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35年の生涯

2020.07.19 11:54

今日は久しぶりにお天道様がでてきたので

仕事で八王子、相模原方面に行くたびに

行きたくてしかたなかった

高幡山明王院金剛寺へ参拝に行ってきました。

私、故郷會津は

新撰組ゆかりの地。

鬼の副長 土方歳三が療養した會津の地。

天寧寺(石段が200段あります)

の裏手の墓地には

土方歳三が藩主・松平容保に

請願して建てられた

新選組局長、近藤勇の墓があります。

そして

阿弥陀寺には

謎多き斉藤一の墓が。


【土方歳三】

天保6年(1835年)~明治2年(1869年)

武州多摩郡日野宿石田村生まれ。

土方義諄の末子で、名は義豊。

生前父は死去。次兄・喜六夫妻の手で養育された。

丁稚奉公を経て、

家伝の石田散薬行商の傍ら、

義兄・佐藤彦五郎宅の道場で

天然理心流の剣を学び、後

に試衛館に寄食。

文久3年、近藤勇らと共に上洛、

新選組副長として活躍。

慶応4年、負傷した近藤に代わり、

新選組を指揮して鳥羽・伏見の地で戦う。

帰東後、甲陽鎮撫隊を結成。

近藤の刑死後も奥羽各地で転戦。

旧幕軍の箱館政府樹立後は陸軍奉行並となる。

明治2年5月11日、

箱館攻防戦の最中、流弾にたおれた。

【高幡山明王院金剛寺】

真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三大不動の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれている。

その草創は古文書によれば大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まる。

のち建武2年(1335)8月4日夜の大風によって山中の堂宇が倒壊したので、時の住僧儀海上人が康永元年(1342)麓に移し建てたのが現在の不動堂で関東稀に見る古文化財である。

続いて建てられた仁王門ともども重要文化財に指定されている。

足利時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊祟をあつめ、江戸時代には関東十一檀林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰をあつめた。

(高幡山明王院金剛寺HPより)


楽しくてつい長く滞在してしまい

土方歳三資料館へ寄ることはできず。

お墓参りとあわせて次回訪れようと思います♪

何度でも来てしまいそうです♪