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ともちゃん@芝山町の町おこしYouTuber

恋をした。古代人に… Part2

2020.08.18 00:09

・これは、ともちゃんが学生の時、芝山町に出会ってまもない頃に書いたお話です。

・小説中に出てくる写真は、すべてともちゃんが撮影したものです。

・一昔前の作品であるため、お手柔らかにお願いいたします。

・絵、写真は順次追加していきます。

Part1のあらすじ

私は芝山町で生まれ育った女の子、カナノ。ある日突然、古代からタイムスリップしてきた小さな男の子のお世話をすることになった。タケルという名前をつけてかわいがっていたけれど、一年くらいたった頃に祈祷師が現れて男の子を古代に連れ帰ってしまった。悲しみに暮れる私の気持ちを、誰も分かってくれなかった…

 心に大きな穴があいたまま、月日は流れるように過ぎていった。はにわ博物館にもいつの間にか行かなくなって、歴史の勉強も好きじゃなくなってきた。

 中学2年生になると、友達に誘われて運動系の部活に入り、私は心の穴を埋めるように部活に熱中したり、部活の友達と遊んだりした。アキおばさんやケンおじさんとも、近所の他の人たちともあまり関わらなくなった。隣町の高校に入ると、部活や友達と遊ぶのがもっと増えて、バイトも始め、ほとんど毎日朝から夜遅くまで帰らなくなった。高校の友達を通して出会ったファッションや音楽、恋愛、新しくて楽しみいっぱいの世界に、私は夢中で惹かれていった。

 都内の大学に進学すると一人暮らしを始めて、芝山町には年に1、2回、それも数日だけ帰省するくらいになった。それ以外にアスカと遊ぶために芝山やその近辺まで行くこともあったけど、芝山のものや人のことは、私の中ではほとんど忘れ去られていった。

 大学を卒業すると、そのまま東京で会社に入った。一人一人が個性を生かして働けることを大事にしていて、新しいことにどんどん挑戦していくというその会社の考えが、大学で学んできたこととおんなじで、私にぴったりだと思った。

「世間一般の考えに囚われず自ら道を切り開き、本社で業績を上げて立派な社会人になるのです」

 入社式での、女社長の力強いメッセージに、私はこれからの人生を描いて情熱を燃やした。

 入社1年目から、私の熱心さと独特な発想力は社長にも上司たちにも気に入られて、2年後には後輩社員たちをリードする役職にまで昇った。

 いつか家庭を持ち立派な一軒家に住むのを夢見て、私は学生時代と同じアパートに住みながら貯金を続けた。でもボーナスが出た時は、同僚たちとバーやクラブで思いきりはっちゃけた。

 こうして、忙しくも夢に向かって楽しく生きる私の社会人生活が始まった。

 ところで、この会社は基本何でもアリなんだけど、1つだけ、破ると絶対解雇の決まりがあって、「野良犬を助けてはいけない」というなんとも奇妙なものだった。まあ野良犬なんてそうお目にかかるものではないし、あまり気にならなかった。

「カナノ、会社はどう?」

「楽しくやってるよ」

 社会人になって4年目、帰省中の元旦の日、私はアスカに誘われて芝山仁王尊に初詣に向かっていた。

「アスカは?」

「もちろん、元気に楽しくやってるわよ!」

飛行機と子どもが大好きなアスカにとって、航空科学博物館は最高の職場に違いない。そこで最近彼氏もできたらしい。

「へ~」

「お仕事大変なときもあると思うけど、無理のない範囲でがんばってね!」

「アスカもね」

私たちは仁王尊で、今年もいい年になるようにとお願いをした。


 その日の夜、私は奇妙な夢を見た。

 私の目の前に、古代の占い師みたいな人が現れた。なんだか見覚えがある気がするけど、いつどこで見たのかは分からない。ただ、何となくあまり良くない気分がした。

 その人は、私に向かって淡々とした口調で話し始めた。

「遠き昔、この地に小さな国があった。国には名がなく、代々善良な王が治める国であった。国の最後の王は、幼い王子であった頃、祈祷師の過ちで1年ほど行方不明であった。王子が国に戻りし数年後、病に倒れ息絶えた父に代わり、王子は7才で王となった。王は民一人一人に寄り添い、誠実に国を治めた。長い時が経たぬうち、国は近くの大国に滅ぼされ、王は21才で多くの民と共に死んだ。王は、未だ天に昇っていない」

私はその人に聞いた。

「その王様は幼い頃、どこに行っていたの?」

その人は答えなかった。そして、そのまま夢が終わってしまった。

 今の夢は何だったんだろう…まあいいや。そうは思っても、夢の中の人が話していた王様が、幼い頃1年間どこに行っていたのか、私はなぜか一日中気になっていた。


 明日は東京に戻る日。夜、自分の部屋で荷物をまとめながら、私はまだ昨日見た夢のことを考えていた。くだらない空想の世界のことなんかさっさと忘れちゃえばいいのに。私ったら昔からいろんな妄想を繰り広げているし、今はパパもママももう寝ていて弟たちも実家にはいなくて静かだから、一層くだらないこと考えやすいのはもっともなんだけど。とにかく明後日からは仕事が始まるんだし、後輩たちを導く立場として新年早々はりきってがんばりたいし、こんなこと早く忘れちゃおう。そう思って、私は着替えて布団に潜り込んだ。

 でも、布団に入ってもなかなか眠れなかった。その夢のことのせいで。王様が小さい頃どこかに行っていたことが、何か私に関係あることなんだろうか。幼い王子だった頃、1年ほど…祈祷師の失敗だっていうんだから、隣の国とかそんな単純なものじゃなくて、もっと何か違う世界にワープしてたとか。

“幼い頃、1年……”

 ふと私は、子どもの頃に古代から来た小さな男の子を世話していたのを思い出した。ある年のはにわ祭の日から、その次の年のはにわ祭の日まで、ちょうど1年くらい、その子は私と一緒にいた。

 私は飛び起きた。あの小さな男の子、まさか…

 私は、1つの国の王子様を預かっていたっていうこと?思えば、あの子は小さい子どもにしては結構立派な格好をしていた。洋服とかへのこだわり以外には、あの歳にしては聞き分けが良くてやさしい心を持っていたし、普通の家庭で育ったら大抵そんな性質は持ち合わせていないんじゃないか。

 じゃあ、どうしてまだ天に昇ってないの?いまだにこの世にいるの?それなら、この世のどこにいるわけ…?

