技術者からアーティストへ。若手ヘアスタイリストの葛藤
モデル、編集者、ファッションスタイリスト、そしてフォトグラファーに対して、ヘアスタイリストという職業は世間的に「美容部員」と一括りにされてしまいがちだ。彼らはなぜアーティストとして認知されづらいのか?
その実態に迫るべく、世界で活躍する若手ヘアスタイリストKazuki Fujiwaraに話を伺った。インタビューを通して見えたのは、ヘアスタイリストの地位向上をもくろみ、日本で消費されまいともがくクリエイターの姿だった。
Kazuki Fujiwara(ヘアスタイリスト/プロップアーティスト)
1988年京都生まれ。美容学校卒業後イギリスへ渡英。ヘアサロンにて勤務するかたわら、VOGUEなどを手掛けるアーティストチームの元で下積みをし、3年の滞在期間を経て帰国。日本ではGINZAやSPURにてヘアを手掛け、ときにプロップアーティストとしてヘッドピースを制作している。若干27歳にして業界の一線で活躍する異端児として、今注目を集めている。
イギリスで感じた圧倒的スケールの違い
Kazuki Fujiwaraのヘア作品は、ツヤ感のあるコントラストが強いものが多く、プロップ作品*にはざらついた質感のものが多い。まったく違った質感をもつ両者に共通する特徴は曲線だ。それらは呪術的な存在感を放ち、どこか不気味だが強烈に視線を惹きつける。
美容学校卒業後、海外へ行くよう背中を押したのが父親だという。きっと彼が根源的に普通の美容室で留まることをよしとしていないことを感じとったのだろう。
「イギリスでは創作に力を入れているサロンで働いて、いろいろ学ばせてもらいました。でも事情があって辞めてしまって、フラフラしてたときに偶然行った飲み会で、ヘアスタイリストをしている人に会ったんです。そこで『今度撮影あるから来いよ』って言われて、それを機にアシスタント生活がはじまりました。
アシスタント生活をしながら、世界にはヘアを使った創作を生業にするアーティストがたくさんいることを知りました。なかでもBob Recineの作品を目にしたときは衝撃的で。『こんな世界があるんや』って思って。彼の作品に出会ったことで、プロップ制作に拍車がかかったのは間違いないです。
イギリスでの生活は当たり前だけど厳しくて、お金に困ってご飯が食べれなくてガリガリに痩せた時期もありました。日本に帰りたいって何回も思ったけど、そのたびに背中を押してくれた人たちの顔を思い浮かべては踏ん張ってた。でもイギリスでの3年間があったからこそ、今こうして仕事ができてる」
プロップ作品*…(※)撮影や舞台などで使用される小道具
お金の存在によって見えなくなった「アート」
私が彼と初めて会ったのは帰国後、20代前半の頃だ。当時阪急百貨店のディスプレイでプロップ作品を展示していた彼は、同世代の知人のなかでも群を抜いて目立っていた。しかし彼は今創作の現場から離れてしまっているという。その理由を問いてみた。
「最近はヘアで生きていかないとアカンって思いが強かったんです。でも数日前に事務所に営業回りをしていたら、ある人に『ちょっと丸くなってるんじゃないの? もっと尖りなさい』って言われちゃって。なにを作るにも理由をつけたり、思考が商売のほうへ転がってしまって、カッコイイから作るってことがわからなくなってしまったというのが大きいですね」
「仕事としてプロップを製作すると、クライアントからの指示があってできるだけそれに寄り添おうとするので、100%自分のものだという感覚が持ちづらいんです。職人気質にやり遂げる自分も嫌いじゃないけど、アーティストとしての自分とクライアントワークとして求められるものを作る自分が拮抗してる感じがしてしまって。今『僕はアーティストです』って口にすることがおこがましい感じがしちゃうというか…。でも、たまたまこうして取材がきて、もう1回頑張ろうって奮い立たされました」
普段からとても前向きで、仕事の話をしだすと止まらなくなる彼の口からリアルな悩みを聞いたのははじめてだった。
僕らは単なる黒子ではない
似ているようでまったく違った2つのものを扱うことで、「作る」ということの本質を見出していく彼の作品。日本人らしい作り込むことの繊細さと、大胆な引き算で生み出される海外らしさを含んだ美しさを持ち合わせている。
インタビューの最中、この若さで海外にも通用する技術とセンスを持っているのなら、今すぐにでも海外へ移住するべきなのではと感じていた。彼自身も自分を出せるのは海外だと話している。しかし今後しばらくは日本で活動すると言い放った。
「若いときは『海外=すごい』っていう気持ちが強くて、帰国したばかりの頃は日本に対して偏見がありました。海外では、『日本のクリエイティブは尖ってないし面白くない』って言われることが多くて、僕もそう思ってたんです。でも日本で活動しだしてから、日本の良さが見えてきました。
ヘアメイクの立ち位置はもちろん海外のほうが確立されているし、日本では粗末に扱われがちです。ヘアメイクさんっていう括りでしか見られなくって、ただの裏方というか。アーティストとして評価を受けにくいんです。もちろん黒子に違いないんだけど、僕らはある意味でアーティストだと思ってもらいたいですね」
自負が見え隠れする
「最近先輩とも話して思ったんですが、日本におけるヘアメイクの地位向上を僕らの世代がしないとダメだし、『僕個人にしかできない技術がある』っていう提示の仕方をしなきゃいけないよねって。
誰でもアーティストを名乗れる世の中だからこそ、この人にお願いしたいっていう価値観を強くしていきたいし、自分だけの色がないとアーティストとして扱ってもらえない。だから大切なのはどこにいるかじゃなくて、誰といるか、なにをするかなんだって考えるようになりました」
コンサバが主流の日本だからこそできること
日本の内側にいる者には見えない日本の姿がある。外側に立って初めて、世界から見た日本の良し悪しを知れた彼は、今自分が立つ場所を自らの手で変えていきたいと語る。
「NYは面白い雑誌が増えているし、ロンドンやパリはアーティスティックな部分が根強いなかで、東京では最近だとアイドルとかカワイイみたいなのが流行っています。それは1つの文化として栄えているし、いいことなんですが、少し世界からズレていると感じていました。
でも日本で活動するなかで、開拓できる部分がたくさんあるんだということに気づきました。海外ではヘアをアートとして扱ったときの市場が飽和状態に近いので競争率がすごいけど、日本のマーケットはコンサバが8割で、おもしろくなる余地がたくさんあるって。
今の東京は外国人旅行者が増えていて、SNSもあるし誰とでもつながれる状況だから、日本で創作していても見てもらえるチャンスは山のようにあります。それなら国内で頑張って、日本の良さを内側から発信していきたい。じゃあ具体的にどうするのかって聞かれると、いろいろ試して出た結果がすべてだから今はわからないんですが(笑)」
すでに世界で活躍できる場所があるにもかかわらず、それでも日本を変えていきたいと考える若者は一握りしかいないだろう。友達同士の会話ではなく、仕事としてインタビューに受け答えする彼の目は、私よりもはるかに成熟した大人の目をしていた。
その姿に同世代として背中を押されたとともに、厳しい世界をくぐり抜け、堂々と立ちふるまう活躍を願わずにはいられない。Kazuki Fujiwaraの名前が広く知られる日は、そう遠くないはずだ。
photographer : Kazuma Hata / 秦 和真