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貴方という秩序

2020.07.27 09:48

「仕事を辞めたい、と…。まだ言ってるんですか、如月さん。」

「…………っ、」


仕事を終え、仮眠を取ってから。

あたしは定期的に通っている病院へと訪れる。


あたしの心療を担当してくれる先生はおそらく三十代後半。


ただその見た目はどう見ても若々しく、もっと歳をとってる可能性もあるくらい人気の先生だ。


この人のカウンセリングの予約はかなり先まで詰まっているほど。


そんな先生と定期的にカウンセリングできるのも、あたしの状態があまりよろしくないからだ。


治療が本当に短期的に必要ならば先生は他を断ってでも診てくれる良い人なのだ。


黒髪に色気のある切れ長の瞳には眼鏡がかけられており。


あたしが着てもそんなに大人っぽくはなれないなとしみじみ思うくらい白衣がよく似合う。


カルテを片手に、男嫌いのあたしが唯一男性と呼べる人と接点を持ち続けている人だ。


「どうして辞めたいんですか?」

「どうって……、」

「理由も無く辞めたいなんてことはないでしょう?如月さんにとってストレスで怖いことがそこにあるんじゃないですか?」

「………っ、」


静かな眼差しはあたしを怖がらせないようにといつも向かい側のソファで下手な動きはしない。


手を伸ばしてきたり、立ち上がったりということを先生は絶対しない。


あたしがそれにどれだけ怯えて縮こまってしまうか知っているから、足を組んで背もたれに腰掛けながら。


今日もあたしの担当医、宇佐美(うさみ)先生は視線だけを動かしてあたしを見透かして来る。


最初こそ、どうして男嫌いのあたしに男の先生が着くのかわからなかったし。


信用する以前に、宇佐美先生とはかなり言い争って反発もしてしまった。


それらを全て知っているこの人は、長い付き合いと言えば良いのか…。


今でこそあたしが一番信頼している先生であり、唯一の男性だ。


「言いたくない理由でも?」

「い、え……。」


小首を傾げて見つめられることに、あたしは視線をそらしてしまう。


信頼はしていても、宇佐美先生の視線は最初からどうにも苦手だ。


何もかもを見透かすような眼差しで、虚言を吐けばなにかされそうな気さえして…。


「生徒から……、告白されて……っ。」

「なるほど。生徒ということは年下ですか。」

「は、い…。ちゃんと振ったんですけど…っ、諦めてくれなくて……。」


最近はやり方がどうにも酷すぎるというか、悪化してきたというか…。


「告白される前は可愛い生徒だったんです。あたしもお喋りするのが楽しかったし、ちょっとわんぱくなところもあるけど……。素直な良い子でしたから。」

「ふむ…。その出会いから告白までのことを話してもらえますか?」

「………はい。」


静かに頷きながら、思い出す記憶に目を細めて。


あたしは初めからゆっくりと取りこぼさないように記憶をたどって口を開いたのである。


***


今を賑わす注目アイドル、如月くんに告白されたのもここ最近のこと。


教師の間でも有名なアイドルが生徒としていることは話しの種になっており。


受け持つ授業で如月くんが見れることを目の保養にする人も多い。


あたしはただの保健医だし、夜間学校で保健室に来る人なんてほとんどいないから特別興味もなかった。


元々、男性にはトラウマがあり。

男嫌いなんて漫画や小説のような設定をいつまでも背負い続けている24歳独身。


女の中で育ってきたからとか、男の人と接触する機会なんてなかったからとかいう生ぬるい理由ではなく。


根本的に男性への恐怖心があり、未だに病院に通って心療を続けているほどだ。


そんなあたしに夜間学校の保健医という仕事は向いているとも思えず。


辞めてしまおうかとずっと悩んでいた。


