほど元気な操縦士で」
話を聞いていたジュリア、内心ウンウンと密かに頷く。
駿河「それはまぁ…若かったんですよ。」
カルロス「今も十分若い!あの元気な操縦士がティム船長と管理に締められてこんなにショボくなってしまった。」
駿河「ショボくって。…そもそも俺は別に黒船の船長になりたかった訳じゃ無いし」
上総「そうなの?!」
駿河「船長にはなりたかったよ。でもいきなり黒船は無いだろうと。せめて別の船…ブルーは満さんが居るから嫌だけど。」と言って「だって新人船長が黒船ってオカシイだろ?しかもあのティム船長の後釜って壮絶なプレッシャーなんですけど」
上総「よく引き受けたね」
駿河「…それはそのー…。せっかくティム船長に育てて頂きましたし、あの人も『駿河が船長になるなら仕方がない』とか言って黒船を降りて行ったもんで、まぁせっかくの期待を裏切らないよう、ティム船長の代わりに黒船を支えて行こうと…って俺はティム船長みたいには出来ないけど、多少ヘッポコな船長な方が皆、ラクだろうし。それで黒船の中が少し緩くなるといいなぁと」と言い「でも、もう無理だと思った事、何回もあるよ。何度も潰れそうになった。特に貴方が逃げた時とかね…。」とカルロスを見る。「でもある意味で、自分は傀儡だから傀儡らしく管理の言いなりになっとこうと腹括った。そういやアンバーが逃亡した時に剣菱さんに好き放題言われてさ…。」
カルロス「アンタは何というか、しぶとい。」
駿河「まぁね」
カルロス「そこは管理もティム船長も想定外だったろうな。」
駿河「想定外?」
カルロス「ティム船長は、駿河が船長になるから降りたんだろ。恐らくあの人、駿河が潰れて黒船を降りたら自分がまた黒船船長に返り咲くつもりだったと思うぞ」
駿河「…へ?」
カルロス「管理も、駿河はすぐ潰れるだろうと思ってティム船長を降ろす為に駿河を臨時の船長にしたのに、アンタ全然潰れない上に管理の無理難題をよく聞く傀儡船長になったので、このままにしとこうと」
駿河「…………。」唖然として「つ、つまり、誰も俺に期待してなかった…?」
カルロス「正直に言えば私も期待しておりませんでした!半年持たずに潰れるかもなと思っていたし。」
駿河「そんなー」
カルロス「ハッキリ言ってアンタは凄い。何でそんなに黒船の船長で居られるのか!」
駿河「な、なんでって。…なんでだろう。そりゃまぁ潰れそうになった事は多々多々あるけど、うーん。」と言い「えぇ…ホントに俺に誰も期待してなかったの?」
カルロス「むしろ『駿河の奴、とっとと潰れて船を降りろ』と」
駿河「それすっごいショックなんですけど。」
カルロス「だからアンタは凄いって。誰も黒船船長を続けろと言ってないのに自発的に続けている」
駿河「そーれーはー!」と言い「だって。もう…何か知らんがやりたいんだからいいだろー!」
上総「いいよ!」
駿河「俺がずっと黒船に居座ってもいいのか!」
カルロス「いいんじゃないの」と言いつつテーブルに肘を付いて手にアゴを乗せる
駿河「だが個人的には総司君が船長になったらいいと思ってるんだが!」
カルロス思わずテーブルにゴンと額をぶつけて顔を上げると「なんでだ」
上総「今、絶対痛かったよね」
駿河「だってそしたら黒船は人工種だけの船になる!俺も乗っけて欲しいけど」
カルロス「総司が船長だと管理がゴタゴタ言うぞ」
駿河「それは何とかする」
カルロス「…。アンタ、ホントに人工種が好きなんだな。」
上総「テレビで採掘船の番組見て人工種ってカッコイイと思って操縦士になったんだよね」
カルロス「まぁお好きなように!」
駿河「わかった!」