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Oimachi Act./おい街アクト

スパイ合戦は戦国時代から始まり、今日へと続いている

2020.07.19 03:00

その昔、

旧若松市に連歌町(れんがちょう)という場所

(住所)があった。

現中川町から本町1丁目~10丁目(正式には1・2丁目、7・8・9・10丁目)になる。


連歌(れんが)とは?


和歌が連なったもので、

一人が5、7、5、7、7、の

「5、7、5」を謳う。

次の人がその「5、7、5」に続く「7、7」を謳う遊技のようなもの。


これを5人から10人が集まって

上の句「5、7、5」と下の句「7、7」

を分けて、複数で読み、

連作形式で繋げていく。


そして50から100くらいの作が完成される。

他人の句を受けてつなげるのは難しく、

その人が面白い句、意外性の句を作ったり、隠語を入れたりすると、

次に渡された人はとても厄介になる訳で、かなり頭の良さや知識が広く深くないと続けることができない。


連歌師は異能者とも言われ、

戦国時代の武将も連歌師をかかえ、

表向きは芸人という身分で

戦国の世を駆け巡らせ、”スパイ”という役割を主から受けた裏稼業者だ。


この戦国時代には

スパイなる者が多く存在していたと思われる。

忍びの者、僧侶、巫女から商人、占術者、茶道家、大道芸人、遊女(舞妓も含む)が

間諜(かんちょう)役を任され、交渉事や主のとりまとめ、公家や武家に関わる口利き、あっせんの仕事をビジネスとした。


彼らの多くは

「源氏物語」を愛読し、

その一節をとって連歌に使うのが基本であった。


スパイ合戦が戦国時代だけのものではなく、それ以降の時代にも、


例えば第2次大戦前後には

日本には中国のスパイが、

中国には日本のスパイが活躍した。


スパイ養成学校が陸軍中野学校で、

武術、殺人、手品、からくり、毒殺、スリなどを学ばされ、

講師に本物のスリや手品師、武道家などが”技”を教え込んでいた。


つまり旧若松市に、

そんな連歌師が住む町があったのは、

若松が日本の東京以上に栄えた時代があったので、彼らを必要とするや富豪や政治家、成金、縄張りを持つ”親分”がうごめいていたと推測できる。

 

遊女も芸者も境はない時代で、

情報収得のために女性も、又、僧侶、占術者、芸人が裏稼業を果たすために生活し、必死に手柄をたてるために偽りの仕事人を装っていた。


現在のスパイは各国が全世界に、

あちらこちらの国に配属させている。


誰が敵か味方かが解からない闇の世界に住んでいるのだ。


日本の政治の世界にもスパイがもちろんいる。


実は僕の「おいらの街」の出版社にも、


スパイが出入りしていた。