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日本におけるアセクシャルの歴史

2020.08.02 14:16

注意:この記事は既に解散した「関西Aceコミュニティ」の活動に関する記事を資料として残しているものです。

黎明期~アセクシャルの概念普及~

平成8年(西暦1996年)

 レズビアン向け雑誌『アニース』でアセクシャルが「他者に性的欲求を抱かない人」ととして、今に近い意味で定義されていたらしい(未確認)。

平成13年(西暦2001年)

 アメリカで、現在でも世界最大のAセクシャルに関するサイト(AVEN)が立ち上がる。

 アメリカを中心に、「asexual」(Aセクシャル)という言葉が広がり始める。

平成14年(西暦2002年)

 この頃から、日本でも「asexual」(Aセクシャル)という言葉が、少し認知し始められる。最初はセクシャル・マイノリティの間であった。

 1月「INNOCENT KINGDOM」(管理人:王理さん=閉鎖)が立ち上がる。「INNOCENT KINGDOM」では、アセクシャルについての簡単な解説、掲示板、チャットなどがあった。

 インターネットの「2ちゃんねる」でアセクシャルについてスレッドが立ち、情報交換がはじまる。(さかのぼれる限り、 2002年1月29日からスタート)

 3月放送大学『研究報告』誌に掲載された福島学院短期大学の梅宮新偉氏の論文「セクシャル・マイノリティの人権と教育」においてアセクシャルが言及される。CiNiiで検索出来る限りでは、学術論文で最初の言及例であり、この頃から学界でもアセクシャルへの注目が始まったと言える。

 8月26日、「asexual.jp」ドメイン取得(管理人:雪)

 9月1日、「asexual.jp」仮運用開始

 (日付不明)、「IS THE ASEXUALITY KNOWN?」(管理人:不明)が立ち上がる。同盟名簿として、アセクシャルの人が登録出来る名簿や一言、リンク集があった。

平成15年(西暦2003年)

 インターネットの「2ちゃんねる」でアセクシャルについて活発に議論や交流がなされる。

 3月20日、「asexual.jp(Enkelien Metsa)」(管理人:雪)本運用開始

 12月1日、「asexual-japan.net」(管理人:ももさん)運用開始(サイトは消滅、ドメインは雪氏が所有)

 この頃、当時流行していた、「○○に○つの質問」のシリーズで、「Aセクシャルに55の質問」(管理人:氷魚さん=サイトは運用されていないが、現存)が出来る。

 当時のasexual.jp(Enkelien Metsa)には、Aセクシャルについての解説、掲示板、チャット、メーリングリストなどがあった。AVENの資料の一部を翻訳したページがあった。

 7月1日からは「Prase(Project asexual)」として、アセクシャルの広報や各種企画を行うページを開設。札幌パレードへカンパを募った上で広告掲出を行う。また、ID制で、プロフィールを書けるサービスや、自分自身のアセクシャリティ論が書けるサービスや、Aセクシャルに55の質問の回答を作れるページを提供。「Asexual Webring」として、Aセクシャルな人のサイトを繋ぐリング(ウェブリング)を提供。

 asexual.jp、asexual-japanで深夜チャットが繰り広げられていた(当時は定額制インターネット接続ではなかったため、「テレ・ホーダイ」という23時以降電話料金が定額制になるサービスを利用している人が多かった)。

初動期~Ace当事者による活動開始~

平成16年(西暦2004年)

 3月、「INNOCENT KINGDOM」閉鎖。

 7月26日、mixi内に、「Aセクシャル asexual」コミュ(管理人:あまさん)が出来る。

 2004年の札幌パレードに、asexual.jpが広告を出す。

 平成15年から16年にかけて、アセクシャルの言葉の定義について、大きな議論がある。本物偽物論議や、恋愛感情有無に関する議論などがあり、論争となる。

 この歳、アセクシャルに関するオフ会が何回か東京で開かれる。

平成17年(西暦2005年)

 アセクシャルに関するオフ会が何回か東京で開かれる。

 8月13日、asexual.jpが呼びかけた人たち(4人)が「TLGP(東京レズビアン・ゲイパレード)2005」にアセクシャルとして参加。

 11月20日、2人が立命館大学学園祭レインボーパレードにアセクシャルとして参加(アセクシャルについてスピーカーで宣伝)。

 「IS THE ASEXUALITY KNOWN?」サイト運用停止(登録や名簿掲載停止、サイトは現存)

平成18年(西暦2006年)

