【竹取物語】謎だらけの魅力に迫る。
https://pdmagazine.jp/works/taketori-monogatari/ 【【竹取物語】謎だらけの魅力に迫る。】 より
現存最古の物語であるといわれている『竹取物語』は日本最古のSFでもあった?そんな謎だらけの『竹取物語』の魅力に迫ります。
「美しい姫君が満月の夜に月へと帰っていく物語」と聞いて、皆さんは何をイメージしますか?
言わずもがな、このあらすじは『竹取物語』です。中学生の時に「今は昔、竹取の翁といふもの有りけり」という書き出しをテストのために必死に暗記した……という人や、童話として要約された「かぐやひめ」を絵本で読んだという人も多いはず。さらに2013年にはスタジオジブリが『竹取物語』を原作にしたアニメーション映画「かぐや姫の物語」を公開しています。
時代を問わず、日本人にとって馴染み深い「竹取物語」ですが、実ははっきりとした作者やかぐや姫の正体など、未だ解明されていない謎ばかり。だからこそ、読者によって多種多様な想像を膨らませられる“余白”が存在する作品であるともいえます。その余白を埋めるかのように、今も昔もさまざまな作家が現代語訳に挑んでいるのです。
今回はそんなミステリアスな魅力が詰まった『竹取物語』を解説します。
『竹取物語』に込められた、政治的なメッセージとは。
『竹取物語』を端的に言えば、「結婚したくないあまり、男たちに無理難題を叩きつけて、挙句の果てには生まれた場所へ帰る女の話」です。この物語に秘められた謎に迫るために、まずは今一度あらすじを振り返ってみましょう。
竹を取って日々の暮らしを立てていた翁はある日、竹林の中で光り輝く竹を見つけます。光り輝く竹にいた、小さく可愛らしい女の子を我が子として育て始めた翁の夫婦。すくすくと育った女の子はやがて「なよ竹のかぐや姫」と名付けられ、その美しさは瞬く間に噂が広がります。
かぐや姫の美しさに心を奪われ、求婚してきた5人の貴族たち。彼らに対し、かぐや姫は「私が言った物を持ってきた方と結婚します」と伝えるものの、それらはどれも珍しい品であり、貴族たちは誰もかぐや姫の難題をこなすことはできませんでした。結婚に対し頑なに断り続けるかぐや姫は、帝からの求めにすら応えません。
そうして3年もの月日が流れた頃、月を見て物思いにふけるかぐや姫は翁に「月の都の人であること」、「迎えが来たら月へ帰らなければいけないこと」を告げます。月の都の者に立ち向かおうと兵を集めた帝でしたが、いざ迎えに来た月の都の王の前では誰もが無力でした。翁夫婦と帝に手紙と不死の薬を残し、月へと帰っていくかぐや姫。残していった不死の薬を帝が天に最も近い山(不死の山=富士の山)で燃やしたところ、その煙は今も天に立ち昇っている……といったところで物語は幕を閉じます。
『竹取物語』は、同じ平安時代に書かれた『源氏物語』の作中にも「物語の出で来はじめの祖おやなる竹取の翁」とあるように、日本文学史において重要な存在とされています。その理由は、月からやってきたかぐや姫を描いた物語の要素、かぐや姫と貴族たちによる和歌のやり取りを描いた歌物語の要素を含んでいる点からも、うかがうことができます。
そんな『竹取物語』の作者は、「文字の読み書きができた」、「歌の知識や才能があった」、「貴族の実情を知っていた」という手がかりから『土佐日記』の作者である紀貫之、優れた和歌を多く詠んだ菅原道真などさまざまな説が唱えられていますが、今なお決定的な根拠は見つかっていません。ただひとつ言えるのは、当時の権力者である藤原氏に不満を持っていた人物であることです。
『竹取物語』にはかぐや姫に結婚をせまる5人の貴族が登場しますが、江戸時代の国文学者・加納諸平もろひらはそれぞれの名前が実在の貴族たちを連想させていると指摘しました。
実際に比較してみると、阿部御主人あべのみうらじが火鼠の皮衣を要求された右大臣阿部御主人うだいじんあべのみうらじ、大伴御行おおとものみゆきが龍の首の玉を要求された大納言大伴御行だいなごんおおとものみゆきに当てはまることがわかります。そして、物語中の貴族たちはいずれもかぐや姫からの条件を満たせないどころか、怪我をしたり、命を落とすなど散々な目にあっています。