 何を思ったか、私はパジャマのまま家を飛び出した。ママの自転車を借りて、一目散に芝山公園を目指す。鳥肌が一気に立つような寒さだけど、全然気にならなかった。

 公園に着いて、私は男の子を拾った場所を探した。この辺だっけ、あそこだっけ…

 どのあたりだったか思い出せず、なんでここに来たのかも分からず、途方に暮れかけていた時、真夜中で誰もいないはずの公園に、1つの人影が見えた。丘のてっぺんの木のそばに、背の高い男の人が立っている。私は丘をのぼっていった。その人は、はにわ祭で見る国造様みたいに立派な格好で、頭に冠、腰には剣をつけている。こちらには背を向けて、木を見上げている。なんだかその人を見ているのに気が引けてきて、私は目線をそらした。歩幅が小さく、歩くのがゆっくりになっていく。

「カナノ」

低くて澄んだ声がして、私は立ち止まった。私は見上げた。古代人が、こちらを向いていた。私をまっすぐに見つめている。私は口を開けて立ちつくした。


「カナノ」

古代人は、もう一度私の名前を呼んだ。突き通すような視線だ。私は古代人の目を見つめた。もうすっかり大人になっているけれど、見覚えのある目。どんな時も私をまっすぐに見つめていた、あの瞳。

「……タケル?」

古代人は、ゆっくりうなずいた。

「どうして…どうして、ここに?」

「分からない」

どうやら、言葉が通じるようだ。

「いつからここにいるの?」

「ついさっき…」

 タケルはそう言って、冠と剣を取って静かに地面に放った。途端に、冠と剣は消えてなくなった。

「…いいの?」

「いらない」

タケルは、木に寄りかかって地面に腰掛けた。少し下を向いて、地面をぼんやり眺めている。私は何を言っていいのか分からず、歩み寄ることもできず、その場に立ちつくしていた。タケルも何も言わなかった。そのまま、時間だけが過ぎていった。

 ふいに、私はくしゃみをした。凍えるような寒さが押し寄せてくる。何せパジャマで家を出てきたから。

「家に戻った方がいい。そのような格好で外に出てくるものではない」

「何よ、上から目線で」

タケルは何も言わなかった。

「私、明日東京に戻るの。今、東京で暮らしてて、年末年始だから帰ってきたところなのよ」

「そうか」

あ…「東京」とか分からないか。まあいいや。

「おやすみ」

私は身をひるがえして家に向かった。

「おやすみ」

後ろでタケルの声がした。

 タケル、あんなに立派な大人になって…。私は、なんだか何とも言えない気持ちだった。

 新年、東京での生活は快いスタートを切り、私は同僚たちに負けないくらい一層仕事に励んだ。仕事に遊びに、私は充実して楽しい毎日を送っていた。でも、なぜだか頭の片隅にタケルのことが引っかかっていた。タケルは、どうして“天に昇っていない”の?今はどこで何をしているんだろう?まさか、ずっとあそこにいるんじゃ…?まあ、そのうち“天に昇る”んじゃないかしら。そう思っても、私はタケルのことを頻繁に考えていた。

 年度の終わり、私は芝山町に帰省した。実家についた日の夜、夢を見た。

 私は見知らぬ野原にいた。見知らぬといっても、なんだかどことなく芝山のような感じがする。私のそばに、古代人の父親と息子がいた。息子の方は、現代で言うと小学校に入ったばかりくらいだろうか。そして、見覚えのある顔だった。親子とも立派な服を着ていて、武器のようなものを持っている。こっちには見向きもしないので、私の姿は見えないようだ。

「父上…私は争いが嫌いです」

息子の方が、少し不安げに言った。父親は息子に近寄って、かがんで言った。

「息子よ、よく聞きなさい。私も争いが嫌いだ。できれば武器など手にしたくない。しかし、この世界においてそれは不可能なのだ。息子よ、この世界には、より多くの富を得て自らの権力を偉大なものにするため、たくさんの者が武力で他の人々を従えようとしている。ここにだって、いつどこの国が攻めてくるか分からないのだよ。お前は、将来この国を担う存在だ。国を守ることが、王の役目なのだよ。いいか、息子よ。よく覚えておきなさい。強さは、自らの権力を大きくするためのものでもなく、富を増やすためにあるのでも、人々を従えるためにあるのでもない。強さは、大切な人を守るためにあるものなのだ。国の民を守るため、武術に精一杯励みなさい」

「…はい!」

息子はきっぱりと答えた。

「さあ、始めるぞ」

そして、親子は武術の訓練を始めた。私はそれをしばらく眺めていた。

 気がつくと、私は豪族の館の中にいた。寝台に先ほどの父親が横たわっていて、傍らには息子と、他に何人かの大人が付き添っている。祈祷師もいて、熱心に祈りを捧げている。父親は重い病のようで、とても苦しそうに息をしている。

「父上…」

息子は心配そうに父親を見つめている。

「私はもうじき…先に同じ病で亡くなった、お前の母のところに行くであろう…息子よ、あの日の稽古の時に私が言った、大切なことを覚えているか」

「はい。強さは、大切な人を守るためにあるものです」

「その通りだ。息子よ……うぅ…」

父親は激しく呼吸をしている。

「それだけは…よく…覚えて…おきなさい……」

父親の声が、どんどん弱く、小さくなっていった。

「はい」

激しい呼吸が少しずつ静まっていき、やがて父親は力尽きたように動かなくなった。

「王様!」

「ああ、そんな……」

大人たちは慌て、祈祷師は父親の魂を体に呼び戻すため一層熱心に祈祷をした。

息子だけが、表情を少しも動かさずに父親をいつまでも見つめていた。


 次の日の午後、私は一人で芝山公園をぶらついていた。私は昔から、気分転換をしたい時はいつもこの公園を散歩していた。春には桜や春風、秋には落ち葉や涼しいそよ風が気持ちを和ませてくれた。

