モノグラム入りのタンブラー
モノグラムとアザミのグラヴィールが入ったイギリスの古いタンブラー(9,6cm、タテ、8,9cmヨコ)、古さは1820〜40年位。使用して出来た小傷が所々にあります。珍しいタンブラーですね、イニシャルとアザミの絵が向かい合って入っているので。
リチャード・ブローティガンをたまに開いては読む。英語のときもあれば、日本語で読むときもある。ただ訳は藤本和子さんのものしか読まない。ブローティガンの英語は独特でとても訳し難いのだ。だから彼女の素晴らしい訳以外は読まない。彼の英語は本当に独特、いやもう独独独特と書きたいくらい、オリジナルなもの。天才だと思う。でも未だに過小評価されている、文学の世界では「本流」ではなく「亜流」のように思われているんじゃないだろうか、その素晴らしいユニークさ故に。彼の創り出した世界はちょっと誰にも真似出来ないものがある。でも、彼の描く世界の不思議な哀しさ、彼だけのもの、誰も真似なんてしようとは思わないだろう。余りにも「本流」なので誰も「本流」とは彼の文学のことを思わないのかもしれない。僕が読んでいる彼の本に、' So The Wind Won't Blow It All Away' と言う素敵なタイトルのものがある。これは邦訳はあるのだが、何故かタイトルは「ハンバーガー殺人事件」となっている。このタイトルを見ただけで買う気など失せてしまう、勿論、藤本和子さんの訳ではない。この本にも哀しい不思議な人々が出て来ては忘れられず、その色んなエトランゼの記憶を引き摺るように読んでいくことになる。恐らく実在したのだろうが、彼が子供のときに出逢った風変わりな人々が出て来る。なんて言ったらいいのだろうか、人間の哀しさ、生きてることの哀しさをこんなに上手く書ける人は他にいないと思う。彼こそ詩人だ。彼が詩人でなくて誰が詩人だろうか。
僕はブローティガンが最も尊敬する作家かもしれない。誰も近寄れないし、触ることも出来ない大きな大きな枯れ木のような存在。いや、木にも見えないのかもしれない。大きな大きな天に向かって聳える何か。素晴らしすぎてノーベル賞などからは遠いところにある、既成の価値観で彼を評価するなんて無理なのだきっと。僕たちが普通思っている「文学」から遠いところにいる本当の文学の書き手なんだと思う。