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米良鹿釣倶楽部

渓魚歴史浪漫(1)

2020.07.09 11:00

そもそも、大自然の造形物であるヤマメやアマゴたちが、人間にとって分かりやすい存在だと考えてきたこと自体、おこがましいのかもしれません。


私もここまで、ヤマメたちの何層にもレイヤリングされた美しいデザインを幾度となく眺めてきましたが、今回、岩槻教授の学説を何回も読み返していく内に、それは彼らが何十万年かけて刻んできた年輪、先祖から受け継いできたDNAの痕跡にも思えてきます。



(図1 出典:水産庁・全国内水面漁業協同組合連合会「渓流魚の放流マニュアル」2008年 13ページ)


現在のヤマメとアマゴの生息域については、今から63年前の1957年(昭和32年)、大島正満博士という方が提唱した学説が根拠となっていて、研究者の間では「大島ライン」と呼ばれているそうです。


またその時、学術上正式に「朱点がない=ヤマメ」、「朱点がある=アマゴ」という定義づけがなされ、現在に至っているのです。


ところが、です。


実は、遺伝子解析に関するテクノロジーが発達したこの現代において、大島ラインおよび、ヤマメとアマゴの区別は、魚類学者の方々を長い間困惑させてきました。


つまり、ヤマメとアマゴそれぞれの遺伝子解析の結果は、朱点がある、ない、という単純な区別では説明できず、それらの生息域も大島ラインのように明確に線引きが出来るようなものではなかったのです。


また長年、国は在来判定を可能とするために全国各地のDNAを解析してきたのですが、4亜種(アマゴ、ヤマメ、ビワマス、タイワンマス)は解析されたmtDNAの領域では明確に遺伝学的に区別できませんでした。そもそも4亜種が適格かどうかについても異論があったのです。


つまり、


ヤマメには、

Oncorhynchus masou masou(オンコリンカス マソウ マソウ)


アマゴには、

Oncorhynchus masou ishikawae(オンコリンカス マソウ イシカワエ)


また、他の亜種であるビワマス、台湾マスにもそれぞれ学名が付けられてはいますが、それは相当昔の話。この分類が正しいとは限らない状況が実はずっと続いていたのです。


(図2 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページ)


そして最近、このような状況に一石を投じる学説が、国立大学法人宮崎大学の岩槻幸雄教授によって発表されました。


この論文が発表されたことは、数年前、先生にまだ未発表段階の上記の図2を見せていただき、その内容を聞かせてもらっていた私たちにとっても、とても感慨深いことでした。


特に、その遺伝子解析に用いられた部位は、細胞内の「ミトコンドリアDNA」というもので、これは一般的に知られている「細胞核のDNA」とは全く違う「母系遺伝」という性質を持っており、これはこれで調べてゆくととても面白い内容なのですが、まだまだ私も不勉強で、もうしばらくしてからこのことだけでコラムを書かせてもらおうと思っています。


そしてついに、数十年間にもわたる先生のご研究の結果、6種類の遺伝子グループが示されました。図2をご覧いただくと分かるとおりグループAからFの中には、それぞれ小さな丸がいくつかずつあります。しかし先生によれば、今後のさらに研究が進んでも、この小さな丸は増えてゆくことがあっても、大きなグループA~Fは不変だろう、とのことです。


そして、このグループA~Fには、それぞれ以下のような名前が付けられています。


・グループA・・・創期ヤマトマス

・グループB・・・ヤマメ(サクラマス)

・グループC・・・ヤマトマス

・グループD・・・九州ヤマメ

・グループE・・・アマゴ(サツキマス)

・グループF・・・ビワマス


ヤマメ、アマゴ、ビワマスはもちろん以前からあった呼び名ですが、それ以外の「創期ヤマトマス」「ヤマトマス」「九州ヤマメ」という言葉は今までなかったもの。


これらグループそれぞれの特徴はまた今後随時ご紹介してゆくとして、今回はこの図2を地域別に分類して並べ替えてみました。


いかがでしょうか?

ちなみに人工的に交配が行われた、いわゆる放流魚については表から除外してあります。

また、在来のヤマメ・アマゴ等がいない沖縄地方も除外してあります。


そして、ご覧のとおり、近畿・九州地方の数字が多いことがご理解いただけると思います。


北海道や東北、もしくは関東が日本のトラウトフィッシングのメッカのように思っている私たちアングラーからすると多少違和感があるかもしれません。(九州に住んでいる私は鼻が高い気もしますが。)


しかし、なぜこういうことが起きているのでしょうか。


(図3 出典:『地球の歴史 下』 中公新書 鎌田浩毅)による図を一部改変  ※注:ただし、2011年の東日本大震災をきっかけに行われた国の大規模なボーリング調査により、北海道南部から東北地方にかけては100万年前までそのほとんどが海中に沈んでいたということが明らかになってきました。これにより今後上記の図は変更される可能性が高いと思われます。)


ここから先はまだ正式に認められたわけではなく、想像の世界かもしれませんが、実は日本列島はその歴史上、近畿から九州といった西側が最初に大陸から分離・隆起し、その間、氷河期にはヤマメ・アマゴの祖先が海から川を遡上し、陸封され、その後訪れた間氷期に次の種が訪れ、その後また次の氷河期に次の種が~という繰り返しを経てきた結果なのかもしれません。そして、上記の図から分かるように、一番最初にほぼ全てが海上にあったのが、近畿や九州を含む西日本地方と言われています。


その反対に、北海道や東北は日本列島の歴史から見れば随分後の時代になって海から隆起しており、上記のようなサイクルが少なかったせいで遺伝子タイプが少ないのかもしれないのです。


その他にも、九州から関東を連なる世界でも有数の巨大断層である中央構造線や、日本列島を東西に分断するフォッサマグナとの関係等、ヤマメ・アマゴ等の分布から始まる列島ロマンは壮大なスケールに及ぶのかもしれません。


とりあえす、今回はここまでです。もしここから先、ご興味ある方は、先生の論文を下記リンクから読むことが出来ます。

(※このサイトでは先生のこの論文の内容を数回に分けて、出来るだけ分かりやすくお伝えしていこうと思います。)


どうぞよろしくお願いいたします。


(文・写真 KUMOJI)

Nature of Kagoshima vol.47

サクラマス類似種群 4 亜種における Cytochrome b 全域(1141 bp)解析 による 6 つの遺伝グループの生物学的特性と地理的遺伝系統 (Iwatsuki et al., 2019 の解説) (岩槻幸雄・田中文也・稻野俊直・関伸吾・川嶋尚正)