“ああ、私の女主人さま!”②
大学の音楽室はハロウィン前夜のごとく不穏な空気に包まれていた。
私はティナたち招待状を受け取った数名のフレッシュマンと顔を見合わせ、緊張しながら扉をノックした。「入れ」との返事。扉を開ける。中は薄暗い。驚いたことに入り口付近から左右にズラリとBeta Beta Sigmaの会員達がちょうど卒業式で花道を作る在校生のように列を成して並んでいる。違うのは、会員の表情だ。皆一様に恐ろしいほど無表情。否、あきらかに厳しい顔つきの者、こちらを品定めするように見る者、かすかに微笑みを浮かべながら眺めてくる者。ハッキリ言ってめちゃめちゃ怖い。ほの暗い部屋にはロウソクだかランプだか、小さい灯りが揺れている。私は、「花道」の真ん中を歩きながら会員のひとりに知った顔を見つけた。アートのクラスが同じの、「クリスティ!」思わず話しかけた。「あなたも会員なの?」と言おうとした途端「口をつつしめ!」と声が飛んだ。まぎれもなくクリスティから発せられたのだ。なんなのだ、一体。授業でいつも親切なクリスティの豹変ぶりに驚いた。「真っ直ぐ進め!そこに並べ!」クリスティの声に、10人ほどのフレッシュマンたちは指示通り部屋の真ん中に並んで立つ。全てが並び終えると、20人ほどの正会員たちが向かい合うように私たちの前に立った。クリスティが真ん中に立ち、厳かに言葉を発し始めた。
「ようこそ、フレッシュマンのみなさん。Beta Beta Sigmaのイニシエーションへ。あなたたちは招待状を受け取り、自分の意志でここに来ました。しかしながら、ご存知の通り、当会に入るのには条件があります。これからの一週間、Beta Beta Sigmaの会員になるために、みなさんには試練を通ってもらいます。よろしいですね?」
私たちは場の雰囲気に飲まれてしまい、それでも「は、はい…」「ハイ」とボソボソと返事をする。途端に「声が小さい!!」と鋭い声。ビビった私たちは「はいっっっっ!!!!!」直立不動で大声を出した。クリスティに変わり別の会員が「イニシエーション」の説明を始める。曰く、フレッシュマンは向こう5日間、Beta Beta Sigmaの企画するイベントに全て参加すること。フレッシュマンひとりにつきひとりの先輩会員が付く。イニシエーションの期間は彼女を「女主人」として仕え、崇(あが)め奉(たてまつ)ること。常に女主人の側を離れずに行動すること。彼女の命令は全て行うこと。期間中は勝手な行動は許されない。そして男子学生とは絶対に口をきいてはならない。
説明と共に決まり事が細かく記されたイニシエーションのシラバスを渡された。私の頭の中は「理解不能」の文字で埋め尽くされている。実際、私からすれば、ただの「新人イビリ」としか思えなかったのだ。本気でこんなことを5日間もするというのだろうか?イヤだ…。
ふと周りを見回すと、ティナたちもおっかなびっくりという風。でも、案外楽しそうな表情である。そう、イニシエーション、せっかくだからもっと楽しめばよかったんだよなと今では思う。
当時はただただクリスティが、そして会員たちの圧力のある視線が、あの一種独特の雰囲気が、とにかく恐怖に感じたのだ。
(続く)