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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 2

2020.08.01 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第三章 2



「時田校長という人物について調べてきたぞ」

 深夜に善之助の家に入ってくる次郎吉を待ち構えていたように、善之助は口を開いた。いつものように茶箪笥から缶コーヒーが渡され、目の前でプルタップを開ける音が聞こえる。

「時田というのはどんな奴だ」

「当然、当時ここの町では名士だった人物だ。現在と違って当時は小学校や中学校の校長先生というのは、かなり人格者であり、町の指導者のひとりであったということだ。時田というのは、明治時代から戦後まで、ずっとこの町の第一小学校の校長を務めた家系だそうだ。」

「で、今はどうなっている」

「それが戦後、時田の家はなくなっているらしい。」

「なくなっている。爺さんそれどういうことだ」

 当然に、次郎吉は少し大きな声を出した。それでは話にならない。宝石がどこに行ったのか全く分からないということになってしまうのである。

「手帳の方はどうだった」

 それにも関わらず、善之助は手帳の方の話を聞きたがっていた。

「手帳に何かヒントがあるのか」

「かもしれない。そう思っているのだ」

「なるほど」

 そういうと、次郎吉は手帳の中身を説明し始めた。

 小林の家の庭にあった祠の中の手帳には、当時の小林が書いた東山将軍の言葉のメモと当時の日記が詳細に書かれていた。

 どうもこの町の奥に、当時何か皇室と軍にかかる大事な施設があったらしい。その施設のことを「本営」と書かれていたという。その本営の軍を前に、町全体を要塞化して町を守るという計画があったということである。この町だけではなく、周辺の町もすべて横に連携して、要塞化した連合を作り、そこで上陸してきたアメリカ軍をたたくということである。もちろん、当時アメリカ軍と本土決戦を行う「一億総特攻」といわれた時の内容であり、沖縄の戦争のように、この辺で森木乗船があることを想定していたのである。

 その時に、町の中で「戦う人」「補給する人」「避難を指揮する人」を分割した。戦う人々に関しては東山が、そして補給する人に関しては小林が、避難指揮に関しては時田がそれぞれ行っていた。戦う人は、20代から50代の男性が、補給する人は老人と戦えない事情のある若者、そして女性の中でも職工などについている人が当たった。この補給の中には食事を作ったりあるいはけが人の手当てをするというような人も入っていたようである。そして、避難をするのは時田が指揮をして、小学校や中学校の将来のある子どもとその親、それに妊婦が当たり、老人がそれを護衛するというように分類されていたということである。

 戦争を行うのは主に東山家の地下壕を中心に川を境に八幡山と城山から大砲を討ちながら敵を食い止めるということ、補給は、主に眉山から運び出すということ。そして平岳山と石切山が主な避難場所というように分かれていたというのである。

「なかなかよくできているな」

「ああ、読んでいて驚いた。それだけではなく、しっかりと訓練まで行っているんだ。」

「沖縄の戦争が終わったのが6月23日だから、昭和20年にそれと同じようにそのような準備がされていたのか。すごいなあ」

 善之助と次郎吉は当時の人々の計画にただただ感心するばかりであった。

「で、当然に何かあった場合にはどうするとか、時田や東山がけがをした場合の次の指揮官とか、そういうことは書いていなかったか」

「あったよ、東山が怪我をして動けなくなった場合は、副官の郷田が指揮を執るということになっていたようだ」

「だから郷田が持っていたのか」

 善之助はため息を漏らした。郷田はどこからか取り上げたのではなく、郷田の先祖が正当に東山から引き受けたものである可能性があるのだ。もっと言えば、今の郷田連合というのは、単なる暴力団組織ではなく当時の軍隊や戦うはずでアメリカが来なかったので力を持て余した愚連隊が集まったものである可能性が高いのだ。そのうえ、正当に引き受けたとなれば、それが郷田連合の「親分」いや「指揮官」の証である可能性が高く、盗むといっても一筋縄ではいかない可能性があるのだ。

「小林のは、もうあるからよいとして、もう一つ、時田が動けなくなった場合は、郷長の川上が指揮を執ると。」

「当時、というか私が子供のころまでは、この町は街そのものが四つの郷、まあ、集落だな、それに分かれていたんだ。今でも一つの町の中に、別な名前がついているだろう。あれだ。あの名前ごとに郷が決められていて、その中の郷長というのがいたんだ。まあ、変な話、集落ごとの庄屋みたいなものだな。そして戦争の当時最も力があったのは、というか他の家はみな兵隊に出て行ってしまっていたから指揮できるような若者はなかったので、川上になったんだろう。」

「丸と書いている宝石は、その川上が持っているということか」

「ああ、そういうことになる。」

「ああ、で、その家はなんていうんだ」

「川上郷は川上さんだ。この川の上流の少し高台に大きな家があるだろう。あそこだな」

「ああ、あそこか、あそこならば一度入ったことがある。めぼしいものはなかったと思うが」

 次郎吉はすでにその家には入ったが、めぼしいものがなかったので、何も取ってこなかったというのである。

「しかし、小林さんのところみたいに祠とか、そういったものがなかったか」

「なかったなあ」

「いや、川上の郷は、そういえば、大事なものは、外に置くといっていたよ。なんか、あの家にはそんな言い伝えがあるといっていた」

「言い伝え」

「ああ、川上のところの分家の奴が、昔親しくしておったのだが、家の中は祭りのたびに他人が入って何かがなくなるから、無くなってもよいものしか置かないと。外にある何かに大事なものはしまっておくというようなことを言っていたが」

「爺さん、なかなかさえてるね。いや、役に立ったよ」

 次郎吉は、当時のことを思い出していった。

「だいたいどこにあるかわかったのかい。」

「ああ、めぼしはついたよ。たぶん、あの川上のでっかい家の、庭というか、蔵の横にあるでっかい楠の木の真ん中の鳥小屋みたいなとこだな」

「鳥小屋」

「ああ、木のところに何か小屋みたいのがあるんだが、はしごをかけるか何かすれば登れるようなところでね。でも、そんなところに何かあるとはだれも思っていないから、逆に隠し場所としてはいいのかもしれないな」

「それにあの辺は、川が氾濫するところだからね。家の中に置いておいては、すべて流されてしまうんだよ。だから地盤のしっかりしたところの木の上に金庫みたいのつけて、そこにおいておくのか。なるほどね。」

 善之助も変なところで感心していたのである。

「じゃあ、今度取ってきておくよ」

「ああ。でも、東山の財宝が手に入ったら返すんだぞ」

「それまで借りというところだな」

 翌日の夜。なんとすでに、丸いちょうど握り拳くらいの大きさの紫水晶が善之助の家の、いつも次郎吉がコーヒーを飲むところにおいてあった。

「さすがだ」

 善之助はそれをコーヒーの置いてある茶箪笥にしまったのだ。