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富士の高嶺から見渡せば

南北軍事合意破棄という金正恩の大博打

2020.06.28 15:45

北朝鮮は、開城工業団地の南北共同連絡事務所の建物を派手に爆破したかと思えば、その1週間後には、韓国に脅しをかけていた軍事行動計画を突如、保留した。金正恩と妹の金与正が何を狙って何をどうしたいのか、皆目分からない。

金与正は6月13日、談話を発表し、「確実に韓国とは決別する時がきたようだ。近く、次の行動を取る」とし、南北間で敵対行為の全面中止を合意した「板門店宣言」を事実上破棄する意向を示した。そして「無用な南北連絡事務所が跡形もなく崩れる悲惨な光景を目の当たりにするだろう。次の対敵行動の行使権は軍総参謀部に渡す」とし、韓国に対する軍事行動に出る可能性も示唆した。さらに「金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長から権限を付与された」と言及し、韓国関連政策の総括役で、北韓のナンバー2の地位にあることを明確にした。

<KBS日本語放送06/15金与正氏「南北連絡事務所は跡形もなく崩れるだろう」

しかし、南北連絡事務所の建物を爆破することは、文在寅に北朝鮮の怒りをぶつけ、鬱憤を晴らすことはできても、それ以上の意味は何もない。この連絡事務所は2018年4月27日、板門店南北首脳会談の成果として2018年9月に、リフォーム費用として韓国国民の血税168億ウォンをかけて開所された。当初は連絡事務所だけを破壊する予定だったが、爆破技術が稚拙だったせいで、隣の開城工団支援ビルの外壁まで壊してしまった。

以下は、この間の動きと背景を整理する意味で、YouTube動画「朴斗鎮TV」から、コリア国際研究所の朴斗鎮(パクトゥジン)所長による分析と見解を紹介する。

連絡事務所の破壊にまで至った北朝鮮側の背景としては、2019年2月の米朝ハノイ首脳会談の決裂まで溯る。この会談決裂は、金正恩の権威と指導力を大いに傷つけ、金正恩の怒りと落胆は普通ではなかったようだ。その怒りがどれほどのものだったかは、2019年2月以降、対韓国・対米交渉に関わった妹の金与正を含め側近幹部に責任を取らせ、韓国と交渉した統一戦線部や外務省などで多くの幹部が粛清処刑されたことにも現れている。

、中でも米国の情報を見誤り、間違った情報を金正恩に伝えて恥をかかせたA級戦犯は文在寅政権だという。2018年4月27日の板門店での南北首脳会議では、「仲裁者」だとか「運転者」だなどとはしゃぐ文在寅から、対北朝鮮大規模支援の歯の浮くような話を聞かされ、資料が詰まったUSBまで手渡された。そして板門店宣言に署名したが、その後は、待てど暮らせど大規模支援はなかった。そもそも史上最大の国連制裁と米国の独自制裁があるなかで、そのような大規模支援は不可能であり、文在寅の安請け合いであることは明らかだった。

ハノイ首脳会談では米国の意図を取り違えた韓国大統領府の情報提供で煮え湯を飲まされ、二度の南北首脳会談では空手形をつかまされた金正恩は経済危機の中で文政権に対する不信感を高めていた。その矢先、金正恩の頭上に降り注いだのは自身の出自や父金正日の出生地を暴露する韓国からの大量のビラだった。経済支援の空手形をつかませ、風船ビラさえ取り締まらない文在寅に対する金正恩の堪忍袋はこれで切れたようだ。金正恩は対話では文大統領を動かせないと判断し、戦争瀬戸際政策という武力脅迫で動かす決心をした。そしてその役割を妹の金与正に与え、全面突破戦への最後の望みを託して打ったのが南北軍事合意書破棄という大博打だった。

ところが、北朝鮮は6月23日、中央軍事委員会の予備会議をテレビ会議方式で開き、対韓軍事行動計画の保留を決定した。テレビ会議も初めてなら予備会議も初めて、いかに急を要して開いたかがわかる。

この予備会議の報道以降、南北連絡事務所破壊以後に北朝鮮が計画していた対韓軍事行動計画のうち開城地区と金剛山地区への軍の展開、南北軍事合意によって撤収した監視所の復元と再武装、対韓国宣伝ビラの散布などを中止したほか、非武装地帯に再設置した宣伝用スピーカーの撤去、また「朝鮮の今日」「メアリ」など13の対韓国宣伝メディアの韓国非難・糾弾記事をすべて削除したほか、党機関誌「労働新聞」や内閣機関誌「民主朝鮮」も韓国非難記事をいっさい掲載しなくなった。

こうした北のあわてふためいた行動の背景には何があったのか、それは金与正の動きが目立ちすぎて金正恩の唯一指導体制に悪影響を及ぼしたことが挙げられる。

北朝鮮は住民の不満を外に向けさせるため文在寅叩きを金与正に任せる形で行った。しかし、金正恩の許可を得ていたとはいえ、金与正の独走が目立ち過ぎた。北朝鮮では金与正が権力を掌握しつつあり、金正恩はやはり重体ではないかという噂が広がったという。

これは金正恩だけを絶対的な権威とする党の唯一的領導体系という重大原則に完全に抵触する事態だった。ただちに中止しなければ体制に大きな動揺が起きる可能性があった。

第二に南北連絡事務所を破壊し内部の結束を強化する方針が裏目に出た。強硬策はむしろ北朝鮮住民の反発を買った。国際社会と米国による制裁のなかで唯一援助の手を差し出す文政権に軍事的脅威を与えたことに住民は絶望している。生々しい爆破シーンを見せられ、北朝鮮住民も驚愕したと伝えられる。制裁で輸出が停まり、新型コロナウイルスで密輸もできない状態で、唯一の希望である韓国との関係をあのように破壊するというのは、われわれに餓死せよというのと同じだと憤慨しているという。

