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四畳半の沈黙

2020.06.27 00:47

朗読用テキスト/5分程度/BL風味

そこにいるのは死者か生者か。


読まれる方の性別は問いませんが、一人称(登場人物の性別)は変えずにお読みください。




人を殺すのを見られてしまった。


血まみれの料理包丁は使いなれたもので、年期がはいって歪んだ柄が汗ばんだ手のひらにしっとりと馴染む。

心臓がいたいくらいにうるさい。


人を殺すのを見られてしまった俺は、うつろな目をしたそいつの手をひいて走った。

そいつは、なにも言わない。


家に連れ帰ってしまってから、どうすればいいのかと途方にくれた。

俺は、殺人者ではあるけれど殺人鬼ではない。

殺したのは、あいつが憎かったからで、現場を見られたからといって憎くもない他人を殺してしまってはいけない。


しかし、俺が殺人者だと知れてしまった以上、どうすればいいのだろう。

唯一の目撃者であるそいつは、自分のおかれた状況がわからないようにキョロキョロと部屋を見回している。


よく見たら首もとに怪我をしているようだった。

俺は殺人鬼ではないから、消毒して包帯を巻いてやった。

一体、なにをしているんだろう。

これからどうすればいいんだ。



手当てをしてやると、力が抜けたようにぐったりして、そいつは眠った。

布団は一組しかない、手狭な単身向けアパートだ。

昼に食べたカップラーメンをそのまま放置していたのが目にとまり、流しに捨てた。

浮いた油が固まっている。排水溝がつまるだろうかなんて思いながら、冷たくなった醤油とニンニクの香りに眉をしかめた。


布団をしいてそいつを引きずる。

平均的な成人男性といった体つきの男を寝かせるのは、少々骨がおれた。

結局、なにもしゃべらないまま寝てしまったなと思いながら、はりつめていた気持ちがゆるんでしまって、やがて俺も眠りについた。

朝起きたら、こいつが警察へ駆け込んでいて、俺はお縄につくかもしれない。


自分の預かり知らぬところで破滅してしまうならそれでも良いと思った。

うとうとと体があたたまる。まるでぬるま湯につかっているみたいだった。

目が覚めると、男は焦点のあわない目でこちらを見ていた。

まるで死体のようだと思ったが、普通に歩くし、トイレにもいくし、きゅるきゅるとお腹をならしては、俺が用意した朝食をたいらげるから、まごうことなき生者なのだろう。

爪でかりかりと包帯をひっかく様は、まるで猫のようだった。やめるよう言っても言うことをきかないので、結局ほどいて巻き直した。ついでに消毒もした。


戯れに、ねこ、と呼んでみれば首をかしげながらこちらへ来る。

尻尾も耳もないけれど、こいつは本当に猫かもしれない。呼び名もわからないので、結局、このままねこと呼び続けることにした。


ねこは家事ができるようになった。

食材の買い出しだけは俺の係だが、俺が買ってきた食材で、料理本を見ながら作るねこの料理はうまかった。

献立は単純だ。本の1ページ目から順に、1日1品。それにご飯と味噌汁をつける。余った材料は、だいたい翌日の味噌汁にぶちこまれる。たまにおかしなものができあがるが、味噌は偉大だ。

それまでの俺の食生活からすれば、飛躍的な進化と言えるだろう。



……そういえば。

ねこがきてからというものすっかり忘れていたが、俺は人を殺したのではなかったか。


あれから恐ろしくて新聞もニュースもつけていなかったと、ねこが食器を片付けている間の暇に、ふと思い出して調べる気になった。

スマホの充電は残り15パーセント。最近は充電の減りが早いから、そろそろ買い換え時なのかもしれない。


そんなことを考えながら、地名と日付で検索をかけてみる。

しかし、なかなかみつからない。

殺人事件なのに。あんなに血がでていたのに。


躍起になって検索を続けていた指がぶるりと震えた。

充電が残り5パーセントになった。

背後に気配を感じて振り替えると、洗い物をしていたはずのねこが、後ろから俺の操作を覗きこんでいた。


そういえば、俺はなんであいつを殺そうとしたんだったか。

すごく好きだったのに。

あいつも俺を好きだと言ったのに。

好きだった。好きだったから……?


「……ねこ。どうした」


「にゃあ」


そう鳴いたねこは、いつか自分が殺そうとした男とよく似た顔をしていた。




2020年6月27日 公開