落種、ぽつりぽつり。
今年もこの光を求めてやってきた。
いつもならすっかり寝支度をしている頃の
梅雨の宵。
足に長靴・首に手ぬぐいのいでたちで、
この辺りでも珍しくなってきた
薬を使っていない田んぼの畦道。
横にはさやさやと流れるひと筋の沢がある。
実はこの辺りの昼間の姿を知らない。
毎年、同じ季節の同じ時刻、
1年に1度切りのご縁の場所。
まばらなる民家を抜けてもっと奥へ。
月の光と懐中電灯だけが頼り。
今年は会えるだろうか。
子どもたちと息をのむ。
最初の光を見つけるまでの道のりは、
会えなかった時の子どもの落胆が
よぎるからだ。
ぬかるみに足を取られぬよう、
ふと背中の子どもの体制を整えた時
「あ!あれ?」長女のはりつめた声。
今年初めての光は、
目を凝らす。
視界から音を消す。
すべての細胞を、見ることにひらく。
すると、慣れてくる。
はらりはらりと現れた幽玄の光。
強く 弱く、
クレシェンドとデクレシェンドを繰り返し、
あちらこちらで光をこだまさせる。
不意に目の前を細く鋭い一条の光の帯。
この辺りから子どもたち調子づいて
歌い出す。
「ほ・ほ・ほ~たる来い
きまぐれに娘たちの手の内に収まった
暗闇に指と指の間から
黄色と緑のまじった光が漏れる。
口が顔からはみ出そうだ。
目が飛び出しそうなくらいに
じっと見つめて、
それを見て、やれやれ、と
やっと胸をなでおろす。
今年も見せてやれた、と
誰に課されたわけでもないけれど
子どもの心にぽつり、
季節の風景を刻めたかしら。
いつか街のネオンに夜の楽しみを覚えても、
梅雨のじっとりとよく晴れた日の宵には
思い出してくれるだろうか。
その空気の匂いに重ねて懐かしく、
思い出してくれるだろうか。
親ができることなんてそんなもの。
子どもの心の中にぽつりぽつりと、
種を落とす。
それが子どもにとって幸福か不幸か
どうか幸福であってほしいと願いながら
ぽつりぽつりと種を落とす。
懐かしい音の
懐かしい色の
懐かしい匂いの
懐かしい舌の記憶の
懐かしい手触りの
種をぽつりぽつり、と。
それが落とされたとも気づかれぬまま、
そっと。