また金与正について急に表に出てきて韓国を強烈に圧迫し、自分の言葉を最高指導者の指示のように学習させ、苦しい状況の中で人々を強制的に群衆集会に動員したと不満を漏らしているという。金正恩と金与正は大きな読み違いを犯したといえる。金正恩も住民の動向を把握しようとしているため、こうした民心を察知したに違いない。

第三の背景は、文政権をこれ以上痛めつけると、文政権に対する韓国民の支持が離れるのではないかという危惧だ。それは文の支持率が一挙に下がり始めたことでも分かる。文叩きで制裁解除を狙ったが、保守勢力が盛り返せば、元も子もない。これまで一途に金正恩に従ってきた文政権を戦争瀬戸際政策で潰してしまえば、今後韓国にどんな政権が出現しても融和政策に出てくる可能性は低くなる。北朝鮮の利益にならないと判断したので、ここで踏みとどまり新たな挑発戦略を練るために軍事行動を保留したものと思われる。

そして開城工業団地と金剛山観光地区に軍隊を入れれば、二度といかなる国も北に投資しなくなる。金正恩が力をいれる観光事業も破綻するのは目に見えている。

第四の背景は米国の厳しい軍事圧力が今回の保留判断に決定的な影響を与えた。前回2017年は言葉爆弾が先行したが、今回は、no talk-action only トランプは何も発言せず、現在東アジアに終結している軍事力は2017年を越える規模で、北朝鮮の都市を焦土化するに十分な戦力となっている。米国はすでに北朝鮮攻略の作戦計画を2018年から19年にかけて制作済みだ。現在、韓国には戦車や武器を積んだ事前準備船5隻が碇泊している。3隻は陸軍用で一隻あたり一機甲師団にあたる装備が積まれている。残り2隻は海空軍用でミサイルや弾薬を積んでいる。南北連絡事務所を爆破した翌日の17日、アラスカの空軍基地を出発したB52戦略爆撃機2機が日本海に飛来し、航空自衛隊F15と共同訓練を実施した。19日にも2機のB52がオホーツク海を経て北東アジアを飛行した。22日にも2機のB52が朝鮮半島周辺を経てフィリピン海に向かった。一週間に3度も爆撃が朝鮮半島周辺を飛行したのは異例。6月22日には、在日米軍三沢基地所属で初めての日米合同軍事演習エレファント・ウォークが実施された。空自のF35Aステレス戦闘機12機と、米空軍のF16戦闘機12機、米海軍のEA18Gブラウラー電子戦機、B8ポセイドン海上哨戒機など計31機が参加した。同じ日に韓国では韓米両軍の偵察機8機が同時に出動したことが明らかになっている。

空母打撃群も東アジアに終結している。空母セオドア・ルーズベルトとニミッツが6月21日からフィリピン海で作戦行動に入り、第7艦隊の作戦海域に配属された。第7艦隊所属の空母ロナルド・レーガンも日本とフィリピンの間の海上で作戦中。米海軍が第7艦隊の作戦海域に空母2隻を投入するのは、とりあえず中国を牽制するのが目的と思われるが、ここから朝鮮半島まではわずか12時間の距離。最近の対韓国への軍事的脅しを睨んでいるのはいうまでもない。

北朝鮮との緊張が最高度に高まった2017年11月にも、空母3隻が東アジアに終結していたが、この時はセオドア・ルーズベルトは中東からの帰り道、ニミッツは中東に向かう途中で、滞留期間は15日に過ぎなかった。しかし今回は11月までの5ヶ月間、この海域に留まる予定だという。

こうしたなか米国務省は6月23日「2020年軍備統制不拡散軍縮履行報告書」で北朝鮮が最終的で完全に検証された非核化(FFVD)を行わなければ、制裁解除はないと表明した。

金正恩は新たな戦略武器を見せるとしてSLBM潜水艦発射ミサイルの実験を急いでいるようだが、この強硬策は金正恩体制の崩壊を加速化させるかもしれない。

ハノイ会談決裂から始まった金正恩政権の苦境は2020年に入っての新型コロナウイルス事態で加速化し、予想以上に深刻な事態となった。対米全面突破戦は新型コロナウイルス克服全面突破戦に様変わりした。ことし10月の朝鮮労働党創建75周年にあわせた第8回党大会開催のための国家発展5か年戦略も完全に挫折した。いま北朝鮮の経済状態は6月7日に開かれた、党第7期第13回政治局会議で、平壌市民の生活を維持することが議題になるほど深刻化している。平壌の配給は削減され、平壌のエリート層まで不安を抱えている。

一時、死亡説や重体説まで囁かれた金正恩だが、その活動が極端に減っているのは明らかで、彼の動静の発表は4月は3回、5月は2回、6月は今のところ1回しかない。健康問題に何らかの異常があるのは確かだろう。

こうした中で、金正恩がとれる選択肢には、再び瀬戸際戦略の強硬路線をとり米国の軍事作戦を誘発するか、国際社会の制裁を回避するために非核化に向けて具体的な進展を見せるのか、あるいは自身の身の上に起こる突然の事態によって体制の崩壊を招くかしか考えられず、それ以外、何か想定できるだろうか?

<「朴斗鎮TV」>

南北連絡事務所爆破と金与正の狙い~南北軍事合意書破棄の大博打に打って出た金正恩

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