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複業の推進で、美容師を”胸に誇れる職業”へ。ー中島 翔(株式会社TRIPLE-ef代表取締役/美容師)

2020.08.03 01:15

人の美しさに関わる職業「美容師」。厳しい修行期間を経て技術を身につけ、自分の仕事を追求する職人的な姿勢に憧れる方も多いのではないでしょうか。

しかし、一見、華やかな業界に見えても、そこには厳しい現実があります。

厚生労働省の発表によると、美容師は1年以内の離職が約50%、3年以内では約80%、10年になると約92%にものぼり、とても高い離職率が問題になっています。


今回インタビューしたのは神奈川県内に美容室を展開する株式会社TRIPLE-efの代表取締役 中島 翔さん。

中島さんの経営する株式会社TRIPLE-efは株式会社パソナが主催する地域中小企業と複業人材をマッチングする『複活(ふくかつ)プロジェクト』に参画し、社内での複業人材の育成や、外部人材の登用に取り組まれています。

「複業に対して抵抗感を持っている経営者が多い」と自ら語る美容師業界において、なぜ中島さんはいち早く複業の導入に踏み切ったのでしょうか。

そして、複業を導入することで、美容師業界が抱える問題は解決されるのか。

複業を導入することによって拓かれる、美容師という職業の未来についてお伺いしました。


<Profile>

中島 翔

株式会社TRIPLE-ef 代表取締役

神奈川県出身。大正時代から続く理容室に生まれる。専門学校を卒業後、23歳の時に独立。個人事業として『TRIPLE-ef』を出店する。2店舗目を出店後、「ずっとこの美容院で働き続けたい」という従業員の声に応える形で、早期法人化を目指し29歳で株式会社HUGと合併し同法人の取締役となる。

その後33歳で再独立し現在の株式会社TRIPLE-efの代表取締役となる。

現在は株式会社TRIPLE-efで株式会社パソナが主催する地域中小企業と複業人材をマッチングする『複活(ふくかつ)プロジェクト』のスタートアップに参画。外部人材の登用や、社内のパラレルキャリア創出を始める。現在は社内で、PC検定の取得、英会話スキル修得チャレンジ、チャイルドマインダー資格取得チャレンジのプロジェクトなど「美容師×複業」を推進している。


従業員が元気に働ける今、複業を導入して、彼らの生活を安定させてあげようと思った。


ー中島さんが経営されている株式会社TRIPLE-efは、美容業界でも珍しい「美容師×複業」を推進しています。複業プロジェクトをはじめるきっかけを教えてください。

従業員に美容師以外のスキルを習得させてあげたい、と思ったのがきっかけですね。美容業は対面式商売なので、在宅ワークは基本的にできないんです。でも、中にはお母さんと美容師を掛け持ちしている社員もいます。お子さんがいると、保育園に迎えにいく時間などの制約もありますし、時短勤務だと収入も減ってしまいます。でも、美容師以外のスキルを習得できれば、美容師の仕事が終わって、帰宅後でも家事をしながら別の仕事ができる。家で仕事できる日が週に一日でも半日でもいいからあったら、気持ち的にもゆとりが生まれますよね。つまり、複業を導入することで、従業員に「安心」と「安定」を提供できるな、と思ったんです。


ー朝の10時から14時までは美容師の仕事をして、15時に子供を迎えに行って、16時から18時まではPCのスキルを生かして在宅ワークをする、みたいなフレキシブルな働き方も可能というわけですね。

まさにそうですね。従業員から「週に一回は半日勤務で帰りたいけど、収入が減ると困るし・・・どうにかしたい」って声をもらったんです。そこで、その従業員が何に興味を持っているのかヒアリングをしてみたら、「パソコンに興味がある」ことがわかったんですね。それでPCの勉強をしてもらって、今まで外注していた簡単な社内のパソコン業務を振ってあげて、基礎的なスキルを高めてもらうことにしたんです。ゆくゆくはうちから在宅ワークで仕事を出したり、資格を取得したら外注も受けられたり出来るようになったらな、と。


ー在宅ワークが可能になって、従業員に「安心」と「安定」が生まれると、経営的にはどんなメリットがあるんでしょうか?

