#アフタービットコイン2仮想通貨VS中央銀行
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「仮想通貨 vs 中央銀行」の現在地、CBDCの開発状況とFRBや日銀の動きを解説
2020/07/13
FINOLAB コラム:
麗澤大学 中島 真志教授が執筆した『アフター・ビットコイン』は金融関連の専門書としては異例のベストセラーとなった。この6月には続編として、『アフター・ビットコイン 2 仮想通貨 vs. 中央銀行』が刊行となった。「『デジタル通貨』の次なる覇者」という副題のついた本書では「『リブラ』の迷走」「民間銀行によるデジタル通貨発行に向けた動き」「中銀デジタル通貨(CBDC)に向けた動き」、そして「デジタル通貨」の発行を目指す“3つ巴”の動きを論じている。今回は中島氏の指摘や展望を検証したい。
FINOLAB Head of FINOLAB 柴田 誠
<目次>
1 2017年の「仮想通貨」バブルを振り返る
2 意外に早かった「バブル崩壊」
3 「デジタル通貨」に何が起きているのか
4 FRBや日銀など「中銀デジタル通貨」への動きを解説
5 IT企業や民間銀行、中央銀行という「三つ巴」が参考にすべき著書
2017年の「仮想通貨」バブルを振り返る
麗澤大学 教授 中島 真志氏が著者を務める『アフター・ビットコイン』が刊行された2017年10月は、日本が「仮想通貨(現在では暗号資産が正式呼称)」取引で世界から注目されていた時期であった。
世界に先駆けて2017年4月に施行された改正資金決済法により「仮想通貨取引所」が規制されることになった一方、取引所各社は「いよいよ仮想通貨が合法化された」といってアピールをし、低金利下で高いリターンを求める顧客の争奪戦が展開されていた。
同年中ビットコイン価格が20倍近く上昇、「億り人」と呼ばれるビットコイン長者が続出したこともあって、350万もの取引口座が開設される「ブーム」が出現、いわば「バブル」の真っただ中であった。
意外に早かったバブル崩壊
「仮想通貨」の取引が活発となった状況のもとで、2017年後半には全世界のビットコイン取引に占める日本円のシェアが5割に達するようなこともあったが、早々に「バブル」が弾けることとなったのは記憶に新しい。同年12月に2万ドル手前まで上昇したのが最高値で、そこから一気に価格下落が始まった。
さらに、2018年1月には、取引所としての正式認可取得前の「みなし業者」というステータスで派手に顧客を集めていたコインチェック社で600億円相当以上の仮想通貨が不正流出するという事件も発生し、「バブル」の崩壊が決定的なものとなった。
今から思えば典型的な「バブル」であったが、価格上昇が続いているうちはなかなか認識できないものである。著者が2017年の執筆段階でビットコインの問題点と「バブル」の可能性を指摘して、ビットコインは「終わった」と断言したのは正に慧眼である。
さらに、仮想通貨を支える基幹技術である「ブロックチェーン」について、(1)取引データの改ざん防止、(2)システム障害の発生防止、(3)構築コストの削減などの特徴に言及して、「世界を変える」と評価しているが、その後多くの金融分野においてブロックチェーンを活用した実証実験、実用化プロジェクトが進展しつつあり、決済業務に精通している著者の深い洞察に敬服するものである。
「デジタル通貨」に何が起きているのか
前作が刊行された2017年10月以降の大きな変化として、まずフェイスブックが「仮想通貨」の利便性と「法定通貨」の安心感を両立させるべく、新しいデジタル通貨である「リブラ」の発行準備を進めるためにホワイトペーパーを発表したが、世界中の決済関係者の議論を呼び、中銀関係者からはかなりネガティブな反応を得たという顛末を説明している。
そして「仮想通貨」業界においては多くのアルトコイン(ビットコインの代替コイン)が出現し、不正流出事件や取引承認結果を歪める51%攻撃が発生した点を説明。取引価格が変動しない「ステーブルコイン」が注目されるようになった一方で、その代表銘柄である「テザー」の持つ問題点を指摘している。
また、大手金融機関がブロックチェーン技術を活用した「デジタル通貨」に積極的に取り組むようになっており、Utility Settlement Coin(USC)のように大手行の協業による銀行間決済用「デジタル通貨」を中銀預金見合い(融資後にその一部を半強制的に預金させること)で発行していることを紹介。
さらに、米JPモルガンチェースの独自通貨「JPMコイン」のように単独行によるデジタル通貨の発行、IBMが推進して50以上の銀行が参加するBlockchain World Wire(BWW)のようにブロックチェーンベースの決済ネットワークでデジタル通貨を利用している、といった事例を示している。
また、各国中央銀行におけるブロックチェーン技術の研究が、シンガポールとカナダ、欧州と日本というように多国間プロジェクトに発展していることに加え、「デジタル通貨」発行をめぐる検討も、中国やスウェーデン、バハマ、カンボジア、東カリブ、欧州、ウクライナ、トルコなどにおいて本格化していることから、いよいよ「中銀デジタル通貨(CBDC)」が現実のものとなりつつあるとしている。
