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迷える子羊

2020.08.04 11:51

000.迷える子羊

000.プロローグ


「い、い、い、いやああああああっっっ!!!!!」


気持ちよく眠っていたはずなのに、起きてみたらびっくり。


知らない部屋で知らないベットで、知らない格好で男と二人きりで眠っておりました。


そんなシチュエーションあっていいわけがない。


こんなモブAとも言えぬ雑魚キャラがそんなシチュエーション似合うわけがない!


そうは思うが実際、何度確かめてもわたしは裸。


ベットでは寝返りを打ちながら未だに眠っている学校の先輩がいて震え上がるしかない。


き、き、き、昨日何があったんだっけ?!


不安の恐怖に苛まれながら、わたしは頭を抱えて必死に記憶を蘇らせていた。


自分のハジメテがどうなったのかまで思考が回らずに……。



001.迷える子羊

001.波乱の幕開け


「雨宮(あめみや)さんのこと好きなんだけど。」



突然の告白というものは予期せぬ時に訪れる。


放課後、教室で待ってて欲しいと言われ。

話したいことがあると言われた。


王道的シチュエーションは、けれどわたしからしてみれば調子に乗ってんじゃねえぞとか、宿題やっといてとか、


そんな類のことを言われるんじゃないかと思ってたのだ。


最悪、リンチとか……。


専門学校の学生の中で、クラスも科も違うけれど有名な彼はとても目立つ存在。


わたしなんて逆に格下だ。


いつも俯いて一人ぼっち。

目をつけられればいじめの対象。


なにかといいようにこき使われるタイプの人間といえば分かりやすいだろう。


よく言えば真面目で物静か。

悪く言えば根暗でオドオドしててイラつく存在になってしまう。


そんなあたしが何故、校内でも狙ってる人が多いイケメンモテ男に告白されているのかとても理解ができなかった。


あんまりの衝撃に思わず教室を見渡して、それから……。


「あ、の…っ。新手の嫌がらせですか?すみませんっ。謝りますから許してくださいッ!」


悪いことをした覚えはないが、でも覚えはなくともわたしは幼少期からこういうやっかみを多く受けていた。


それは大概一時的なもので、不登校になるとかはなかったし、


元よりマイペースな性格をしてるもんだから、周りをイラつかせてしまうのはわかってるつもりだ。


でも、


「………は?」


目の前の彼はわたしが泣きべそかいて深く謝る姿に低い声音でどこかイラついたようなつぶやきを落としてきた。


何故だろうか。

謝りかたが悪かったのだろうか?


不愉快にさせてしまった?


教室の外では誰かが待機していて、動画でも撮ってるんじゃ…。


悪いことを考え出すときりがないくらい出てきて怯えてしまう。


小刻みに震えて顔があげられないわたしに、目の前の人が近寄ってきた。


わかったのはわたしのものではない足が見えたからだ。


思わずビクッと飛び上がる肩と、力が入って硬直する身体。


小動物のように最後の瞬間を待ちわびるしかないようなこの状況が怖くてたまらない。


そんなわたしの心境を知ってか知らずか、彼はひと言。


「告白になんで謝られなきゃなんないの俺。なに?振りたいの?それにしては嫌な振り方するね雨宮さん。」

「えっ!ち、違…っ!」


何故か落胆された物言いにおもわず顔を上げてしまう。


「違うって何が?」

「嫌がらせじゃ、ないんですか?外で誰か動画を撮っててSNSであげるとか!」

「は?」

「あの女、マジで告白されてると思ってんよって馬鹿にして楽しむ気なんじゃ…っ!」

「ちょ…っ、」

「ネタバレっていつなんですか?!わたしそこまで調子に乗ってましたか?!すみませんでした!!」

「ちょっと待って。マジで、待てよオイ。ネガティブを発揮させるにしたってそこまで考えるかよ。」

「ち、違うんですか……っ?」


もう半べそだった。

ぶるっぶる震えながらちびりそうだった。


そもそもこんな派手な人と話したこともないわたしが、こんな派手な人に告白される理由が見つからない。


まさか本当にこんな人に好かれるなんて素直に受け止められるほどわたしは身の程知らずではない。


舞い上がれるほど女子力高くないし、派手でもない。


先輩がいつも一緒にいるような周りの人たちと比べたらわたしなんてドブネズミもいいところだろうに。


「違えよ。俺は、」

「じゃあなんなんですかっ。は…っ!毛色の違う女に手を出してみよう的な!?わたしレイプされるんですか?!すみません、すみませんっ!謝りますからそれだけは…っ!」

「だから聞けって?!なんでそうなんだよ!まあヤりてえのはヤりてえけど…!」

「ひいいいっ!!」


あまりにも直球に言われた下ネタにわたしはドン引いていました。


ええ、あたりまえですよね。

こちとら泣きながら謝ってんのに違うって言いながらヤりたいって言ったんですよこの人。


何も違ってないじゃないですか!


壁際に引っ付いたあたしに、彼はやっちまった感満載の顔で「ちょっと落ち着け。」となだめにかかってきた。


「俺は告白しにきただけだ。なんで疑うんだよ。」

「す、すみません…っ。遊び相手に相応しくなくてすみませんっ!!」

「違う。全然違う。そうじゃないだろ。なんで自分のことを遊び相手って決めつけてんの。なんで告白に対して真っ先に考えることが嫌がらせになんのあんた。頭おかしーんじゃねえの。」

「すみませ…っ、」


ボロっと、ついに溢れてしまった涙。


これには彼も一瞬目を軽く開いて自分の口元に手を当てていた。


罰が悪そうなその横顔に、わたしの涙は後から後から出てきて止めようと必死に拭い続けるばかりだ。


「あー…、悪かったよ。はっきり言いすぎた。」

「い、え…っ。わたしのほうこそすみませ…っ。」

「何に謝ってんのか知らねえけどさぁ、あんた自分のこと過小評価しすぎじゃないの?」

「そ、そうでしょうか…っ。誰だって先輩に告白なんてされるとは思ってないと思いますし、わたしみたいなそこらのモブAが対象になるなんて絶対何かの嫌がらせとしか考えられませんよ。めちゃくちゃモテるのに、わたしより素敵な女の子なんて周りにいっぱいいるのに、ドブネズミにわざわざ手を出す理由が見つかりません。」

「ドブっ…、」

「ネズミ買うならみんなハムスターとかハリネズミとか血統書付きだったり見た目の愛くるしさで選ぶでしょう?野ネズミなんて拾わないでしょう?そういう意味です。」

「もういい、わかった。うだうだとネガティブ発言は聞き飽きた。こっちは好きだって言ってんの。嫌がらせでもなんでもなくな。それを素直に受け取ってくんねえかな?」

「は、い……、すみませ…っ。」

「それで?俺のこと振るのあんた?」


いつのまに急接近されていたのか、足音なんて聞こえなかったよ?!と驚くままに目の前にいた彼を見つめていた。


逃げたつもりが壁際に追い詰められてしまっていた。


なんたることだ!


また泣きそうになりながら怯えて震え上がるわたしに彼はあまり表情の切り替わりがない無表情で、


サラリと落ちた黒髪の合間から、はっきり言って目つきが悪いとしか思えない目にわたしを映すのである。


彼からすればチビだろうわたしの視線に合わせるようにかがみ、みんなが色気ダダ漏れだよねとか色男だとか言われている彼が迫ってくるのである。


こっちからしたら全てのパーツからして男の人に負けてるモブAなのに!


なんかもう色々といっぱいいっぱいだった。


ただ好きだと言われ、それに対して振る気なのかと迫られているのだ。


遠回しに振ったら許さねえという意味じゃないのか?!


視線を右往左往させながらしどろもどろになるしかなかったわたしに、彼は追い討ちをかけてきた。


「それともほかに好きな人いんの?」


その問いかけに、まさしく振る時には王道中の王道であるセリフが思い出される。


好きな人がいるのでごめんなさい!だ!!!