これは絶大的な権力を持っていた貴族を批判することが許されなかった時代に、物語という創作の場で密かに不満を記していた……ということでもあります。『竹取物語』は単なる物語ではなく、当時の政治を批判するものでもあったのです。
かぐや姫は宇宙人?その根拠はこんなところにあった。
物語の祖である『竹取物語』。後世において「日本最古のSF」とされる見方も出ていますが、その根拠は、いずれもかぐや姫の描写に由来しています。それどころか、かぐや姫は月からやってきた宇宙人だというトンデモ説があるのです。
根拠のひとつは、かぐや姫が育つ早さ。かぐや姫は翁夫婦のもとで育てられ始めますが、3ヶ月ほどで一人前の大きさとなり、現在でいう成人式のような儀式、髪上げを行っています。翁と出会った時は「三寸ばかり」(およそ9センチメートル)であったかぐや姫が、たった3ヶ月で成人を迎えるほどに成長するのは、確かに普通の人間であれば考えられないことでしょう。
また、貴族たちとの出来事の後にかぐや姫は帝から誘いを受けますが、ただただ断り続けます。思いが募ったあまり、帝は不意をついてかぐや姫を連れ出そうとした場面では不思議なことが起こります。
帝、「などかさあらむ。猶なお率ゐておはしまさむ」とて、神輿を寄せ給ふに、このかぐや姫、きと影になりぬ。はかなく、口惜しと思(おぼ)して、「げにただ人にはあらざりけり」とおぼして、「さらば御共おんともには率ゐていかじ。もとの御かたちとなり給ひね。それを見てだに還りなむ」と仰せらるれば、かぐや姫もとのかたちになりぬ
<現代語訳>
帝は「どうしてそんなことがあろう。やはり連れて行こう」と神輿を屋敷に寄せた途端、かぐや姫はぱっと幻になって消え失せてしまった。帝は「ああ、はかなく消えてしまった。残念だ。このお方は本当にただの人ではなかったのだ」とお思いになった。「それならば無理にあなたを連れていくことはしません。どうか元のお姿に戻ってください。最後にせめてその姿を見て帰ります」。帝がそうおっしゃると、かぐや姫は再び姿を現した。
瞬時に身を隠した後、再び姿を現わすことも、普通の人間であればできるわけがありません。そしてその様子を目の当たりにした帝もかぐや姫を「ただの人ではなかったのだ」と思っています。
そしてかぐや姫が月に帰る場面では「迎えが来たら長い爪で眼を掴んでやる」と意気込んでいた翁もなす術無くひれ伏すばかりでした。かぐや姫の故郷、月の都の住人は人の心を操る力を持っていたのです。
これらの根拠から「かぐや姫は月からやってきた宇宙人」という説は生まれたとされています。あくまでも『竹取物語』は作り物語ではありますが、後世においてもユニークな説が登場しているのは、それだけ読者の心を掴んで離さない魅力があるからなのでしょう。
現代の作家が訳した、それぞれの『竹取物語』。
『竹取物語』はこれまでにも多くの現代語訳がされ、読み継がれてきました。小説家も翻訳に挑み、それぞれの個性が強く見られるものを発表しています。
川端康成が小説家の立場から読み解く、『竹取物語』の魅力。
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美しく、しなやかな文章が国内外を問わず高い評価を得ている川端康成は、自身が現代語訳した『竹取物語』の魅力を小説家としての視点から大いに語っています。
竹取物語は、小説として、発端、事件、葛藤、結末の四つがちゃんとそろっている。そしてその結構にゆるみがないこと、描写がなかなか溌剌はつらつとしていて面白いこと、ユーモアもあり悲哀もあって、また勇壮なところもあり、結末の富士の煙が今も尚天に昇っているというところなど、一種象徴的な美しさと永遠さと悲哀があっていい。しかし何よりもいいのはやはりその文章である。
川端訳の『竹取物語』は、洗練された文章が会話文から特に伝わります。貴族たちとの結婚についてかぐや姫を翁が説得する場面は「読んでいてホロリとさえする位である」と川端も絶賛。
「しかし爺が、あなたをこれほどまで大きゅうお育て申し上げた心持をどうかおくみ取り下すって、爺の申すことを一つお聞き取り願えませんでしょうか。」
そう云うと、かぐや姫は、
「あら。どんなことでもおきき申しますが、わたしが変化の者などということは、今の今までつい知りもしませず、わたしは、只もう一途に、あなたを生みの親とばかり存じておりましたわ。」
