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Arcoiris

私の生きる力の源だったもの

2020.07.28 14:52

小さい頃、テレビコマーシャルでアフリカの子どもの映像をよく見た。

お腹が大きくて、手足はガリガリの子ども。

何であんなにお腹が大きいのか不思議に思い側にいた祖母に尋ねると、

食べるものがなくて、栄養が足りてない、「栄養失調」

だと教えてくれた。

それは当時の私にとても衝撃を与えた。

私には母がいなかった。

私が2歳半の頃、家を出たと聞いている。

母のことは何も覚えていない。

保育園の頃は祖母が同居していた。

途中お見合いで父は結婚し祖母は本家へ戻った。

しかしその結婚は上手くいかなかった。

その人は家事が苦手で、結局父がよくご飯を作っていた。

その結婚の後半は喧嘩が絶えず、家の中にいると聞こえて来ること、目にすること、夫婦の喧嘩が本当に嫌だった。

どんなに元気にステキに大きな声で歌を歌っても、全然気分は晴れない。


あー、生きるって何?

しんどいわぁ〜。

毎日そんな感じだった。

小学校6年生の頃、その結婚は終えた。

家の中は静かになった。


父は自営業をしながら、私と兄と弟を育てた。仕事が終えるとご飯を父が用意する。

朝も父が用意する。

なんか父は大変そうだ。


そう思えたから、

その内それは私も手伝おうと、

小学校6年生のその頃には夕飯は私が作った。


中学生の頃には、

自分や兄や弟のお弁当も、夕飯も作った。

洗濯物もした。


高校になると家事を私がする事は当たり前で、

古い考えの父も、

「家のことは女であるお前の仕事だ」と、

そして、「女が高校なんか行ってどうするんだ」と、さらに、私は部活はやらせてもらえていたけど、家のことを怠ると部活の試合に行くための交通費がもらえなかった。部活に必要な道具がなかなか買ってもらえなかった。


だから高校の時は毎日4時や4時半には起きて、家のことをしてお弁当も作って部活の朝練に行った。


色々「子ども」ってしんどいなぁ。

早く大人になりたいなぁ〜。


っとよく思っていた。

そんな風にいつもしんどかった時、

寂しかった時、

私はお腹の大きな、栄養失調の子どものことを思い出した。


ご飯も食べられない子が

この地球のどこかに今いるんだなぁ。

私はご飯、食べれてる。

服もあり、家もある。

友達もいて、学校にも行ける。


そうかそうか。

お母さんが作ってくれたお弁当に文句言ったりしている友達を見ると、羨ましいなぁ〜、作ってくれるお母さんがいて。

お母さんの味ってどんなかなぁ?

って思ったり、

お母さんが起こしてくれなかった!

って怒る友達を見ても、

羨ましいなぁ〜って、

時々思ったりしたけど、


私はすごく、幸せなのかもしれない。

そうだそうだ。

ありがたい。


よくそう思っていた。


アフリカの子どもを思い出すだけで、

私はまだまだだ。頑張ろうって思えた。


いつもしんどい時、

頑張ろうって思う力をくれた。

だから私は途上国のボランティアに行った。


いつも私に力をくれた立場の人達のお手伝いをしたいって、


ずっとずっと思っていたから❣️

でも本当にそんなこと、できるかな?

できること、あるかな。

やりたいけど、できるかな?


そう思い、

まず単身、インドネシアに3ヶ月旅に出た。

海外で働く経験の前に、

途上国に住んでみよう✨っと思えた。


水は井戸水を毎回汲む。

トイレは桶で水を汲む。

現地の人は紙の代わりに左手でお尻を洗う。

お風呂は井戸水汲んで水浴び。

たまに壁にサソリがいた(・・;)

洗濯物は手で洗い、椰子の木から椰子の木にかけた紐に干す。

貧しい家の子どもは学校行く時間あるなら働かないと家族が食べていけないので働く。

場所により戦争の跡そのままに戦車が転がっている。

タイムスリップしたような

インドネシアの光景。

インドネシアの生活。


それでも人々は生きるのに必死で、

そして笑顔が美しかった。


私が困っていると、

何人もの人が心配して声をかけてくれる。

近寄って来てくれる。


ホームステイ先のママは、

どんなに忙しくても

私が困っていると家事の手を休め、

私の隣に座り、私のつたないインドネシア語とジャワ語の混ざった会話に耳を傾けて聞いてくれた。


なんて温かいんだろう。

なんて豊かな心だろう。

なんてステキなんだろう。


日本もステキ。

でも、私が道で困っていたら?

忙しい中手を休めてこんなに話し聞いてくれるかな?


私だって、

できるかな?


現地で私は泣いた。

すごく泣いた。

現地の人達の優しさに。


こういう国に来て、

私はやっぱり励まされる。

私はやっぱり、教えられるばかり。


「可哀想な人達」と思っていてごめんなさい。可哀想だったのは私だった😭✨


お手伝いしたいなんて思っていたの、

ごめんなさい。


それでも私は、

行こう、ボランティアに❗️


こんな風に気が付けたから、私はきっと大丈夫✨


私は外国で、日本人を楽しんでくる♫


そう思った😊