「そ、そう…!好きな人が……!」

「いたらそいつ死刑だけどねえ。」

「……いませんっ!!!」


怖いよぉぉぉっ!!!

なんで真顔でそんなこと言えるんですか?!


正真正銘の脅しになってるじゃないですか!


そんなこと言われたら本当に好きな人がいたとしても言えないよ!


ていうか先輩に告白されておいて振ったら何を言われるんだろうか?


だけどオーケーしたらそれはそれで酷いことされそうな気がする。


どっちに転んだってこんな派手な人とどうにかなることはわたしの身の危険にしか繋がらない!


だけどどうしたら…!


「じゃあなんだよ。付き合ってる奴がいるとか?」


ハッ!そうか!

王道の振るセリフはまだあった!


付き合ってる人がいるのでごめんなさい!だ!!!


「そ、そう…!付き合ってる人が…!」

「モロバレの嘘やめようねぇ。泣かすよ?」

「す、す、すみませんでしたぁぁぁぁっ。」


語尾が弱々しくなりながら泣くしかないわたし。


それを前にしてなぜか小さく笑っている先輩。


なんだろう、これは。

わたし、遊ばれてるんだろうか?


やっぱり毛色の違う女に手を出してみたかった的な?


あああっ、厄介な人に目をつけられてしまった。


これまでの人生で上位3位に入る厄介な人だっ。


どうしたらいいのか必死に考えながら狼狽えるわたしに、先輩は緩く笑みを浮かべたままわたしの頭をポンとひと撫でしてきたのである。


「あんた、やっぱ可愛いねぇ。」

「うええ…っ?!」


驚きすぎて変な声が出てしまった。


いきなり何を言い出すんだこの先輩。


確かにパーツは整ってるとは思うがわたしからしてみればピアスをいくつも開けている時点で住む世界の違うひとだから。


色気ダダ漏れとか言われてるけどわたしからしたら派手で目つきが悪い人でしかないから!


色男とか言われてるけどチャラそうにしか見えないから!


甘いドキドキじゃなくて恐怖のドキドキしかないから!!


「いーよ、じゃあこうしよう。雨宮さんがちゃんと俺のこと考えるってんなら友達からでもいいよ。」

「とも、だち…っ。」


そ、そうか。

王道の振るセリフにはこのパターンもあった。


お友達からでお願いします。


いや、これはさすがに…。

わたし、先輩と友達になりたくないし。


ていうか仲良くしたくない人だし。


だけど振るのも付き合うのも怖いとなれば一番無難な選択でもある。


「じゃあ…、それ、」

「ただし、それで振ったら泣かす。」

「……で。」


もう仕方ない。

これしかないと思って了承しようとしたらこれだ。


それ、好きの強要じゃあないですかっ。


つまり告白に対して絶対オーケーしないといけないのは変わらないってことじゃないか。


ただわたしの身の危険が先延ばしになっただけじゃないですか。


そんなのありですか?

それなら一層のことひと思いにやっちゃって欲しい。


「先輩…っ、それ脅し……っ。」

「悪りぃね。逃す気ないんだわ。そんなに嫌なら俺に嫌われる努力したらいいよ。」

「ううう…っ、なんでわたしなんかを……っ。」


しくしくと泣くしかないわたしは八方塞がりな状況に肩を落としていた。


でも先輩は悪気すらないあっけらかんとした態度で言うのだ。


「俺は雨宮さんと、ずっとこうして話がしてみたかったんだよねぇ。」


まああんたは知らないだろうけど、と言って踵を返す先輩。


その後ろ姿にやっと解放されると思ってほとんど話は右から左。


先輩の理由なんてはっきり言ってどうでもよかった。


今日一番のストレスだと断言できるこの状況から早く家に帰りたくて仕方なかったから。


だけど、


「なに突っ立ってんの雨宮さん。」

「へ…?」

「どっかメシでも食いに行こうよ。友達記念日に。」

「えええええ…っ!?」


い、いきなり?!

いきなり2人きりでお食事?!


しかもこんな時間に?!


学校終わりの放課後といってもすでに1時間くらいが過ぎている。


つまり、なにが言いたいかというと、外は夜の準備をしているってこと。


「い、いえ、わたしはその……っ、外食はあんまり……っ。」

「じゃあ手作りしてくれんの?ラッキー。」

「外食だいすきですっ!はいっ!!」


もう涙目だこっちは。

なんなのこのひと。


なんでこんな強引なの?


手料理ってことはつまり、わたしの部屋に来る気満々ってことじゃないですかっ。


そのまま襲われたらたまんないっ。


泣くだけじゃ終わらない。

女としての人生が終わらされる。


それはさすがに嫌すぎるっ。


手のひらを返して却下を示すと、先輩はやっぱり不敵な笑みを浮かべて「じゃあ早くいこ。」と誘ってくる。


なぜか手を差し出されていたし。


それは握れということなのでしょうか?


嫌ですよ。

手を握られたら逃げられない。


だから見えてないフリしてトコトコと横に並ぶと、先輩は「連れないねぇ。」と言って手をポケットに納めてくれた。


取り敢えず安心して教室を出る。


もちろん残っている生徒はわたしたちだけじゃない。


こんな時間でもまばらに生徒は残っていて、先輩の顔の広さが伺えるほどにいろんな人から声をかけられていくのだ。


「おいおい空(そら)、それはダメだろ。雨宮さんに手ぇ出すとかダメだろ。男の敵かお前は。」

「文句あんならいつでも勝負してやるよ。酒でも喧嘩でもねぇ。」

「マジか、空。女の趣味変わったの?!」

「お前は俺の好みをなんだと思ってたわけ?」

「あーあ、女に泣かれんぞ空。マジで雨宮さん狙ってたのかよ。」

「最初からそー言ってんじゃん。」


などなど。

聞くに耐えないというよりも初耳のことが多い会話内容にわたしは縮こまるしかなかった。


動物の耳でも生えてたらぺたんこだろう。


なんでわたし、この人に目をつけられたんだろうか。


なんの接点もなかったのに。

ていうかわたしってどんな風にみられてるの?!


雨宮さん、雨宮さんって…!


なんでわたしの名前みんな知ってるの?!


怖いよぉぉぉっ。


この人の影響力なんなの?!

どんな話ししてたの?!


そんなことを思いながら俯いて歩くしかなかったわたしはようやく校門を出て胸をなでおろしていた。


そんなわたしに先輩は横目にひと言。


「安心しなよ。あんたにゃ誰も手出しできないから。」

「え…、」

「俺を敵に回そうなんて奴、早々いねぇから。」

「………」


それは安心できることなのでしょうか?


いや、絶対ちがう。


山猿のボスのようなこと言ってるけど、つまりはわたしに何かしようとしてくる人はわんさか増えると言ってるようなもんだ。


無理無理無理ぃぃぃぃっ!!!


「そ、それなら先輩がわたしを諦めてくれた方が安全なんじゃ…っ、」

「それはないねぇ。こちとら5年越しの片思いだってのにさ。」

「5年?!」


待って。5年前って言ったらあたし、中学生だよ?!


驚いて声を上げたあたしは思わず、


「ロリコン…?」


…と、呟いてしまっていた。


蒼白な顔で、涙目で、立ち止まってね。


そりゃそうだろう。


先輩は心理学療法士の4年生。

かくゆうあたしはトータルインテリア科の2年生。


5年前のあたしは中学2年生で、先輩は高校3年生。


大人になればさほど問題ない年齢差かもしれないが、高校生が中学生に手を出そうなんて犯罪ギリギリなラインである。


そんなわたしの呟きに先輩は「惚れた相手がたまたま中学生だっただけだよ。」で終わらせてきた。


そういう問題じゃありません、先輩。


どこでわたしの存在を知ったんですか?


