#小林慶一郎 - 10万円給付12か月 実行可能な策
小林慶一郎
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小林 慶一郎(こばやし けいいちろう、1966年 - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、経済動学、金融論。東京財団政策研究所研究主幹。
人物
シカゴ大学大学院博士課程修了[1]。シカゴ大学での指導教官はロバート・ルーカス。
学歴
1991年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(数理工学専攻)
1998年 シカゴ大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学)
職歴
1991年 通商産業省入省(産業政策局)
2001年 - 2007年6月 経済産業研究所研究員
2003年1月 - 2007年6月 朝日新聞客員論説委員
2005年4月 - 中央大学公共政策研究科客員教授
2007年4月 - 2009年3月 京都大学経済研究所非常勤講師
2007年6月 - 2008年3月 国際大学GLOCOM主幹研究員
2007年6月 - 2013年3月 経済産業研究所上席研究員
2009年4月 - キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
2009年4月 - 東京財団上席研究員
2010年4月 - 2010年9月 慶應義塾大学大学院経済学研究科大学特別招聘教授
2010年8月 - 2013年3月 一橋大学経済研究所世代間問題研究機構教授(産学官連携融合事業(経済産業省))[6]
2013年4月 - 2019年3月 慶應義塾大学経済学部教授[7]
2013年4月 - 経済産業研究所ファカルティフェロー
2019年4月 - 東京財団政策研究所研究主幹[7]
2020年7月 - 新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議新型コロナウイルス感染症対策分科会委員[8]
「給付金は毎月10万円を12ヵ月」現実に実行可能な策を明かそう
20200712
小林慶一郎氏インタビュー
高木 徹
NHKグローバルメディアサービス
国際番組部チーフ・プロデューサー
NHK WORLD-JAPAN(英語放送)の番組「BIZ STREAM」(原則的に毎月第一~第三土曜日 午後11:10~初回放送 https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/tv/bizstream/)では、放送で、日本の新型コロナウイルス対策のキーパーソン、小林慶一郎氏に独占インタビューを行った。
番組を通じて英語で世界に発信しているが、反響も大きかったその内容を日本語で再構成してお伝えする。今回は、コロナ後を見通して、日本と世界の危機を乗り切るためのいくつかの処方箋をおうかがいする。
インタビュー前編:「何が日本のPCR検査拡充を阻んでいるのか?」はこちら https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73968
小林氏は、東京大学大学院工学修士、シカゴ大学経済学博士、経産省、慶応大学経済学部教授を経て現在は東京財団政策研究所(https://www.tkfd.or.jp/)研究主幹、キャノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所ファカルティフェロー、慶応大学経済学部客員教授。経済の専門家として「諮問委員会」に参加し、今月6日に初会合を行った「新型コロナウイルス感染症対策分科会」のメンバーにも選ばれている。
なお、当該の番組は下記のリンクから配信されており、今月13日までいつでも無料で視聴が可能となっている。(13:19~の“On Site Report”のコーナー)
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/2074072/
金額は足りない、スピードは遅い
――これまで、一人10万円の給付金や、持続化給付金など各種の補償の政策がとられてきました。これまでの政府の経済対策をどう評価されますか?
小林: 国民1人1人に10万円を配布する政策が実行されましたけれども、受け取るまでに時間がかかりました。経済対策も非常にスピードが遅いし、金額も必要な金額に比べると少ないだろうと思います。
経済面での救済措置はもっと金額を増やしてスピードアップしていくということが必要だと思います。
――具体的にはどのように足りていないとお考えですか?
