【インタビュー】脈々と息づく平時からの活動が活きる。新型コロナ感染症の危機から学び、進化していく保健師活動
島根県の離島、知夫村でのインタビュー記事を掲載してから1年が経ちました。
へき地で活動する現役保健師さんからも“記事が支えになっている”という感想をいただくなど、大きな反響がありました。
新型コロナ感染症(以下新型コロナ)対策に奔走してきた春先から6月にかけて身の回りで起きた出来事や変化を余儀なくされた保健師活動。暮らしと仕事が密接する環境下で島民として、保健師として何を考え、感じていたのか。
全国でご尽力されている保健師のみなさま、そして新型コロナと共にある暮らしを送るすべての方にとって、現状を打破する救いや希望にもなればと願っております。
今回のインタビュー記事の発信に際し、熱意をもって島の保健師活動に邁進しておられる知夫村の戸谷紗嘉保健師、山本久美子保健師(現在は会計年度任用職員)のご協力に心から感謝申し上げます。本記事は、メールでのやり取りをインタビュー形式にまとめたものです。
INTERVIEW:2020年7月5日
聞き手:五藤幸根
【一島民としても一保健師としても、これほどまでに危機感を感じたことはない。~島民の意識も大きく変化~】
五藤:見えないウイルスと対峙する上で、地域内外の交流に大きな変化があったのではないでしょうか。緊急事態宣言下において、島民として、また保健師として感じとった変化を教えてください。
山本:昭和57年から島で生活していますが、一島民として一保健師として、これほどまでに危機感を感じたことはありません。村に1か所しかない診療所体制の中で、医療崩壊の危険性、患者疑い・患者発生時の偏見や差別への危惧、そして一人暮らしの多い住民の健康不安を強く感じました。
戸谷:外出自粛の影響でフェリーや高速船のダイヤが変更になり便数も少なく、乗船客はほんの数人だった、と聞いています。本土の病院へ通院することはがん治療通院をしている島民にとって、とても大変だったように思います、免疫が落ちているなかフェリーやバスなど密閉した空間で移動しなければなりませんから・・・一方で、医療スタッフ間では知夫診療所と、内航船で20分程度の隣の島の隠岐島前病院(知夫村の医師は隠岐島前病院からの派遣。診療所病院間では電子カルテ情報が共有できる体制)での継続受診、治療継続の調整が行われました。しかし、本土のより高度な専門病院で診てもらいたいという気持ちがある方もおり、保健師に相談に来られた方もありました。
山本:島民以外の人が村に入ってくることで、島民が感染しないかという危惧をこれほど感じたこともいままでにはありません。4月の入学時期に都会から来た島留学の生徒さん(詳しくは“知夫里島島留学“と検索ください)や島留学生のための寮のハウスマスターさん、そして出産のために都会に帰っていたIターンの産婦さん家族や冬の間都会の家族と過ごした一人暮らしの方等が島へ戻ってきました。島外から移動してきた人に関しては一様に2週間外出を控えることが求められていましたので、買い物などの生活支援が必要でした。地域住民として支援し、寄り添い助け合わなければ乗り越えられませんでした。
戸谷:知夫村は(島根、鳥取両県は)昭和52年の大雨による激甚災害以降は、これまで大きな災害等にあった経験があまりなく、危機感の大変薄い地域と言われています。しかし、今回は地域に限局した問題ではないため、島民の意識が大きく変化したように思います。島の中にとどまっていれば安全、外との交流がなかった人となら大丈夫、と考える人もいましたが、現在は都会からIターンした人など様々な価値観を持つ人が住んでいます。島民の意見も様々でしたが、村内に限定した集会・イベントであってもほぼすべてが中止となりました。一人一人の行動も村長の肉声で村内放送を行い、外出・来島自粛への理解を求め、皆さんこれまでにない雰囲気を感じているようでした。このような地域なので密集になることがまずないのですが、公的なものはすべてとりやめました。
山本:知夫村では、島民に感染者は現在のところ出ていませんが、これから夏場に向かって帰省客や観光客が多くなってくることにより、高齢者の多い知夫に感染者が発生し、医療崩壊そして地域の中で偏見・差別がはびこらないかという一島民・保健師としての不安がやはり強く残ります。