中学生ですよわたし?


けれどそこを考えるとストーカー疑惑も浮上してしまうから怖くて聞けなかった。


最中、


「雨宮って酒飲めるの?」


いきなり名字を呼び捨てな挙句、そんなことを聞かれていた。


まあ先輩だから。わたし後輩だから。別にいいんだけど。


「飲めないことはないですが…、弱いので遠慮した…、」

「魚介類好き?」

「え…?はあ…、まあ嫌いではないですけど……、」

「じゃあ決まり。いい店あるんだよねぇ。そこの魚料理は絶品で、日本酒の種類も豊富なんだよ。」

「にほんしゅ…っ!?ちょ…、あの…っ、困りますっ!わたしそんなに強くな…っ」

「酔ったら介抱くらいしてあげるって。」


いえ、それが一番怖いから嫌なんですよ!!


記憶がないままあらぬことをしてしまったとかよく聞くじゃあないですかっ!


わたしそんなふしだらな女の子じゃないし、そんな状況に陥ったら卒倒する自信がありますっ!


なのに先輩ときたら介抱する気満々な様子。


これはとっても危険なお食事なんじゃ?!


そう思ったところで逃げ出す手段なんてない。


今更用事を思い出しましたと言ってみてなにか変わるだろうか?


そう思って口に出そうとしたものの、先輩の後ろ姿を見ていると何も言い出せなかった。


これでも人見知りだし、わたしはショッピングをするにしたってお店の人に話しかけることもできないような臆病者だ。


話しかけられない限りウロウロしながら迷いに迷って結局やめるような買い物しかしたことない。


聞きたいことがあっても自分から声がかけられなくて何時間も気づいてくれと視線で訴えるタイプなのだ。


つまり、言いたいことが言えないわたしはおとなしく先輩に連れていかれるしかなった。


これほど自分の性格にため息をついたことはないだろう。


そのまま連れてこられたのは魚介類専門店のような小洒落た居酒屋。


先輩が店に入るとすぐに店員の人が声をかけ、気さくな対応で接していた。


この人の顔の広さはどれほどのものなのだろうとか思いつつ、わたしは縮こまったまま先輩の後ろで立ち尽くす。


「女連れで来るとは、お前も色気づいたねえ。なに?そういう子がタイプだったの?」

「まあね。それより個室で頼むよ。」

「なんでだよ。俺もその子と話したいのに。」

「見ての通り人見知りなの。お前みたいなガタイのいい熊みてぇな男に話しかけられたら泣くぞこいつ。」

「クマさんは女の子大好きアイテムじゃねえかよ!!なあ!嬢ちゃん!!」

「ぴゃ…っ?!」


いきなり知らない人に話を振られてしまえばビクついてしまう。


しかも声おっきいし、迫力あるしっ。


変な声が出てしまった挙句、思わず先輩の背後に隠れてしまったわたしのコミュニケーション能力はゼロどころかマイナスだ。


こんな態度、失礼にもほどがある。


それはわかってるけど、慣れないお店に連れてこられ、知らない人に話しかけられたらわたし的にはもうキャパオーバーなのだ。


「ほらみろ。泣かせた分、半額しろ。」

「はん…っ?!はあ?!おっま…!いつも優遇してやってんだろ?!」

「女泣かせのクマさんってツイートしよう。」

「わかった!わかったよ!!フォロワー数を逆手にとんじゃねえよ!!鬼畜めが!!」

「使えるもんは使う主義なんでねぇ。」


携帯を手にしてゆるりとほくそ笑む先輩のなんと黒い笑みなことか。


この情報社会において、SNSの拡散力を持つ人って強いんだなあと思わざるおえない。


クマさん、ごめんなさい。

わたしがもっと気さくに人見知りもなく話せるタイプの女の子だったら……。


そうは思いつつ、個室に案内されて座りこむ和室の空間は風情がある。


目の前であぐらをかき、メニューも見ないであれとこれと注文を勝手に済ませていく先輩の独断も別に悪い気はしない。


正直、何がいい?と聞かれても優柔不断で自己主張ができないわたしは選べる気がしなかったから。


まあ…、


「はい、乾杯。」


早速、冷酒を手渡されてグラスを掲げられると危機感は倍増してましたけどね。


弱いって言ってるのにまさかの日本酒。


悪酔い代表で、飲んだら吐くこと前提のアルコール度数を誇るお酒さまだよ。


強い人ならまだしも、わたしは日本酒なんて自ら買って飲める人間じゃない。


ほろよいで十分だからいつも一番アルコール度数が低い酎ハイだ。


しかもそれは飲み会とか逃げられない席で仕方なく飲むものであって、普段から家で飲むとかしたことない。


なんならりんごジュースのほうがいいし、烏龍茶は最高だと思うタイプなのに、


綺麗なお猪口に注がれた透明のそれ。


水に見えてもアルコール。


乾杯をしてクイッと一気に飲み干す先輩を見ながらその飲みっぷりに拍手はおくれても付き合うことはできない。


わたしはチビチビ呑んで調節していくしかなかった。


ただし先輩がオススメするだけあって、出てくる料理はどれもこれも新鮮で舌鼓を打ってしまう。


お刺身なんてぷりっぷりで歯ごたえ抜群だし、お鍋のダシもほんのりと口の中で魚の味を引き立ててくれるもの。


お野菜とかも新鮮で、わたしは目を輝かせて食べていたと思う。


一変したわたしの表情に先輩は小さく甘い微笑みを浮かべて「美味しそうに食うねぇ、あんた。」と言ってきた。


ハッとしたのは声をかけられてからで、つい夢中になってしまってたから自分の置かれている状況をすっかり忘れてしまっていた。


そしてその頃には完全にほろ酔い状態であった。


「す、すみませんすみません!話しもロクにしないで食べてばかりでっ!!」

「いや、怒ってねぇし。いいじゃん。そんなに気に入ってくれたなら連れてきたかいがあるってもんだし。」


ほれ、とお猪口に継ぎ足される日本酒にありがとうございますと小さく言って躊躇いがちに飲んでいた。


これ以上はやばい。

自分が弱いもんだからある程度のラインというものはわかってるつもりだ。


だけどそろそろお水でいいですなんてとても言えない。


目の前の人は顔色ひとつ変えないで呑みながらわたしへとお鍋の具材をよそってくれているのだから。


このままなごやかに、且つ安全にこの危険なお食事を終わらせなければならない…!


そう意気込みながら、アルコールを相殺してくれることを願って出てきたお味噌汁を平らげてしまい、


スープ系のものを胃に流し込みながらどうにかやり過ごす作戦に移っていた。


「てかさ、雨宮って下の名前なに?」

「え、あ…えっと、」


不意に聞かれた何気ない問いかけ。


でも名前にはコンプレックスがあってあまり言いたくない事情がある。


だから詰まってしまったんだけど、返答を待ってる先輩を見てしまうと言わない選択なんてなく、


「えーっと……ひ、ヒツリ…、」

「ヒツジ?」


言われると思った………。


声を小さくして言ったのも悪かったのだろう。


いつもこの言いにくい名前と語感からヒツジと呼ばれてしまうのだ。


子供の頃のあだ名はずっとヒツジだった。


「いえ、ひつりです。カタカナで、ヒツリ。」

「ヒツジってさ、今まで誰かと付き合ったこととかあんの?」


ヒツジ呼びに確定してしまいました。


いや、別にいいんだけどね。

からかわれたりはしたけど、愛称のように呼んでくれる人たちもいたし。


別にいいんだけども。

なぜ、急に付き合ったことがあるかなんだろう?