まず、離職率の低下を防げますよね。美容室経営にとって一番の利益をもたらしてくれるのは、頑張ってくれている従業員が長く働いてくれることなんです。例えば育休からの復職で最も高いハードルは、やっぱり長時間勤務で。正社員の福利厚生を魅力に感じてくれているのに、長時間勤務だから続けられない。復職するのが難しい、って現実もある。なので、美容師以外のスキルを習得して、美容師と美容師以外の能力を身に付ける事で仕事の幅も増えるし、新しいキャリアも産まれる。新しい仕事の創出に繋がるかもしれないしワクワクしますね。

それに二足の草鞋を履ければ、職場への定着も促せるし、それが新しい働き方に変わっていくと見越しています。


ー美容業界は離職率の高い業界でもありますよね。

ええ。厚労省の発表では、美容師を60歳以上で続けているのは資格取得者の内の5%以下で、しかもその内の約90%が経営者なんだそうです。つまり、経営者にならなければ美容師としてずっと生活することはほぼ不可能なんです。

それと、持論で端的にお伝えすると、美容師は年齢を重ねる毎に価値が下がってしまう業界になってしまっているという、一般的な市場との逆転現象が起きているのではと危惧しています。美容師は対面商売という特性上、お客様一人を担当した売り上げが給料に反映される、というシステムです。ヘアメイクや撮影、講師活動、youtubeなどで派生した活躍をされている方もいますが。

一般的には給料を上げるためには人数をある程度こなしていく必要があるので、経験や実績の積み重ねがベースアップに繋がるという訳ではなく、あくまで対面商売の売上が基本なので、美容師の中でも数をこなせてお客様を取れる人が重用される傾向にあり、結果的に体力や時間がある人が有利なんです。


ー体力的にも精神的にも、いつまでも若い時のような働き方はできませんよね・・・。

ええ。おっしゃる通り、40歳、50歳になっても若者と同じ働き方はできません。店長などの管理職をこなせる能力がある人は固定給も上がりますけど、そういった能力がある人ばかりではないし、そもそも管理職のポストは数も限られています。


ーそこで複業がキーになってくるんですね。

その通りです!管理職にならなくても、自分の好きなことや得意なことを複業にして、会社に付加価値を提供できるようになれば、給料もアップして、生活も気持ちも安定しますよね。そうすれば年齢を重ねて体力的に厳しくなっても、美容師とは違う働き方を同じ会社で選択できる。それが結果的に離職を防ぐことになると思っています。


ーなるほど。中島さんは一人の経営者としても、美容業界の構造的な課題に問題意識を抱えているんですか?

そうですね。母は65歳で現役の理容師なんですけど、やっぱり65歳なりの仕事量が見えてくるんですよね。うちの従業員は平均年齢がすごく若いんですが、彼らが65歳になった時に体力的に今と同じ働き方はできませんよね。

だからこそ、彼らが元気に働ける今、複業を導入して、彼らの生活を安定させてあげようと思ったんです。それが会社的にも雇用の安定にもなって、従業員の将来に「安心」を与えてあげられるんじゃないかと。私は従業員を生涯雇用し続けたいと思うのですが、やむを得ない事情や、前向きな理由で退職しなければならない時に、その社員に美容師以外のキャリアに繋がるお土産を持たせてあげたいんです。


ーお土産ですか。

うちの店舗があるエリアのデータですけど、例えば一駅場所を移動しただけで、お客様の売り上げが6割下がるような感じなんです。それに店舗のある場所でも売上が変わるので、結婚で引っ越しをして働くお店が変わったら、いきなりガクッと収入が下がる、なんてこともザラにあります。美容師は通ってくれるお客様ありきの商売なので、収入を安定させるためには、お客様との関係性をコツコツ貯めなければなりません。時間もかかりますよね。でも、そんな時に複業のスキルがあれば、少しでも早くお金になるかもしれない。結婚しても安定して収入を得られるようなスキルを、経営者としてなんとか残してあげたいんです。


会社は地域に根ざしつつ、従業員は複業で外の世界を見る。野に咲く花のようなイメージ。


ー美容師の方が美容師以外のスキルを獲得することは、どんなメリットがあるのでしょうか?

まずは、働く上での安心感が上がる事ですね。「社内で自分しかできないスキル」を持っていれば、みんなから頼りにされて、社内でも新しいキャリアを持つ事が出来ます。

それと、美容師以外の世界を知ることで、お客様との会話の幅が広がります。会話の幅が広がると共感につながって、お客様との関係値もアップする。お客様との関係性がより確固なものになるんです。従業員はお客様を通した会話以外に、プライベートでしか外の世界に触れられないんです。

でも、複業で外の世界に触れられれば、視点を変えた新しい発想やアイディアが生まれますよね。


ーなぜ美容師以外の世界を知るのが大切なのでしょうか?

