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梨の日

映画『死霊魂』

2020.08.06 08:35

映画『死霊魂』


監督:ワン・ビン監督




僕モテで決まった特集号。


上映時間、506分。


5 0 6 分。


8時間26分。


ぶっ通しで観て来ました。

この時間の映画も初めて。

ワン・ビン監督も初めて。


あまりに重く、知られざる中国のホロコースト。

「反右派闘争」に迫ったドキュメンタリー。


1950年代後半、中国共産党によって突然「反動的な右派」と名指しされた55万人もの人が理由もわからずに収容所へ送られた「反右派闘争」。収容所は世界的な大飢饉も重なり、大量の餓死者が続出する地獄のような状況と化した。生存率10%とも言われた収容所から生き延びた人びとが、半世紀以上の時を経てカメラの前で語る体験の数々。2005年から17年にかけて撮影された、120人の証言者の600時間にも及ぶ映像素材を8時間にわたるドキュメンタリー作品として完成。

映画.comより。



証言をする人たちは、大半が男性。

しかしその横にいる女性たちも、決して忘れられない。

何故なら、「当事者の話しを聞く」のは、私たち観客と少しばかり近く、(けど決して近づくことの出来ないけど)もどかしさや、言葉に出来ない感情を抱えていながら画面に映っていた。


語る男性たちは、共通した体験した当時の話しをしてゆく。

彼らはみな、中学校や小学校の教師や校長先生という教育者が多く、その語り口が巧みなことに驚かされる。記憶力も驚くほど良く、特に人名が皆んな出てくるんだよ。そんなに人のフルネームって出てくるもんかね。凄いんだ。

また冒頭に出ている元軍人である兄も、ほぼ1人で語るものの、長時間だったのにも関わらず言葉の巧みさが記憶に焼き付いている。


また、身振り手振りが多く、まるで演劇の俳優のよう。

話していくうちに熱量が上がってゆき、流暢さが増してゆく。


1人話し、次の1人にバトンタッチ。

2005年から2018年で撮影された今作。

そもそも当時生き抜いた人を探し出すのすら困難であろう中、人と言葉が繋がってゆく。

年数で得た素材を構築してゆく構成力は監督の手腕。


第一部で既にエンドロールがあってビックリ。三部作構成にはされてるし、1日で一気見しなければ、ということもなさそう。次の日に続きから観ることも出来るようになっていた。

だけど、1日で見通すことで見事に繋がっていく。

言葉と記憶が紡いだ1本だった。



メルマガの原稿には、登場する女性たちについて書いた。

主に、語る男性陣の妻たち。

元軍人の夫の横にいたおばあちゃんの妻は、2005年では隣に静かに座り、合間に当時の自分の立場から、食事じじょうについて隣で語っただけ。

一言挟めば、夫には「お前はいいんだよ」と制されたりしたけど。

ちょっとおかしかったのは、「なぁ?」的に夫が妻にアイコンタクトを送る時には綺麗によそを見てる妻。笑)

でもこの夫婦のバランスの良さを見た気がして、なんだかんだで丁度良いのだなとホッコリしたり。


映画を観終えて、恐らくこの妻の2018年の映像が1番新しかったのかな。

インタビューの数年後、堂々と語っていた夫は亡くなっていた。

90を超えた妻は「早く死にたいよ。痛みが無くなって楽になるから」

そんなような事を言っていた。


その後、何人も登場する。

女性は本当に数える程度の出演率。

跡地で供養しに行った元収容人の人達と一緒に冥銭を燃やすおばちゃんがいたり。

夫の横で、静かに、微動だにせずに聴くメガネの妻。

この女性には、今作イチで驚かされた。

眼球で夫のタバコの先を追うくらいしか動きがなかった彼女。

夫の話しの途中で、突然動いた、と思えば、手にはハンカチを持ち、目元を拭った。

最初は目にゴミでも入ったのかと思ったけど、2回あったの。

彼の過去を知ってはいたと思う、けど、もしかしたら、ここまで聴いたことがなかったのかもしれない。

こんなに夫が話す姿を、見た事がないのかもしれない。

彼女の中で、想像し尽くせない感情が動いたのだな…。外した眼鏡を元に戻し、また動かない姿に、どうしようもなく胸がやられてしまった。

誰も、何も触れないけれど。そういった存在が映され残されたのも、ドキュメンタリーだから、なんだな。

とてもじゃないけど、脚本に、演技に、組み込めないよ。


男性がメインに、更に何人もの証言者が続く。


炊事を担当した者は、こっそり盗み食いが出来たから生き延びられたんだと言う。

騙されたんだよ!と憤慨まじりに話す人。

神を信仰する者の不思議体験。

当時結婚していた女性に収容が決まった途端、他の男に取られて以降ずっと独身の人。(唯一の独身だったかな、独り身の生活感が他の人と違いすぎて思わず笑いが出てしまう。笑)

