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Botanical Muse

標準体でいい

2020.09.07 08:22

夏は私ら大足族の女性にとって、本当につらい季節だ。サンダルやミュールは細身にできていて、きつくてたまらない。おまけに素足に履くので、足への負担もずっと大きいのだ。痛さもひととおりではない。


ご存知のように、私は靴が大好きなのでシーズン前にまとめ買いする。よせばいいのにウエッジソールや、白い編み込みとかをだ。ところが不思議なことに、いざ履こうとすると、まるっきり入らないのである。狭い面積のところにずっと大きいものを無理やり入れると、何でもそうなるように足の甲は斜めになってしまう。でも入らない。

いったい、どうしたんだろう…。キツネにつままれた気分、っていうのはこういうのを言うんじゃないだろうか。


「お店では確かに履けたのよ。ちゃんと歩いたけど、どうってこともなかったんだから」

「じゃあ、その時は、恵美子さんの足が今より小さかったんでしょう」いつもながらクールに答えるAちゃん。


それで仕方なく、今年買った靴はひとまず置いといて、去年のものを履くことにした。ところがそれもきついではないか。しかしこれはもう足が大きくなった、というレベルではない。ちゃんと足をすべらせることさえできないのだ。

「いったいどういうことなのッ、どうしてこんなにきついのよ」大声でわめく私。

またもやAちゃんがひと言「恵美子さんが太ったんでしょう。太ると靴もきつくなりますからね」


それで大足の私をやさしく包んでくれる靴ばっかり履くようになった。今、私のお気に入りは、ゴールドのフラットシューズ。爪先に可愛いお花がついている。今のところはこればっかり履いている状態だ。

ある日その靴を履いているときに、電車の中で思いっきり足を踏まれた。花がつぶれ、歩いているうちにゆらゆらしてきたではないか。私はいったん剥ぎ取り、コンビニで買った瞬間強力接着剤で花を貼りつけた。が、アバウトな私が大急ぎでしたことにろくなことはない。花を反対の位置につけてしまったのである。よって花がヘンな形に寄った靴が今ここにある。とても悲しい。


全く靴一足のことで、どうしてこんなに悩むのであろうか。そんなにあなたはハイセンスで、いつも素敵な格好をしているのかと問われると困るのであるが、やはり私は靴の持つ呪いから逃れることはできない。それは何度もお話ししているとおり、私が大足のオンナだからだ。足が大きいなんて、今はそう珍しくないものかもしれないけれど、私は幅広甲高の足なのだ。おまけにかかとの骨がぽこっと飛び出ている。


おしゃれな友人がいて、彼女は学生時代からハイブランドのものを履いていた。おまけに二十二・五センチというきゃしゃな足だ。ヒールも高く、よく手入れが行き届いている。彼女が脱いだほそーい小さな靴は、それだけで綺麗で驕慢な美女という感じだ。男性だったら、ぞくぞくっとくることだろう。その隣りに並ぶ、大足専門店で買った私のワタジみたいな靴の惨めなこと。


今は大人になり、サイズさえあえばいっぺんに五、六足買うという成金っぽいこともする私。けれども若い頃は、いつも同じ靴ばかりだったから、どんどん横に広がり、すごい勢いで醜いかたまりになっていったもんだ。大足族のオンナの悩みはそこだ。横に広がった哀れ靴は、履いていてもブスだが、脱いでもすごくブスくなる。 


私は昔からよく気を遣う女性といわれ、飲み会の居酒屋でもみんなの散らばった靴をきちんと並べたものだ。あれは私のやさしさじゃない。横広がりの靴をすばやく、縁の下のいちばん目立たないところに隠したかっただけなのである。

こんなものを見られたくないと思う。靴を脱ぐ場所では、それはそれは努力した。食事が終わるやいやな、玄関へ突進する私である。人をかきわけ、すごい勢いで玄関へ向かう。そして、セーフ、と胸をなでおろすのが常である。


あれは何年か前のこと、男友だちに誘われてその人の別荘に行った。といっても、ちょっとおうちを見せてもらっただけだ。お庭を通り、テラスに行き、そこからあがった。

ひととおり見せていただいた後は、「玄関から出てね」ということで、再びテラスにまわり、靴をとろうとした。が、その方が気をきかして、知らない間に、私の靴を持ってきてくれたのである。それが夏のサンダルだったので、底に足のかたちが薄黒くついているではないか。恥ずかしいなんてもんじゃない。そうでなくてもデカ足の幅広靴。男の人になんか絶対見てもらいたくないのに、足形がくっきりついているなんて。わーんと泣きたくなった。


そんな私がお付き合いする男性の条件に「自分より足の大きな人」を密かに挙げていたのはごく当然のことだろう。男の人とデイトを始めると、すぐに靴の大きさをチェックした。あるときたたきに並べられた彼と私の靴が、そう大差ないとわかったときのショック。

「ねえ、何センチなの」

「二十五センチだよ」

わりと小柄な男性で、この場合は初期の段階でやめにした。


そして先週のこと、朝食ビュッフェの席に行ったら、友だちは言う。

「恵美子さんって、いつもすごく可愛い靴を履いているって評判よ」

私はこういう言葉にとても弱い。キャー、嬉しい。とびあがるように喜ぶ。もうこうなったら張り切る。この言葉を真に受けて、すぐに靴を買いに行った。


このショップは世界中から靴が集まっている。すごい、すご過ぎる。が、われら大足族に合うものがあるだろうか。

男性の店員はもちろん避けて、やさしそうな女性に声をかけた。

「これ、ちょっとサイズありますか」

驚いたことに、ちゃんと持ってきてくれるのである。白い花と草の造花で甲を斜めに飾るようになっている工芸品のような美しいサンダル。

私は感動した。この膨大な靴すべてが、私のサイズまで揃えてあるのか。倉庫はいったいどうなっているんだ。どこかのワンフロアすべてが倉庫じゃないだろうか。気になるところである。


図にのった私は、それを履いて家まで歩く。ところが一時間ぐらいで、どんなことをしても指がベルトからはみ出してしまうではないか。小指が一本どうしても余計なんだ。小指はみ出してサンダル履くって、やっぱりヘンですよね。

そんなわけで私はダイエットに励んでいる。体重を減らして足を小さくするためだ。ぐうたらな私だけど頑張る。きっと痩せてみせる。そして世の中すべての靴を私のものにするのだ。この前向きさを誉めてほしい。





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