実は美容師って、”非日常”の世界で生きている事が多いんです。男女や髪の毛の長さでも変わりますが、美容室に来るのって多くても月1くらいですよね。だから、美容室を訪れる時間って、お客様にとって”特別な時間”なんです。美容師は”その特別な時間”つまり、お客様の”非日常”の中でずっと働いている。だから自然と自分の世界観が美容師という非日常のビジョンで固まってしまうんです。それが危険なんですよね。美容師の世界はいわばガラパゴス化していて、外の世界を知っているようで実は知らないなと自分が経営者として外に出ていった時に思ったんです。


ー美容師の方々は施術の会話で色々な世界に触れていると思っていました・・・。

そういうイメージがありますよね(笑)毎日様々な経験値を持った人から色々な話を聞けて刺激が多いように見えますが、実はそうじゃないと思っています。例えばお客様がプログラマーの方だったとしたら、美容師はプログラムの話を知らずに聞いているけど、実際は知らない世界なんですよね。こうした毎日のお客様との会話は楽しいけど、触れているだけだと経験値としては成り立たないので、だんだん新しい刺激が少なくなってしまうんですよね。美容師という仕事にはお客様とのコミュニケーションもあるのですが、そのコミュニケーションへの刺激と熱意がなくなって退職してしまうのは、実際によくある話なんです。


ーいわゆるマンネリですね。

そうです。でも、複業で美容師以外の顔を持っていれば、外の世界から新しい刺激を吸収できるし、社会での自分の立ち位置を冷静に見ることもできて、それが美容師という仕事のやりがいにも繋がると思うんです。


ー複業への取り組みは、美容師ひとりひとりの世界を広げる意味もあるんですね。

そうですね。美容師業界で「別の職種を”ちょっと”やってみたいから美容師を辞めます」って、実際のところ、結構多い離職の理由なんです。でも、「ちょっとやる」には、美容業界は複業があまり認められていない業界だし、時間的にも複業をやる隙間がないんですよね。朝から晩まで美容師が缶詰状態ってお店もまだまだあって。だから、美容師以外の仕事にチャレンジしてみたい、と思った時、お店を辞めるしか選択肢がないんです。

私の店でも、とある従業員から「美容師以外の仕事をしたいんですけど、辞めなきゃいけませんか?」って相談されたことがあって。私はその時、「まずは複業でバイトしたらどう?」って提案したんです。「まずはバイトで体験してみて、本当にやりたければその業界に行けばいいし、違うな、と思ったら美容師に専念すればいい」って。「そんなのできるんですか!?」って驚いてましたね(笑)実際、彼女がバイトの面接に行ったら、その業界の現実も見えたらしくて。今の環境をもっと自分が働きやすい方向に変えていこう、って思ったそうなんです。外の世界を複業で見たからこそ、自発的に改革しようって思ったみたいですね。


ー経営者にとっては嬉しいことですし、不満ばかり募るよりいいですよね。

従業員が自分で気がついて、自分で行動変容する。自発的な能動性が現れるのは、会社にとってもいいことですよね。


ー美容師業界はまだまだ複業が認められていないという話がありましたが、他の経営者や美容師仲間からは複業プロジェクトについてどんな反応がありましたか?

「え、複業を認めちゃって大丈夫?」って反応でしたね(笑)「外部人材を招き入れるのも大丈夫?」って言われたこともありました。従業員の複業を認めるのは、美容室の経営者にはやっぱり一抹の不安があるみたいで。複業や外部人材を受け入れるってなると、自分の想いや考えで実践してきたことが変えられてしまうんじゃないか、って恐怖心があるみたいですね。自分の会社が汚されるような感覚なんですかね。他を見たら離職するんじゃないか、って不安もあるでしょうし。


ー美容室の経営者だけに留まらない反応ですよね。経営者としては、複業や外部人材の受け入れによって、自分が守り抜いてきた会社の世界観や理念がブレてしまうんじゃないか、って恐怖心もあると思います。

特に美容業界は抵抗感を持っている経営者がより多いかもしれません。だから、不安だと思う反面、変わっていくことへの楽しみがありますよ、って話すようにしています。

私の会社は法人格なので、自分だけの会社ではないって考えているんです。あくまで自分はいち役職者で、社員みんなで会社を作っている。いわば法人格という”人格”を育てていると考えています。”人格”が成長すれば、考え方が変化していくのは当たり前のことですよね。その変化に合わせて、それぞれの能力をどう活用するかが経営者としての私の仕事の一つなんです。


ー副業(複業)の推進や終身雇用の変化もある中で、経営者や社長は、これからの社会でどんな役職になっていくと思いますか?

