癒やしが起こるとき
瞑想中にやってきた感情。
歯噛みしたくなるほどの感情があふれる過去があるが、どの過去世もそれでも一生懸命がんばってきた。もう一度同じことが起こったらやっぱり同じように行動してしまうだろうとも思えた。その時、その時、それなりに悩み、悶え、苦しみ、悩んだ結果の行動であり、あるいは誘惑に負けた結果の行動であったとしても、それでもその負ける瞬間まで負けまいと葛藤していたのだ。
それって本当によく頑張ったってことだよね。失敗の人生なんてない。様々な過去世がある。どの過去世もそれなりに人に知られたくないものがある。それらがでは今の私に重くのしかかっているかといえばまったく負担になっていないことに気がついた。なぜならどの時代の私も本当にその時の自分なりに精一杯頑張っていたから。
そして、今の自分に思いを馳せた。
するとやはり今の私も今の私なりに精一杯頑張っていた。弱さに流されたり、誘惑に負けたりしているけれど、それでもその直前まで抵抗している。それってなかなかのものだなと思えた。弱さや誘惑に屈することは失敗だと思っていたけれど、そうではないと気がついた。
つまり、どの一瞬、どの一瞬の私もすべて頑張ってきたということだ。そこに思いがたどり着いた時、体の内からきれいな光が広がった。そして体の全てが溶けて私の内にある『癒やしの湖』の中に広がっていった。しばらく私は湖と一体になってたゆたっていたが、やがて私は私に集まれと呼びかけた。すると湖に溶けていた私の細胞が集まってまた私の体を築いた。その体は見かけは以前と同じだけれど、中身は以前と同じではなかった。
さっぱりと洗い清められた体を愛としか表現できないエネルギーが包む。
過去も未来も一つになって、今、私はここに在る。
何かが変わったわけではないのに、
何もかも変わったような
不思議な体感。
そして内からじんわりと力があふれてくる。
そのまま祈りに入った。
来たるべき世界を自分が創造していると感じる。
とても興味深い。
全てに感謝です。