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妻を助け、濁流の犠牲に…「出てきなすな」かき消された声 熊本豪雨

2020.07.17 07:50

川の氾濫から一夜明け、片付け作業に追われる人=5日午前9時43分、熊本県人吉市(撮影・宮下雅太郎)(写真の一部を加工しています)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/623346/ 【妻を助け、濁流の犠牲に…「出てきなすな」かき消された声 熊本豪雨】 2020/7/6

西日本新聞 社会面 郷 達也 中村 太郎 宮上 良二 村田 直隆 古川 大二 綾部 庸介 前田 倫之

熊本県南部を襲った豪雨から一夜明けた5日、被災地の深刻な状況が次々と明らかになった。芦北町や人吉、八代両市で新たな犠牲者が確認され、死者数は22人に。心肺停止と行方不明者を合わせた数も28人に上った。球磨川の氾濫で濁流にのみ込まれた球磨村では道路が寸断され、多くの集落が孤立し、いまだ被害の全容は見えない。「早く助けてあげて」。無情にも降りしきる雨の中、住民たちは祈るように捜索活動を見守った。

【関連】熊本県南部豪雨で22人死亡 心肺停止17人、不明11人 1000世帯が孤立

市街地一帯が水没した熊本県人吉市では5日、9人の死亡が確認された。豪雨から一夜明けて水が引き、流木のかたまりや横倒しになった車が転がる「泥の街」の惨状があらわになった。

同市下薩摩瀬町の井上三郎さん(81)は、自宅前で濁流にのまれ亡くなった。道向かいに住む魚住光二さん(70)によると、4日朝、胸の高さにまで冠水した道路に井上さん夫妻が出てきた。「出てきなすな! 家におったが安全」。制止する声は濁流にかき消された。

あっという間に流された2人は、一緒に塀の茂みにしがみついた。魚住さんはとっさに、ビニールひもを鉄柵に結び付け2人に投げた。先に妻の手にぐるぐると巻いてやった井上さん。魚住さんがひもを引っ張り、妻は何とか助かった。だが、井上さんは自分の手には巻ききれず、泥水に流されていった。「わーっ」。その瞬間に上げた妻の叫びが耳から離れないという。

夫婦で庭に野菜を作ったり、花を栽培したりしていて仲が良かった。被災前日には、トマトを魚住さんにお裾分けしてくれた。シルバー人材センターでクリなど樹木の消毒を手がけ、「仕事が丁寧」と地域の信頼も厚かった。「温厚で優しい人。家にそのままいたら助かっていたかもしれないと思うと、残念」。魚住さんは、水が引いた道路をじっと見詰めた。

同市下林町の西隆男さん(84)も遺体で見つかった。近所に住む田口てるかさん(71)によると、西さんは1人暮らしで、5年ほど前まで町内会長をしていた。元市職員で公民館の駐車場整備や、地域で桜の植樹に精を出していたという。「誠実で実直な西さんが亡くなるなんて…。悲しい」と涙を浮かべた。

一方、市街地では雨の中、被災者たちは泥出しやがれきの撤去を進めていた。2階付近まで浸水し、家電数十点が水没したという電器店経営の五島敬士さん(69)は「何から始めたらいいか分からない」と疲れた表情で語った。 (郷達也、中村太郎、宮上良二)

無情の雨の中、懸命の捜索続く

行方不明者が残る熊本県芦北町と津奈木町では5日も断続的に雨が降る中、懸命の捜索が続いた。「早く出てきて」。親族や住民は不安そうに見つめた。

 不知火海から程近い山あいの津奈木町福浜では、一家3人が住む民家が土砂に埋もれ丸橋勇さん(85)が死亡した。この日は警察官や自衛官ら約200人が連絡が取れない2人の捜索を続けた。午後からは雨が強まり、二次災害に警戒しながら散乱した木々を取り除き、土砂をかき分けた。

丸橋さんの親族、松崎みね子さん(70)は朝から捜索を見守り、「早く外に出してあげたい」と言葉を詰まらせた。

芦北町田川地区では、堀口ツギエさん(93)、娘の入江たえ子さん(69)、孫の入江竜一さん(42)の3人が土砂崩れの犠牲になった。近くの住民によると、竜一さんは3日夜、娘6人と妻の実家がある同県水俣市に帰省したが、持病薬を自宅に取りに戻った際に土砂にのまれたという。

近所に住む谷村源一さん(76)は「いたたまれない。高齢の母と祖母を置いていけなかったんだろう」と肩を落とした。

同町小田浦地区でも4日に土砂崩れが発生。民家1軒が倒壊し、出火した。現場からは川田武人さん(72)、節子さん(69)夫妻の遺体が見つかり、5日朝も煙がくすぶっていた。 (村田直隆、古川大二、綾部庸介、前田倫之)