ユートピアとリアル世界
ここはまるでユートピア。
シャンティ。シャンティ。シャンティ。
インド人スタッフはよく子どもみたいにケンカしてるし、犬の扱い雑だし、そういう愛のあるコンフリクトはあるけども。
わたしは農業を学びに、英語の練習をしに、自分を成長させるために、知りたいことを知るために、来た。でも中には心や身体の療養に来ている人も居る。
そういう人たちも含めて一緒に土を触ったり、たわいもない会話をしたり、言葉が通じなくても触れ合ったり、”共に生きる”ことでシャンティが生まれる。
だがしかし、どこかで、ここが非リアルなような感覚が抜けない。
むしろここは理想の世界なのかもしれないのに。
究極的にサステイナブルな空間だもの。
これが、ここに来る前からのわたしの大きな悩み。
どっちがリアル世界で、どっちが非リアル世界なのか。
戦争・紛争、地球温暖化、少子高齢化、核問題、資本主義、自殺、借金問題...挙げたらキリがないけど、わたしが東京で過ごす、大学に通いながら課題もあるのに週5でフルタイムでバイトして、完全オフが月一みたいな生活がリアルな世界なら、
ここの毎日23時ごろ寝て、8時前に起きて、朝ごはん食べて、土いじりして、昼ご飯食べて、セッション受けて、夕方散歩に出かけて、夕飯食べて、その中でスタッフやボランティアとケラケラ笑って、ふざけて、自然を感じて、小さな喜びを大切にするここが非リアル。
正解はどっちもリアル世界なんだけどね。(笑)
もうだいぶ、こっちの非リアル世界がリアル世界になりつつあるけども、同時にわたしの思っていたリアル世界を忘れてしまいそうで怖いの。
その恐怖と不安がいつになっても消えない。というか消えないように必死にしがみついてる。
本当に困っている人は、こんな非リアルな世界に踏み込むことなんてできないのに、わたしみたいな特技もスキルも何も持たないへらへらした学生が興味本位だけでこんな幸せ噛みしめていいのかなあ。
誰にも迷惑かからないし、平和は自分が幸せになることからだと思うし、いいのかもしれないけど。ただ、これまでわたしが学んできた困っている人たちの存在を忘れそうで怖いのだ。どうしたものかねえ。
だからここの生活をこころから楽しめないで居る。
でもね、このわたしの言う非リアル世界からこそシャンティは生まれると思うの。そして、この非リアル世界からリアル世界のオカシなシステムも変えることができると思うの。
分からないのは、この非リアル世界とリアル世界の大きな大きなギャップをどうしたら埋められるのかなあってこと。
やってみないと分からない、のかもしれないね。
さて、やっと怖気付かずに英語を話せるようになってきたような気がするところで、わたしは今日から12日間お休みをもらって旅に出ます。
今日から一泊リシケシュに、明日夕方からはラダックに向かいます。そして24日にここに戻ります。
ボランティアの友達たちも週末バカンス(避暑地)に出かけました。
また会おう。フィルミレンゲ!