たしかに生徒が訪れることは少ないものの、あたしから見て子供とは言え男の子の生徒だって少なからずいる。


教員の人にだって男性はいる。


男とは言え、まだ子供だと思える子を相手にする程度なら大丈夫なんだけど。


教員の男性に声をかけられることは未だに慣れない。


けれど通っている病院の担当医からは、環境的に男性も少なく、慣れていくにはいい職場だと言われて辞めるに辞められないでいたのだ。


そんなあたしの平凡かつ、静かに流れていく職場で。


ある日唐突に彼、如月くんがやってきたのである。


「せんせ〜っ、ちょっと寝かせて〜っ」


間延びした声で、その時も相変わらず高いヒールにミニスカート。


金髪を揺らしてドールのようなエメラルドグリーンを携え、派手なパーカーを着こなしていた。


情報としては知っていたし、街中でもよく見かけた顔だからこの人が如月くんなんだとわかるのは早かった。


ただポスターやCMで見ていたものより本物はずっと身長が高くて身体もしなやか。


着痩せするタイプなのか、華奢に見える身体つきとは裏腹に存在感もインパクトも強烈だった。


「えっと…、どうかしたの?」

「仕事続きで寝れてなくってさあ〜。」


ふあっとあくびをしながら、テレビの向こう側で見るより断然かわいいその子にあたしは視線を奪われたのである。


髪さらっさらだし、柔らかそう。

睫毛長いなあ…。


とても男の子には見えないや…。


教員の人たちが騒いで話してるのも分かる気がする。


それくらい彼には人を惹きつける何かがちゃんと備わってるんだろう。


頭を掻きながら勝手にベットへと向かう背中を見つめつつ、あたしは時間を気にしていた。


授業をサボるというのならこちらからも連絡を入れないといけないし。


「次の授業の先生はわかる?あたしから連絡しておくから。」

「んっとねえ……。」


彼の事情が事情なだけに、そこそこサボったとしても睡眠不足と言えば理解してくれる先生も多い。


それになんだかんだと成績も良いって聞くし、休めるときに休ませてあげないとなってあたしも思ってたから。


最初の出会いなんてこんなものだった。


仕事で忙しい彼の休息場所。


保健室の利用者が少ない夜間学校で、あたしは彼の寝息を聞きながら仕事することが増えていったのだ。


「ああ〜……っ、よく寝たあ〜っ。」


うーんと伸びをしながら、その日も仮眠を取りにきていた如月くんが授業もすっかり終わって帰る時間に目を覚ましていた。


「ほんとにね。今から仕事なの?」

「ん〜……、数時間後にラジオが入ってたっけ…?めんどくさいなあ〜。」


ったく、と言いながら如月くんは長い足をブラブラさせてヒールを履くのかと思えばそんな素振りもなく。


頭を掻いて自分の格好を見下ろしていた。


「てか先生って独身なの?」

「はい?いきなり何?」


キョトンとしながら、如月くんが帰ればあたしの仕事も今日は終わりだと思っていた矢先。


何気なく振られた話しに目を瞬いてしまった。


「だって先生、美人じゃん〜?男の一人や二人、居るんじゃないかなあって。」


クスクスと悪戯っ子のように笑って、悪意のない言葉にはお生憎様…と続けていた。


「こんな昼夜逆転した仕事してるのよ?時間なんて合わせられない女に誰がなびくんですか。」


肩をすくめながら、あたしは大人の対応をしていたのだ。


帰る時間は夜中になる。

皆が帰る夕方頃が出勤時間。


誰とも生活リズムが合わず、ひとりで夜道を帰る繰り返し。


勿論それは自分の男性恐怖症からくる仕事選びでもあったし、恋人なんて作りたいと思ったことは一度もない。


「ふう〜ん?勿体無いなあ。せんせーなら引く手数多でしょ?」

「そんなことないってば。それより早く帰りなさい。もう遅いんだから。」

「せんせーこそ、女の一人歩きは危ないですよって言われる側でしょ。」

「あたしは大人で、君は子供でしょ。大人の言うことはちゃんと聞くように。」


