古から伝わる、二つの文化を変えたいと願う。
「水筒を飲んでもいいですか?」
ここでいいたいのは、硬い水筒が飲めるか飲まないかということではない。
子どもが、学校生活の中で、お茶や水を飲むことを、止めることができるのかということである。
授業中や給食。
お茶や水だ。ビールやコーラではない。
なぜ、許可してはいけないのか、
「先生トイレ」
先生がトイレか、どうかということを言いたいのではない。
トイレに行くことに関しては、今の時代多くの大人が、
「止めちゃだめだろー」
というと思う。
体調の問題、トイレが近い子どもがいるという個別配慮の視点、我慢は体に悪い、漏らしてしまう、理由は色々。
つまり、生命に関わることであり、その子の権利である。
発達の段階にもよるけど、ぼくは、許可を取る必要すらないと思っている。
ある程度クラスが落ち着いたら、その話も子どもたちに伝えている。
ぼくは、ね。とも、強調するし、許可を事前に取る必要がないからと言って、トイレに行く子が増えるなんてことも起こったことはない。
じゃあ水筒はどうなのか、
・歌に、音読、ワイワイした活動もある。ずっと座学というわけではない。教室が熱いときだってあるかもしれない。
45分間我慢できる保証はないのである。
・トイレと一緒。その日、体調の悪い子がいるかもしれない。
・水を飲むことを忘れた子だっているかもしれない。なんせ5分だ。時間がなかったは十分あり得る。
トイレ同様、生命に関わることであり、生きるための権利のように思う。
ダメな理由が、学校の決まりだからで終わってしまうものは、本質が怪しい。
そして、そのお話のゴールでは、思考停止となる。
教師が話していれば、静かにそっと水筒を開き、満たされれば、そっと戻ればなんの問題もない。
ぼくは、会議でもなんでも、けっこう飲みたくなる。一口、二口。
給食の話も書こうと思ったが辞めた。そういう話を職場でしたばかりで、リアルが色濃く映り出てしまう笑
この話は、いずれどこかで笑
変えたい文化の一つは、以上だけど。
ことのついでにもう一つ変えたい。
それは、シャツイン文化。
「体育着のシャツを入れなさい」
たしかに、丈が長くて、これは入れた方がいいというものも目にする。
同じ体育着でも。
子どもに留まらず、「大人も入れなさい」という人が出てくる。
昨年度の運動会では、教員みんなに徹底させてほしいと言われ、
しつこいので渋々その話しを飲んだ。
めんどくさくて、争う気力がなかった。
これまでに一度も入れたことなかったのに。
朝会だか、夕会だかで発言した。
シャツインを揃えましょう。書いていて思ったが、こんな間抜けな話はない。
そしたら、反対の声が、ちゃんとあった。
発言する前に、そういう声があることをある程度確認すべきだったと反省した。
ださい、普段そんな着方はしないという声もあったし、ぼくもそう思っていた。
だがそれだけじゃない。
熱中症の対策にもなるのだ。
シャツを出すことで、熱が逃げ、
2、3度下がるというのだ。
実際、和光を含む、いくつかの小学校がシャツ出し運動会をやっていることが分かった。
だとすれば、
もう、出してしまえばいい。
大人も子どもも。
さあ、古から伝わる文化を、揺さぶる。
そして、変える。
あまり飛ばすと疲れるので、長距離走だと意識しながら。
時間はまだまだあるはず。
以下は昔の、水筒とかお手洗いの話