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Be ambitious, dear friends.

マイ・センチメンタル・ジャーニー

2020.08.26 08:05

大学には長期休みが度々あった。


夏休みは3ヶ月、感謝祭と復活祭休みが1週間、クリスマス休暇は約1ヶ月。アメリカの学生は学生寮で生活しているので、休みになるとそれぞれ故郷に帰る人がほとんど。私のような留学生たちは、帰国するか、旅行をするか、知人宅に滞在させてもらうか、選択を迫られる。特に私の住んでいた寮は、夏とクリスマスは完全に閉められてしまう。ゆえに必ずどこかへ行かねばならなかった。


フレッシュマン(1回生)のクリスマス休暇の数週間前に、イギリス文学のクラスメートの同い年の女の子、ジェニーが「それじゃあ、私ん家に来ない?」と声をかけてくれた。日本を離れてわずか4ヶ月。帰国するにはまだ早いとは思っていたが、さりとてひと月も滞在できる場所のアテもお金もあるわけではなかったので、この申し出にはものすごく感謝した。ジェニーはウィスコンシンの山奥出身なのと笑った。大学からは北へ2つ隣の州であった。ここは冬の寒さが厳しいそうだ。彼女は言った。

「お金の節約に、何人かで車に乗り合わせて帰るけど、いい?」

私はもちろんと答えた。


休暇が始まる前々日、同じイギリス文学のクラスメートジョナサンと、ソファモア(2回生)のレベッカと一緒に、4人で大学を出発した。聞けばレベッカとジョナサンはウィスコンシン州までの途中の州にそれぞれ実家があるそうだ。私以外の車の免許を持っている3人が交代で運転し、順にドロップオフしていくらしい。「休暇が終われば、逆にひとりずつ拾いながら大学へ帰るのよ」とジェニーは言った。


ところで、あなたは「車で故郷に帰省」と聞いて、どれくらいの時間を要すると考えるだろうか。たまに夏休み後の思い出発表で「僕は家族で○○県のおばあちゃんの家に行きました。車で約9時間かかりました」などと車での長距離の移動を伝えてくれる小学生がいるが、どちらかといえばレアケースではないだろうか。せいぜいが車なら5時間。それ以上の距離なら、特急列車や新幹線、飛行機を利用する事も多い。少なくとも移動に何十時間もかけることは日本ではあまりないような気がする。


逆にアメリカでは、移動に車で何日もかけることは特別なことではない。土地が広いのだから人々の感覚もそんなものなのだろうが、当時の私は、“たかが”2つ隣の州に行くため二日間も必要だとはまさか想像もしなかった。日本で2つ隣の県に行くくらいの感覚だったのだ。


ドライブは楽しかった。運転席にレベッカ、隣がジョナサン。後ろはジェニーと私。帰省のための大荷物をトランクや足下にこれでもかと詰め込んだアメリカ車は、調子よくスピードを上げていた。ラジオからは心地よいカントリーミュージックが流れていたし、大きく開けた窓からは延々と続く広大なコーン畑と牧場が見えた。それらのさらに彼方の地平線を眺めながら、異国でアメリカ人の友達(しかもほとんどはあまり知らない人)と、ハイウェーをぶっ飛ばしていることに不思議な感情を抱いた。嬉しいような寂しいような気持ちのまま、心地よく風に吹かれまだ見ぬ土地に思いを馳せた。


やがて車が停まる。時計を見ると出発から3時間が過ぎていた。そろそろ第1目的地(レベッカの実家)に近づいたのだろうか。ジェニーを振り返ると、彼女は言った。「トイレ休憩よ。まだまだ先は長いから、ついでにランチをゲットしましょう。」曰く、第1目的地からはまだ半分すら来ていないらしい。冗談はやめてくれ。


マクドナルドのセットを大量に購入した私たちがレベッカの家に到着するまで結局、さらに7時間を要した。夜だったので、レベッカ宅のリビングで雑魚寝。朝まで過ごした。翌朝早く出発。ジョナサンの家まで数時間、そして最終地点であるジェニーの家にはようやく二日目の夕方に着いた。実に合計約20時間のドライブであった。これが2つ隣の州までの距離か、アメリカ合衆国の広さを甘く見ていた…。ここまでの長距離移動(座っていただけだが)に慣れていない私は尻の痛みに耐えかねて顔をゆがめた。ちなみに全員、着の身着のまま、シャワーもベッドもなし、命綱はガソリンスタンドのファストフードのみという超節約の旅であった。


しかし、久々の実家を見て心から嬉しそうなジェニーの笑顔が印象的だった。また、チリチリと頬に指すような寒さのウィスコンシンの空気が新鮮だった。そうだ、ついに遙々来たのだ。私は嬉しくなった。体中は痛かったし、寝不足だし、寒くて疲労困憊したけれど、それでも、来て良かった。


後に私はひとり旅を愛するようになるが、お金をかけずにあちこちを巡るスタイルが備わったのもこの時からである。



二度と訪れることはないかもしれない、北部の州ウィスコンシン。あの帰省は、実は私の人生における旅のきっかけを作ってくれた、貴重なセンチメンタルジャーニーであったのだ。



Be ambitious, boys and girls!