フッと笑いながら言うと、彼は素直にはあーいと口にしてようやくヒールを履き直すのである。


「ねえ、先生の名前ってなんてゆーの?」

「え…?」

「しばらく通うことになりそうだしさ。話し相手の名前くらいちゃんと知りたいなって。」


意外にも気さくな彼は、人気者だから傲慢だとか、持て囃されているから調子に乗ってるタイプではなかった。


寧ろ年相応か、もっと精神年齢は低い気がして。


純粋に懐いてくれる彼の愛くるしい笑みにはほっこりしてたものだ。


「如月 文っていいます。」

「え…、僕と同じ名前なの?!」

「はい、実は…。」


苗字だけですけどね、と付け足しながらにこやかに言うと。


如月くんはすごい偶然だと僅かにテンションを上げてあたしに近寄ってきたのです。


「こんなの絶対忘れないじゃんっ!僕、名前覚えんの苦手なのに一発で覚えたよ!!」

「ふふっ、それはよかったです。あたしは如月くんのように存在感があるわけでもないですしね。」

「文ちゃんって呼んでも良い?」

「そこは如月先生じゃないんですね。」

「だって自分の名前に先生つけるのって違和感あるし。」

「それもそうですね。」


他愛のない会話だった。

でもこの会話をキッカケに、彼はそれまで以上に保健室に通ってくるようになったのです。


仮眠目的ではなく、単なるサボりが増え。


だからといって単位はちゃんと取る気で居るのか、出なければならない授業はきちんと出ている要領のいい子だった。


サボれない日は休み時間に必ず訪れて、甘いものが好きなのかしょっ中お菓子を手に持ってくるから。


保健室にも飴玉や、手軽に食べられるひとくちチョコレートなどを置くようにしたのです。


あくまでも教師と生徒という割り切った関係ではありましたが、仕事とはいえ彼が懐っこく話しをしにきてくれるのは心から楽しかった。


内容なんて特別なものではなく、仕事のことだったり交友関係だったり、勉強のことだったりと。


その時々で変わっていたのです。


そんなある日のこと。

如月くんが珍しく女装ではなく男物の服装で保健室にやってきたのです。


「文ちゃーん、ちょっと手当てして〜?」


ちょくちょく男物の服装で来ることはあった。


元から身長も高く、身体つきはやっぱり着痩せするタイプのようで。


なんでもないジーンズにシャツとパーカーというシンプルな格好をすれば愛くるしさなんてどこから生み出されていたのかと思うほど…。


美青年という言葉がしっくりくる如月くんは肩につくほどの長い髪を耳にかけていつもとなんら変わらぬ気さくさで話しかけてくるのです。


最初は正直戸惑ったし、どちら様?って言ってしまったこともある。


けれど話してみれば普段となんら変わらない、女装していないだけの如月くんだから抵抗感は一瞬でなくなったの。


「手当てって…、また怪我したの?」

「変な奴に絡まれんだもん〜。」


気さくな上にやんちゃ。


十代のこの歳ならではと言えば良いのか…。


次の日、仕事が休みだったりすると如月くんは必ず男物の格好で登校し。


そのまま遊びに出かけるのだ。


しかも遊ぶ連中は彼と同じようにやんちゃ坊主のようで、所謂不良だった。


だから喧嘩して次の日に怪我の手当てをするのは良くあることで、やれやれと言いながら消毒液を握るのだ。


「事務所の人に怒られたりしないの?」

「まあ流石に顔怪我したらヤバイけど〜。身体に関してはヌード撮らない限りは目立たないしね。」


秘密にしてる、と悪戯っ子のような顔で笑う笑い方も本当に変わらない。


格好が変わるだけでガラリと雰囲気も変わり、俳優か何かのようにも見えるくらいモテそうな格好よさを感じるのに。


あたしからしてみればあまり無茶をしないでほしいと心配してしまう程度の親心のような感覚しかなかったのだ。


「あんまり怪我してるとモテないわよ。」


折角格好いいのにって言って冗談っぽく笑いながら、怪我の治療をしてあげると