戸谷:そうですね。同時に島民の暮らしへのダメージも大きいですよね。さらには生活様式の変化に伴いストレスによる健康問題についても注視していかなければならないと感じています。
春先から夏にかけて岩牡蠣の出荷が多い季節ですが、全国的な経済の低迷により需要が減少していますし、観光業へのダメージも大きいですね。子どもたちのスポーツ等の大会も、例年なら島全体が注目し応援する雰囲気があるのですが、中止、または遠隔や規模縮小等で、村の盛り上がりもなくややさみしい感じがありました。
【精神的ストレスや孤立感の高まりに、電話での相談対応を可能な限り丁寧に行うことを心がけていた】
五藤:島内には出産施設がありませんね。妊婦さんは様々な不安にさらされていました。島に住む妊産婦さんへの対応について教えてください。
戸谷:出産間近の妊婦さんは本土の実家や親せきの家に里帰りをする場合と、里帰りができない方は病院の近くで宿泊待機をする場合とがあります。今回、村と締結している宿泊先が新型コロナ患者の療養所として手を挙げることになり(その後通常営業)一時期は里帰りができない妊婦さんには宿泊先の変更をお願いしていました。平時から宿泊先は大抵ホテルであることが多く、自炊が難しいいため体重管理や栄養面への影響、慣れないホテル生活で身の回りのことをしないといけないなど、妊婦にとって負担が大きい状況です。加えて、上のきょうだいを連れて県外へ里帰りされた方については、新型コロナにより、きょうだいの一時的な預け先であった保育園に通うことができなかったり、出産後の新生児訪問を滞在先自治体が休止していたりということがありました。そのような妊産婦さんに対しては電話での相談対応を可能な限り丁寧におこないました。
写真上:高齢者の元気のもとであるグラウンドゴルフの様子。山と海を眺めながら、みなさんの笑顔が絶えません(2019年9月撮影)
写真下:知夫里カルタ
五藤:緊急時、特に弱者となりやすい高齢者はどのように過ごされたのでしょうか。
山本:自粛中は普段気軽にお茶を飲んで会話をする近所付き合いや友達付き合いができなくなり、島民の中には精神的ストレスを感じる方や孤立感が高まってきていました。同時に、月1回の各地区サロンや週5回の中央でのサロン(一般的な名称:通いの場)が中止となり、高齢者の交流の場・介護予防の場がなくなり、閉じこもり生活になり、うつ状態や筋力低下などに陥る危険性も高まりました。とはいえ、隣が近く、普段からみられる近所の声掛けや買い物は出来ていました。
戸谷:緊急事態宣言解除後の家庭訪問で聞いたところ、個人間の交流(感染予防に気を付けたうえでの近所でのお茶会や散歩、畑仕事など)は継続されていた方も多く、大きく困った影響はなかったといわれる高齢者さんも多かったように思います。
【普段の活動からキーパーソンをおさえておく、日頃からの活動が生かされたと思う】
写真:慶應義塾大学の看護学生さんと知夫の愛育班員さんとの交流の様子(2019年9月)当Hp内看護学生がへき地に行って保健師活動に触れてみた!で学生さんの感想を紹介しています。併せてご覧ください。
五藤:離島は都市部とは異なり、家族単位で保健活動が行える場所だと理解していますが、平常時から取り組んでいて良かったことがあれば教えてください。
戸谷:離島では、平時からどのような切り口からでも家族全体にアプローチできる良さがあります。
山本:例えば、新生児訪問もしくは健診結果の精密検査受診勧奨の訪問に行った時も、その個人だけではなく、その家族の状況を把握し、家族の健康状態やキーパーソンを把握するよう努めています。その人の話を聴き、悩みを聞いて課題解決を図ろうとすると自然に把握できるものだと思っています。保健師として訪問を重ねたり、島民として生活をしたりしていると、その家族だけではなく親戚関係や交友関係もわかってきます。そうした情報から、一人暮らしの住民の支援は誰がキーパーソンになるかなどがわかってくることもあります。
戸谷:普段の活動からキーパーソンをおさえておくことで、家庭訪問の自粛や集会での様子が確認できなくなっても、状況把握がしやすい、といったことは日頃からの活動が生かされた良かった点だったかと思います。
五藤:災害や感染症等の危機的状況に対応するうえで平時から大切にしていることや今後必要な準備や取り組みなどがあれば教えてください。
写真:介護予防運動教室の様子(自粛後事前の体温測定、消毒、マスクなど感染対策を徹底して開催した今年度初めての教室。2020年7月9日)
