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粋なカエサル

「レオナルド・ダ・ヴィンチとミラノ公イル・モーロ」7「宮廷人レオナルド」②「フェスタイオーロ」(祝祭演出家)

2020.07.19 22:44

 ルネサンスの芸術家たちのイメージは、近代の芸術家とはかなり異なっていた。彼らの大きな役割は、権力者の威信と勢威のほどを自国の臣民や近隣の君主に見せつけることであり、そのために巨額の費用を惜しみなく使った。だから、当時の芸術家が最も得意とし、しかも最も実入りのあった仕事は、総合芸術としての祝祭の請負いであった。当時の社会では、この種の仕事は日常的にあり、芸術家たちはその準備に大忙しだった。カーニバルをはじめとする聖俗の年中行事は言うまでもなく、外国使節の訪問や同盟の締結、戦勝記念や休戦の祝い、権力者一族の結婚や長子の誕生などの不定期の祝祭の際には、市内の芸術工房の親方や徒弟が動員されて、宮殿の広間や市内の沿道の飾り付けが行われ、大聖堂前の広場には、さまざまな催しのための仮設舞台が設置された。

 ミラノ時代の宮廷人レオナルドが、日常的にこの種の装飾の仕事に携わっていたことは明らかだが、彼が関わったと思われる主要な催事は以下の通り。

 1489年1月    ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァとイザベラ・ダラゴーナ

                                の婚礼

 1490年1月    延期されていた前記婚礼の大祝宴

     年末    イザベラ・ダラゴーナの男児出産の祝典

 1491年1月17日   イル・モーロとベアトリーチェ・デステの婚礼、祝宴

     1月23日   イル・モーロの妹とその妃ベアトリーチェの弟との婚礼、祝宴

 1492年      フランス王シャルル8世との協定成立と新教皇アレクサンドル6世の選出

                                 を祝う式典

 1493年1月     イル・モーロの長男誕生の祝典

    11月    イル・モーロの姪と神聖ローマ帝国皇帝マクシミアン1世との婚礼

 1495年5月       イル・モーロがフランス王シャルル8世からも正式にミラノ公に容認され

                                た祝典

 ただし、彼の名前が資料に残り確実に参画したことがわかっているのは、1490年1月に若いミラノ公の結婚の祝宴に際して上演された祝祭劇『天国(イル・パラディーソ)』だけ。『天国』の概要はこうだ。最初に、めでたい劇の上演についての紹介。

「これから演じます祝典劇は、ルドヴィーコ閣下のお申し付けで、ミラノ公爵夫人に敬意を表してつくられましたもので、演題は『天国』と申します。といいますのは、フィレンツェ人のレオナルド・ダ・ヴィンチ師匠が、その天賦の才と技の限りを尽くして、天国で回転する七つの天体すべてを作り上げたからであります。その昔、かの詩人たちがうたった通りの姿と衣装の人たちが天体に扮して、代わるがわるイザベラ公爵夫人を讃えることでありましょう」

 さまざまな舞踏に続いて芝居そのものの幕が上がる。まず、天国を象徴する巨大な半球体(「開いた卵」→新婦の安産を象徴)が中空に出現する。そこへ、いとも甘美で快い大合唱と音楽が響き渡り、天空から天使が登場。そして、自分はイザベラの美と徳を讃えるためゼウスから遣わされた旨を告げ、そこでゼウスからの伝言、「最も美しく、魅力的かつ優雅で、あざやかな婦人イザベラ」と讃えながら歌う。これを聞き、宇宙のあらゆる生き物のうちでわれこそ最も美しい容姿と自負するアポロンは、ひどく侮辱されたと怒り出すが、ゼウスに軽くたしなめられる。

「おまえは自分の地位を失う心配をしなくてもいいんだよ。むしろこれほどの至福を眺められたことを、わしに感謝しなさい。」

ついでアポロンは、イザベラの美しさと美徳を称賛して、次のように歌う。

「僕は最初、イザベラの存在に脅えていたけれど、それは自分の地位を愛する者は皆、疑い恐れるものだからだ。でも、今や僕は彼女の美徳に感心したので、彼女と一緒に地上に住みたくて仕方がない。」

 ゼウスは、三美神と七枢要徳をイザベラ公爵夫人にもたらすために、こうして他の神々とともにやって来た、と伝令のヘルメスに伝えさせる。その後、アポロンが、公爵夫人と招待客たちへゼウスのこの婚礼への賛辞をつづった小冊子を手渡す。このとき、ゼウスはアポロンにこう告げる。

「可愛いアポロンよ、今後は終わりを見届けるまで嘆いたりしてはならないよ。最初お前にとって苦かったものが、今では甘く感じられるのだからね。」

 最後に、三美神、ついで七枢要徳らによるイザベラを讃える歌が合唱される中、新婦が新婚の間に導かれていき、フィナーレとなる。

 ここには新婦イザベラの賛美にとどまらないプロパガンダの影が付きまとっている。美少年アポロンと心優しい保護者ゼウスの関係は、若きミラノ公ジャン・ガレアッツォとその叔父イル・モーロの関係を写し取ったものだと宣伝しているのだ。そして、ジャン・ガレアッツォがイル・モーロに政治を任せている限りは、自分の地位を失うことなく、美しいイザベラと幸せに暮らすことができるのだ、と暗にほのめかしているのである。この祝祭劇『天国(イル・パラディーソ)』の台本は詩人ベルナルド・ベッリンチョーニ、舞台セットと衣装はレオナルド・ダ・ヴィンチが担当。レオナルドはイル・モーロのプロパガンダの一翼をになっていた。

16世紀のミラノ 地図

レオナルド・ダ・ヴィンチ「舞台衣装」ウィンザー城 王室図書館

レオナルド・ダ・ヴィンチ「衣装を着た騎乗する男」ウィンザー城 王室図書館

「レオナルド・ダ・ヴィンチ像」ウフィツィ美術館回廊 フィレンツェ