小林: さまざまな給付金は単発だと、給付対象によりますけれども足りないですし、特に企業向けだと足りないところが多いんじゃないかと思います。
コロナ危機というのはこれから多分1年以上続いていく危機なので、企業に対してもあるいは家計に対しても、1年くらいの間を支え続ける必要があります。
小林: その支えている間に企業であれば業種転換してもらうとか、家計であれば転職するというような形で、自分たちの生活やビジネスを再建してもらう必要があると思うんですね。
その間、最低限の生活ができるように支え続けなきゃいけないということなので、個人であれば例えば毎月10万円から15万円を12ヵ月にわたって給付し続けるというくらいのことが必要じゃないかと思いますし、企業の場合は家賃補助などいろいろ行われましたが、もう少し、いわばエクイティ(政府による資本注入)の資金をより柔軟に金額も多く国から投入できるようにしていけると良いと思います。
こうした中小・零細企業への資本の注入方法は今後とも政策を検討する必要があると考えます。
いかに実行するか?
――給付金については今のところ1回きり10万円ですけれども、これが毎月10万円というのはなんというか非常にありがたいですが、かなり大胆な提言にも聞こえますね。
小林: これは全員にではなくて、生活に困っていると申告してきた人に対して、毎月10万円を配るという意味です。そして1年間配り終わったら、納税の時期に、確定申告とか年末調整によって本当に所得が低かったかどうかを事後的にチェックして、所得が多かった人からペナルティーとして高い金利をつけて国が回収する方法です。
所得が本当に低かった人にはお金はあげたままにするという、こういうやり方をすると、事前に審査に時間をかけなくても本当にお金が必要な生活に困っている人が申請してきて、それ以外の普通に生活できている人たちは申請してこない制度にできると考えています。
ですから国の予算としてもあまりにも膨大な金額が必要にはならないと思っています。
――現実には、一回の一律10万円さえ配るのに時間がかかるという状況を見ると、そうした方法を実行するのは難しいようにも思えますが。
小林: いまのやり方ですと、実務的に難しいということになってしまうかもしれません。それはおっしゃる通りだと思います。
この先も自治体を通じて配るということになると大変難しいと思いますね。だから税務署を通して、つまり、納税のシステムとつないだ形で現金給付ができないといけないと思います。
マイナンバーを使って給付も納税も両方管理するシステムを作るか、あるいは納税の一環として税の還付と似たような考え方で税務署からお金を配るということを例外的に決めればできるはずだと思うんですね。今でも税務署は還付金を各個人の口座に税務署から振り込むことはやっていますから。
それと同じやり方で、還付金の要領で給付金を税務署から配ることはやる気になれば今でもすぐできるんじゃないかと思います。
産業構造に起こる根本的な変化
――今後の日本経済がどうなるかという視点からお聞きします。コロナの時代を見すえると、日本の産業構造はどのような変化が求められるとお考えですか?
小林: ウイルスを完全に駆逐してしまうことはもうできないので、これからも一定程度の感染のリスクが日常的に続いていくという状態になると、やはり人間と人間が接触するタイプの産業は小さくなっていかざるをえないと思います。
そして非接触型のオンラインのサービスとか人間が触れ合わないようなタイプの産業はこれから大きく成長するという、産業構造の根本的な変化が起きると思います。
実は感染症が起きる前からオンラインとかデジタル化は進んでいたましたが、日本は中国や他の国に比べるとややオンライン化の動きが遅かったわけです。でも、今回の危機をきっかけにして非常にスピードがあがって進んでいくでしょう。
働き方もテレワークが働き方の基本形になっていくでしょうし、例えば病院の診療にしても学校の授業にしてもあらゆる社会活動がオンラインを基本にするというように変わっていく。それに企業や労働者も対応していかないといけないということになるだろうと思います。
――接触型で、大きな影響を受けるであろう、飲食や観光、航空といった業界はどうすればよいのでしょうか。
小林: やはり業態を変えていくしかない面があると思います。飲食や観光はなるべく人と人の直接の接触がない形でサービスを提供するような業態に変わっていくのではないでしょうか。
飲食でしたらデリバリーを中心にする店に変わっていくとか、観光も含めて、あらゆる面においてオンラインで新しい知識や体験のサービスを提供するようになると思います。
航空産業に関しては、ちょっとなかなか答えが見出せないのですが、やはり全世界的な業界再編を、これこそ各国の政府が協調して航空業界の未来についてどうするか考えていく必要があるのではないかと思います。
もしかしたら1国に1つのフラグシップのエアラインというのはもう置けなくなるかもしれないということではないかとも思うんですよね。政府レベルで考える必要があるのかなとは思います。何らかの調整機関を作って業界の再編をスムーズに進めていくようなことが必要になってくるだろうと思いますね。
――映画館や劇場など人が多く入るようなところはいかがでしょう?
