拾遺愚草卷中院五十首／藤原定家

據戦前版国歌大観

拾遺愚草中

　春日應太上皇製和哥五十首［建仁元年春］

　正四位下行左近衞權少將兼安藝權介臣藤原朝臣定家上

　　春

にほのうみやけふよりはるにあふさかの山もかすみてうらかせそふく

しろたへのそてかとそおもふわかなつむみかきかはらの梅のはつはな

かすむよりうくひすさそひふくかせに外やまもにほふはるのあけほの

こゝろあてにわくともわかしうめのはな散りかふさとのはるのあは雪

あつさ弓いそへのこまつはるといへはかはらぬいろもいろまさりけり

もゝ千とりこゑものとかにかすむ日にはなとはしるしよものしらくも

ちよまてのおほみやひとのかさしとやくもゐのさくらにほひそめけむ

はるかすみかさなるやまをたつぬともみやこにしかしはなのにしきは

春やいかに月も有明に［に无］かすみつゝこすゑの花は庭のしらゆき

としのうちのきさらきやよひほともなくなれてもなれぬ花のおもかけ

　　夏

さくらいろの袖もひとへにかはるまてうつりにけりなすくるつき日は

はるくれていくかもあらぬをやま風に葉すゑかたよりなひくしたくさ

かみまつる卯つきまち出てゝ咲く花のえたもとをゝにかくるしらゆふ

はるかなるはつねはゆめかほとゝきすくものたゝ路はうつゝならねと

さみたれのつきはつれなきみやまよりひとりもいつるほとゝきすかな

ことわりやうちふすほともなつのよはゆふつけとりのあかつきのこゑ

なつの日をみちゆきつもれいなむしろなひくやなきにすゝむかはかせ

かけやとすみつのしらなみたちかへりむすへとあかぬなつのよのつき

やまめくりそれかとそおもふしたもみちうち散る暮のゆふたちのそら

なつはつるあふきにつゆもおきそめてみそきすゝしきかものかはかせ

　　秋

あきかせよそよやをきの葉こたふともわすれねこゝろわか身やすめて

ゆふつく夜いるのゝをはなほのほのとかせにそつたふさをしかのこゑ

たまくしけふたみのうらのあきのつきあけまくつらきあたらよのそら

あきのよはつきのかつらもやまのはもあらしにはれてくもゝまかはす

あきをへてむかしはとほきおほそらにわか身ひとつのもとのつきかけ

つゆおつるならの葉あらくふくかせやなみたあらそふあきのゆふくれ

はつかりのたよりもすくるあきかせにことゝひかねてころもうつこゑ

たをやめのそてかもみちかあすかゝせいたつらにふくきりのをちかた

やまひめのぬさのおひかせふきかさねちひろのうみにあきのもみち葉

ものことにわすれかたみのわかれかなそをたにのちとくるゝあきかな

　　冬

つき日のみすきの葉しくれふくあらしふゆにもなりぬいろはかはらて

かみなつきしくれてきたるかさゝきのはねにしもおき冱ゆる夜のそて

ふゆかれてあを葉も見えぬむらすゝきかせのならひはうちなひきつゝ

み［外］山よりむら雲なひきふく風にあられよこきるふゆのゆふくれ

冱えとほるかせのうへなるゆふつく夜あたるひかりにしもそ散りくる

おほよとのまつに夜ふくるなみかせをうらみてかへるとも千とりかな

なかめつゝ夜わたるつきにおくしものすきてあとなきひとゝせのそら

かみさひていはふみむろのとしふりてなほゆふかくるまつのしらゆき

はるしらぬたくひをとへはみかさやまこのころふかきゆきのうもれ木

日もくれぬことしもけふになりにけりかすみをゆきになかめなしつゝ

　　雜

ひさかたのあまてるつき日のとかなるきみのみかけをたのむはかりそ

あき津しまほかまてなみはしつかにてむかしにかへるやまとことの葉

あふけともこたへぬそらのあをみとりむなしくはてぬゆくすゑもかな

わかともとみかきのたけもあはれしれ世ゝまてなれぬいろもかはらて

なけかすもあらさりし身のそのかみをうらやむはかりしつみぬるかな

身をしれはひとをも世をもうらまねとくちにしそてのかわく日そなき

とゝせあまりみとせはふりぬよるの霜おきまよふ袖にはるをへたてゝ

わかたのむこゝろのそこをてらし見よみもすそかはにやとるつきかけ

かすかのやしたもえわふるおもひくさきみのめくみをそらにまつかな

くもりなき日よしのみやのゆふたすき

　　　かくるおもひの

　　　　　　いつかはるへき