「い、いえっ。そんなまさか…っ!告白されたのも初めてですから……。」


最後の方はやっぱり声が小さくなってしまう。


だってまだ信じられないんだもん。


あの空先輩に告白されたのがはじめての告白だなんて。


とてもじゃないが、未だに周りを確認してしまうくらい虐めの対象にされてんじゃないかと気が気じゃない。


縮こまっていくわたしに、けれど先輩は「へぇ…」と呟いて薄ら笑いを浮かべるのだ。


なんでそんな怖い顔するんですかぁぁぁぁっ。


びっくーっと肩を上げてしまうわたしに対し、先輩はひとこと。


「てことは処女なわけだ。」


その言葉にわたしは生きた心地がしませんでした。


ピシッと固まり、顔は真っ赤だろうことがわかるくらい熱が上がってきてしまう。


そりゃそうですけど!

知りたかったのそこなんですか?!


悪かったですね!

こちとら異性に相手にされるほど女の魅力なんて持ち合わせていないんですよっ!


ひえぇぇぇぇんっ!

早く帰りたいよぉぉぉっ。


涙が滲んできながら恐る恐る後退していたわたしに、先輩は頬杖をついてわたしの観察をしてくるのだ。


ええ、それはもう舐めるように。


居た堪れないというか、ここに居たくないと強く思うものの…。


帰ります!と怒って出て行けるほどわたしの気は強くない。


だから話しをそらすことをがんばってみました!


「せ、せ、せ、先輩は…っ、」

「空でいいって。先輩ってガラじゃねぇし。」

「そ、空…さんっ、」

「それもよそよそしいねぇ。まあ、いーけど。なに?」

「えっと、」


どうしよう。なにを聞こう。

これといって聞きたいことなんかないんだけど、兎に角性的対象に見られるのはまずい。


わたしは残りの日本酒を飲み込みながら時間稼ぎをして頭を回していたのだ。


「空さん、は…っ、」

「だからなに。」

「そ、その…っ、なんで、理学療法科に?」


思いつくことがこれくらいしかなかったあたしのコミュニケーション能力は、こういうとき浮き彫りになってダメさが現れてしまう。


でも空さんは「あー…、」と呟きながら、


「いや、これといって理由とかないんだわ。受けたら受かっただけ。」

「へ?」

「まあ適当な理由を言うなら手に職がつけられて、且つサラリーマンとかそういうの向いてない俺にはこれくらいかなって選んだだけ。」


なんてあっさりした今時男子なんだろうか…。


受けたら受かったって、それは落ちた人全員を敵に回す言葉だよ。


「そういうヒツジは?なんでインテリア?」

「小物が、好きなので…。インテリアのコーディネートとか、覚えてみたいなと…。」

「ふぅん?接客できんの?ヒツジ。」

「う…っ、そ、それは経験を積めばなんとかなるかなと…。」


痛いところを突かれて俯きつつ、いつのまにか継ぎ足されていたお酒に口をつけるしかなかった。


会話が弾まない。

すみません、コミュニティケーション能力が虫以下で。


クズですみません。

わたしほんと、初対面の人とどう会話したらいいのかわからないんです。


なんでみんなそんなにもホイホイと質問できるの?って感じで見てる側なんですよ。


そんなときだ。


「そーらっ!いたいた〜っ!」

「なんでうちらも誘ってくれないのよーっ。」


確か顔は見たことがある。

専門学校でもかなり目立っている美容学科の人たちだ。


どうやらここはそれなりに空さんが使っているようで、クマさんに聞いたと言っていた。


実際のところ、わたしと空さんの学校は隣同士に建っているだけで全くそちらの事情は知らないんだけども。


やはり隣同士にあれば自ずとみなさん、交流されているわけでして、


わたしはそんなことできる性格じゃないというのに空さんのことだけは嫌でも耳に入ってくるほど目立つ人なのだ。


こうして話す機会なんて絶対ないと思ってた人と何気ない会話してる自分がすごいなと第三者目線で見てしまっていたけど、


ごめんなさい調子に乗りました。


この人たちには及びませんとも。


ていうかわたし、完璧に浮いてるよね?!


ソワソワしながら居心地悪くお邪魔しまーすと入ってくる気さくな女の子たち。


けれど空さんは、


「ごめねぇ。今日、ヒツジちゃん専用なんだわ俺。」

「「は…っ?」」


これはわたしも物の見事に被ってしまった驚きの声である。


ただそんなこと気にも留めない彼女たちの視線がわたしに突き刺さってくることが何よりも怖い。


なんてこと言うんですか空さん!


わたしは睨まれたくないから大人しくしてるタイプなのに、なんでぶち壊すんですか?!


泣きそうになりながら小刻みに震えていると、空さんが立ち上がって彼女たちを押しやりながら、


「デートの邪魔しないでくんない?」


なんて言うんだからもうこっちは生きた心地がしなかった。


違うんですよみなさん。

わたしは無理矢理連れてこられただけで!


何故か無理矢理友達にさせられただけで!


微塵もこの人に興味なんてないですからっ!


あの、この人!

たぶんわたしみたいな女が珍しいだけなんですよ!!


そのうち飽きてポイ捨てされますのでどうか何事もありませんように。


心の中でしきりに祈りを捧げながら、部屋の外から聞こえてくる彼女たちの小さな文句の声を聞いていたわたし。


もうやだ、帰りたいよぉぉぉっ。


なんでこんなことになってしまったんだろうか?


手持ち無沙汰でやることもなく、どうしようかと悩んだ末にわたしは恐怖を一掃するように残りの日本酒を飲み干していた。


バカなことをやってしまったと、後から気づいても遅い。


ぐわんと回る頭と、視界がぼやけてめまいがする気持ち悪さ。


胃がぐるぐるしてきて壁へもたれかかっていれば外の声はたしかに聞こえなかったけど…、


「おまたせぇ…って、オイオイもう酔ったのかよ。」


ヒツジちゃーん、とわたしの頰をツンツンしてくる空さんの声音がようやく聞こえたのはどのくらい経ってからなのか…。


さすがにこれ以上飲むことに付き合えそうにはないし、食欲だってない。


ただひたすら眠い。


だから、


「わ、らし……っ、かえりましゅ……っ。」

「呂律回ってないし、ひとりで歩けんの?」

「だい、じょーぶっ、れす。」


言いながら壁を伝ってなんとか立ち上がろうとするものの、どうしてか自分の意思に反して身体がふらついてしまう。


バランス能力を失っている身体はいつもの感覚で立ったはずなのにそのまま前のめりに倒れこんでいくのだ。


「ほら見ろ。無理じゃん。」


当然のように支えてくれる空さんの胸板によりかかりながら、わたしは危険な食事回避をするどころか、危険まっしぐらな道へ行っているではないか…と、


頭ではわかってるのに身体が言うことを聞いてくれないのです。


「だい、じょぶっ、れすから…っ。タクシーひろう…れすっ。」

「拾ってやるから取り敢えず店出るまでは頼っておきなよ。」

「うー〜……っ。」


支えられながら歩き、クマさんにお勘定を頼む空さん。


わたしもお金出さなきゃって思うのに全く頭が回らない。


鞄を探すようにキョロキョロしていたらあっという間にお会計が終わって連れ出されていたのだ。


「ヒツジ、家どこ?住所言える?」

「言えましゅ。タクシー……」

「こりゃダメだな。」


手を上げてタクシーを呼んでたのに何がダメなのか。


あ、壁に向かって言ってたからか…。


はたと気付く自分の目の前の光景は遅れて見えたのである。


そうして空さんが段取りよくタクシーを捕まえてくれ、一緒に乗り込むまでの抵抗する余裕もなかった。


「そんなに飲ませたかな俺。」

「だから、弱いって言ったのに…。空しゃんが、話聞いてくれないからっ!」

「好きな女と一緒にいてぇと思うのは普通だと思うけどねぇ。」

「わらしは、…すきじゃないれすもんっ。」


ぷんとそっぽを向いておきながら、身体は空さんにもたれかかったままだった。


「ふうん?じゃあどういう奴が好きなの?」

「ソラちゃん…、空豆ちゃんれすっ。」

「そらまめ?」

「んふふ〜…。もっふもふでイケメンの黒猫なんれすよ〜っ。わらし、一目惚れらったんれす〜っ。」


この時はすでに思考なんて回ってなかったし、自分が何言ってるかもわかってなかった。


ただ頭がふわふわして、楽しくて、大好きな愛猫を思い浮かべると二ヘラァって顔がゆるんでしまったのだ。


「俺は猫以下かよ。」

「空豆ちゃんに敵うイケメンなんていましぇ〜ん。」


ほんとに顔は凛々しいのに懐っこくって可愛くて、でも気まぐれで、構いたくなって甘やかしちゃうんですから!