 私はあの丘のてっぺんに来た。何となく予想していた通り、木陰にタケルが腰かけていた。そして、笛の音が聞こえる。何だか、どこか哀愁漂うような音色だ。

「上手じゃないの」

「ありがとう」

タケルは笛を吹くのを止めた。

「私、幽霊って見るのはじめて」

私はタケルの隣に腰かけて、その肩に触れてみた。幽霊って、触れてもすり抜けちゃうってよく聞くけど、触れることはできる。でも、生身の人間に比べて何となくとらえどころがないような感じがする。私は改めてタケルを間近で眺めてみた。服を着ていても、かなり筋肉ががっちりしているのが分かる。

「あんた、相当鍛えたのね」

「ああ……王として国を守らなければならなかったからだ」

「ふーん」

 うららかな風が吹いてきて、どこからか桜の花びらが舞ってきた。その花びらが、タケルの凛々しい顔をなでる。

「私は、争いは嫌いだ…」

タケルはそうつぶやいて、また笛を吹き始めた。

 今日は天気もいいし、ちょうどいい感じに暖かい。見渡してみると、散歩しているおじいちゃんおばあちゃんや家族連れで遊びに来ている人たちがちらほら見える。誰も笛の音には気づいてないようだ。

「私以外にはタケルは見えないのね、きっと」

タケルは笛を下ろして、遠くを眺めた。また桜の花びらが舞ってきた。どこかでうぐいすが鳴いている。日本の春の風景に、古代人。公園にいる人たちを無視すれば、まるで古墳時代にいるような感じがする。

「ねえ、なんでそんな堅苦しいしゃべり方するのよ。表情もぴくりとも動かないし。小さい頃はあんなに無邪気で、そこら辺にあるお花をこうやって摘んでは私に見せてきてたのにさ、ほらっ」

めちゃくちゃ空気が読めてない発言だと分かっていながら、私はそうつぶやいて足元に生えていたピンクのらせん状の花を摘んでタケルに差し出した。タケルは受け取って、ちょっとその花を眺めていた。そして、ほんの少し微笑んだように見えた。でも、すぐに元の単調な顔に戻った。

 私はまた何を言っていいのか分からなくなった。頭の上を飛行機がゴーッと飛んでいって、私は空を見上げた。

「飛行機…タケル、覚えてる?」

「覚えている」

「あなたは…なんで成仏できないのかしら」

「成仏とは何だ?」

「その…“天に昇る”ってこと、かな。あの人が言ってたのよ」

「あの人?」

タケルの私に問いかける表情に、幼い頃の無邪気さがわずかにのぞいている。

「えっと…ある日、夢の中に祈祷師が出てきて、あなたのことを話してたの。それで、なぜだか真夜中に家を飛び出しちゃって、そしたらあなたがいて…」

「そうか」

それ以上は詳しく話さなかった。タケルもそれ以上は追及しなかった。

「何か心残りがあるのかしら。“天に昇れない”ってことは」

「分からない」

しばらく沈黙が続いた。何となくいたたまれなくなってきた。

「ま、無事にあの世にいけるといいわね。それじゃ」

「ああ…」

私は立ち上がって、その場を去った。なんだか、腑に落ちないような感じがした。

 しばらくして、後ろからまた笛の音がし始めた。それが、私の耳にいつまでも聞こえていた。

 芝山町ほど景色も空気もきれいじゃないけど、東京でも至るところで桜が咲いて、うららかな風が吹いている。そうやって春を感じるたびに、私はタケルの横顔を思い出した。それどころか、なぜだかほとんど一日中タケルのことを考えるようになっていた。あの子は今日この時もまた、あの公園で笛を吹いているの?…だめだめ、いずれあの世にいく幽霊のことなんか考えてちゃ!

「カナちゃん、仕事はどう?」

「みんなで仲良くやってるわよ。今年度はおもしろいヤツらがいっぱい入ってきて、これからが楽しみだわ」

「そう、よかったわ!私は相変わらずただの平社員よ」

「私だって大して高い地位にいるわけでもないわよ」

「何言ってるのよ~!」

4月下旬の日曜、私はナツホと吉祥寺のカフェでのんびりお茶していた。ナツホは大学以来の親友で、今も同じ会社で働いている。吉祥寺は私たちの大学があるところで、このカフェも学生時代から2人のお気に入り。

「そう言うナツホだって、業績上げてそうな顔してるじゃないの」

「そんなことないわよ~!でも会社生活は今のところ順調にいっているわ。体も心もお守りくださっている神様に本当に感謝ね」

「神様ねぇ…」

ナツホは敬虔なクリスチャンで、私にも時々聖書の言葉を読んで励ましてくれる。

「結局、人間って自分の力だけで生きていけるものではないし、何でも自分で動かせるわけではないじゃない。今日この時も、神様のおかげで、私は元気にやっていけるんだって思うの」

「それでも、業績を上げてもっと高い地位につけば、できることの大きさも量も変わってくるし、それだけ影響力は大きくなると思うわ」

「うーん、地位ね…」

「まあ…ナツホの気持ちは、私も何となく分かるかも」

 私は野原にいた。なんか、いつかの夢と同じようなところだ。野原には花が咲き乱れていた。小さな木の下に、古代人の男の子と女の子が腰掛けていた。男の子は誰だかすぐに分かった。とても立派な格好をしていて、この前の夢の時よりだいぶ大きくなっている。11歳か12歳くらいだろうか。女の子も身分が高いらしく、男の子よりは慎ましやかだけど立派な服を着ている。年は多分男の子と同じくらい。優しい目をしていて、内気そうな感じ。男の子はまっすぐに前を向いて、どこか遠くを見ている。女の子は少しうつむいていた。