そうした点をふまえ、IT企業や民間銀行、中央銀行による「三つ巴」の争いが、「デジタル通貨」の覇権をめぐって展開されていると指摘している。
FRBや日銀など「中銀デジタル通貨」への動きを解説
新作が刊行される前後の短い期間にも、著者が「大本命」とするCBDCの実現に向けた動きが顕在化しており、指摘された変化の重要性をさらに裏付ける結果となった。
・FRBパウエル議長の発言
連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は6月17日、米下院金融サービス委員会の会合で、CBDCに関して以下のような考えを述べている。
「デジタル通貨は中央銀行が設計すべきものと考えている。民間セクターは通貨供給に関与しておらず、通貨供給は中央銀行の役割だ」
「研究に時間をかけすぎたり、技術的な変化を逃したりすれば、ドルがある日、世界の基軸通貨ではなくなってしまうという事態を招きかねない。それを防ぐことは我々の責務だ」
これは、「デジタル人民元の研究で先行する中国の野心的な動きに対して、米国の国際基軸通貨としての地位が脅かされる心配はないか」という委員会での質問に答えたものであるが、2019年までデジタル通貨についてはかなり慎重な見解を示してきたFRBとしては、相当踏み込んだ発言だった点は注目される。
・カンボジア中銀による「バコン」ホワイトペーパー発表
カンボジアの中央銀行にあたるカンボジア国立銀行は6月18日、3年ほど前から取り組んできたブロックチェーンを基盤とした決済システム「プロジェクト・バコン(Project Bakong)」のホワイトペーパーを発表した。「バコン」については新作においても触れられているが、実用化にむけてさらなる一歩を踏み出したこととなる。
同国の法定通貨はリエルだが、国民はその自国通貨を使わず、数十年にわたって米ドルを利用しており、「プロジェクト・バコン」はQRコードとモバイルアプリによる決済を促進してドル脱却を目指すものだと同行は強調している。
また、カンボジア当局は法定通貨に裏付けられた「バコン」をCBDCと位置づけることには消極的で「ブロックチェーン決済システム」と呼んでいる。バコンを利用する国民は、取引の際にはまず、リエルをバコン口座に入金しなければならないことから、ホワイトペーパーではバコンを先進国におけるCBDCプロジェクトとは異なるものと位置づけている。
正式な運用開始日はまだ明らかになっていないが、ホワイトペーパーには「2020年前半」との記載もあり、世界の注目を集めている。
・日銀のレポート発表
日本銀行は7月2日に、「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」というレポートを発表した。
その中で、中銀デジタル通貨(CBDC)が現金同等の機能を持つためには、「誰もがいつでも何処でも、安全確実に利用できる決済手段」であることが求められるので、CBDCの検討には「ユニバーサル・アクセス(Universal access)」と「強靭性(Resilience)」という2つの特性を備えることが技術的に可能かどうかの検討が重要となると指摘されている。
また、技術的な課題に加え、セキュリティ確保のためのセーフガードや、プライバシーとマネーロンダリング防止/テロ資金供与対策(Anti-Money Laundering:AML/ Counter Financing of Terrorism:CFT)の両立といったコンプライアンス上の課題への対応も重要であるとされた。
これらはオンライン、オフライン決済に関わらず重要であるが、オフライン環境下ではより対応が難しくなるため、しっかり検討する必要があるとされている。
セキュリティに関しては、端末の定期交換などを通じて、オフライン環境におけるCBDCの偽造リスクに対応する必要があり、オフライン環境では管理者が脅威を常時把握できないため、CBDCの利用金額に一定の上限を設けて被害規模を予め限定することも選択肢の1つであるとされた。
コンプライアンス面では、プライバシーの確保に向けた検討が重要である一方、AML/CFTの観点から不正リスクを抑制するために、決済情報の事後収集やオフライン利用金額の上限設定などを検討する必要性が強調された。
IT企業や民間銀行、中央銀行という「三つ巴」が参考にすべき著書
『アフター・ビットコイン 2 仮想通貨 vs. 中央銀行』においては、金融業における最新技術を活用した取り組みやそこから生まれる競争関係を描きつつも、その視点は常に、「通貨の本質とは何か」「中央銀行の果たすべき役割は何か」「決済・金融インフラに必要な機能とは何か」に関する、著者の冷静な洞察に裏付けられている。
大学で教鞭をとり、学術的な調査を行うとともに、日銀やBIS(国際決済銀行)での勤務経験をもとに実務的なアプローチによる分析も欠かさないという著者の姿勢が、『決済システムのすべて』を始めとする多数の著作が金融マンの信頼を得てきた背景にあることは間違いない。
前作がそうであったように、新作も単なる時事解説ではなく、フィンテック、金融・決済インフラや金融機関システムの構築・運用を担うすべての関係者に向けた「啓発の書」である。
「三つ巴」に争うIT企業、民間銀行、中央銀行いずれにとっても、今後の戦略を立案する上で「必読の書」であると筆者は考えている。