 2月、「asexual-japan.net」閉鎖。

 「asexual.jp」月間データ転送量が大変なことになり、サーバを変更(引っ越しの際にデータを一部失う)。

平成19年(西暦2007年)

 「asexual.jp」掲示板について、管理が出来なくなったため、掲示板等を運用停止。

平成20年(西暦2008年)

 7月31日、mixi内に、「ノンセクシャル(非性愛)」コミュ(管理人:ウイカさん)が出来る。

 8月、解説などの必要最低限のページを残して、「asexual.jp(Enkelien metsa)」運用停止

平成21年(西暦2009年)

 始めてTwitterでの「アセクシャル」のツイート数が年間10件を超える(一年間で15件ツイートされる)。前年のツイート数は7件。

平成22年(西暦2010年)

 「asexual.jp(Enkelien metsa)」閉鎖

 4月、Twitterにおいて一か月間の「アセクシャル」を含むツイートが始めて10件を超える(15件)。なお、これまでは同年で1月:3件、2月:5件、3月5件と推移しており、この月をターニングポイントとしてアセクシャルへの言及が飛躍的に増えた。

平成24年(西暦2012年)

 「asexual.jp(Enkelien metsa)」ドメイン譲渡告知→(応募者なし)

 7月、熊本県内でアセクシャル当事者によるオフ会が開催される。(参加者はAceには限定されていないが、地方でAceを公言する人物によるオフ会が開催されたのは画期的。)

平成25年(西暦2013年)

 1月16日、北陸中日新聞が「初恋ナイ、男ニモ女ニモ性欲ワカナイ、体触ラレタクナイ… 「無性愛者」誤解しないで」という記事を掲載。確認できる限り、新聞記事におけるアセクシャルの初出。(但し、この記事は「アセクシャル=アロマンティック・アセクシャル」の意味で用いており、「ロマンティック・アセクシャル」の人を「ノンセクシャル」として紹介するなど、この頃既に始まっていた誤用に基づいた記述となっている。)

平成26年(西暦2014年)

 「asexual.jp(Enkelien metsa)」再構築開始

 3月15日、アセクシャルのオフ会が都内で開始。参加者がTwitterで募集され、Aceの知名度アップに貢献。

平成27年(西暦2015年)

 9月22日、アセクシャル対象の「友情結婚オフ会」が開催される。

平成28年(西暦2016年)

 3月18日、NPO法人にじいろ学校が「アセクシャルノンセクシャルオフ会」を初開催。

平成29年(西暦2017年)

 11月14日、『朝日新聞』が「「恋愛するのが当然」じゃない」という記事を掲載(国立女性教育会館の検索エンジンで調査した限り、アセクシャルについて明確に触れた最初の新聞記事)

活動期~当事者の交流と活動が活発化~

平成30年(西暦2018年)

 この年からアセクシャルオフ会が主に都内で急増。関西でも開催されるようになる。

 7月21日、NPO法人「にじいろ学校」が大阪でAceオフ会開催、22人が参加。以降、関西でもAスペクトラム当事者の交流が活発化する。

 10月21日、NPO法人「にじいろ学校」がAスペクトラム当事者の交流のために「AceFile」を公開。多くのAスペクトラム当事者がこれを使って自己紹介を行い、アセクシャルやアロマンティックの認知度が飛躍的に向上した。

平成31年/令和元年(西暦2019年)

 4月、関西AceコミュニティのTwitterアカウント開設!Aスペクトラムの当事者団体として初・・・なのだが、それから約1年間ほど活動に実態が無かったのである。

 10月、北海道でAスペクトラムに関するコミュニティが結成される。

令和2年(西暦2020年)

 3月14日、ひらっちさん(当コミュニティ中心メンバー)が大阪市内でオフ会開催。これを受けて関西Aceコミュニティが実態を持つようになる。関西最初(日本では二番目)のAスペクトラムの当事者団体であり、関西圏だけでなく幅広い範囲を対象とすることに。

(※代表者が実名を出し、Aスペクトラムの社会運動を行っている当事者団体としては、文句無しで日本最初である。また、Aスペクトラムの当事者団体でホームページを開設している日本唯一の団体でもある。しかし、Aスペクトラムの社会運動は当事者団体ではなく、主にNPO法人「にじいろ学校」様が推進していたことは特筆しておかなければならない。)

 7月11日、関西Aceコミュニティがオフ会開催。

参考文献:雪「日本のAセクシャルの過去」https://www.asexual.jp/history_japan.php
※参考文献に無い内容は筆者が新聞報道やCiNii論文、Twitter、ブログ等の内容から独自研究。

(文責:日野智貴)