GETAMA
マットレス造りの技術を活かした座り心地の良いチェアを多く製造
GETAMA(ゲタマ)は1899年にCarl Pedersen(カール・ペダーセン)により創業されたユトランド半島北部のゲステッドに本社工場を構える家具メーカーです。現在も家具の生産を続けられております。
創業当時は海藻を利用したマットレスを作っていました。
その後詰め物をスプリングやウレタンフォームに変えたり、ベッドなどを製作する家具工場を新たに立ち上げるなど、時代の変化に合わせて会社の規模を大きくしていきます。 1950年代に入りHans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)とタッグを組むことにより大きく発展をしていきました。ウェグナーはGE290やGE236などのスプリングクッションタイプのソファを数多くデザインを提供しました。
国内のみならずサレスコを通じて世界中に輸出も行うようになります。そのころの1953年より社名を「Gedsted tang og madrasfabrik(ゲステッドの海藻とマットレス工場)」 の頭文字をとりGETAMAと改めています。 1993年にウェグナーが引退するまでウェグナーとの良い関係は続いていきました。現在もウェグナーデザインの作品を数多く生産し続けています。
ウェグナーはGETAMAの為にGE240やGE290などの120以上の名作デザインを提供しました。 その多くは見た目の美しさもさることながら座り心地に優れており、GETAMAの根底にある「マットレスつくりの技術」を活かしたデザインとなっているように感じます。
Year :1899-
Owner : Carl Pedersen(カール・ペダーセン)-Aage Pedersen(オーエ・ペダーセン)-Willy Pedersen (ヴィリイ・ペダーセン)-
Place:Gedsted(ゲステッド)
1899: Carl Pedersen(カール・ペダーセン)により北ユトランド半島のゲステッドにGedsted Tang og Madrasfabrik(ゲスステッドの海藻とマットレス工場)として創業する。
1910:最初のベッドと家具のコレクションを発表する。麦わらや杢を詰めたマットレスが主流だった時代に詰め物に海藻を使ってマットレスを作ることで人気を博す。
1925:カール・ペダーセンが他界する。息子であるオーエとフランクにより経営が続けられる。
1951:Carl Hansen & Son(カール・ハンセン&サン)とAndreas Tuck(アンドレアス・ツック)、RY mobler(ロユ・モブラー)、AP Stolen(アンカー・ペーターセン)とともにもウェグナーのデザインする量産家具の生産に着手し、Salesco(サレスコ)として共同の営業活動を行う。それぞれのメーカーはサイドボードやソファなど得意分野が分かれていたがGETAMAはスプリングの技術を活かしたイージーチェアやソファを手掛けた。これによりウェグナーとの協力関係が始まり、様々な名作を世に生み出すことになる。
1953:輸入が増えたため、国際的に通用するために社名をGETAMAに変更する。
1968:サレスコの家具の独占販売権を持ったアメリカ企業であるジョージ・ジェンセンIncがニューヨークに多額の資金を投じてショールームを新設するも、わずか三か月で継続が困難となった。ニューヨークの高額な人件費や家賃を支払うため、デンマーク国内価格の3~4倍の価格設定をしたためともいわれている。この出来事はデンマーク家具の人気の衰えを感じさせるとともにアメリカでの販売流通経路を失ってしまうことになる。
1969:サレスコには将来がないと感じ、脱退する。そしてサレスコの社長であったヨルゲン・ホイヤーを引き抜き、自社のショールームをコペンハーゲンのスボーに開設する。ウェグナーは当初サレスコを脱退したGETAMAを非難し、サレスコ側であったが、新しく就任したサレスコのフォスと意見が合わず結局GETAMA側につく。サレスコにはデザインの提供がされることがなかったが、GETAMAにはデザインの提供を続けた。GETAMAとしてはもともと輸出とストアベルト海峡東側の営業を託していただけでユトランド半島の自社で営業をしていたため大きな影響はなかった。
1993:ウェグナーが現役を引退する。ナナ・ディッツェルとの協力関係が始まる。
1999:創業100年を迎える。ウェグナーは現役引退をしていたが、GETAMAの為にセンチュリー2000シリーズをデザインする。
1950年~1960年代
1960年代以降
メーカーHP:https://getama.dk/en/