大企業や中堅企業の規模を経営した事が無いので自社の規模でお話をさせてもらいたいのですが、今後の中小企業は地域と切り離せない関係になっていくと思っています。中小企業=地域のような価値観がより根強くなると思っています。そうすると、会社を構えるエリアに、深く根付いていく経営者が必要とされますよね。その地域で人のためを第一に考えて、きちんと経営しながらお金の管理ができる能力、「会社を拡大する」というよりは「会社を地域に固めていける」経営者が台頭していくと思います。


ー地域に根付いた上で、複業によって従業員が外の世界を見れるようになると、地域との新たな相乗効果も生みますよね。

それはすごく楽しみですね!

会社は地域に根ざしつつ、従業員は複業で外の世界を見る。複業という風が従業員という種を運んで、新しい地に花を咲かせるみたいな野に咲く花のようなイメージですね。


「美容師はいい仕事」って声が現場ベースでじわじわと広がっていけば、美容師が抱える不安の解消にもなるし、キャリアにも自信が持てるようになる。


ー中島さんは自社の複業プロジェクトによって、美容師業界にどんな影響を与えていきたいですか?

これはあくまで私見なんですけど、私は美容師の社会的地位の低さにも問題があると考ています。美容師は専門職ではあるんですけど、平均給与は少ないし、労働環境も昔からは変わったけどまだ一般的な働き方にはなっていない所も多い。現状だと長く続けられる仕事じゃないのに、キャリアの潰しも効かない。必要な職業だけど、自分はなりたくない、って声もあるんですよね。例えば子どもが「美容師になりたい」って夢を持っていても、親からは「美容師なんてキツいしやめなさい!」って言われてしまう。親から「やめなさい」って言われている職業の私たちって一体・・・みたいな(苦笑)なので、美容師って素敵だし、夢もある職業なんだよって一般認知度が向上するように世の中を見方を変えていきたいですね。


ーそういった美容師に対する世間の目は、複業によってどう変わっていくと思いますか?

複業をすることで、「美容師は楽しい」に変わる可能性が高いと思っています。美容師自体がお客様に「体もきついし、時間も長いし。もうやめたいっすよ」って、ネガティブなことを言っているパターンも多いんですよね。でも、美容師の複業が浸透すれば、客観的に美容師という職業を見つめた結果、仕事を続ける人も出て来るし、複業で美容師をやる人も出てくるかもしれない。そうすると自分に丁度いい働き方を見つけられて、きつい事も減るし、そうなるとお客様にポジティブな会話を提供できるようにもなりますよね。本当に草の根運動ですけど(笑)でも、「美容師はいい仕事」って声が現場ベースでじわじわと広がっていけば、美容師が抱える不安の解消にもなるし、キャリアにも自信が持てるようになる。

それに、「ちょっと美容師をやってみようかな」「美容師に戻ろうかな」って本当に”ちょっとした気持ち”で参入できる業界にもなりますよね。誤解があるかと思って補足ですが、美容師は簡単な仕事ではないので、あくまで動機の話しですけど。


ー美容師自体が複業(副業)になる可能性もあるんですね。

その可能性は大いにあると思っています。美容師はその場で「ありがとう」を伝えてもらえるし、やりがいがあるすごくいい仕事だと思っています。例えば今、社会の中で美容師を辞めちゃったけど今の仕事にやりがいを見出せずに、目の前の仕事を淡々とただこなしているだけ、って人が美容師業界に「ちょっとまた美容師、やってみようかな」で参入できれば、美容師人口の増加にもなるし、お客様の数の底上げにもなりますよね。それが結果的に美容師業界全体の活性化に繋がると思うんです。


ーより良い業界づくりへの希望でもあるんですね。

はい。私はその美容師業界のゼロイチの事例になりたいんです。

始まりは従業員の働きやすい環境づくりでした。でも、これからどんどんと事例展開をしていって、ゆくゆくは業界全体に影響力を与えられたいと思っています。