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Botanical Muse

はじまりの秋

2020.09.14 08:07

いつまでも残暑が続くと思われたが、ある日突然涼しくなった。最近、ご飯をデリバリーして家で仲間たちと食べている。今日は中華料理の出前で一席もうけることになった。まずギョウザをぱくつく。皮と具が渾然一体としていてなんておいしいの。皆で四人前ぺろりといった。その他に料理は二十品以上頼んだ。


前回お話したとおり‟肥満”というテーマをかかえている私であるが、気の張る人と一緒の食事のときには残せない。だから友だち同士のときは、皆がわいわい食べているお皿に、ちょびっと箸を伸ばすという食事スタイルにしている。

ところが中には、自分がいいと思うものは、人にも味わせなくては気がすまない人がいる。ものすごいエネルギーをかけて、相手を折伏するのだ。途中でMさんは、なんと土鍋で炊いたご飯をよそおってくるではないか。


「いい、麻婆春雨は白いご飯と一緒に食べなくちゃだめだよ」

ピリ辛の麻婆春雨を惜しげもなくご飯のうえにのせて私の前に置かれた。顔をあげる。びっくりした。よーく見るとものすごいハンサムでカッコいいではないか。イケメンという表現ではなく、精悍な男らしさ。背も高い。髭のあたりに男の色気がありありと感じられた。とにかく惚れ惚れするような男振りなのである。初めて会う私は緊張してしまい、大好物の北京ダックが喉をとおらない(が、がつがつ食べた)。


炊きたてのご飯と春雨が混ざり合い、その豊かな味わいといったらどうだろう。涙が出るぐらいおいしい。おまけにダイエットがうまくいきちょっぴり痩せて、私の気持ちにも余裕があった。

それでつい、「おかわりください!」なんて言ってしまった。大盛二杯食べた。

しかもMさんはものすごく感じがよく、料理をよそおってくれたり、一口サイズにカットしてくれたり、こまごまと世話をやいてくれるではないか。これでは食べないわけにはいかない。私はひたすら食べる役に徹した。


考えてみれば、美男というのは人の心をとらえる達人でなくてはならない。Mさんはドキドキするほど魅力的であった。魅力的だから美男になるのか、美男だから魅力的なのかよくわからないが、ある程度以上の美男なら人を惹きつける‟磁石”をもっている。


ぜい肉がちょっとでもある人は絶対に無理な服を着ているMさん。何かをする前に肉体がまず勝手に動くといった躍動感、まるでコンテンポラリーダンスを見ているようだ。すぐひき込まれ、かき乱されてしまう。これほど女心の機微に深く鋭くふれる磁石があるだろうか。

おまけに話は面白いし、自分をネタに人を笑わせる術も知っていているのがすごい。


別の日に、友人を連れていったら「イケメンなだけじゃなくて、心がキレイで頭がよくて、なんて素敵な人なの」とうっとりしていたほどだ。

「日本語のわかる韓流スターと一緒にいたみたい」と言う人もいた。


途中、少し早いが薬膳鍋が出た。こういう時、私は必ずといっていいぐらい鍋奉行をしてしまう。そんなわけで、友だちが大皿を置くやいなや、「あ、私がやります」と宣言して、鍋奉行の証である大箸を持つ。その瞬間、私はしまった、と思った。目の前に座っていたのがMさんである。彼の目は、大皿の上の豆腐とチンゲン菜を射抜くかのように鋭くなっている。


「あの、私がしても、いいですか...」

「お願いします」というものの、目のキラリは変わらない。

私は箸を持ち、まずチンゲン菜を入れ、豆腐を入れた。そのとき、Mさんはおもむろに口を開いた。

「先にもう肉を入れた方がいい。それから豆腐は、もう引き上げた方がいいよ」

「は、はい、わかりました」

Mさんはふだんは見たことないような厳しい顔をしていた。私はものを食べるのに、こんなに気合と情熱を込める人を初めて見た。


その間にもビールと紹興酒もがんがんいく。〆のラーメンもチャーハンもちゃんと完食し、他のものもみーんな残さず食べた。

こういうのを、私たちの間では「真夜中の炭水化物まみれ」という。つまりいちばん太る食べ方なのである。こういうとき、私は理由をつける天才である。このところこんだけ寝不足なんだから、きっと太らないに違いないと決めて、デザートには揚げたアンコ入りのお餅も食べた。おいしいなんてもんじゃない。いくらでも入る。楽しく秋の夜は過ぎていく。


そして食事のあとは、ロマンティックなワインを飲むことになった。

Mさんは言った「僕飲めない。下戸だから」

えー、ウソー。驚いた。

「この人ってお酒を一滴も飲まないのよ。お酒飲まないもんだから、もののハズミっていうものがないのよね」傍にいた友だちは言う。

しかし、銀座の高級クラブのママはこう言っていた「だいたい大酒飲みの男の人はそんなに好色じゃない。好色な男性はあんまりお酒を飲まない」


あれから数日たった。私の謎はとけない。お酒を飲まない男の人って、いったいどういう風にして女の人に近づき、恋をするんだろうか。たとえば二人でレストランに入る。彼女がシャンパンを頼む。が、「飲めません。下戸です」という男性と、いったいどうして恋をすればいいんだろう。が、下戸の男の人もみーんな恋をしている。きっとそのときは、男の人たちは頑張って、飲めないお酒を飲むのであろう。そして一生懸命もののハズミを起こす。


どうせ短い人生、計算外のことが起こったり、思いもよらない事件に遭うのはとても楽しいことではなかろうか。

酔ったはずみに男性と後でしまった、と思うことをしてしまう。が、それが若さであり、女性である。そしてじくじく後悔をするんだけれども、それは甘やかな後悔だ。女の人を綺麗にしてくれる悔いなのである。

お酒はもののハズミの第一歩だ。はじまりの日は不意にやってくる。




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