「王様」

女の子は、高くてかわいらしい声をしている。

「何だ?」

王様は穏やかに聞き返した。この前の夢より少し低くて、堂々とした声。でも、視線は遠くを眺めているまま。

「この春は、お花がとてもきれいですね」

「ああ」

「まるで私たちの国を祝福しているようです。この平和と幸せが、いつまでも続くようにと…」

「そうだな」

小さな王様は、やっと女の子に顔を向けた。

「将来、王様と共にこの国を守り、国の民に仕えていけることは、私にとってこの上ない光栄であり、とても大きな希望でございます」

「そうか」

王様は、女の子に少し微笑んだ。

「私は…」

女の子はそう言って、少しうつむいた。

「何だ?」

「…いえ。何でもございません」

女の子はまたうつむいて、顔を赤らめた。

 この子はいったい誰なの?どうやらこの王様の許嫁であるみたい。でも、そんな単純な答えで片付かない何かが、なんだか高ぶるようなものが、私の心の中にあった。

 私は目が覚めた。まだ気持ちが落ち着かない。窓の外では、初夏の日差しと芝山のおいしい空気の中で、うぐいすが気持ち良さそうに鳴いていた。

「うわあ~、何度見ても圧巻ねえ、ソラ!」

「ほんとだね~」

「仲良しね、アスカとソラさん」

「うふふ」

 ゴールデンウィークの半ば、私はアスカと、アスカの彼氏のソラさんと、ひこうきの丘に来ている。ひこうきの丘は、航空科学博物館の近くにある小高い丘で、最高の飛行機撮影スポットの一つ。今日もたくさんの飛行機オタクたちが、本格的なカメラを構えている。ソラさんもその一人。


「おっ、シャッターチャンス!」

そう言ってソラさんはカメラを構え、飛んできたANA貨物の飛行機を連写した。

「あの飛行機撮るの、もう8回目くらいじゃないの!」

「今まで明るさとかピントとか、うまくいかなかったんだよ~。ANAは一番大好きだから、ばっちり撮りたいんだよねぇ。あ~、ちょっとぼけちゃった。それから手振れが…」

「もー、こだわりが強いんだからっ!」

「幸せそう」

私は飛行機を眺めながら、ぼそっとつぶやいた。

「カナノは何かないの~?」

アスカはそう言って私にくっついてきた。

「別に」

アスカには恋愛のことなんて、全然話したことがない。

「もう26なんだし、片想いくらいしてるんじゃない?」

「何も」

「ふ~ん、何か素敵な出会いがあるといいわねっ」

アスカは私の肩をぽんと叩いた。

「ふん」

「もぉ、そっけないわねー」

「…」

沈黙している私の目の前で、大きな飛行機がゴーッと飛び立って行った。

 その日の昼過ぎ、私は何かに誘われるかのように芝山公園にやって来た。笛の音が聞こえてきて、私は自然とそっちの方に歩いていった。

「私は坪の中の蛇じゃないのよ」

「どういうことだ?」

丘の上の木の下に腰かけているタケルは、笛を下ろして私を見上げた。

「笛を吹けば出てくるってもんじゃないってこと」

「そういうつもりはなかった」

タケルのそっけない返事に、私はどこか落ち着きがなかった。

「あっそ」

そう言い放った私の頬を、暖かい風がやさしくなでた。

「カナノ」

「何?」

「私は、一体どうすればよいのだ」

「そんなの私に聞かれても分からないわよ」

タケルは黙っていた。

「そうね…私が仁王尊でお願いして、成仏させてもらうとか?」

「成仏…か」

適当に言ってみたことを、タケルは真に受けている。タケルの凛々しい顔が、初夏の温かさと相まって私の気持ちを高める。

 タケルは顔を上げて、私の顔をじっと見つめた。

「…何?」

「カナノ、何かあったのか」

「え?」

「落ち着きがないような顔をしている」

「べ、別に…」

「大丈夫か?」

タケルは立ち上がった。私の顔を心配そうに見つめている。

「何よ、人の心配するくらいなら、自分で自分のこと何とかしなさい!私には私の人生があるの。気にしないで。それから、もう姿を現さないで。私ももうここには来ないわ。さようなら」

私は踵を返して、公園を立ち去った。

 向き合いたくない。私の心の中で高ぶる気持ちに。大切に育てていたところをある日いきなり奪われた、あの小さな男の子に、今さら……

 私は会社の仕事に一層打ち込んだ。同僚たちと、派手に呑みや遊びに出かけた。逃れたくて。私の人生を邪魔する、あの気持ちから。勤勉で努力家な私は、社長や上司からちやほやされて、後輩たちからも尊敬された。ナツホには時々、がんばりすぎじゃないかと心配された。でもその度に私が平然として笑顔を見せると、安心してくれた。最近肌がちょっと荒れ気味だけど、化粧で隠せるから問題ない。

私は、入社式での社長の言葉と、お金を貯めていつかは幸せな家庭を持つという自分の夢を励みに、前向きに生きようと自分に言い聞かせた。どこか落ち着かない気持ちを隠しながら…

 お盆の時期になって、私はまた芝山町にやって来た。タケルの姿は見えなかった。私は安心したけど、何となく腑に落ちないような感じもした。

 休みも半ばを過ぎた頃、アスカに隣町に海水浴に行こうと誘われた。芝山町の隣の横芝光町は海に面していて、海水浴場がいくつかある。私も子どもの頃、よく家族やアスカと出かけていた。でも、アスカと2人だけで行くのは初めて。こんなこともあろうかと、私は今年買ったばかりの水着を持ってきていた。海水浴の前の日の夜、私は改めてそれを着てみた。ちょっと小さめのピンクのビキニで、胸が大きい私が着るといい感じにセクシーになる。そこで、私は手足や脇の下の除毛をしていないことに気づいて、お風呂場に駆け込んだ。

「カナノ、めっちゃ大胆に肌見せするねー!」

「そう?」

アスカもビキニだけど、私より露出が少ない。

「ナンパされないように気をつけて~!でもカナノなら、あっさり彼氏できちゃいそう、うふふ!」

「何よ~!」

そう言いながら、私も笑った。

お昼過ぎ、童心に返って砂のお城作りに夢中になっているアスカを置いて、私は貝拾いと磯の探索に出かけた。ここの磯は大きくて、わりと沖の方まで続いている。いろんなものがあって、私には小さい頃からお気に入りの場所。まったく、アスカと私と、どっちが童心に返っているんだか。

磯のところまできて、私は立ち止まった。磯の奥の方に、なんだか見覚えのある古代人がいる。私は気にしないふりをして、足元のいろんな生き物や貝殻を物色していた。そして、ちょっとずつ古代人の方に近づいて行った。