戸谷:島民が本土で使えるサービスや相談先を複数確保しておくなど、今後開拓しておく必要があると感じています。例えば先ほどの妊婦さんのような場合、平時から出産のために島を離れた際に、本土でも母子保健サービスが切れ目なく利用できるよう整えておくことも必要だと考えています。
山本:これまでにも台風などの災害時の避難時の声掛けは優先順位をつけて対応してきました。要援護者対応、特にその中でも家族環境(高齢者の独居・Iターンなど)や健康・介護状態から優先順位をつけています。
戸谷:そうですね。平時から要援護者台帳の整備をしています。全住民数が少ないので、普段のかかわりで大体はわかるのですが、移動やある程度のADL・IADLの把握と、その情報がいざというときに活用できる形にしておかないといけないなと思っています。
山本:やはり日ごろの声掛け・支援による信頼関係が大切ですね。あとは、新型コロナ感染症の発生と同時に災害が発生した時の対応の準備の必要性を痛感しています。
また、新型コロナの性質上、また離島であり住民規模も小さいという環境上、感染者に対する偏見差別が生まれやすく、これからも心配な点です。偏見差別を防ぐために、島民に向けて可能な限り情報を正確に、そしてわかりやすい啓発を継続的に行っていくことが重要だと思います。
戸谷:災害対策にも通ずるのですが、今回行政職として防災や健康危機管理といった他部署とも連携をしました。中でも、必要物品の在庫チェックを平時から定例化しておく必要があったと思います。2009年の新型インフルエンザ流行時の対応マニュアルや物品在庫を頼りに対応しましたが、使用期限や数の更新、必要時すぐに活用できるよう共通認識のとれた保管場所、といった点が甘く、非常に焦りました。全国的に消耗品類が品不足となる現象も想定した備蓄をしないといけないということも今回分かったことです。
【村としての考え方を職員全員で共通理解を図ることの大切さ~島民一丸となって~】
五藤:国や組織の方針と、住民の声との間で葛藤が生まれたこともあったことと思います。工夫したことがあれば教えてください。
戸谷:感染予防は集団で取り組まなければならないため、村民皆さんの理解と協力は必須です。しかし、それぞれの状況や健康状態、また価値観は一様ではなく、同じことを求めるには限界があることを感じました。課内、医療関係者間、また新型コロナ関連対策本部会議で村としての考え方を職員全員で共通理解を図ることは、住民対応の際にとても大切だと思います。また、未発生時、県内発生時、隠岐管内発生時といった各フェーズに沿った行動方針をしっかりと定めないと、村民・村外からの疑問や不安が大きくなると思いました。例えば、密集は避けるよう指導していても、集団がん検診等は実施(緊急事態宣言により延期を決定し、実施予定)となると矛盾があるように思われる方もおられました。
山本:健康診査や検診は、自分の健康状態の把握をするための貴重な機会です。保健師と課長の努力、そして関係機関の協力で代わりの日程に変更し実施予定となったことは日頃からの組織間での連携が実を結んだかもしれませんね。
戸谷:そうですね。ただそれでも今回は、日頃の連携よりも配慮すべき内容が多く、関係機関との調整には非常に苦労しました。特に村内の保健医療福祉スタッフの価値観のすり合わせの部分がとても難しいと感じました。一人でも陽性者が発生すれば、村内唯一の診療所が閉鎖になるため、医療サイドは守りの姿勢が強い印象でした。医療スタッフからは、「不要不急の行動を控えるための村全体への声かけをもっと強化するべきではないか」という意見が出され、集団健康診査や検診(以下健・検診)は不要不急のため中止するべきだということを強調される方もいらっしゃいました。役場保健師としては、集団をつくることの感染リスクはもちろんですが、離島で健・検診を実施することの困難さも体験しており、中止すれば年内開催は調整が難しくなること、疾患発見を遅らせるリスクも考えられることを別の観点として提示し、合意形成を図りました。
戸谷:また、PCR検査や検査結果待機者や陽性者の本土搬送のための搬送方法や連絡ルート等の整備が大変でした。自分で移動できないことも想定され、重症化しやすい高齢者も多いとなると、想定・訓練しきれないほどのパターンができます。その時その時の状況や仕方ない決定もあるのですが、知夫村の環境において最善の選択がどうなのか、国・県の方針と地域性も加味したうえで検討することは大変難しいことだと感じました。