「ああ…、でも……。」


ふと視界に入った黒い毛並み。

つり上がった瞳は空豆ちゃんの青く透き通ったものと同じ色味。


じっくり見たことなんてなかった空さんだ。


いや、そんなに見れるわけがない。


何ガン飛ばしてんだと言われたら怖いし、喧嘩売ってんの?なんて言われたらもっと怖いから。


だからいつも俯いてたし、空さんのことを知ってるのは噂が嫌でも耳に入るから。


見た目なんてあんまりじっくり見たことなかったから余計に酔いが回った今、実感しちゃったのかもしれない。


そっと手を伸ばして、思っちゃったのだ。


空豆が人間になったらきっと、こんな姿なんじゃないかなって。


だから、


「そぉ〜らぁ〜。」

「…っ!」


空さんだともはや認識もないままに、思い立った感情に突き動かされて、


空さんを空豆ちゃんと勘違いして、頭を撫でこ撫でこしていたのである。


普段のわたしなら絶対しないことだ。


おこがましすぎるというよりも自殺行為として受け止めて、嫌がらせか何かで強制されない限り絶対しないこと。


頭の片隅では理性的なわたしが卒倒していることもわかっていたのに、


アルコールに呑まれてしまった今のわたしは怖いもの知らずだった。


にこにこと、実家で撫でくりまわして可愛がっていた時のように空さんに触れていたんだから。


ゆらゆら揺れる視界の中で空さんが目を丸くしながらもそっぽを向き、照れ隠しをする仕草も空豆ちゃんに被ってしまった。


ゴロゴロ言ってるのに顔は背けちゃう可愛い黒猫なのだ。


「ソラちゃんったらぁ〜、ほんっとかわいいんだからぁ〜っ。」


完全に今のあたしは空さんを飼い猫と勘違いしていた。


突っ走る妄想と、愛猫への求愛が止まるところを知らない。


だから家で空豆ちゃんにやってるように、空さんの顔を両手に挟んでクリクリと額を擦り付けていたのだ。


「…っ!」

「ソラちゃんがぁ〜、人間だったら…、わらしはメロメロれすねぇ〜。」


これは夢なんだろうって、でもソラちゃんが人間になったらこんなにイケメンなんだって思うと止まらなくって、


抱きつきながら「ソラちゃんの彼女はわらしれすからねぇ〜っ」って言っていた。


酔いさえ回ってなければ…。

そうは思うが、時すでに遅しだ。


そして酔っ払いの醜態は時と場合によれば収集のつかないことになると、


漫画やドラマが教えてくれてたのに、わたしに当てはまるなんて思いもよらないじゃないですか。


だから、


「ふうん…?じゃあ俺と付き合ってくれんの?」

「もちろんれすよ〜っ。わらしはソラちゃんに一目惚れらったんれすからぁ〜っ。」


こんな幸せな夢はないと思っていた。


ていうかどこからが現実で、どこからが夢だったのかすら曖昧な頭だった。


そんなのあたしの状態を見れば空さんだってわかるはず。


わかるはずなのに…、


「だからソラちゃん〜…、浮気しちゃらめれすからねえ〜っ。かわいいメス猫がいても発情しちゃらめれすよ〜?」


実家は田舎で、そこらへんに野良猫はいる。


家の中で飼ってる空豆だけど、たまにふらりと外へ遊びに行ってしまう時があって、


近所でも猫を飼ってる人たちが、子供を作って帰ってきたなんて飼い猫の話しを聞くたびに顔を青ざめさせたものだ。


どこの馬の骨とも知らないメス猫に空豆ちゃんが毒される!と思ったのはいうまでもない。


両親たちは子猫のお世話をすることになるのは大変だからと、空豆ちゃんを極力外には出さず、


出すとしてもリードをつけて満足するまで遊ばせてあげるようにしていた。


でも猫だから、やっぱり発情期はあるし生存本能として子孫を残そうとするもので、


わたしが猫だったら空豆ちゃんをいつまでも独占するのになあなんて思ってた幼少期の発想は今や恥ずかしいものだ。


でももしも空豆ちゃんが人間だったなら…?


この夢はわたしの理想そのものだ。


「ぜんぶ、わらしが…。受け止めてあげりゅから〜。」


だからどこにも行かないでくらさいと、抱きつく相手は空豆ではなく本物の空さんだったのに、


「かわいいこと言ってくれんね。」


いつもならわたしが空豆を撫でる側なのに、夢ではわたしが空豆に撫でられていた。


ふわふわのストロベリーブラウンの髪は生まれつきで、よく子猫だった空豆に遊ばれていたっけ?


それが嫌じゃなくて、むしろ可愛すぎたから伸ばすようになった。


だから今では腰ほどまでに伸びた髪は、切る気もなくちゃんと手入れするようにしている。


人とのコミュニケーションが苦手なわたしの遊び相手は近所の同年代の子ではなく、いつも飼い猫の空豆だったから。


「ソラちゃんはほんと、わらしの髪で遊ぶの好きれすねえ〜っ。」


くすぐったいと身を捩りながらも、大きな手が触れてくる感触は嫌いじゃない。


ソラちゃんの肉球の気持ちよさも最高だけど、人間のソラちゃんはこれはこれで最高だと思った。


そして、


「じゃ、友達からってのは無しでいいんだな?」

「ともらち……?何言ってるんれすか。わらしはソラちゃんの彼女しか受け付けてませんよ〜っ!」


それともわらし以外に好きなメスがいるんれすか?!と詰め寄ると、


ソラちゃんはクスクスと笑っており、なぜかわたしのほおを辿って軽く口付けてきたのだ。


「飼われてやるのも悪くねえかもな…。」


初めてのキスがいともあっさりと奪われた瞬間なんてまったく頭になく、


にへらっと笑って、ソラちゃんから顔を擦り付けてくるなんてもうたまらなく可愛いとか思ってた親バカでした。


…とまあ、自分の幸せな夢に酔ってそのあともいろいろと発言していたようだけど、


わたしの記憶はここまでしかなかった。


ええ、そうですよ。

漫画やドラマでもよくあるシーンといえばいいのでしょう。


詰まる所、朝起きてびっくり仰天の連続が待っていたわけです。


「○▲□●◇◎×■〜っっっ!!???」


見知らぬ部屋、見知らぬベット。

そして隣には上半身裸の空さん。


なんといっても自分の格好が生まれたままの姿だったなんてありえますでしょうか???


なんの二次元だと思うじゃないですか。


こんな王道的シチュエーション!!!


そりゃあ漫画やドラマを見る側からしたらニヤニヤしちゃうし、この後はやっぱり脅されたり困惑したりするんだろうなって考えるだけで楽しいですよ?!


でも自分が当事者になるなんて夢にも思ってないから楽しめるのであって…!


実際、気持ちよく寝ていたのに起きたら知らない部屋で男と二人きり、同じベットであらぬ姿のまま寝てましたなんて発狂ものです。


「い、い、い、いやああああああっっっ!!!!!」


そうして冒頭に戻るのです。


先程は声にならない発狂も、理解が追いつくと心の底から不安で怖くてたまらなくなりました。


そのまま頭を抱え、昨日何があったのか…。

必死に記憶を辿って覚えているまでがあのタクシーの中のこと。


わ、わ、わ、わたしはなんてことを……っっっ!!!


