ワーグナー台本・作曲『リエンツィ』
独裁者の祈りの歌は
現代世界でも口ずさまれている?
191時限目◎音楽
堀間ロクなな
リヒャルト・ワーグナーは『妖精』『恋愛禁制』についで、1842年、29歳のときに三つ目のオペラ『リエンツィ』を完成させる。ドレスデンでの初演は大成功して、そこからドイツ最大のオペラ作曲家へと力強く足を踏み出すきっかけとなった。しかし、のちにバイエルン国王ルートヴィヒ二世の支援を得て、ワーグナーが自作を上演するための専用劇場をバイロイトに建設した際に、これらの初期作品を習作と見なして演目に加えなかったことにより『リエンツィ』も日陰の存在に甘んじて今日に至ったと言えるだろう。
わたしもワーグナーの管弦楽を集めたCDなどで、その序曲を耳にするのがせいぜいだったところ、ベルリン・ドイツ・オペラが2010年に行った公演(フィリップ・シュテルツル演出/セバスチャン・ラング・レッシング指揮)のライヴ映像を見て仰天した。こんなにもエキサイティングなオペラだったなんて!
音楽は確かに、あのライトモチーフ(示導動機)を駆使してうねりにうねり聴く者を忘我の境地へいざなう後年の書法と較べると、少なからず未熟な段階にとどまっている。さらには、初演時には全5幕計6時間以上を要したという途方もない長さも、これまで上演を難しくしてきた要因だろう。ベルリン・ドイツ・オペラはばっさりと半分以下の長さに短縮し、それによって音楽の流れもいっそう緊密になったのだろう、ステージでは息つく間もないほど疾風怒濤の政治ドラマが繰り広げられる結果をもたらした。
物語は、14世紀なかば、腐敗した貴族階級が横暴をきわめるローマにあって、市民階級のカリスマ指導者リエンツィが紛争を調停し、社会の安寧秩序を維持するために護民官に任じられる。ところが、ふたたび貴族階級が騒擾を引き起こすと、リエンツィはためらいなく若者たちを武装させて戦闘に駆り立て、おびただしい流血の果てに勝利をもぎとったものの、次第に市民とのあいだに亀裂が広がるにつれて、みずからもいっそう独裁者の尊大と孤立を深めていく……。
ここでの演出では時代設定を20世紀に移している。開幕して厳かな序曲をバックに純白の軍服をまとったリエンツィがひとりで踊り興じるありさまは、あのチャップリンの映画『独裁者』(1940年)でヒトラーを模した人物が地球儀のバルーンをもてあそぶ姿を思い起こさせるし、また、貴族と市民がピストルやマシンガンを向けあう街頭を見下ろすように巨大なスクリーンが据えつけられ、そこにはモノクロームの映像で長口舌をふるうリエンツィの顔が大写しになって、レニ・リーフェンシュタールのドキュメント映画『意志の勝利』(1934年)が記録したヒトラーの演説シーンと重ね合わせないでいるほうが困難に違いない。
アドルフ・ヒトラーは、まだ10代のころ『リエンツィ』の舞台に接したことがきっかけで政治家の道を志したといわれている。そのヒトラーのイメージをドラマの中核に迎え入れることで、芸術と政治がメビウスの輪のようにねじれた円環を形成し、ワーグナーの音楽の力が人間世界の宿命を暴くのだ。すなわち、政治とはしょせん孤独な暴力である、と――。終幕でリエンツィはこんな祈りのアリアをうたいだす。
全能の父よ、ご照覧あれ!
伏して懇願する私の祈りをお聞きください!
あなたが奇跡のごとく私にお与えくださった力を、
どうぞ今なお滅ぼさないでください!
(井形ちづる訳)
それは20世紀というまさに人類が存亡の危機に直面した時代にあって、ひとりヒトラーにかぎらず、ムッソリーニやスターリン、あるいは毛沢東も権力の絶頂でひそかに口ずさんだものだったかもしれない。
いや、待て。ステージ上の巨大なプロジェクターが映し出すモノクロームの映像をカラフルなインターネット動画へと、プロパガンダの方法を切り替えさえすれば、独裁者の政治と暴力をめぐる光景は現代世界も当時からさほど隔たってはいないか。今回のリエンツィ役に扮したテノール歌手トルステン・ケルル(名演!)のうたう悲哀のアリアを眺めていると、何やら、そこにはトランプ、プーチン、習近平、金正恩……の面影もダブってきて、かれらがひと知れず涙ながらに祈りを上げているようにも見えてくるのだ。