月下百鬼道中 2.【月下の出会い】 9話 決着
「………」
化け物はゆっくりとその巨体を起こしていく。
氷刃が叩き込まれた後、轟音は静まり、立ち込めた土煙が晴れていく。だけれどそこに僕とローザはいなかった。
「けほっ…けほっ…」
化け物は声がした方向を向く。氷刃が振り下ろされた場所からは遠く離れたその場所で、僕は咥えられていた。
「君は…」
白銀に輝きを放つ毛並み、青い瞳。丸岩で出会った魔狼だ。ローザは魔狼の背中で眠っていた。
そっと地面に下ろされる。
「ありがとう、助かった…。」
「………。」
魔狼はじっと化け物を見つめている。
彼は化け物が腕を叩きつける寸前、瞬きの間に僕らを助けたのだ。魔狼は体を傾け、僕はローザを受け取った。
その間、化け物はこちらに体を向けると前のめりになり、両腕を斜め下に構える。その両腕には再び鉤爪が現れていた。
突撃してくる。息をすぐに整え、迎え撃つために立ち上がる。
しかし、剣を構えようにもあの怪力と強固な氷の鎧に立ち向かう策はない。さっき受け止めたけれどそう何度も受け止められるものじゃない。
化け物はその巨体に似合わぬ速さで駆け、しだいに距離を縮めていく。
「………!」
避けなければと思考していると僕の前に魔狼が出る。
そして彼は高らかに吠えた。
「ウオォォォォォォォォォン!!」
辺り一帯に遠吠えが響き渡る。すると、その遠吠えに呼応するように小さな虹の光がいくつも現れる。
そしてそれは緑に輝く風を纏いながら、狼の姿を形作っていく。六匹程の風の狼は群れをなし、化け物へ向かい、飛びかかり、食らいつく。本物の狼が狩りをするように。
化け物も流石に足が止まり、狼達をなぎ払おうする。だが決定打にはならない。化け物の体の氷は硬いようで幾ら狼達が噛み砕こうとするも難しく、できて足止め程度のようだ。魔狼も今の技は体力を使うのか気怠そうにしている。
これを無駄にはできない。力量の差は歴然、敵わないと分かった以上戦いは避けるべきだ。
気絶したローザを抱える。
「僕らを乗せて走れる?」
魔狼はこくりと頷く。ならば決まり、ここから脱出だ。
魔狼の背中に乗り、峡谷へ駆ける。
あと少し、街に戻ったらすぐにローザの手当てを。
………なんて、考えていたけど甘かったみたいだ。
頭上を一つの影が過ぎる。化け物は狼の包囲網を突破し前に立ち塞がる。
魔狼も足を止める。完璧に避ける体力も残っていないのだろう。
……だったら。
魔狼の背中から降りる。
「一瞬足止めするから、ローザを頼む。」
その言葉に、魔狼は一瞬躊躇ったように見えたが了承したように前を見据えた。
「………っ!」
一瞬だ。その時間を作る…!
身体強化魔法をかけ、真正面から全速力で切り込む。当然の如く、化け物は僕を叩き潰そうとしたがその軌道はあからさまだった。
力任せ、僕のいる真下に向けて。分かっているならば避けられないことはない。
受け止めるふりをして真横へ飛ぶ。氷刃は地面へ叩きつけられ土煙が上がる。
「走れ!!」
僕の掛け声に魔狼は化け物の横を一瞬で抜き去ると峡谷の奥へ姿を消した。
二撃目を警戒していたが、化け物も体力を消耗していたのか来なかった。
暗がりの中、体勢を整え敵の方を向く。
もう少し、ローザ達が離れてしまうまで時間を稼がないといけない。
「…ふぅぅうぅうぅー…」
吐く息が震える。目の前の敵に怯える自分がいる。やることは決まってる。戦わないと。逃げられないだろうな。勝てない、かもしれない。
……最悪、死んじゃうなぁ…教会に戻れるったって、やっぱり死ぬのは怖いや。やだな。
でも、やらなきゃ。…やらなきゃ。
右手に自分の剣を、そして先がぽっきりと折れたローザの剣を左手に持ち、柄を握りしめる。
借りるね、ローザ。ちょうどいいサイズがなくてさ、探してたんだよね。もう一本の剣。
恐怖を振り払うように、声を張り上げる。
『二天一流、新免旅人!!いざ!!!お相手仕る!!!!』
声が峡谷に響き渡る。
「グォォォォォォ!!」
「おぉぉぉぉぉ!!!」
ーーーーーーーーーーー
二天一流、それは僕の家に伝わる剣術。決して二本の剣で戦うから、二、なのではない。
他の武器にも通ずるありとあらゆる知識、戦術をもってして、勝つためならなんだって使って勝つ。
なんなら剣を振るだけじゃなくて、隙をつき氷の剥がれた部分に剣をぶん投げて差す。それを引き抜き、また斬る。
避けて、斬る。避けて、斬る。
その繰り返しを、何度やったろうか。時間も忘れて、ただひたすら繰り返した。
身体はもうボロボロだ。途中脚が止まってしまって、攻撃をもろにくらってあばらも左腕の骨も折れた。
ふらふらだ。
あーぁ…無茶するもんじゃないなぁ…全くさ。
一人で戦って、教会送りになったなんてローザが知ったらなに言われるだろ。…怒るかな…しょうがないか。
「…ちくしょう。」
勝てない。悔しい。未熟だ。足止めという役割を果たしても満たされない。やっぱり勝ちたい。
「…でも、やっぱ…無理、か。」
こちらはもう腕が上がらない。対して化け物は息は上がっているものの、まだ動けるみたいだ。
腕、なんとか切り落としたんだけどな。氷の鎧も部分的に壊したものの健在。
そして、化け物がトドメだと言わんばかりに吠えた。
鉤爪が一つになり氷刃が迫る。
「………………くそ。」
そう呟いた時、聞こえないはずの遠吠えが耳に届いた。