てっきり夢だと思っていた頭の中はお花畑になり過ぎていたようで、


あろうことか学校でもモテる男ナンバーワン。

派手で周りに人がいつもいて、いやでも噂が耳に入ってくる空さんに…!


わ、わ、わたし…!

自分の飼い猫と間違えて触れ合ってたの?!


おそるべし、お酒の力…!


じゃなくて…!

そうじゃないでしょ!ヒツリちゃん!!


しっかりして!!!


頭の中は大混乱である。

思い出せるところまで思い出したものの、自分の行動が怖いもの知らず過ぎていて穴があったら入りたい。


いや、こんなモブが調子に乗ってすみませんでしたと土下座しても足りないくらいだ。


パシリでも何でもしますから許してくださいませ…っ!


だって空さんと愛猫を間違えるとか普通する?!


何で夢じゃなかったのあれ!!!


わたしのファーストキス!!!ソラちゃんのものなのに…!


だからそうじゃなくって…!


どこから考えて、なにから謝ればいいのか全くわからなくなっていた。


ていうかわたしはあの後どうなったの?!


ここはどこ?!


いっそうのこと全ての記憶が抹消されていればよかったのに…!


なんて思うくらいには半泣きで震えながら、ベットの下でうずくまっていた。


脱ぎ散らかしている自分の服を見れず、ていうか視界の端に映った時点で卒倒しそうになったので目を瞑りました。


だってそうでしょ?!

考えたくないもん!!!


こんなモブが!

いえ、ドブネズミが男の人に相手にされた?!


ないないないない!!!

断じてありえない!!!


そうだ!

これは新手のいじめなんだ!!!


わたしのことからかってどこかで撮影されてるんじゃ…!


い、い、い、いやあぁぁぁぁぁ!!!!


それはそれで死にたい…!


メソメソうじうじと、どんどんマイナス思考が重なって瀕死寸前だったわたし。


だってこういうの慣れてないどころか初めてなんです。


オープンな性格でもなければ男の人と一夜を明かすなんてもってのほか。


わたしは地味に、マイペースに、やりたいことをやってきただけで、


その過程でいじめられたこともあるけど、自分が人をイラつかせてしまう優柔不断な性格はわかってるから極力存在感も消していたわけで…!


なのに!な!の!に!

なんでこうなったの?!


あろうことか告白なんてありえないことまでされた時点で強く断っておくべきだったのだ!


そう!すみません!付き合えません!タイプじゃないんです!!!って!


………言えるわけないよぉぉぉぉっっっ。


あの空さんに向かってそんなこと言える女の子がいたら勇者じゃないかっ。


ていうかそんな振り方したら女の子全員を敵に回すんじゃないの?


無理無理無理っ!!!!

わたしにそんな断り方はできませんっ!


でもだからって流された結果がこれって…!


わたし、何か悪いことしましたか…?


空さんと関わりなんてなかったし、極力避けていた人だし、そもそも目をつけられるなんてことした覚えもないのに…!


ぬあああっと頭が煮え切りそうな思いで思考をぐるんぐるん回していたら…、


「ヒツジ、そんなとこでなに百面相してんの?」

「ひっ…?!」


ベットの上から寝そべったまま覗き込んでくる空さんが、相変わらず上半身裸で眠たげにあくびをしていた。


目のやり場に困りながらもぶるっぶる震えるしかないわたしは涙交じりで縮こまるしかない。


「あ、あ、あ、あの…っ」

「うん?」

「き、昨日は、なにが……っ?」


ここはどこ?と視線をキョロキョロさせて、小さな声を絞り出していた。


考える前に状況を整理することが優先だと、冷静にならなきゃってがんばってたのもつかの間。


「なんだ、覚えてねえの?」

「い、や、タクシーで……その、ソラちゃんに浮気禁止って言ったまでは覚えてるんですが……っ。」


ええ、ソラちゃんにね。

ソラちゃんだよ?


たとえ夢ではなく、本物の空さんだったとしてもわたしにとってはソラちゃんに言ったつもりだったの。


そうそう、と無理矢理納得させていれば空さんは「へえ?」と意味深な笑みを向けてくるのである。


「じゃあ俺らがお付き合い成立したってとこまではちゃんと覚えてんだ?」


どうしよう。

もう卒倒して白目向いてしまってもいいだろうか?


あれは夢だと思ったの。

ソラちゃんだと思ったからわたし…!


それなのにその言葉につけこんで、なんなら空さんが一番わかってるだろうシチュエーションに乗っかってくるなんて最悪すぎでしょう?!


「い、や…、あの……っ、それは、」

「友達からってのは無しって言ったのヒツジだしね。」

「〜〜〜〜〜っっっ!!!!」


違うのに!違うのにぃぃぃぃっっっ!!!!


涙目でぶんぶん頭を左右に振って否定する動作をがんばってみたけれど、


『じゃ、友達からってのは無しでいいんだな?』

『ともらち……?何言ってるんれすか。わらしはソラちゃんの彼女しか受け付けてませんよ〜っ!』


耳に聞こえてきたのは自分の声だとは思いたくもないほど甘ったれた酔いの回っている声音。


びっくりして顔を上げれば空さんが携帯片手に操作しているではないか。


ろ、ろ、録音されてた?!!!


顔からサアッと血の気が引くわたしと違って、空さんはにっこりと…、


それはもう悪い顔をしていらっしゃった。


「告白して振られた女を酔わせて言質撮ってみたってツイートしたらどこまで拡散するかな?」


なあんて脅し付きで。


「や、や、やめ…っ!な、なんでも言うこと聞きますから!それだけは……っっっ!!!」


空さんのフォロワー数がどれほどのものかは知らないが、昨日連れていかれたお店のクマさんが慌てていたほどの拡散力というのはわかる。


そして、ツイート内容がどうであれアカウントが空さんだと知っているこの界隈で、そんな音声が拡散されてみろ?!


わたしだってことは一発でバレるじゃないか!!!


声だけだしなんて油断するのは大敵だ。


世の中情報社会、ネットが当たり前になってきている現代っ子であるわたしにもそれくらいわかる。


ニュースで取り上げられるほどツイートが炎上したやら、ツイッターに載せられている記事がどうのとか、


テレビに持ち上がるくらいなんだから気が気じゃない!


拡散力のある人は世の中の興味を一身に集める力を持つこともあると知っていて、泣きすがらないわけにはいかない!!!


「じゃあ、俺と付き合ってね。」

「そ、そんな…っ、」


昨日の告白を死ぬ思いで友達からと我慢し、流されるままに食事にまで付き合ったと言うのに、


1日も経たずして彼女決定とか…!


こんな不幸なことがあるだろうか???