この会話から「自分の子ではないが、ここまで育てた苦労に免じてどうか私のお願いを聞いてください」と下手に出る翁に対し、かぐや姫は「ええ、なんでも聞きますとも。てっきり私は今まであなたを本当の親とばかり思っていましたわ」とばかり、しんみりと返します。本当の親子ではないものの、ふたりの美しいやりとりは川端だったからこそ、原文から魅力を損なわずに伝えられたといえます。
途中で作者が登場?日本SFの先駆者、星新一による不思議な温度感。
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日本のSF史の未来を切り開いた星新一もまた、『竹取物語』の現代語訳をおこなっています。書き出しの「野山にまじりて竹をとりつつよろずのことに使いけり」の部分が、「野や山に出かけて、竹を取ってきて、さまざまな品を作る。笠、竿、笊(ざる)、籠、筆、箱、筒、箸。筍は料理用。そのほか、すだれ、ふるい、かんざし、どれも竹カンムリの字だ。」と、ユニークな文体で書かれています。
星新一版『竹取物語』の最も特徴的なのは、要所要所で星のコメントが入るところにあります。「ちょっとひと息」、「やれやれですね」と、まるで星の語りをその場で聞いているかのよう。もともと『竹取物語』は口頭で語り継がれた口承文学でしたが、その要素が強く表れている現代語訳であると言えます。
星によるコメントも「発明王エジソンが日本から取り寄せた竹を使って電球を作った話」や、太宰治の『お伽草子』の一部「カチカチ山」の引用をもとに「無慈悲な女に惚れてしまった善良な男」の滑稽さを語るなど、実に多方面に渡ります。ただの現代語訳にとどまらないのは、ショートショートで豊かな想像力を発揮していた星ならではでしょう。
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阿呆な男たちが悪女に振り回される。『竹取物語』を現代風に描いた森見登美彦。
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恋に振り回される男を書かせたら右に出るものはいない作家、森見登美彦が訳した『竹取物語』は、「阿呆な男たちが右往左往する物語であり、片想いがことごとく破れていくローテーション失恋の物語」として面白く読める魅力を持っています。
結婚したくないあまり無理難題を突きつけるかぐや姫の悪女ぶりと、なんとしても要求に応えて自分のものにしてやろうと意気込む貴族たちの戦いも、森見のひょうひょうとした言葉選びにより、どこか痛々しい勘違い男の滑稽ぶりが際立つものとなるのです。
かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣袂かわきて今日こそは着め
<現代語訳>
僕の身を焦がすアツアツの恋心にも
この火鼠の皮衣は焼けたりなんかしないのさ
君と結ばれる今日は袂を涙で濡らすこともないしね
それが特に顕著に見られるのは、貴族たちがかぐや姫へと贈る歌。「欲しかったのはこれだろう? お安い御用さ」と一時のハイテンションでしたためたドヤ顔のメッセージを突きつける様子は、読んでいてクスクスと笑いだしてしまいそうなほど。「秀才バカ」や「世間知らずのボンボン」など、「いるいる!」と思わず同意してしまうであろう、勘違い男たちにも注目です。
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わからないことばかりだからこそ、『竹取物語』は面白い。
『竹取物語』は翁とかぐや姫との親子愛、貴族たちの顛末を滑稽に描いた面白さ、月に帰っていく際の悲哀と、ひとつの物語に見所がぎゅっと詰まった作品です。
それだけでなく、作者不詳であることをはじめとする『竹取物語』の謎も読者を惹きつける魅力といえるでしょう。成立した時代では全く想定されていなかったであろう、「日本最古のSF作品」という見方も、後世の人々が新たな解釈で物語を読み解こうとしたことから生まれたのです。
この作品が現存最古の物語として、今も多くの人に読み継がれているのは、それだけ興味をそそられるからこそ。あなたも『竹取物語』に込められた“余白”を埋めるような想像をしてみてはいかがでしょうか。