小林: 感染予防の工夫をしっかりして、例えば少人数であるとかあるいは広い野外の劇場であるとかそういう安心感のあるような劇場であれば生き残っていけると思いますが、そうでないとはやっぱり縮小するか、思い切って業態を変えて別の業種に変更することで生き残りをはかるということもあると思いますね。
――別の業種に変わると言っても、何十年それで生きてきたという人も多くいらっしゃるわけで、簡単にはできないと思いますが、政策として支援するということでしょうか?
小林: 1つは他の会社に買ってもらうM&Aを目指すための補助金とか融資の支援の仕方があるでしょうし、あるいは本当に廃業するのを支援してもいいと思うんですね。
映画館やレストランをこのまま続けても採算が取れないということでしたら廃業して、ただ廃業すると経営者が生活できないということが出てきますから、経営者の老後の生活のための資金を何らかの形で給付することも考えられます。
そのためにイメージしているのは、小規模企業共済という仕組みがありますが、つまり参加している中小の企業の経営者が引退したときの生活費として共済金を受け取るという制度ですが、そこに国費から補助金を入れて引退したときの手取りが多くなるようにすることもできますね。そういうふうにすると廃業しても生活が成り立つという安心感がありますから廃業しやすくなるわけです。
赤字が続くビジネスは早めにやめてもらう方が社会全体にとってコストがかからないという意味で、廃業の支援はやはり1つの選択肢としてありえるだろうと思いますね。
コロナ禍がもたらす生活の変化
――今回の危機をあえてプラスに捉えると、どのような変化が考えられるでしょうか?
小林: あらゆる産業でオンライン化が進むことによって、生活のあり方というのが相当変わりますね。
私たちが自粛の期間にやってきたようなテレワークが中心になると、必ずしも東京の企業に勤めるために東京に住まなきゃいけないということもなくなります。そうすると郊外あるいは地方の広い土地を買って、豊かな自然の豊かな土地で家庭生活を楽しみながら勤務先は東京にあるとか、そういう東京の会社にオンラインでテレワークで勤務するとか、そういう生活ができるようになっていくと思うんですね。
こうした生活をするからGDPの数字が上がるかどうかはわかりません。でも、生活の豊かさを今までよりも相当上げてくれますね。
――この20年間くらい、都心回帰ということが進んでいたと思いますが、それが逆転するということでしょうか?
小林: 一極集中が自然に逆転して解消していく、あるいは、地域間の格差が、オンラインが中心になることでだんだん緩和されていくのではないかと期待をしているんです。
――先生ご自身もそんなご計画があったりしますか?
小林: ちょっと今のところすみません、私自身はまだないんですけど、確かにうまく仕事のやりくりができたら、地方に住んで東京に月1回来るというような生活のほうがいいかなと思います。
そうなるためには労働法制の規制緩和も必要でしょうし、会社法をはじめ、法制度や会社の内規も変える必要がありますね。
やはり職場に出てこないと労務管理ができないという現実がありますよね。だから労働時間で労務管理するという考え方の法律全体を見直す必要があるかもしれない。あるいは労働時間管理する新しいソフトウェアを開発してテレワークでも時間管理できるようにすることが多分必要になってきます。
そういう技術あるいは規制をうまく解決できれば、きっとよい環境で温泉に入りながら仕事するとか、そういうことが普通になる時代になるんじゃないかと思います。デジタル化を進めてそういう明るい社会像や、未来を描くこともできるんじゃないかなと思っています。
危機の後のシナリオ
――世界に目を向けて、国際的な財政政策についてお聞きします。日本も各国政府も、さまざまな形で膨大な国のお金を使って、給付や補償をそれぞれの国民に行っています。将来的に財政の持続性という観点からは、どのようにお考えですか?