最早半泣きどころか普通に泣いていた。


涙がポロリと落ちると止まらない。


だけど空さんはフッと笑いながらわたしのストロベリーブラウンの髪を指先にすくうのだ。


ぽわぽわで、生まれつき天然パーマが強い髪は愛猫との戯れあいのためだけに伸ばしたという理由だけで今に至る。


母がハーフのため、髪色だけは生まれつき明るく、瞳の色も少し緑がかっているのだけれど、


昔はこの容姿だけでもいじめられていた。


中学ではしょっちゅう、クラスメイトは愚か先輩にまで染めてるんじゃないかと言われ、


校則の厳しい学校には前もって母が言ってくれていた為に先生からお咎めを受けないわたしは格好の標的となったのだ。


見目が他の生徒と違って珍しいだけで一部の男子の気を引いてしまったらしく、


それだけで陰口を言われたり、相手にされずひとりぼっちになったり、ほんと、色々あった。


だから正直言って自分の見た目は好きじゃない。


専門学校ではみんな髪を染め、カラコンなんて当たり前につけているから目立たずにいられるけど、


そうじゃなかった義務教育の時代は最悪だったのだ。


だから空さんの手が伸ばされた瞬間ビクついてしまったのだけど、髪を絡め取られるだけの仕草に震えながら様子を伺っていた。


髪を引っ張られて、ハサミで切り落とされたこともあるためか…、


執拗に敏感になってしまう。


そんなあたしのことなど露知らない空さんは、


「そんなに嫌がんなって。大切にするよ?俺。」


よしよしとそのまま頭を撫でられることに安心できたらどんなにいいか…。


悪いけど、仲良くもなければ昨日の告白で初めて話した学校でも有名人な人に対して身構えるなと言う方が無理な話だ。


プラスして空さんの噂はこれまた女に関することが多い。


誰を振ったとか、複数の女と付き合ってるだとか、一夜だけの付き合いしかしないだとか様々。


鵜呑みにしているわけではないが、そこに自分の名前が入って根も葉もない噂が立つのは非常に嫌である。


嫌だけど、なんでもすると言った手前。


ツイートされないためには空さんの彼女に収まるしかない選択肢を提示されてしまえば逃れようがないのだ。


「ほ、ほかに……、彼女になる以外で、してほしいこととか…?」

「ねえな。」

「…………………。」


はい、会話終了しました。

お疲れ様でした。


わたしの未来は酔った勢いを利用されて脅されたが故の望まぬ恋愛ごっこしかないようです。


ハラハラと落ちる涙は正直すぎた。


だってこんなの、ほんとうにあんまりじゃないですか…っ!


目立たず、地味に、モブとして生きてきたわたしの人生はなんだったっていうのか…。


あろうことかこんなにも派手で有名で、尚且つ女遊びの噂が耐えない人と付き合ってしあわせになれるとはとても思えない。


行く末は飽きられてポイ捨てが一番の理想だろう。


そのまま周りの女の子たちに色々と笑われておけば、時間が経つにつれて忘れ去られる過去になるはず。


最悪を予測するならわたしがほんとうに空さんに惚れてしまって、ズタボロな失恋を迎えたってシチュエーション。


万が一にも、いや!億が一にもありえないとは思うけど…!


だって好みじゃないし!

そう!好みじゃないし…!


元より恋愛したいと常日頃思ってる女でもなければ、少女漫画に顔を赤くして悶えてるだけの女だ。


リアルで彼氏ができたこともなければ、誰かを好きになったこともない。


恋愛とは無縁で生きてきたわたしにそんな最悪な可能性はゼロに近いけれど、


それでも可能性として気をつけておくに越したことはない。


そこまで思い至れば諦めはつくというもの。


彼女以外でお願いしたいと訴えても、それ以外の道を与えてくれない空さんに付き合うしかないのだ。


口下手ってこういうとき、ほんと損だなと思う。


コミュニケーション能力がないからお酒を飲むことしかできず、


弱いとわかっているのにベロンベロンに酔っ払ってこんなひどい脅しを受ける羽目になるのだから。


そもそもわたしがはっきり物事を言える性格だったなら流されることだってなかった。


すべてはたらればであり、理想にすぎない自分の姿ではあるが、


実際そんな後悔したところでわたしは今の性格を変えられるほど強くない。


「わかり…、ました…っ。彼女、しますから……っ。それで許してくださいっ。」


ツイートだけは阻止しようと、諦めて項垂れたわたしに、


空さんは撫で撫でとわたしの頭を撫でてきて「いい子だね。」と言ってくる。


まるで野良を飼いならすための躾のように思えた。


毛色の違う女に興味を示し、飽きるまで楽しませてくれよと言われてるだけだ。


その温もりに何か感じることもなく、されるがままに縮こまっていれば、


「取り敢えず朝食にしようか。もう昼が近いけど…。」


なんて、空さんが言いながらようやく上体を起こし、伸びをする姿を見上げていた。


そうだよ。忘れてた。


「あ、あの…っ、ここどこなんですか?」


見知らぬ部屋にいたことをすっかり忘れてしまっていた。


殺風景とも言えるし、シンプルとも言える寝室のような場所。


大きなベッドは大の大人が2人で寝ても余裕なくらいで、作り付けのクローゼットがある程度。


見たこともない部屋に改めて視線を移していれば…、


「ああ…、俺の部屋だよ。」

「…………え?」

「昨日ヒツジが酔っ払った挙句、自分の家の住所も言えないレベルだったからね。仕方なく俺の家に運んだってわけ。」


サラリと言われているが申し訳なさと同時に誰のせいだと思ってるんですか!っていう八つ当たり精神が浮かんでしまった。


あんぐりと口を開けながらも慌てて正座し、


「す、すみませんでした…!ご迷惑をおかけしまして……!」


なんとお詫び申し上げたらよいか…!とモブはモブなりにわきまえた態度を取ったのだが、


空さんには「堅すぎな、」と言われてしまった。


そのまま空さんはベットから降り、昨日着ていたダメージジーンズだけの姿で部屋の扉を開けるのです。


「ていうか謝らなくていいから。酔っ払った彼女の介抱なんて彼氏の特権でしょ。」


サラリとしている普段の空さんの黒髪は、寝起きであると癖っ毛だったんだってわかる。


わざわざちゃんとストレートに見えるようにセットしてたんだなって思いつつ、


柔らかそうな癖っ毛でも美麗さは変わらないなんてイケメンすごいなって思った。


そんな色気があってモテモテで、派手な格好しててもそれが様になっている学校でも有名な人の彼女になってしまったんだと思ってみるけど実感は湧かない。


そもそもこの人に彼氏の特権なんて言わせてる時点で冷や汗をかくならまだしも、キュンとするなんておこがましすぎてできない。


「あ、ありがとうございます……。」


取り敢えずここは当たり障りのないお礼を言っておけ!と思って口にしていた。


だけど、


「ん…。てか朝食の前に着替えねえとだなあ……。ヒツジに至ってはシャワーくらい浴びたいだろう?俺の服でよければ貸すから先に身体洗ってきたら?」


なんて言われることに自分が今、生まれたままの姿でシーツにくるまっている状態だったことを思い出したのだ。


空さんはごく自然に頭をかきながら、翌日はあっちねと案内してくれているが…、


「え?…は?!ちょ………っ!」


待ってほしい。

ほんとうに、待って。


わたし、裸だった…!!!


なんで?!

どうして?!


酔っ払いの介抱に対して裸にする理由とかありますか?!ないですよね?!


心臓が嫌な音を立て、血の気の引いていく身体は冷たくなっていき、自分の身体を無自覚に抱きしめてしまう。


使い物にならなそうなわたしの私服は床に散乱しており、


下着までもが散らかっている。


待って待って待って。

ちょっと、ほんとうに待ってください。


昨日の夜なにがあったの?


とぼけてみても虚しいだけ。


予測できる可能性はひとつしかない。


男女が同じ屋根の下に2人きり。


しかもここは空さんの部屋だという。


そして昨日のわたしは酔いが回りすぎてタクシーからどうやっておりたかも思い出せない。


だからこそ現実逃避をしたいのだ。


先程から強くなっている身体の震えを必死に押さえつけながら混乱する頭をどうにか整理しようとしつつ口を開いていたのです。


「あ、の…っ!き、き、昨日の夜っ!わ、わたし…!なにがあったか覚えてなくて……!」


まさかとは思うけれど、そのまさかがあったらわたしはどうしたらいい?


