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Be ambitious, dear friends.

一期一会〜フロリダのベトナム料理店〜

2020.09.13 08:05

あれは確か大学のイースター休暇の時だったと思う。


一週間ほどの休みに、私は日本人の友人とフロリダに旅行した。彼女は同じ語学学校出身のいわば同志のような間柄。普段はキャンパスで出会っても互いに英語で話すことを貫き通していた私たちだが、月に1、2回は「日本人会」などと称してどちらかの部屋に集まり、思いっきり日本語で話したり、心ゆくまで日本食を食べたりした。

凍てつく冬が長い、私たちの住む州からすると暖かいフロリダはパラダイスのように感じた。3月でも半袖でいられるなんて!驚きだった。

フロリダであちこち場所を訪ねて、確かに楽しかったけれど、あるものと衝撃的な「出会い」をしたことが今でも忘れられない。


その日、昼食を取る場所を求めて私たちは街をウロウロしていた。旅行中はどこへ行っても安価なファストフードを選びがちなので、たまにはちょっといいものを食べようと友人とも意見が一致した。それから適当にさまよい歩いて辿り着いたのは、とある綺麗なたたずまいのレストランである。それじゃ、ここにするかとそこに入ってみた。店の外側からは何の料理なのか皆目検討もつかない。果たして大理石のようなもので内装されたなかなか立派な作りのレストランは、しかし、時間帯が早いためか私たち以外に誰も客はいなかった。飾られている銅像やオブジェは「なんか中華料理店っぽいね。」といった雰囲気である。とはいっても雑多で賑やかな中華料理店ではなく、静かな伝統音楽が流れてきそうな高級店の類いの方である。


やがて小柄なアジア系の女性ウエイターがやって来た。「ここは何料理店ですか?」と訪ねたところ、「ベトナム。」との答え。傍らの友人を振り返った。彼女もベトナム料理は初めてらしい。私たち貧乏学生の胸は高鳴った。初めてのベトナム料理。しかも高級店。久々にハンバーガー以外の美味しいものが食べられる。私たちは奮発してコース料理を注文した。スープに始まり、アラカルト、魚と肉のメイン、ライス、デザート・・・メニューの写真を見るだけでのどが鳴った。


やがて期待の一品目、スープが来た。器には琥珀色の液体にかきたまごと三つ葉のような野菜が散らされているスープが。何て美味しそう。私と友人は早速スプーンを手に取り、ひとくち流し込んだ。とたんに二人同時に、むせこむ。「なっ・・・なんじゃこりゃぁ。」「え、ウソ、この味・・・」ごめんなさい、当時の気持ちを正直に書こう。もう、果てしなく不味かったのだ。なんとも形容しがたい不快感をもたらす味であるが、あえて例えるなら、カメムシを数匹捕まえて火であぶってから粉砕してスープに散らしたらこんなのになるのじゃない?というような、強烈な臭いと味だ。事実友人はそう言った。いったいこの酷い味は何が原因なのかと私たちは探った。スープに入っているのはたまごと、三つ葉に似た緑の葉っぱのような野菜のみ。「待って、私が試してみる」と、友人がその葉をスプーンですくい、口に入れた。とたんに顔をしかめ「間違いない、この葉っぱだ。」と言い放った。二人は、スプーンを再び持ち上げることが出来なくなった。「お店の人には申し訳ないけど、スープは残すよ・・・」「私も・・・」やがてアラカルトが来、メインディッシュが来た。私たちはそのたびに知ることになる。全ての料理の中にその謎野菜が入っていると言うことに。結局私たちは、息を止め、涙をにじませながら、半分にも満たない量をなんとか水で流し込み(高級料理を残してはもったいないと思ったが、どうしてもこれ以上は食べられなかった)、謝罪の意味を込め多めのチップを置いて、ベトナム料理店を後にしたのだった。


勘の良い読者ならお分かりだろうが、これはパクチーと呼ばれる香草だったのだ。パクチーはベトナム料理で最も大事な食材のひとつであるが、初めてあの味に触れたときは本当に衝撃だった。世の中にこれほど衝撃をもたらす食べ物があるものか・・・と次から次へとパクチー料理が目の前に置かれるたびに、友人と二人、絶望的な気分になったものであった。


誤解のないように言うならば、今では私はパクチーを好んで食べる。あのちょっと変わった特有の苦みとも辛みともつかないハーブの香りと味が大好きになったのだ。現在はベトナム料理店に行って「パクチーはどうされますか?」と尋ねられると必ず「多めでお願いします。」と答えるほどに。人の好みはかくも変わるものなのか、不思議だ。



もう一度あのレストラン行ってみたいな、なんてちょっと懐かしく思い出す。


どこにあったかももう分からない、フロリダのベトナム料理店で、初めてパクチーを体験した話。