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本とか

恋するということ

2020.07.31 10:20

 昔、こんなテレビCMがあった。


 主人公は若い男。たぶん東京かどこかの都会で一人暮らし。おそらく仕事で行き詰まっていて、父親と飲みに行く流れになる。CM中はずっと曲が流れていて人物たちの肉声は聞こえないので、父子が何を話しているのかは分からない。

 帰宅した男の元にメールが届く。送り主は父。内容は「恋をしろ!」の一文のみ。希望に満ちた感じでCMは終わる。



 ざっくりとこんな感じだったと思う。どの企業の何のCMなのかは忘れてしまった。

 でも父からの「恋をしろ!」ってメールだけは鮮明に覚えている。




 人は恋をすると弱くなる。

 弱くなるから強くなれる。

 実るか実らないじゃなくて、「恋をする」ということそのものにエネルギーがある。

 だから、がんばれる。


 たかが15秒や30秒そこらのテレビCMなので、伝えたいことはできるだけシンプルにすべきだ。そういう意味で、このCMは少なくとも僕一人の心は射抜いているから、それだけでものすごい。




 さらにこのCMのすごいところは、「恋」の対象を人間に限定していないというところだ。


 「恋」というと真っ先に思い浮かぶのが人と人の恋愛だ。その認識は概ね正しい。おそらくこのCMで父の言う「恋」も十中八九そのことを指している。

 ただ、もう少し深読みをしてみよう。



 「恋」は、物に対してもできる。


 この自粛期間、僕は今まで触れてこなかったミュージシャンの曲を聴きまくっている。若い頃は何かと理由をつけて毛嫌いしていた人たちも含む。

 たとえば、くるり。僕の中の何が変わったのかは分からないが、今はくるりの曲が好きだ。全ての曲ではないが、何曲かに心を奪われている。『ばらの花』いいよね。


 昔から絵を描くのが好きだった。

 ところが、人前に出る仕事を選んでいる以上、自分の好きなものや得意なものは押し出していった方がいいかも、と無意識に思っていたので、描く絵も逐一発表していくべきかな?とかなんとかで、モヤモヤするものがあった。

 でも、ただ描く。でも見せない。というスタンスを意識し始めると、何を描こうか想像をふくらませること、ただ描くこと、それを眺めることだけで幸せが完結していることに気づく。

 これで僕は、純粋に絵を描くことに没頭できている。


 Netflixで映画を観まくっていると、ふと思う。

 「またモーガン・フリーマン出てるな」

 「あ、マイケル・ケインも」

 「あれ?これトム・ハーディじゃん」

 「この女優さんって確か…ああ、あれに出てた人か、マリオン・コティヤールっていうんだ」

 好きな作品の傾向や温度感がだんだんと分かってくる。そうすると俳優や監督を軸に、次に観るものが決めやすくなる。自分の中で、好きが連鎖してゆく。こんなに気持ちのよいものはない。


 あと、『ダークナイト』『ジョーカー』を観て、僕はジョーカーというキャラクターに改めて恋をした。




 何かに夢中になることを総じて「恋をする」とするならば、それはまちがいなく人生を豊かにしてくれる。もちろん仕事に恋をしたっていいし。


 社会的に「これは良い」とされているから好きになるんじゃなくて、自分だけが知る自分だけの世界を、誰にも知られることなく耕していきたい。