自分自身を飽きさせない。遊ぶように仕事をする。枠におさまらないネイリストの仕事論
Amebaの公式トップブロガーには、さまざまな分野の専門家も存在しています。今回の特集では「プロフェッショナルなブロガーたち」にフォーカス! なかなか知ることのできない業界のリアルな現場のようすから、参考にしたい専門家ならではのアドバイス、プロとしての仕事論まで幅広くお話をうかがいます。
第2回目は、8月21日(金)公開! 菅田将暉さんと小松菜奈さんW主演で話題の映画『糸』で、出演者のネイルから劇中の技術指導までを総合監修したネイリスト・まぐちかさんへのインタビューをお送りします。
▶︎華々しいお仕事からブログの傑作選まで! まぐちかさん早わかり記事①
▶︎ネイリスト、サロン経営にとどまらない! まぐちかさん早わかり記事②
▶︎ “時短”に特化したユニークなレッスンも! まぐちかさん早わかり記事③
15人のネイルを2時間で! スピード勝負の撮影現場
公式トップブロガー運営局(以下、運営局):いよいよ映画『糸』が公開されますね。さっそくですが、ネイル監修オファーの経緯を教えてください。
©2020映画『糸』製作委員会
まぐちかさん:映画のネイル監修は今回が初めてではなく、2009年に公開された映画『余命1ヶ月の花嫁』(主演:榮倉奈々さん、瑛太さん)でも担当しました。そのときお世話になったヘアメイクさん経由で今回のオファーをいただいたんです。
運営局:今回の映画では主人公がネイリストですよね?
まぐちかさん:そうです。主人公の葵(演:小松菜奈さん)と親友の玲子(演:山本美月さん)ともにネイリストで、おふたりを中心に映画のなかのネイルはすべて監修させていただきました。
運営局:「監修」とは具体的にどこまで何をするのでしょうか?
まぐちかさん:まずは台本に沿って、女優さんの役柄に見合うようなデザインを提案すること。衣装合わせにも参加して衣装に合うネイルを提案するんですけど、監督OKが出たらデザインチップを用意したり、ネイルのシーンだと実際に技術指導をしたり、映画のなかでネイルに関わることはすべて担当するのが「監修」です。
©2020映画『糸』製作委員会
小松菜奈さん演じる主人公・葵がネイルをするシーンは、まぐちかさんの技術指導によるもの
今回の映画では、東京、北海道、沖縄、シンガポールと、舞台が多様なうえに季節も夏、秋、冬と、さまざまなシーンが盛り込まれていて、ネイルも撮影される場所や季節に合わせて工夫が必要でした。
運営局:たとえばどんな工夫ですか?
まぐちかさん:冬の北海道のシーンだとジェルネイルが乾きづらくて使えないから、マニキュアとかシールとか、とにかくいろんなアイテムを使って爪の色を統一して、カメラ映えするような工夫です。手元だけでなく、足のネイルもすべてですね。
運営局:めちゃくちゃ大変じゃないですか…。普段のサロンワークもしつつ現場に行かれていたんですよね?
まぐちかさん:あらかじめ用意しておいたチップを貼るだけのときは、ヘアメイクさんにお願いしたりもしていました。でも基本的には私が現場でネイルの施術をすることが多かったですね。
公開前なのでまだいえないのですが、15人くらいの女性にネイルをしないといけないシーンがあったんですよ。そのときは全員のネイルを2時間という限られた短時間でやらないといけなくて…。画面から遠い人はシールにしたり、画面に近い人はジェルにしたり、手元が映る方には念入りにネイルしたり、現場で都度判断しながらスピード対応しました。
運営局:撮影現場にはトータルでどれくらいの期間通われたんですか?
まぐちかさん:昨年の5月にお話をいただき、6月にクランクインしてから9月くらいまでだったかな? 撮影に入ると同時に衣装合わせに行ったり、事前にいただいていた女優さんの手のお写真で爪の形状を見て、その方専用のチップを用意して現場に合わせに行ったり、合わせたチップにデザインを入れたら監督さんに確認していただいたり…とにかく4カ月くらいはフル稼働でしたね(笑)。
映画『糸』のために用意したネイルチップの一部。シーンやキャストごとに細かく準備されています
運営局:監修のお仕事はかなり大変だったようですが、現場の雰囲気はどんな感じでしたか?
まぐちかさん:現場は楽しかったですよ! 私もヘアメイクさんやスタイリストさんと一緒に女優さんの控え室にいてネイルを任されていたので、女子同士で和気あいあいとしていました。
とはいえ、メイクしている間にネイルを終わらせないといけないので、とにかく時間との勝負。楽しいなかにも緊張感はありましたよ。ネイルが遅れたせいで撮影が押した、なんてことがあってはならないですからね。
運営局:それは緊張感がありますね。
まぐちかさん:映画の撮影現場では、時間をかけて丁寧に仕上げるよりもスピードが求められるんです。いかに素早くカメラ映えする手元に仕上げられるか、ですね。
運営局:15人のネイルを2時間で完成させたまぐちかさんであれば、スピードは問題ないでしょう。
まぐちかさん:そうですね。15人ネイルのときには、現場のスタッフさんが「驚異の速さ! 最高!」とほめてくださったので(笑)。
運営局:撮影中、待ち時間はどんなようすでしたか?
