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砕け散ったプライドを拾い集めて

誤植

2020.08.06 11:43



『誤植読本』(ちくま文庫)を斜め読みしている。 もともと活版印刷の「植字」の組み間違いを「誤植」というのだが、最近のように「写植」になっても、誤記、誤謬も含めて「誤植」という言葉で表している。

──謹厳実直をもってなる某教授が西洋哲学史の本の翻訳の「あとがき」に、その出版が遅れたことの詫びと言い訳に「或る情事」のためと書いてあった。 わざわざ世間様を裏切る情報公開。

──歴史上有名な誤植は1631年に印刷された聖書で、モーゼの十戒の「汝、姦淫するなかれ」のnotが抜けて「汝、姦淫すべし」になっていたというもの。すぐ消却処分にされたはずだが、6冊ほど残っているらしい。今では値のつかない貴重本として……。大英博物館にその一冊がある。

 ──日本では、与謝野晶子が蒙ったものが有名。「腹を痛めた我が子」が「股を痛めた我が子」になっていた件。

──泉麻人『地下鉄の友』のなか、新幹線の車内風景についてのエッセイの一節。 「窓際の屁のようなスペースにも、缶ビールやおしぼりを置けるし、これは相当の格差がある……」のくだり。 これはもちろん「庇(ひさし)」であるべきだろうが、確かに〝屁のようなスペース〟でもある。

── この著作を離れての個人的経験。
書名その他は記憶にないが、「浴衣の男が太の字になって寝ている」というのがあった。「大の字」のはずだ。ゴミだろうと、「﹅」へふーっと息を吹き付けてもなくならない。擦っても「﹅」はどかない。 思案したが、なるほど〝女が寝ていればただの『大の字』で、男がはだけて寝ていれば、確かに『太の字』だなあ……〟と納得はした。 作家の工夫なのか植字工のイタズラか知らんけど。