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粋なカエサル

「レオナルド・ダ・ヴィンチとミラノ公イル・モーロ」1「第一ミラノ時代」

2020.07.13 23:05

 レオナルドは何度取り組んでも新たな発見がある。関わる時間が増しても、その魅力は色あせるどころか一層輝きを増す。吉本隆明はカール・マルクスを「千年に一度しかこの世にあらわれない人物」と評したが、レオナルドもそれ以上の「万能の天才」。しかし、その天才ぶり自体に自分の関心の中心があるわけではない。自分が知りたいのは、決して恵まれているとは言えない生い立ちの彼が、どのように自分の才能を開花・発展させ、自分が抱いた問題意識と格闘し、自己実現を図っていったのか、ということ(教育学的関心)。それを知り学ぶことで、自分のような凡人の人生の歩みを可能な限り豊かにしたいからだ。

 ヴィンチ村で生まれ、育ち、フィレンツェ(第一フィレンツェ時代)のヴェロッキオ工房で徒弟修業をしたレオナルドは、その後ミラノ(第一ミラノ時代)、ヴェネツィア、フィレンツェ(第ニフィレンツェ時代)、ミラノ(第ニミラノ時代)、ローマを経て、フランスのアンボワーズでその放浪の生涯を終える。このうち滞在期間が最も長かったのが、第一ミラノ時代の19年間。仕えたのはミラノ公国の支配者ルドヴィーコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ)。この時代、レオナルドは、受注した大作を完成できないまま放棄するという、苦い記憶を持つフィレンツェ時代とは違って、自分の名を世界にとどろかせることになる「最後の晩餐」を完成させた。ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれたもので、420 x 910 cm の巨大な作品。レオナルドは1495年から制作に取りかかり、1498年に完成。イタリア・ルネサンス美術のみならず、世界美術の最高峰とされる。

 しかし、第一ミラノ時代、彼が「最後の晩餐」以上に時間とエネルギーを注いだのは、前代未聞の巨大な彫像「スフォルツァ騎馬像」。原型(粘土製)まで出来上がり、あとは鋳造を残すのみだったが、1493年11月突然製造は中止。原因は戦争。1年前(1492年)、フィレンツェ共和国の当主ロレンツォ豪華王が死亡し、イタリアの四大国、ヴェネツィア共和国、フィレンツェ共和国、ミラノ公国、ナポリ王国の政治的バランスが崩れる。また、フランスのシャルル8世が侵攻してくるといううわさも流れ、イタリアはてんやわんやの状態になる。そして実際に1494年8月、フランス軍は侵攻してきた。こうなると各国とも武器が必要となり、武器製造王国ミラノに注文が殺到。さっそくイル・モーロの岳父フェッラーラ公エスコーレ・デステが支配するフェッラーラ公国からも、大砲数門の注文。イル・モーロは「スフォルツァ騎馬像」用として100トンのブロンズを確保していたが、岳父のために大砲鋳造用に回してしまった。レオナルドはイル・モーロ宛の手紙でこう記す。

  「私は時勢を心得ていますので、馬のことについてはなにも申し上げますまい」

 その挫折感と絶望感はいかばかりだったろうか。それから6年間、騎馬像の原型はコルテ・ヴェッキア(旧王宮)中庭にあった。スフォルツァ城を訪れる人びとはこの騎馬像の巨大さに驚き、レオナルドを讃えたという。しかし1499年10月、フランス王ルイ12世がミラノを侵略するに及んで、この粘土像は破壊される。なんと、フランス軍兵士たちの弓の的にされてしまったのだ。

 ところで、忘れてはいけないのは「最後の晩餐」も「スフォルツァ騎馬像」もスフォルツァ家やイル・モーロのプロパガンダとして制作を依頼されたということ。スフォルツァ家はまったくの新興貴族。ひと世代前の1450年、イル・モーロの父フランチェスコ・スフォルツァは、それまでの統治者ヴィスコンティ家を継承し、自らをミラノ公と宣言した。しかし「スフォルツァ」という一族の姓は、イル・モーロの祖父に当たる農夫出身の傭兵、ムッツォ・アッテンドロまでしか遡らず、同時代の人々にとっては、こうした自称公爵は「田舎の兵士」にすぎなかった。こうした、成り上がりの野心家は芸術家の貪欲なパトロンとなる。誇示と見せびらかしはスフォルツァ家の代名詞だった。それは、由緒ある血統の代用品だった。さらに、イル・モーロ自身にも、その威信と勢威のほどを自国の臣民や近隣の君主たちに見せつける必要があった。それは、彼の権力奪取の経緯に関わる。

レオナルド「最後の晩餐」CG再現 NHK

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会

ルネサンス期 騎馬像比較

ドナテッロ「ガッタメラータ将軍騎馬像」パドヴァ

ヴェロッキオ「バルトロメオ・コッレオーニ騎馬像」ヴェネツィア

「幻のスフォルツァ騎馬像」名古屋国際会議場

ラファエロ「アテナイの学堂」 プラトンとアリストテレス

 左がプラトンに扮したレオナルド・ダ・ヴィンチ

 プラトンの哲学は抽象的、理論的であったので、天を指さしている