「こんなところで何してんのよ」

タケルは振り返って、私に驚いた。

「仕方なく、そうやっていろんなところをうろついてるの?」

タケルはうなずいた。

「すまない。カナノについてきたわけではないのだ」

たくさんの男たちが私の体をじろじろ見てくるのに対して、この子は私の目だけをまっすぐに見ている。それがなんだかイラついてきた。


「別にあなたを責めるつもりはないわ。私こそあなたについてきちゃったようなものだから」

タケルは、沖の方に目をやった。

「みんな楽しそうだ…」

タケルは海を見渡して、ほんの少し微笑んだ。私はますますイラついた。

「カナノは、誰かとここに来ているのか?」

「アスカと来ているわよ」

「アスカ…カナノの友達だな。覚えている」

「別に彼氏とデートとかじゃないからっ」

「彼…何と言ったのか?」

「恋人のこと」

「恋人とは何だ?」

「愛している人のこと」

「愛しているとは…」

「うるさいわよ!」

私は誰もいないのを確かめて、海に飛び込んだ。海水が目に染みるのを我慢して、海岸まで泳いで行き、アスカのところまで駆けて行った。

「カナノ、どうしたのよー?ふてくされたような顔しちゃって」

「別に。海水が目に染みただけ」

「そう…」

きれいな貝殻をいくつか拾って手に持っていたけど、海に飛び込んだ時に手放してしまったみたい。タケルの「愛しているとは何だ?」という言葉だけが、頭の中にずっとこだましていた。

 東京に帰ったものの、私はもうタケルに対する気持ちがどうしようもなく、抑えきれなくなっていた。仕事の時間も苦痛でしかなく、酔いつぶれるまで好きなお酒を飲んでも、返ってタケルのことが頭を占めるだけだった。べろんべろんでバーから帰宅しては、ベッドに倒れて泣き崩れた。いっそタケルがこの部屋に現れてくれればいいのに…なんて、いったい何考えてるのよ私ったら!


「…そうだったのね。それで仕事にも遊びにもすっごい打ち込んでたのね。辛いわね…」

私はナツホに、タケルのことを何もかも打ち明けた。ナツホは幽霊の話に笑いもせず、疑いもせず、真剣に聞いてくれた。

「なんで…いったいどうしてこんなことが起こるのよ」

ナツホは少し黙っていたけど、何か思いついたように鞄を手に取って、中を探った。取り出したのは、聖書だった。

「私の好きな言葉の1つなんだけどね…」

ナツホは、まるで病気の治療法を調べているお医者さんみたいに、分厚い聖書をパラパラとめくった。

「あった!読んでみてもいい?…“あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。”…「天に任せる」っていう言葉があるわよね。それは、天、つまり神様は、どんなことも一番いいように解決してくださるからなの。神様は私たち一人一人に命を与えてくださって、私たちのことを本当に愛してくださっている。どのくらい愛してくださっているかというと、神様のたった1人の子どもであるキリストを、罪を犯した私たち人間の身代わりとして十字架にかけられたくらいなの。だから神様は、カナちゃんのことを放っておいてるわけでは決してなくて、いつもずっとカナちゃんのことを見ていて、カナちゃんの思っていること、悩んでいることをすべて、よ~くご存知なのよ。なんでこんなことが起きるんだろう、って思うことは、生きていてたくさんあるわ。自分の力ではどうにもならないこともある。でも、この世界のすべてを包み込んでいる神様が、何一つ残らず知っていて、すべてのことを必ずいい方向に持っていってくださるの。私たち人間の想像を超える、素晴らしい奇跡を起こしてくださるのよ。神様が必ずそうしてくださるって信じることが、「天に任せる」っていうことだと思うの」


ナツホの話すことは難しい。でも、クリスチャンじゃない私のために、一生懸命言葉を砕いて話してくれているのは分かるし、大体何を言っているのかは分かった。神様に任せれば、どんなことでもいい方向に動くっていうこと。別にクリスチャンになるつもりはないし、私も聖書を読んでみたいとか思うわけじゃないけど、私のために色々話してくれるナツホの気持ちが嬉しい。だからナツホの話を聞いていると、少しは安心するような感じがする。どんな悩みを抱えていたとしても。

「…ありがとう。ちょっとだけ楽になったような気がする」

「ほんと?よかった。何かあったら、またいつでも話してね」

「うん」

 その週末、私は家族にもアスカにも言わないで芝山町に行った。都心から電車とバスで2時間半くらいだから、日帰りでも十分行ける。向かった先は仁王尊。なんだかすごく久しぶりに来る気がする。

 私はゆっくりと階段を上って行った。お賽銭を投げて、手を合わせた。

「どうか、どうか、私を楽にしてください。どうすればいいのか教えてください。仏様でも神様でも誰でもいいから、いるなら私を助けてください……」

私は、必死で手を合わせていた。

 もう、何でもいいからこの気持ちから逃れたい。こんなもの絶対に認めたくない。でも、私の心の中から、あの子の存在を完全に消し去ってほしいとは…言いたくない。どういうふうに考えても、自分をなだめることができない。私は薄暗い中を、あてどもなく歩いていた。帰る気にもなれない。でも実家やその近所の人たちに顔を出す気もない。私は何となく辺りを見回した。どこかから飛び降りちゃいたい…

 私は芝山公園にやって来た。気持ちを落ち着かせたいとき、私はここに来る習性がついてしまっているようだ。私は丘のてっぺんに来て、木の下に崩れるように腰掛けた。私、いったい何してるんだろう。考えてることもわけ分かんないし、やってることもわけ分かんない。くだらないことばかり考えて、自分で自分をぼろぼろにして。不意に、自分に対する怒りが猛烈に込み上げてきた。カナノという女の体をずたずたに切ってやりたいような気分。私は何を思ったか、バッグの中を探って、ポーチの中から化粧用のはさみを取り出した。私はそれを見つめていて、どこでもいいから自分の体を切ってやりたくなった。そして、左手首に思いきり切りかかったとき、はさみを持っていた手をものすごい力でつかまれた。

