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Ocha journal

隙間時間に、印象的な短編を

2020.07.30 10:00

 Ocha journal一年の豊永です。ちょっとした移動時間、恋人を待つ間、眠れない夜……そんな日常の狭間にある「暇」をあなたはどのように過ごしていますか。今回、私からはそんな「暇」を素敵な時間にしてくれる印象的な短編小説を四編ご紹介します。長編の作品を読むには時間がないという方でも比較的短時間で読むことができる作品なので、日常の隙間に短編小説の世界に浸ってみるのはいかがでしょうか。


『未来都市』福永武彦


 画家の僕は未来都市へ行った。記憶ははっきりとはしていないが、僕は確かに「自殺酒場」のバアテンと一緒に案内者に連れられて未来都市へ––––哲学者が支配する静かで平和で皆が幸福な都市へ––––行き、暮らしていた。“科学的”で“芸術的”で、どこまでも未来的な生活を送る中で、過去に失った女性二人の影が見え隠れしはじめ、僕は自分がいつまで経っても未来都市に馴染めないことに気づく。


 福永武彦には珍しいSFチックなストーリー。絶望した画家は「未来都市」に何を見たのか?「未来都市」は人類の目指すべきあり方なのか?そんな理性的に考えさせられる面もある一方で、夢をみているようにおぼろげな感じもする、不思議な作品です。


収録書籍:『夢見る少年の昼と夜』(小学館 P+D BOOKS 2017)『廃市・飛ぶ男』(新潮文庫1971)ほか



『女のいない男たち』村上春樹


 真夜中の電話のベルで、僕は起こされた。感情のない声で知らない男が告げる。「妻は先週の水曜日に自殺をしました。」男は僕のかつての恋人の夫だった。なぜ男は僕に電話をかけてきたのか?僕に何かを考えさせるために?では何を?僕は彼女(便宜的にエムとする)のことを回想する。僕らは14歳で出会った、本当はそう出会うべきであったのだ。エムは自分の消しゴムを二つに割って、一つを僕にくれた。エムは世界中の船乗りから狙われていた……。


 一人の女性を失い、女のいない男たちの一人になった「僕」が孤独と痛みを軽妙に語る抽象的な作品。「事実ではない本質」を前に、「僕」が書き連ねるたくさんのメタファーやエムとのエピソードやその他諸々が、どういうわけか喪失の痛みと喪失それ自体と共鳴しながら響いて来る村上春樹ワールド全開の一編です。


収録書籍:『女のいない男たち』(文藝春秋2014)



『薬指の標本』小川洋子


 かつて女子専用アパートだった建物を丸々利用した標本室で働いているのは、受付や雑用をこなすわたしと標本技術士の氏のふたりだけだった。焼け跡に生えたきのこ、別れた恋人にプレゼントされた曲、文鳥の遺骨……依頼人が持ち寄る様々な品を、彼らの望み通りに標本として、封じ込め、分離し、完結させることが標本室の役割だった。ある日わたしは弟子丸氏に靴をプレゼントされる。それはわたしの体の一部のようにぴったりと合っていて、どんな時でもその靴を履いていて欲しいと彼に言われる。


 事故で左手の薬指が欠けている「わたし」と、どんなものにも慎み深く向き合い標本室に封じ込める標本技術士の、ひっそりとしたふたりだけの愛の物語。愛する人に全てを委ねてしまいたい、ぴったりとくっついて一つになってしまいたい。そんな恋する者たちの願いが静かに語られる、ガラス細工のように繊細で、誰も邪魔することのできない慎ましやかな世界にあなたもきっと魅了されるはず。


収録書籍:『薬指の標本』(新潮文庫1997)

備考:フランスで映画化もされています。ディアーヌ・ベルトラン『薬指の標本(原題 L' Annulaire)』(2005)



『夢十夜』夏目漱石

 

 第一夜、こんな夢を見た。仰向けに寝た女が、枕元に座った自分に「もう死にます」と言う。それから女は、死んだ後百年の間墓のそばで待っていて欲しいと言う。自分は女の言う通りにする。真珠貝で墓を掘り、星の破片を墓標に置いて……。第二夜、こんな夢を見た。自分は侍である。時計が次の刻を打つまでに、悟ることができなければ自分は自刃する。自分を人間の屑と言った和尚の首と引き換えに、自分は悟ってやるのだ……。第三夜、こんな夢を見た。自分は六つになる子を負ぶっている……。


 十夜分の夢の幻想的で少し不気味な世界を、的確な言葉で描き出した作品。怪談めいた話から悲しげな話まで、一夜一夜テイストが異なり、一つの短編の中でも様々な作品を楽しめます。漱石の作品の中では異色を放つものであると言われています。


収録書籍:『文鳥・夢十夜・永日小品』(角川文庫クラシックス1970)『文鳥・夢十夜』(新潮文庫 2002)『夢十夜』(青空文庫)ほか