彼は僅かに眉根を寄せて、それからあたしの手首を掴んできたのだ。


「如月、くん…?」

「文ちゃんってさ、俺のことどう思ってんの?」

「はい…?」


いきなりなんでしょうか?と困惑するのは当たり前。


ただ如月くんは結構唐突な発言が多いから特に気にすることでもなく、慣れたように小首を傾げた程度だ。


「格好いいって言ったじゃん。」

「ええ…、はい。格好いいと思いますよ。」

「それで?」

「それでって…?」

「他にもっとないのって聞いてんの!」

「え、えっと…、美人だと、思います。」

「それから?」

「えええ…っ。えーっと……、」


何が聞きたいのかわからずも、取り敢えずは自分の中の如月くんの印象を語ったのだ。


「可愛くておしゃれで懐っこくって、ちょっとわんぱくなところもあるけど人が良くて素直ないい子だなと思いますよ。」

「…っ、」

「如月くんのような子供を持てたご両親はきっと幸せですね。胸を張って自慢できる息子さんなんて、親孝行者ですよ。」

「なに、それ……っ。」

「それにしっかりしてるし、将来どんな人と結婚するのか今から楽しみ……」

「ふざけんな…っ!!」


あたしの言葉は最後まで紡がれることなく、彼の怒鳴り声によって掻き消されていた。


流石のあたしも一瞬ビクついてしまい、何か怒らせるようなことを言ってしまったのかと焦る。


けれど…、


「よく、わかったよ…。なるほどね。こんだけ先生に会いに来て、話しをして、二人きりになってても俺はずっとガキ扱いだったってわけか…。」

「き、如月く……っ?」

「あーあ、やってらんねえ……。仕事を出来る限り午前中に詰め込んで学校来れるように必死に調節して会いに来てたってのに……。どんだけ残酷なこと言うわけ?先生…。」


項垂れていた頭をゆっくりと上げて、如月くんはいつもの笑みも消えていた。


静かに冴え冴えと、冷たい熱を秘めた眼差しに睨みつけられた瞬間。


あたしの背中に悪寒が走り、それまで彼を子供としてみていた感覚が一気に壊されたのだ。


自分の中に膨れ上がる恐怖心が信じられなくて、如月くんが男の顔をしてあたしを恨みがましそうに睨んでくる姿に萎縮していた。


「き、きさ……っ?」

「これだけ毎日のように時間作って会いに来てんのに、俺のこと子供扱いにもほどがあんじゃん?」

「子供、でしょう…?」


やめてほしかった。

これ以上、あたしに自覚させないで欲しかった。


その格好で、その顔つきで。

あたしに近寄って来ないで欲しかった。


でも…、


「俺は先生を親みたいに思ったことなんか一度もないけど?」

「…っそんなの、当たり前で……」

「じゃあいい友達だとでも?それとも教師と生徒って割り切られてた?俺ってさ、誰にでも人懐っこく会いに行くタイプに見えんの?」

「ちが、うの……?」


テレビの中の彼は誰とでも気さくに話している。


勿論それは仕事ってこともあるんだろうけれど、実際この保健室に通ってくる彼もテレビの中と同じだったし。


それにあたしはここ以外での如月くんなんて知らないし…。


小さく震えながらも、大人としてきちんと対応しなきゃって思いだけでなんとか話しを続けていたんだけど…。


「それ聞いちゃう?女と外で会うだけでパパラッチに撮られて週刊誌にあることないこと書かれることわかってんのに?」

「…っ、」

「だから校内でしか会わなかったし、こっちだって細心の注意払ってたってのに…っ。」

「何が、言いたいの…っ?」


子供じゃないって駄々をこねるにしては怖すぎた。


だから早く終わらせたい気持ちが先走りすぎたんだと思う。


あたしが畳み掛けるように恐る恐る問いかければ、如月くんは言葉につまり。


あたしの顔をまじまじと見ながら大きな舌打ちをしたのだ。


まるで、そこまで言わなきゃわかんないのかと言われてるようで…。


