Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

dovecote

詩と音楽『未明』

2020.07.28 08:01

末埼鳩×中月ヘロン「未明」

中月ヘロンさんとのコラボです。私が読んだ詩に音楽と映像をつけて下さいました。タイトルは『未明』。今年4月の、果てがないような閉塞感のなかで書きました。ヘロンさんにイメージを伝えてもらって、見えた風景を書いてます。たぶんこの世が一度終わったあとの話。youtubeで全編見れます。


『未明』

 彼女はランプを足元に置いて、固く冷たい床に膝をついた。カーテンの無い古い窓の、ささくれだった木枠を掴み動かすと、軋みを上げながら窓は開いた。土と埃の匂いがした。その中に、死んだ生き物が発するような臭気も微かに混じっている。彼女は背筋を伸ばし、窓の向こうの彼方を見つめた。高台に建てられた小屋の外はどこまでも続く赤土の荒れ地だった。真夜中でもそれがわかるのは、醜いクレーターだらけの巨大な月が光を撒き散らしているからだ。

 彼女は水色の滑らかな布を頭からかむり、かさついた両手の指を組み合わせると目を閉じた。月と大地、どちらが先に病んだのか彼女は知らない。透明な帳がそうっと世界を包み込み、たくさんのものが終わりを迎えた後で彼女は生まれた。彼女は、何もない小屋の中でひとり祈る。何に対して、何を祈っているのか、わからないまま唇を引き結んで。

 足の痺れも感じなくなるほどに長い祈りの末に彼女はやっと目を開けた。月は遠ざかっていた。空は群青色をして、その一番下、地平線と重なるところだけが帯のように細く赤く染まっている。あれは夜明けの兆しなのか、遠く燃える戦火なのか、彼女にはまだわからない。