 心臓が止まりそうになった。私は、おそるおそるその人の顔を見上げた。

「なぜ……なぜ、自らの体を傷つけようとするのだ」

いつもの冷静な口調だけど、すごく怒りを抑えているのが分かる。私を睨まないよう、目線を下に落としている。

 私は全身の力が抜けて、声も出せなかった。相手はそれを察したのか、私の腕をゆっくり放した。

「別に」

「何もなかったら、そのようなことはしないはずだ」

「あんたに何が分かんの。近づかないで」

「放ってはおけない。私を大切に育ててくれた恩人だからだ」

タケルのその言葉に、私ははさみを放り出してタケルの胸に飛び込んだ。タケルはその勢いで後ろに倒れた。

「あなたのことが…あなたのことが、ずっと頭から離れないの…生活がまともに送れないの…」

私はタケルの胸の中で泣いていた。

「まともに生活できないほど、ずっと考えていたのか?私のことを」

「そうよ…」

私は少し体を起こした。

「忘れようとして、あなたに辛く当たったりして、でもどうにもならなくて…」

私は、木に寄りかかって座った。タケルも体を起こした。

「それだけ私のことを気にかけてくれていたのだな」

「別に…気にかけてたとかじゃ…」

私は口を曲げてそっぽを向いた。

「タケルがここに来たのは…かつてタケルを大切に世話していた私がいるからなのね、きっと」

「そうかもしれない」

「それなら、タケルがどうすればいいのか、私も一緒に考えてあげるべきなんだわ」

「…」

「ねえタケル」

「何だ?」

「タケルは、仲のいい友達とかはいたの?」

「仲のいい友達?」

「つまり、悩みを相談できるような、信頼できる友達」

「困ったことは、家来や国の民に助言をもらっていた」

「そうじゃなくて…身分とか関係なくて、何でもぶっちゃけて話せるような人」

「…」

タケルはしばらく黙っていた。

「分からない。身分を越えた関係などはなかった」

「そう…」

もう秋だ。日が暮れて、吹く風は少し寒いくらい。

「私、そろそろ帰るわ。お腹すいたし、あんまりゆっくりしてても疲れちゃうから」

「お腹がすいた、か…」

「あ、あんたはお腹すかないもんね。疲れることもないのかしら。じゃあね」

「じゃあ…」

まったく…かわいいやつ。

 私は林の中に立っていた。道が続いていて、ちょうど現代の芝山町にある山中古道っていう散歩道みたい。

 道の向こうから、髭面の中年の男の人が歩いてきた。なんだか頼りなさそうな感じで、おびえたような顔をしている。ふと、反対側からも足音が聞こえてきた。すると、その男の人は慌てて道の脇に隠れようとした。やぶや木々が生えて通り道もないところを必死でもがいて、人目から隠れようとしている。

 私は振り返った。王様が1人で歩いてくるのが見えた。すっかり大人になっていて、私にも見覚えのある顔だ。でも、王冠や首飾りや剣を身につけているのを見ると、一層たくましく威厳に満ちている感じがする。

 王様は私のそばまで来て、立ち止まった。そして、道の脇に目をやった。

「誰かいるのか?」

王様は、そこに向かって声をかけた。男の人がやぶの中からひょっこり顔を出して、王様を見た。そして、とても恐れたような顔をしてちぢこまった。

「恐れなくてもよい。こちらに来なさい」

男の人はまたもがきながら道の方に戻ってきて、王様の前に来るとひれ伏した。

「申し上げます。私は武射の国から逃れてまいった者でございます。失礼ですが、ここは一体何というところでしょうか。そして、貴方様は…」

「この国には名前がない。私はこの国の王だ」

「はっ…」

男の人は、一歩後ろに下がってまた深くひれ伏した。

「そなた、疲れきっているのではないか」

王様は、男の人の前にかがみ込んだ。

「いえ、その…そんな、私のような者と目線を同じ高さになさらないでください…」

「気に留めなくてよい」

その時、男の人のお腹がぐーっと鳴って、男の人は急いでお腹をおさえた。

「これを食べなさい、空腹だろう」

王様はそう言って、手持ちの袋の中からおにぎりのようなものを取り出した。

「あ…ありがとうございます…」

男の人はそういうや否や、おにぎりを受け取って一気に平らげた。よっぽど何も食べていなかったのだろう。

 しばらくして、男の人は話し出した。

「私は、国造様にお仕えしていた者でございます。私は…男でありながら男と愛し合ったため、相手と共に国造様のお咎めを受けました。相手の方は財産が大変豊富だったため、それを全て国造様にお捧げしてお赦しをいただいたのです。しかし、それほどの財産がなかった私は…家来の職を解かれ、国の民たちにも排斥を受け、相手の男さえも私を嘲り……」

「そうであったか」

王様は、真剣な面持ちで男の人の話を聞いている。

「身を寄せられるところは、どこにもないのか」

「はい…全くございません」

「それならば、私の国で暮らしなさい」

「え…」

「小さな国だが、国の民は皆良い人たちだ。決して豊かではないが生活に困ることは何もない」

「しかし、私のような者が…」

「私はそなたのしたことについて咎めたりはしない。誰にもこのことでそなたを嘲らせもしない。安心しなさい。飢えることも、孤独になることも、もう決してない」

王様は優しく、そう言った。男の人の目から、涙がぽろぽろとこぼれた。

 目が覚めると、私は東京の狭いアパートの自宅にいた。でも、いつもと違って何となく温かい気持ちがしていた。多分うまく伝わってはいないけど、タケルに私の思いを打ち明けられたことや、できる限りタケルの助けになっていこうと思うようになったこともあって、だいぶ楽になったような気がする。私は身支度をして朝ごはんを食べ、会社に出かけた。