年下相手に縮こまるなんて、教師失格かもしれないとすら思いながら…。


「好きだって言ってんだよ…!!」

「え…」

「先生としてじゃなく、生徒としてでもなく。個人的に、男として、俺は如月 文が好きだって言ってんの。」

「…っ?!」


やけくそのような言い方で告白されていた。


しかもご丁寧にあたしがすっとぼけた勘違いなんてしないようにと説明まで加えてだ。


呆然としてしまうあたしに、如月くんは大きくため息をついて「こんな言い方するつもりじゃなかったのに…っ!」て目の前でボヤいていて…。


あたしは、軽くパニックになりながらもなんとか理性を手繰り寄せていた。


まだまだ年端もいかぬかわいい高校生の恋愛だ。


純粋で大人になりかけの未成熟な恋心。


それを向けられたということはちゃんと理解できたし、彼なりの精一杯だということもよくわかる。


でも…、


「ごめん…、なさ……っ」

「こんな状態ですぐ判断すんなよ!!」


聞かないからな!と、相変わらずの我儘であたしの言葉を遮り。


如月くんの怒鳴り声にビクつくと、彼はハッとして頭を掻き。


それからゆっくりと歩み寄って来ようとしたのだ。


「先生、頼むから……」

「い、嫌…っ!!それ以上来ないで…っ!!!」


彼がなにか言いかけながら手を伸ばして来たことに。


あたしはもう我慢の限界だった。


知られたくなかったし、こんなことで彼の恋心を傷つけたくもなかったけれど…。


でももう、本当に無理だった。


これ以上は耐えきれなかった…っ。


椅子から立ち上がって逃げようとしたものの、足腰は思った以上に力が入らず。


あたしはその場でへたり込んでしまい、机の下に這い蹲りながら隠れ混んでいたのだ。


身体を小さく折りたたみ、ガタガタ震えて。


「せん…っ、」

「い、嫌…っ!嫌嫌嫌…っ!!来ないでっ!来ないでええええっ!!!」


パニック発作に近いものだったと思う。


もう完璧にあたしは如月くんを男性と判断しており、告白された時点で我慢していた糸がプッツリと切れてしまったのだ。


泣き叫びながら怯えきって叫ぶあたしを見て、如月くんが目をこれでもかと開いて固まっている様子は脳裏に焼き付いてしまった。


それから数分後。

あたしの叫びを聞いた人がいたらしく、女性の教員が駆け込んできたのだ。


あらかじめあたしの恐怖症のことは皆に伝えていたから。


変な誤解があってはいけないし、いつ自分がそんなことになるのかもわからないことには対処しておいたのだ。


だからこそ如月くんが下手に疑われることはなく、入ってきてくれた女性の教員の人があたしを抱きしめてくれながら如月くんに説明してくれた。


「驚いたわよね。ごめんなさい。如月先生は重度の男性恐怖症と診断されているのよ。」

「男性…、恐怖症……?」

「ええ、学生の頃からずっと病院にも通ってるらしいの。子供だと認識している相手なら異性でも関係なく接することはできるらしいんだけど…。」


ふとした時に、男だと思い知らされたら終わり。


あたしがどこに反応したのかは知らないけれど、如月くんが悪いわけじゃないからと。


女性の教員の人がフォローをしてくれながら、あたしはすでに頭が真っ白で自分が何を叫んでいるのかもわかってなかった。


ただ、そう…。

唯一わかっていたのはパニックの中で流していた涙は恐怖からではないってことだけ。


「さあ、教室に戻りなさい。如月先生…?歩けますか?」


告白をされたことに対して、好意を持ってくれた相手に対して。


あたしは嫌悪感しか抱かない。


あたしのことを本気で見てくれようとしてくれる人に対して、悲鳴しかあげられない。


たとえ生徒とは言え、これまで楽しかった日常をなかったことにしてしまうような事態しか引き起こせない。


何よりも、あたしの弱さが周りの人にまで迷惑をかけていく。


涙は止まらなかった。


そして心から思った。



こんな姿、誰にも見られたくなかった。