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東南アジアへの愛

2020.08.07 03:20

コロナで海外に行けないので、海外関連のお話をする。

私にとっての海外は東南アジアが一番思い入れが強いので、今回は東南アジアの話をしたいと思う。


大袈裟な言い方かもしれないが、私自身の人格や、社会に対する問題意識、接点、関心は東南アジアがベースとなっていると言っても過言ではない。

今回、執筆依頼をもらったテーマ「東南アジアへの愛」は、まさしく東南アジアで関わった同志が与えてくれたテーマ。仕事の依頼をくれたのも東南アジアでの繋がり。


私の近くには帰国子女やら、親の仕事の都合で海外で育ちましたという人や、旅行で小さい頃から海外に行っていましたという人が割といる。


私はといえば、東南アジアがベースとか偉そうに言ってるが、小さい頃から海外進出してたのかというと、グローバルとは程遠い環境の田舎の家庭で育って、高校卒業までずっと同じ市町村にいた。大学生になるまでパスポートは持った事がなくて、海外にも行ったことが無かった。


海外に行きたいとかそういう感情を持つ環境にもいなかったから、日本が全てだという感覚が普通だった。私にとっては東京ですら、夢の世界だった。中学校の卒業旅行の時、初めてフジテレビ本社を見た時の感動と言ったら。あ!テレビに写ってる場所だ!と感動したのは今でも覚えているし、東京なんて芸能人だらけだと思っていた(実際はそう簡単には見つからないみたい笑)。未だ大都会東京は夢の場所で私の中で輝いている。


大学生になって、自己負担5万円ぽっきりというコストパフォーマンス最高の大学の短期留学プログラムに興味を持った。

もちろん補助金プログラムなので審査があるわけで、とりあえず初海外なので英語圏がよくて、オーストラリアを希望して応募したが、TOEIC500点も無くて、見事に落ちた。

当時不人気だったインドネシアに受かった。結果、私の初めての海外はインドネシアだった。全てが刺激的で、毛嫌いしていた非英語圏の素晴らしさを感じた。


2回目の海外は、タイの留学。この執筆のオファーをくれた同志はここで出会った。インドネシアを経験し、東南アジアは好きだったが、必ずしもタイで無くてもよかった。たまたま、渡航費、宿泊費全額支給、生活費支給、現地授業料不要(私は元から日本の授業料も全額免除だったのでつまり何も納めてない笑)という好条件、留年しなくても良い(かもしれない)、かつ第1期生で皆敬遠する不人気プログラムで倍率が低い(ひどい言いよう笑)という様々な条件があって結果としてタイを選んだ。


このプログラムで知り合ったタイ人や日本人やその他の国の友達とは今でも連絡を取り合って会っている。同志だ。


タイ留学時は周辺の東南アジアを回って、帰国後もタイやその他東南アジア諸国に行った。

インドネシア2回、カンボジア2回、シンガポール1回、タイ5回ぐらい?、フィリピン 1回、ベトナム2回、ラオス1回。


東南アジアが好きな理由は、まず人柄が良い。みんな優しくて、真面目で、一生懸命で。日本人に通じる所があるし、日本人のことを好きでいてくれる。あとは、同じ空気を感じること。中に私が紛れていても気づかれないし、みんな受け入れてくれる。日本人だとかどうでも良くなって世界は一つになる。物価も安いし、近いし、良いところしか無い。


東南アジアのインフラに関わる仕事がしたいと思って社会人になったが、とても幸運なことに入社時からそれが叶っていて、恵まれてるなと思う。仕事にしてしまうと嫌いになるとかというと、そんな事はなくて、もっと好きになった。


ただ好きだった東南アジアに、自分がほんの少しでも力になれているかもしれないということを冷静に考えると感動する。

アジアっぽい雰囲気だねとよく言われるから、もう自分自身も東南アジア人になった気分でいる。


この辺りまでは数ヶ月前に書き終えていて、執筆の仕事を貰った身として、まだ内容に納得がいっていなかった。何か浅い気がして、何か依頼者に対しても既知の事実を伝えているだけな気がして、寝かせていた。笑


そして幾分考えていて、ここからの文章を紡いだ。


私は自分で言うのも何だが、親族の中では軍を抜くグローバル人材なのだが笑、最初に述べた通り、自分の周辺の人と比べると極端にグローバル推進力が足りない。多分、私の周りの賢い人は、こういう言い方をすると、グローバル推進力って抽象的だけどそのKPIは?とかそういう話になるのなが、知ったこっちゃない。笑


英語のレベルも低すぎるし、頭の回転も遅いし、教養も低い。じゃあ自分には何の強みがあるのかなと考えたところ、相手との距離感の近さな気がする。

帰国子女のようなルーツを持っている人のレベルには、どうあがいても一生をかけても私は到達できない。小さい頃から努力してきた人を私は素直に尊敬する。私は、彼らと同じにはなれないが、その不器用さをも強みにしていきたいと思った。気軽に話せて、近い存在で、同じ目線で、東南アジアの人と関わっていきたい。


現在親交の深いベトナムについて学ぼうと思った。ベトナムといえばベトナム戦争のことを深く勉強すべきかもしれないが、ベトナムの戦争博物館には行ったが、深い歴史はあまり学ぶ気が起きない、と言っては失礼だが、ベトナム人の考え方とか人となりの方に私は興味が向いたのでその方面を更に知りたいと思った。


ベトナム人の考え方が分かるようなベトナムを題材にした本を探していたら、小松みゆきさんの「ベトナムの風に吹かれて」がネットで1番に出てきて、その本を読んだ。結局から言うと、ベトナムのことがすごく分かる本かというと、そうではなくて、もっと歴史とか文化に焦点を当てた本の方が良かったかもしれない。でも、物語性に惹かれるものがあった。ベトナムに何度か行ったことある私は、あの時のことをイメージしながら読んだ。


日本語教師として、認知症の母とベトナムで暮らすことになった話。2人の物語中心で、日本人から見たベトナムやベトナム人のことが描写されていた。ベトナムの本筋からは逸れるが、認知症の人の世話をするのは本当に大変だなと感じた。


リスクのある手術をするのか、リスクを取らず現状のまま余命宣告を受けるのか。その判断を認知症の母はできなくて、娘が代わりに決めるしか無い、でもこのまま手術をせず全部の介護が必要な母を面倒見続ける自分の体力と気力が限界だという決断は苦しいなと思った。


小松みゆきさんが日本語だけを話す認知症の母から教わったこと。

初めに行動ありき。言葉後からついていく。何を話すかは重要ではなく、どういう態度で臨むかが大切なのではないか。

日本人同士、日本語だからといって意思が通じるわけでもなく、逆に言葉が通じなくても気持ちが通じることだってあるんだ。


ベトナムは子供と老人に優しい国だと言われている。子供と老人だけではなくて、物事に寛容なのかもしれない。その寛容さを、適当だとか、良い加減だとかいうように捉えてしまうと、衝突が生じる。異文化理解ってそういうところから始まるんだと思っている。


この本を読んで、少しベトナムに滞在した、ベトナムの風に吹かれた気分になった。


日本にいる身として今海外に行けないのはもちろん辛いが、もっと辛いのは、日本人として海外で生活している人だと思う。帰りたい時に帰れないし、物理的距離もあって、毎日不安な中、平然と仕事はしなければならない。


そんな海外で戦う戦友にも想いを馳せて、「東南アジアへの愛」を終わりたいと思う。


エリー