山本:一方で、今までにない緊急事態であることや感染者が発生した場合には医療崩壊の危惧があるという困難な状況下においても、逆に地域の未来を明るく照らすようなこともたくさんありました。隠岐全体で医療崩壊を防ぐという隠岐圏域の協力と協働、そして行政と村民が一丸となって乗り越えようとする一体感を生んだように思います。
例えば村長の校内放送による全住民への新型コロナ感染予防に関する呼びかけや、知夫版行動マニュアルの全戸配布による呼びかけ『隠岐圏域以外の往来について・集会・イベントの開催について・新しい生活様式の実践例』、保健師からの全戸配布による『正しい手洗い。咳エチケット』『先の見えない自粛生活~フレイルの進行を予防するために・高齢者として気をつけたいポイント』ちらしでの啓発、全戸配布による診療所からの『まさかの時の入院セットの準備』の呼びかけ、全戸配布による役場地域振興課や社会福祉協議会からの経済対策啓発など、離島ならではのきめ細やかな対応が行われています。今も夏場の島民以外の入村を心配しすぎではないかとの声もありますが、新しい生活様式を守って対応することが重要であると行政・村民とも思っています。
【誰も正解を持っていない中で意見を求められること】
五藤:山本さん、戸谷さん自身にも葛藤や感情の揺れがあったのではないでしょうか。
戸谷:“もしも患者が発生したら“と考えると、小さい離島では通常の保健医療福祉体制は崩壊し、搬送もできず村内での感染者治療と拡大防止を自分たちでしなければならないので、その状況も想定していました。誰も正解を持っていない中で意見を求められることはかなりのプレッシャーを感じました。また、同じ組織内のスタッフ間での意見の不一致が起こった時や、保健所との連絡調整が思うようにつかなかったことに苦労しました。
山本:個人的なことにはなりますが、最近、東京に住んでいる従兄が新型コロナ対策を優先する病院側の治療体制により亡くなったことは、東京の医療崩壊・命の選択を実感した悲しい出来事でした。
五藤:第1波は一旦収束を向かえました。これから課題として挙がってくると思われることは何でしょうか。
山本:今後感染症予防下で、保健活動(健診・健康教室・健康相談・家庭訪問など)をどのように工夫し再開していくかという点です。他の地域での取り組み例も参考にしながら、再開基準や万が一の場合の再延期基準をどのように設定していくかが今後の課題だと思います。
戸谷:村内では回覧と放送がおもな情報伝達・周知の方法ですが、回覧もリスクがあり、これを機に電子媒体もうまく取り入れていけないかと考えています。村内だけで解決できないことが多く、広域的に課題に取り組む必要があるため、村内・隠岐圏域全体の地域診断をしておくこと、他の町村とのネットワークや連携を強化しておくことも非常に重要だと感じます。対応に当たる職員の過労や緊張によるストレスも生じるため、心のケアを含めた健康管理が必要になると考えています。
【平時から整備しておく必要のあることが見つかったことは収穫】
五藤:多くの困難があったと思いますが、これを機に得た気づきや挑戦していきたいことなど、新たに見えてきたことはありますか。
山本:困難なことが起こってきても行政が話し合い、工夫し、関係者と連携し、住民の理解を得られる努力をすれば、住民は理解し、行動をして、離島の生活は守れるということです。それと共に、新しい生活様式の継続への理解を引き続き得るために活動をしていきたいと思っています。
戸谷:平時からの活動で整備していく必要のあることがいくつか見つかったことは収穫です。地域の中で保健師である自分がどのようにみられているのかも少し感じながらの生活ですが、住民として身を置くことでみえる生活者としての視線も活かしながら日々の活動に取り組みたいと思います。
また、感染症について基礎知識が少なく、なかなか経験できる分野でもないため、勉強できる機会があれば、ぜひ深めていきたいと思いました。地域的に特に危機には弱いと思われるので、住民の意識変容と今後の地域づくりも住民のみなさんと共に進めていきたいと思っています。
《知夫村の概況》(2020年7月1日現在)
面積:13.69km
人口:640人
世帯:350世帯
高齢化率:45.0%
出生:2019年度9名 2018年度9人