覚えてないのにハジメテを奪われたってことを飲み込める自信がない。


だけどこのまま不安と恐怖の中、わからないままにしておくのもこわくて恐る恐る聞いていたのだ。


そんなわたしの質問に、空さんは「ああ、覚えてねえのか…」と呟きながら振り返ってきた。


「なにもなかったよ。」

「…!」

「………なんて、あるわけねえだろ。」


期待した途端の絶望感。


フッとした笑みを見た瞬間、わたしは石化していた。


思考ストップ。頭真っ白。ていうか聞き間違いですよね?と未だに現実逃避していたの。


だけど現実はそう甘くなくて、


「好きな女とただ寝るだけとか…、童貞ならまだしも、そんなチャンス棒に振るほどできた男じゃねえよ。」


聞きたくなかったけど、聞かずにはいられなかった。


怖くて不安で、なにもなければいいと願ったところでわたしの思いは通じない。


覚えてないのに処女喪失の挙句、


「あ、ゴムなんてしてねえから生理来なかったら言ってね。責任はとるから。」


そんな追加までされたのだ。


受け入れ切れるわけがない。


心なしか下腹部が鈍く痛む気がして現実を直視できなかった。


わたしはそんな淫らな女でもなければ、一夜限りの遊び半分なんて割り切れる性格でもなく、


だからって酔っ払った勢いで襲われたなんて洒落にならない事態を自分が体験するとも思ってなかったそこらへんのモブAなのに…。


「昨日のヒツジはほんと、可愛かったなあ〜。」


しみじみ言われる言葉を遠くに聞いてしまったわたしは耐えきれず、受け入れきれず、


精神崩壊を免れる人間の本能を発揮していた。


つまるところ…、


白目向いて卒倒していました。


そして学びました。


この世にかみさまなんて居ないって。


*****


「やば…。からかいすぎたか……。」


再びぶっ倒れてしまったヒツリ…もといヒツジに対し、空は近寄りながら頭をかいていた。


そうしてしゃがみ込み、ヒツジを抱き抱えてベットへと戻す過程で昨日のことを思い出してしまう。


タクシーから降りた後、ヒツリはほぼ眠った状態だった為におんぶして運んだのだが、


歩いている揺れで酔いがまた回ったのか、


『うっ……きもちわるいれす……。』

『は?ちょ、待て。もう少しでトイレ行かせてやるから…!』

『うえええええええ………っっっ。』

『まじかよ……。』


嘔吐されたのだ。

それはもう盛大に。


空はがっくりと項垂れて部屋に入り、汚れたシャツを脱ぎ捨て、


ヒツリはと言えば背中で吐いたためにワンピースはべっちょりと汚れていたから脱がすほかなかった。


もちろん薄手のワンピースのため、下着まで汚れており、流石にどうしようかと考えた空だったが…、


『にゃにこれ…、きもちわるいれす……っ。』

『ちょ…!』


待てと言う言葉も聞かずヒツリは自分で脱ぎ散らかしてしまったのだ。


洗濯しなければならいと頭にはあったが、だからと言って好きな女の裸体を前にして正気でいられるわけもなく、


『襲うぞお前…ッ。』


酔っ払わせて、友達からなんて堅いこと言わずに付き合ってと言うつもりはあった。


企みがなかったなんて嘘になるし、ヒツジの場合押しには弱そうだから案外ころっとほだされてくれるんじゃないかとは正直思っていた。


…だがしかし、ここまでアルコールに弱いとは思ってなかったのだ。


多少強引ではあったが、そんなに飲ませたつもりはなかったし、もぐもぐしながら食べている姿は見ていて飽きなかった。


その間にヒツジが何か話題はと探して、言葉が見つからないまま酒を煽っていたなんてことも知らなかったのだ。


言質は取れたが相手は飼ってる猫と勘違いされていた挙句、嘔吐までさせて、今じゃこっくんこっくんと寝る体制である。


とりあえずヒツジを抱き上げ、ベットへと下ろしたものの…、


『んん〜っ、ソラちゃんもいっしょに寝よ?』

『〜〜〜〜っっっ。』


腕からそのまま離れると思った身体は両腕を伸ばして空に絡みついたまま。


いつもいっしょに寝てるでしょ、と囁くようなうわ言と共にゆるく抱きつかれると反応するものもしてしまう。


『誘い方知ってんじゃん。乗らなきゃ男じゃねえよな。』


もうどうにでもなれという精神であったことは認める。


空だって男だ。

そりゃあ持て余す欲情くらいはあるし、こうして女の裸体を前に、同じ屋根の下。


やることやれるチャンスを不意にするようなやつではない。


だがしかし、


『よ〜しよしよし。今日はソラちゃんを抱いて眠りますからね〜。』


馬乗りになっていた空を前にして、ふにゃっとした笑顔を浮かべたヒツジは、


そのまま癖っ毛の空の髪をゆるゆると撫でながらあやすように呟き、引き寄せてくるのである。


なんのおままごとだと思う。


撫でられながら、抱きしめられながら。

俺は子供かなんかかと思うが、いやヒツジにとっては愛猫だったと気づくのだ。


ため息をつかないわけがない。


男だって思い知らせてやろうかとも思った手前、


『ソラちゃんはふわっふわれすねえ〜っ。』


ふふふっと、楽しそうに空の髪に手を差し込んで頬ずりしてくるのだこの女。


(かわいい……………っっっ。)


惚れたもん負けとはよく聞くが本当にその通りになっていた。


にこにこふわふわとしたヒツジを相手に、気分良く晴れてくれているのだと思うとそれもいいかなとか思ってしまう。


それに案外胸があるヒツジに抱きしめられるのも悪くなかった。


(ていうか人肌ってこんなに気持ちよかったっけ……。)


いつもやることをやれば満足していた空にとって、何もしないまま肌を重ねるなんて経験はない。


抱きしめられて眠るなんて親にもされた覚えはないのだ。


つまるところ、柔らかで優しく包み込んでくれる温もりを前に、空もウトウトとしてしまっていた。


そのまま寝落ちという、男ならざる朝を迎えたのだ。


「襲っとけよな、俺……。」


二度目の眠りについているヒツジを前にして、空は顔を抑えながら大きなため息をついていた。


ヒツジにどう思われてるかは知らないが、ほだすつもりがほだされていたなんてとても言えない。


あやされるがままに洗濯も後回しで眠っていたとか、友達にも言えない。


格好悪すぎてため息しか出ないのだ。


けれど結果は昨日の通り。

今から起こして襲ってみようかとも考えるが…、


(気持ちよさそうに寝やがって……。)


すやすやと、それはまるで眠り姫にでも思えてくる愛くるしさ。


いや、空の目に甘ったるいフィルターがかけられているだけかもしれないが、


「ん〜……ソラぁ……っ。」


どんな夢を見ているのか、自分のことを呼ばれているのではないとわかっていても反応してしまう。


本当に、飼われてしまったのかもしれない。


首輪をつけられた気分の空はベットに乗り上がり、


「なんだよ。」


呟きながらヒツジの寝顔に顔を寄せ、返答のない姿にやれやれと思いながらほおへと口付けていた。


「とっとと起きろよな。」


それから早く遊ぼうと言わんばかりに、ヒツジのポワポワした髪を指先で遊ばせ、


なにはともあれ言質はとって無理矢理にはなってしまったが彼女にはできたのだ。


「うんと甘やかしてやるからさ。」


理由はどうあれ付き合ったなら、その過程で惚れてもらえばいい。


これから始めたらいいのだ。


焦る必要はない。


まあ、昨日のことは誰にも言うつもりはないけれど…。


「でも、ま…、遊びすぎたらごめんね?」


フッと、それはそれは本人すらわからないほど甘い顔をしていた空。


その後、空が甘やかすつもりがヒツジに甘やかされて完全にほだされてしまったり、


遊ぶなんて生易しい愛情なんて向けられずヒツジを泣かせてしまい、許してもらえるまで空が全力で謝ったり、


結構どっぷりハマって、子羊の泣き顔に振り回される空が周囲からあいつどうしたんだと言われるようになったり、


「とりあえず、洗濯からしておくか…。」


構われたい一心でいつのまにか空がめちゃくちゃ更生してしまったりするのだが…、


それはまた、別のおはなし。