小林: この問題は結構みんな気にはしているけど今はあまり口に出さないという問題だと思うんですね。
今は確かに企業にも個人にもお金をどんどんあげなければいけないことは間違いありません。別に日本だけじゃなくてもう世界中がそうなっています。このコロナ感染症の問題がもしも2、3年後に収束したとしても、世界中の国が借金だらけになっているという状態になっているでしょう。それを一体どうするのかも本当は考えなきゃいけないわけです。
明確な答えは難しいのですが、危機が終わった後に、国際協調のもと、世界中の国が同じように借金が増えているので、その借金についてはみんなで協力しながら減らしていこうという政策をとるべきじゃないかと思っています。
どういうことかというと、1つの国、例えば日本が単独で財政再建しようと思って増税しなきゃいけなくなるとします。企業に対する法人税を上げるとか、あるいは資産に課税するようなことをするわけですが、それを日本だけがやるとお金がそういう増税をしない国に向かって逃げてしまうんですね。そうするとたとえ増税しても財政再建にはつながっていかない。
ですから世界中の国が同じように法人税を上げるとか、金融取引税を同じような率でかけるようにしておけば、お金が資本逃避して海外に逃げるということも防げるので、それぞれがきちんと税収を得られます。
だから今までの世界秩序では財政については各国バラバラだったんですけども、このコロナショックで起きた大きな財政のコストについては各国で協力してペースを合わせながら財政再建する必要があります。あるいはペースを合わせて緩やかなインフレを起こしていくということで政府の債務を減らしていく発想が必要だと思います。
そのためには、世界の新しい秩序の象徴として「世界財政機関」のような新しい国際機関を作って、世界銀行とかIMFと並んで財政政策の国際的な調整を行っていくという発想があってもいいのかなと考えています。
――しかし、今の世界を見ると、国際的な協調体制は期待できず、むしろ混乱の方向に向かっているように思います。この流れが続いて、国際的な財政再建のための枠組みができないでいると一体何が起こると考えますか?
小林: もし財政再建が国際協調でうまくできなかったら各国がバラバラに財政再建をやろうとすることになります。あるいは財政再建そのものをやらないかもしれません。やらないとしたら、もうおそらくハイパーインフレのようなことがいろんな国で起きて、順番に債務危機がさまざまな国で起きて、国際的な投資家たちは自分たちのお金をいろんな国から国へと移動させながら危機を増幅してより悪化させていくという、ちょっとディストピアというか非常にネガティブな未来というのも当然ありうると思います。
――それは……。
小林: ですので、各国が少なくともある程度協調しないと、混乱した世界経済がやってきてしまうわけですから、その混乱を未然に防ぐ枠組みはやはり早め準備しておく必要があるんじゃないかと思っているんです。
(了)
小林慶一郎氏インタビュー前編:「何が日本のPCR検査拡充を阻んでいるのか?」はこちら https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73968
NHKグローバルメディアサービス・チーフプロデューサー
高木 徹
TORU TAKAGI
1965年、東京生まれ。1990年、東京大学文学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして数々の大型番組を手がける。NHKスペシャル「民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕」「バーミアン 大仏はなぜ破壊されたのか」「情報聖戦~アルカイダ 謎のメディア戦略~」「パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判・知られざる攻防~」「インドの衝撃」「沸騰都市」など。企画・脚本・制作を担当した「ドラマ東京裁判」(2016年、ネットフリックスからも配信)は国際エミー賞にノミネートされた。現在、NHKグローバルメディアサービス国際番組部チーフ・プロデューサー。
番組をもとに執筆した『ドキュメント 戦争広告代理店』(講談社文庫)で講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞をダブル受賞。二作目の『大仏破壊 ビンラディン、9・11へのプレリュード』(文春文庫)では大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。