「社長、おはようございます!」

朝、私は廊下で社長に会った。

「おはよう。新しいプロジェクトの調子はどう?」

「おかげさまで順調に行ってます。メンバーとも仲良く楽しくやっています」

「それはよかったわ。これからも気を引き締めてがんばりなさいね」

「はい!」

新しいプロジェクトとは、私が考え出したもので、同じ部門の後輩たちも何人か加わっている。

「先輩、おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはよう、みんな」

出勤すると、後輩たちがあいさつしてくれるのが気持ちいい。

「先輩、例のプロジェクトについてなんですが、こんなの思いついたんですよ」

私より3つ後輩の男の子が、出勤してきたばかりの私に何やら書いてある紙を持ってきた。

「どれどれ……あら、これは名案じゃないの!早速みんなで検討してみましょう」

「ありがとうございます!」

「その前に、私はまず昨日の続きを片付けなきゃ…」

私はそそくさと自分のデスクに向かい、鞄を置いてすぐ仕事に取りかかった。

「よぉーし、見てろよっ!」

そう言って、髭面の男の人は丸い玉を5つもって、玉投げを始めた。周りでは子どもたちや大人たちが興味津々に眺めている。

「そら、そこの坊や。一つこっちに投げておくれ!」

男の人の脇に、同じ玉を持っている男の子がいた。男の子はそれを男の人に向かって投げた。男の人は見事キャッチして、玉投げを続けた。

「それ、そこのお嬢ちゃんも!」

今度は一人の女の子が、持っていた玉を男の人に投げた。男の人はそれも難なくキャッチして、玉投げを続けた。玉は全部で7個になった。子どもたちは歓声を上げた。そして、男の人は玉を両手に3つずつ、残りの一つは頭の上でキャッチして、玉投げを終えた。また歓声が上がって、子どもたちは飛び跳ねたりした。

「あっ、おうさまだ!」

さっきの男の子がそう言って、道の向こうを指差した。王様が馬を連れてこちらに歩いてくる。馬の上には、女の人が乗っている。

「これはこれは王様、姫様」

大人たちは王様と女の人に深々と頭を下げた。王様と女の人も軽く会釈をした。

「おうさまー!」

「これこれ」

子どもたちは、大人たちが引き止めるのも構わず、王様の方に駆けていった。王様はしゃがんで、子どもたちに目線を合わせた。

「おうさま、ぼく、むしをつかまえられるようになったよ!」

「そうか」

王様はその子に微笑んだ。

「ぼくはこのまえ、さかなをいっぱいつかまえてたべたよ!すごいでしょ!」

「そうか。しかし、とりすぎも良くないであろう。どんな生き物も、命は大切なものだ」

「うん!あのね、ぼくも、おうさまみたいにつよくなって、いろんなことしてみたいなあ!」

「そうか」

王様はまた微笑んだ。

「ねえおじさん、ぼくたちのおうさまはね、とーってもいいひとなんだよ!」

最初に玉を持っていた男の子が、髭面の男の人に言った。

「そのとおりだ!私は王様に助けられて、この国に住むことになったんだよ」

「それにおうさまは、とってもつよくてちからもちなんだよ!」

「おっきないしだってもちあげちゃうぞ!」

「おじさんだってだっこしちゃうぞ!」

「おんまさんだってぶんなげちゃうぞー!」

子どもたちは次々に言ってげらげら笑った。

「これ!無礼じゃ、口を慎みなさい!」

大人の一人が叱ったけど、王様はにこにこしている。

「ねえね、おうさま、もうすぐ、けっこんするんでしょう」

一番小さな男の子が王様に言った。

「おめでとう!おうさま、ひめさま」

少し大きい女の子がそう言って手をたたいた。

「ありがとう」

王様と、馬の上の女の人がにっこりした。

「ねえおじさん、おうさまとひめさまにもみせてあげてよ!」

「おう、もちろんだ!王様、姫様、ぜひともご覧くださいませ」

髭面の男の人はそう言って、また玉投げを始めた。

「さあみんな、どんどん玉を投げてくれ!」

子どもたち、そして大人たちも、男の人に玉をどんどん投げていった。男の人はいとも簡単にキャッチしていって、玉の数はどんどん増えた。9個、10個、11個…子どもも大人も、はらはらした様子で男の人を見守っている。

 その時、1つの玉が額に当たって、男の人はよろめくや否や後ろの田んぼに勢いよく落っこちた。

「だいじょうぶ!?」

みんな、田んぼをのぞき込んだ。

男の人が起き上がった。顔も服も泥まみれだ。男の人は肩をすくめた。みんな、大笑いした。馬の上の女の人もお腹を抱えてきゃははと笑っている。

「そなたも馬から落ちぬように」

王様が馬の上の女の人に言って微笑んだ。

「ええ」

女の人も王様に微笑み返した。

 気がつくと、私は夜の森の中にいた。王様とひげ面の男の人が出会ったような林の中の道に、私は立っていた。

「この先に、そなたの言っていた月が美しく見えるところがあるのか?」

王様の声が聞こえてきた。

「はい。そうでございます」

さっきの女の人の声もする。

道の向こうから、王様と女の人が歩いてきた。私は道をどいてあげた。どうせ二人に私は見えていないって分かってるけど。二人はこちらには見向きもせずに、道を歩いていった。私は二人についていった。

「私が幼い頃、父上に連れて来ていただいたことがあるのです。木々の間から月と山々や、私たちの国が見渡せる景色に、幼心に感動いたしましたのをよく覚えております。いつしか王様と共に眺めたいと思っておりました」

後ろ姿だし暗くてよく分からないけど、女の人は多分ちょっとはにかんでいる。

「そうか。それほど素晴らしい眺めなのか」

王様も微笑ましげに言った。

 私の胸が無性にムカムカしてきたその時、斜面の上の方の茂みの中から物音が聞こえてきた。王様と女の人は立ち止まった。

「誰だ?」

王様はそう言うと、女の人をかばい、斜面の上の方に向かって身構えた。4人くらいの男が斜面を駆け降りてきて、一人が王様に襲いかかった。

「何者だ!?」

王様は即座に相手の攻撃を防いだ。それでも相手は粘り強く立ち向かってくる。

「きゃあ!」

残りの男たちが女の人を捕まえた。

 戦っている相手をあっという間にねじ伏せた王様は、女の人を捕らえている男たちに向かった。王様が女の人を男たちから解放すると、女の人はその場に座り込んだ。男たちは王様に一斉に襲いかかった。さっきねじ伏せた男も復活して飛びかかってきた。

「離れておれ」

王様は女の人にそう言うと、男たちを次々と倒した。それでも最初にねじ伏せた男は特に強くて、まだ格闘している。王様は何とかその男をやっつけた。すべての男を倒すと、王様は女の人を抱いて、もと来た道を全速力で駆けていった。男たちは、道に寝転がってうめいていた。