監修側にいて、収容所の準備をした人。


様々な角度から、あの時の同じ日々について語られる。

飢餓状況に陥ると人の体はパンパンにむくみ、顔が変わってしまったり。

「人の死体はランプの灯火のようだ

」と例えたり。

加速する死体について、またその死体の処理状況。

語る人がそれぞれ違い、当然それぞれの目線から出てくる言葉たち。

でも、必ず同じような言葉と内容になってくる。

そこに多彩な感情も出来事もなかった。

あまりに残酷なホロコースト。

ナチスを思い出さずには、いられない。



後半には、女性が語る側になる人もいた。

実際に夫の元へ足を運んだ時、邪険にされたエピソードを語る女性がいたり。

その人も、前に語っていた人の話しの中で登場した人から繋がっていた。

バトンが、どんどん渡されて新たな視点が少しばかり開けてゆく。


そして最後のインタビュアーは、夫の手紙を待つ身の女性だった。

妻であり、4人の幼子を持つ母でもあった。

旦那は〈再教育〉と呼ばれていた場所に行くことについて、希望を持って行ったのだ、と言う。

しかしそんなことは嘘であった。

差し入れの願いや状況を伝えるにも、収容所から出す手紙には検閲が入るから、本当のことは書けない。

嘘を交えて、家族に心配をかけないような内容で、そして誤魔化しながらさりげなく差し入れを乞う手紙が届く。


夫の、本当の現状を知ることは出来ないまま、食べ物を送るにも、、郵便局に妻も右派として睨まれていれば郵送は弾かれてしまい、夫の元に届かない。

布団に夫が頼んだ“麦こがし”(事あるごとに出てきた食べ物)を忍ばせたりしたが、それも後には届かなかった。

自分たちの生活もひっ迫していた。

子供がいる中、頼れる人もいない、工場での仕事も朝からある。


夫へは差し入れも充分に出来ない。

手紙を信じるしかなく、子供たちとの生活はさぞかし体力的は勿論、精神的に辛かったでしょう…。

夫が亡くなった知らせも、命日は本当の日付けだったのか。

今も疑っているという。


ただ、最後に。

彼女は、同じく収容され、生きて帰還出来た元々知り合いだった男性と再婚したのだ。

夫の手紙には、子供たちに身分の格差で苦労させない人と結婚しなさい、と達しがあった。

けど彼女は「そんな人が私を相手にすると思う?」と笑って答えた。

お互いの辛さが共有できるから、と言っていたが、私は「そこと再婚できるの…?!」って驚きよ。

悲惨な仕打ちによって命を亡くした夫と同じ体験をした人と。

分かるようで、共感に難しくて、同じイチ女として戸惑ったのを覚えてる。


涙ながらに語ってくれた、けど。

最後は、ほんの少しだけ、前向きな内容だった。

だから彼女が最後の出演者だったんだ。


実際の時系列に差はあるけど、「死にたい」と語ったおばあちゃんから、再婚をして今生活をしてる女性へ。

全ての人の、壮絶な地獄の惨劇を経て、映画のラストへ向かっていた。



ただ。

これで終わるワン・ビン監督ではない。


現在の跡地にて1人、カメラを回す。

本物の人骨が、骸骨が、こんなにも足元に転がっている場所なんて、あるのか。


容赦なく、人骨を映す。映す。

亡骸の魂を汲み取れるかと問われているようにも感じるし、現実を叩きつけられてもいるし、いやというほど色んな疑問も定義もアレコレどんどん脳味噌と心に訴えられてパンクしそう。


もう、耐えきれないほどの長さで映すんだ。


初めて、下を向きそうになってしまった。

それぐらい、あまりにも綺麗な形の人骨や骸骨に耐えられなかった。


これが、ワン・ビン監督。




今作にて、謎の正体だった監督本人が登場しているのがまたびっくりポイントでもあったらしい。

初めてのワン・ビン監督。


残された者から蘇る、死者の無言の声たち。

鎮魂歌ならぬ、鎮魂映画なんて浮かんだけど、、鎮魂させぬように遺したのだろうか。

インタビューに出演された方は、何人もがその後に亡くなられたとテロップが出ていた。


日本の沖縄戦争等も、残さねばどんどん教科書だけのものになってしまいそうで…。

風化が何よりも恐ろしい。

向き合わねばならない歴史。

許されない過去の歴史。

自分と同じ、人間が、行った歴史。


死霊の声は、無くしてならないし、無くさぬ手段があるのだ。





8時間26分を通して見えた圧倒的映画体験。

でも体感は3〜4時間ほどだったように思う。爆)


行けて、今完成された逃すことの出来ないタイミングに観られて、良かった。



余談だけど。

先日、ひっさびさに今時のゲームをプレイしまして。

台湾産の『返校』というゲーム。

映画と時代が少しかぶる1960年代の学校が舞台であり、白色テロ等の歴史をベースに思春期の揺らぎと上手く融合してある。


ゲーム内には、冥銭を燃やす文化のアクションがあったり、保健室には視力検査の表。

実は映画の中にもあって、ちょっとした発見的な、「あ、これ知ってる」という感覚があった。


昨今、、特に韓国で歴史を映画化される骨太作品がヒットを飛ばしているが。

実は『返校』も、日本未公開だけど映画化されているのだとか。


中国、台湾等、これからもっと歴史を映画に遺す人が増えてゆくのかもしれない。

そんな精力も感じながら、知ってしまった自分の脳みそと心を整えてます。



このコロナ禍で上映して下さった配給会社さん。上映館のシアター・イメージフォーラムさん。

本当にありがとうございました。。