まぐちかさん:ネイルは撮影前に終わらせますので、撮影中の待ち時間は結構ありましたね。でも途中でチェックすることも多かったので、ネイル監修が必要なシーンの撮影には最後までいました。
運営局:演者さんと話されることもありましたか?
まぐちかさん:ネイリスト役の小松菜奈さんや山本美月さんは、とても気さくな雰囲気で楽しく会話したりしましたよ。ご存知のように、皆さん忙しいのでそんなに話し込むことはなかったですけど。
運営局:映画のネイル監修は今回が2回目ということですが、映画にたずさわったことで、まぐちかさんが得たこと・感じたことを教えてください。
まぐちかさん:ネイルの撮影って現場によって求められることがちがうということかな。
映画の場合、ストーリーやシーン、キャラクターに合わせてネイルのデザインをおこして監督さんにチェックしてもらい、スピーディに役者さんに施していくことが求められる。一方で、ポスターなどスチール撮影の場合は、チップ1つのにしてもいかにキレイに見せられるか、クオリティの高さが求められます。
運営局:どちらの場合も緊張感がすごそうですね。
まぐちかさん:はい。仕上げるスピードにしてもクオリティにしても、決められた撮影時間内で自分に割り当られたことを、それぞれの求めに応じて完成させなければなりません。緊張感もそうですが、責任感もものすごく大事だと思います。
運営局:いよいよ公開される映画『糸』で、まぐちかさんのネイルが見られるのが本当に楽しみです。
まぐちかさん:ネイルに注目して映画を見ることはなかなかないと思うので、感動のストーリーとともにご覧いただけたらうれしいです。15人ネイルのシーンもぜひ探してみてくださいね(笑)。
やりたいことはとにかく発信。仕事を引き寄せる巻き込み力
運営局:次はまぐちかさんのキャリアについてうかがいます。まず、サロン経営者として起業する前について教えてください。
まぐちかさん:短大卒業後、一般企業で普通にOLをしていたんですけど、昔から細かい作業が好きで得意だったので、“好き”をいかして起業したいと考えていました。それで、まずは起業資金を貯めるためにアルバイトをしながら25歳のときにネイルスクールに通い始めました。
起業前はキャンペーンガールをやっていたことも(写真右)
ネイルもそうですが、輸入雑貨やアクセサリーも好きだったので、サロンを開くならネイルと雑貨店を合体させたものにしたかったんです。当時からちょっとしたアクセサリーなどを置いているネイルサロンはありましたけど、私が開きたいのは、外観的にはバッグやアクセサリーなどの物販メインで、店内の奥にネイルブースがあるような“トータルビューティーサロン”。
運営局:ネイルとヘア、ネイルとエステ、みたいな“トータルビューティー”ではなく?
まぐちかさん:私が目指したのは、ネイルを含めて手元のオシャレを提案する“トータルビューティー”なので、ネイルとファッション雑貨やアクセサリーの組み合わせにこだわったんです。そんなサロンを外苑前にオープンさせることを最初の目的にしました。
輸入雑貨の仕入れも学びたかったので、ネイルスクールに通いながら銀座のアクセサリーショップではたらいていました。それから約5年の準備期間を経て、30歳で念願のサロン「美爪研究所 Grand Max」をオープンさせることができました。
運営局:万全ですね。とはいえ、初めての店舗経営は不安もあったと思います。そのなかで手応えを感じたのは?
まぐちかさん:そもそもサロンワークはスクールに通っているだけでは身につかないと思ったので、28歳くらいのとき実際にサロンでもはたらいていました。
そこで担当したお客様が私のネイルデザインを気に入ってくださって、次回予約がぽつぽつ入るようになったんです。リピーターのお客様が増えていくことで「私、いけるかも」と手応えを感じました。
サロンのオーナーさんには、30歳で起業するので2年で辞めること、そのサロンでついてくださったお客様を(自分のサロンに)もっていかないことを最初から約束していました。ですから、それまでのお客様たちには私が独立して辞めることを告げず、外苑前にサロンをオープンした当初、顧客開拓はゼロからのスタートだったんですよ。
運営局:それはすばらしい! 覚悟がちがいますね。外苑前から現在の表参道へ移られたのはいつごろですか?