 私は王様のあとをついていった。林を出たところの道の脇に、王様と女の人がいた。

「夜道は危ない。とくに最近は、他の国から逃れてくる者がいたり、怪しい者をよく見かけたりする。例え私がついているとはいえ、夜に出かけるのはやめよう。残念だが、当面はそなたの言う景色を見に行くことはできない」

「王様…申し訳ございません…私が危険を侵したばかりに…」

「いや、そなたに怪我がなかったのが何よりだ」

「…王様!足にお怪我が…」

王様の足に、血がにじんでいる。

「構わない」

王様は足を押さえながらも、女の人に優しく微笑んだ。女の人は泣き出して、王様の肩に顔を伏せた。王様は、女の人の背中を優しくさすった。

 私はイガイガした気持ちで目が覚めた。今日は日曜日。予定は特にない。私はたまりかねて、芝山町に出かけた。

「隣にいてもいい?」

「ああ」

私は芝山公園の丘のてっぺんで、タケルのとなりに腰かけた。大きな木の木陰が、タケルの顔をどことなく暗く見せている。

 私はしばらく沈黙していた。一つの問いが私の頭に浮かんできた。

 タケルをこのまま成仏させてあげるのが、いいことなの?

「カナノ…」

「ん?」

「この世界は、いったい何なのだ?私の国とよく似ているが、まるで見たこともないようなものがあふれている。人や物を乗せて空を飛ぶものなど、私の国にはなかった。人々が着ているものも全く違って、話している言葉もまるで違う。気がついたら私もこのような言葉を話しているのだが。私の国にあったようなはにわや土器などもあるが、ごく少なくて、家の中に大切に保管されている。ここはいったい、どこなのだ?」

「家」とは、博物館の建物のことだろう。タケル、何も知らずにこの世界にいたのね…。

「ここはね、タケルの生きていた時代から、大体…1400年くらい未来の世界なの」

タケルは、全くわけが分からないという顔をしている。

「とにかく、ずっとずっと未来の姿なのよ、タケルの国があった場所の」

「……」

タケルは、驚きを隠せないでいる。私は得意になって話し続けた。

「その長い年月の間に、人間は便利なものをたくさん生み出して、いろいろと新しいものを作って、自分たちの生活を変えてきたのよ。博物館にあるはにわや土器は、タケルと同じくらいの時代の人たちが使っていたもので、それが長い時間地面の中に埋もれていて、最近になって発見されたものなの」

「…信じられない。人間の生活が、こんなにも変わり果ててしまうなんて」

「変わってないところもきっといっぱいあるわ」

私はそう言って微笑んだ。タケルはちょっと黙っていた。

「ならば…私より未来の人間ならば…私の国や国の民がどうなっていったのかも、すべて知っているのか?」

タケルは私に真剣な目で問いかけている。

「それは分からないわ。だって、それについて書いてあるものもないし、この時代でそれを知っている人も全然いないもの」

「そうか…」

タケルは落ち込んで下を向いた。

「でも私、時々タケルが出てくる夢を見るの」

「私が?」

「そう。あの占い師みたいな人が夢に出てきて以来ね」

私は、子どものタケルが出てきた2回の夢のことを話した。そして、お花畑で一緒にいた女の子が誰なのか、勇気を出して聞いてみた。

「それは、私の許嫁だ」

「…やっぱりそうなのね」

私はひもじくなって、唇をかみしめた。

「タケルは…タケルは、結婚していたの?」

「いや、もうすぐ結婚するというところだった」

「そう…」

聞きたいことが、次々と浮かんでくる。聞きたくない気持ちをこらえて、私は勇気をふりしぼった。

「タケルは、その人のこと愛していた?」

「愛していたよ。とても大切な存在であった」

私は泣きたくなってきた。

「国の民は、皆一人一人私にとって大切な存在であった」

「え…」

意外な言葉に、私は戸惑った。

「えっと…その…その人にだけ抱いていた、特別な気持ちとか、なかったの?」

「どういうことだ?」

「だから、すごく惹かれるような気持ちとか、心臓がドキドキするとか、その人といたい、触れていたい、とか。切ないけど、すっごく幸せ、とか」

「それが、カナノの言う“愛する”ということなのか?」

「そういうこと…」

「私は、恋をしたことはない。死ぬまで…」

「…あっそう」

それが、私がタケルに抱いている気持ちなのよ、なんて言えずに、私は芝山町を去った。

 大体、人がどのくらい恋愛関係進んでいようと、私なんかに不満に思ったりする権限はないのに…

「そんなことくらい白黒させなさいよ!だいたい何でもあっち行ったりこっち行ったり、あやふやだし」

「いちいち干渉しすぎなんだよ!何をそんなにせかすんだ、うるせえな」

2年くらい前のこと。私には、バーで出会った1つ年下の彼氏がいた。私のアパートの部屋で一緒に一晩を過ごしたある翌朝、彼氏とケンカになった。

「それに連絡もしないでしょっちゅうここに来て、気ままに私を求めてきて。私はあんたの奴隷なの?」

「気ままに求めてくんのはお前だろ!いつも俺が疲れてもまだしつこくねだってくるじゃねえか」

普段ヤワな彼氏がこんなにキレてるのは初めてだけど、私だってすごくむかむかしてる。

「当たり前よ。あんたをここに泊めてやってんだから」

「じゃあもう来ねえよ!お前の相手もしてやらない」

「来なくていいわ。あんたみたいに人の時間と体力犠牲にしまくる人間のいる場所じゃないから」

「よくそれだけ言えるな!お前こそこんなところがお前の居場所なのかよ」

彼氏はドアを乱暴に閉めて、私の家を去っていった。それ以来、私は彼氏とは一切連絡を取らなくなった。

「おはようございます!社長」

12月に入ったある日、私は廊下で社長に会った。

「おはよう。あなた、最近仕事の効率が下がってきてるみたいね。副社長から聞いたけど、大丈夫?」

「すみません、少し悩みがあって…これまでも何とか克服してきたので、がんばります」

「そう。適当にストレス解消しながら、がんばりなさいね」

「はい、ありがとうございます」

私は社長に頭を下げて、自分の持ち場に向かった。

(Part3に続く)