まぐちかさん:7年後です。外苑前にオープンしてから現在の表参道に至るまで、私のサロン経営は今年の10月で15周年を迎えます。
運営局:少し早いですがおめでとうございます! 多くのお客様に支持されて長く続けてこられたのも、まぐちかさんのキャラクターというか魅力が大きいと思います。実際、人気漫画『東京タラレバ娘』に出てくるネイリスト・香はまぐちかさんがモデルになっているのは有名な話です。
まぐちかさん:そうなんです。詳しくはブログにも書いていますけど、作者の東村アキコ先生はサロンのお客様だったんですよ。
でも私、普段からあまり漫画を読まないので東村先生が有名な漫画家さんってことを知らず「彼氏がいなくてやばい」みたいなぶっちゃけトークをしてたら、先生が「あなたおもしろい!」と気に入ってくださったみたいで、ある日突然漫画に登場したって感じです(笑)。
運営局:すごい!
まぐちかさん:漫画のモデルになったのもそうだし、映画や広告の撮影もそうですけど、お客様やいろんな方に自分のことや自分がやりたいことを話して人を巻き込んだ結果、新しいお仕事につながっているというのが私のスタイル。コネはひとつもありません。自分の「やりたいこと」を積極的に発信していると、応援してくれる人が自然と増えてくるんです。
提供したいのは誰もがハッピーになれる“エッセンス”
運営局:お仕事の幅も広がって、ますますキャリアップされていますが、これまでのお仕事のなかで一番大変だったことと一番興奮したことをそれぞれ教えてください。
まぐちかさん:大変だったことは特になくて、一番興奮したのは、2016年に世界的化粧品ブランドのグローバルプロモーションのネイルを担当したことです。お仕事が決まったときも、超一流の方々と一緒の現場にいるときも「私、すごい仕事やってるんだ!」って本当に興奮しました。
運営局:サロンワーク以外にも幅広くネイルのお仕事をされている、まぐちかさんのポリシーをお聞きしたいです。
まぐちかさん:ネイルにしてもアクセサリーにしても発する言葉にしても、私が提供するすべての物事がお客様にとっての“エッセンス”になって、なにげない毎日をハッピーでワクワクする時間に変えることです。私はそういうお客様たちを見るのが好きなので、これから先も変わらないポリシーとして持ち続けたいですね。
サロンワークや撮影のお仕事以外にも、オンラインショップをやったりキャラクターをつくったりブログを書いたり、いろんなことをやっているんですけど、まずは私自身が飽きずにワクワクしていることが大事だと思うんです。
私、すっごく飽きっぽいので(笑)、モチベーションスイッチをいろいろ変えながらよりよい“エッセンス”を届けられるよう、やりたいことはこれからも積極的にチャレンジしていきたいと思っています。
運営局:いま一番チャレンジしたいことを教えてください。
まぐちかさん:オンラインとオフラインを融合させたことをやりたくて、講座をつくっていきたいです。
運営局:やはりネイル講座でしょうか?
まぐちかさん:最初はそうかなと思っていたんですけど、どうやらネイルではないなと(笑)。ネイルのスキルを伝えることは手段のひとつではありますけど、それよりも仕事に対するマインドとか向き合い方とかを伝えるのが得意みたいです。
まぐちかさんが過去に実施した起業セミナー。参加者にはビジネスマン風の男性も多く、真剣にメモをとる姿も
具体的にどういうテーマにするかはまだリサーチ中ですが、ターゲットは「好きなことを仕事にしたい人」と決まっています。そういう方々が求めていることは何なのかをしっかりリサーチして、「好きなことを仕事にできる人」が増えるような講座をつくりたいですね。
運営局:最後に、まぐちかさんのように「やりたいこと」を見つけて実現するためのアドバイスをお願いします。
まぐちかさん:「自分が楽しいと感じることは何なのか」を常に考えること。そして、少しでも楽しそうと感じたことはすぐに行動に移すこと。実際やってみて、「やっぱちがうわ」ってなることもありますよ。でもそれって、やってみないとわからなかったことだから無駄ではないんです。ですから、まずは考えたら行動することですね。
あと、頭のなかは常に仕事のことでパンパンにしないこと。頭のなかに余白をつくっておくと、「楽しそう・やりたいアンテナ」に引っかかる新しいことに出会ったときに、すぐ行動に出られます。これは、頭に余白がない=気持ちに余裕がない状態で、いま抱えている仕事でいっぱいいっぱいだとできないことだと思います。
私の場合、頭のなかの余白が常に楽しいことで埋められて上書きされている状態。一言でいうと「遊ぶように仕事をしている」って感じです(笑)。
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一つひとつの目標に向けた手段を綿密に考え、行動し、ブレずに進んで達成させ、継続させてきたまぐちかさん。「すっごく飽きっぽい」といいながら、15年間のサロン経営とネイリストとしての活躍の場を広げ続けられているのは「遊ぶように仕事をしているから」と軽やかに答える姿からは、好きを仕事にできているプロフェッショナルの真髄が感じられました。