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ともちゃん@芝山町の町おこしYouTuber

恋をした。古代人に… Part3

2020.08.18 00:43

・これは、ともちゃんが学生の時、芝山町に出会ってまもない頃に書いたお話です。

・一昔前の作品であるため、お手柔らかにお願いいたします。

・絵は順次追加していきます。

Part2までのあらすじ

私は、はにわの町、芝山町で生まれ育ったカナノ。今は上京してバリバリのキャリアウーマン。でも、帰省したときに、子どもの頃かわいがって世話をしていた古代人の男の子タケルが幽霊になってまた出てきた。それも、めちゃくちゃかっこいい大人になって。大都会でのキャリアウーマンとしてのプライドと、故郷やタケルへの想いとの間で、私は大きく揺れていた…。

 年末に帰省して、年が明けた頃、私は夢を見た。またあの国にいる。多分ここは国の辺境のあたりで、私は寝静まっている国全体を見渡していた。といっても、私の時代のように街灯も飛行機もないから真っ暗で、空には星が驚くほど一面に輝いている。何となく不気味な感じがする。

 気がつくと、国の四方八方の山から明かりがちらほらと近づいてきていた。ちらほらどころか、ものすごい数だ。周りの国の兵士たちだろう。武装した人、馬に乗っている人、松明を持った人…信じられないくらいの数の兵士が、この国を取り囲んでいた。国の人々もすでに察しているようで、王様の住むところを中心に明かりが灯っていた。

 私の目の前に、馬に乗った立派な格好の兵士がいた。その人は武器を持った手を挙げて大声で言った。

「我々は武射の国、及びそれに属する国々の兵士である!王よ、お前は我々の国から逃れた者どもをかくまい、この国は武射の国造様に従わぬ。それゆえ我々はこの一晩において、お前の国を滅ぼす。覚悟せよ!者どもよ、かかれ!!」

合図の笛の音が響き渡り、無数の兵士たちはときの声を上げて山を駆け降りていった。

 気がつくと私は、王様の館のところにいた。大勢の武装した男の兵士たち、それに、よほど力が強いのか女の兵士もいる。王様も武装し、馬に乗っていた。館のそばの建物からは、あの女の人と女性たちが心配そうに王様を見ていた。王様は兵士のリーダーたちに指示を出している。

「王様…本当に行かれるのですか」

リーダーの一人が王様を見上げて言った。

「王様、いくらこの国で一番お強いとはいえ…ここにお残りください!王様のお命だけは…」

他の一人も言った。それはあのひげ面の男の人だった。

「国の民を守るのが王の使命だ。私がここまで鍛えてきたのもそのためである。心配せず、私の命じたとおりに行いなさい。皆の者、よいか。一人でも多くの者を救うのだ」

王様は静かに、でも強く言った。

「はい!」

リーダーたちは皆威勢よく返事をした。

 合図とともにリーダーたち率いる部隊が一斉に出陣していった。王様も自ら先陣を切っている。

 私は国のあちこちを行きながら、壮絶な戦いを眺めていた。数知れない流血や火を普通に見ている自分が不思議でたまらないくらいだ。ふと、ひげ面の男の人が目に入った。

「この裏切り者!」

武射の国の兵士だろうか。男の人より一回り大きい兵士が真正面から男の人に向かってきた。

「裏切り者はどっちだ!私は本当に正しい人について行ってるだけだ!私を救った王様のお命は、この私が守るのじゃ!」

ひげ面の男の人はそう叫んで迎え撃ち、なかなか手ごわいその兵士をどうにか倒した。結構武術に優れた人なんだな。何せ武射の国で家来だったんだから。

 私がそう思っていると、新たな敵に向かっていったひげ面の男の人の後ろから矢が飛んできて、男の人に刺さった。するとすぐに同じ方向から敵の兵士が来て、男の人はその場で刺し殺された。

  私は小高い山の中を歩いていた。すぐそばに、現代でいう中学生くらいの男の子が3人いた。弓矢や剣を持っているけど、なんだかびくびくした様子だ。

 近くから物音がしてきた。

「おい、誰か来るぞ。お前迎え撃て」

「お前が行けよ、怖がり」

「怖がりはどっちだ、この!」

男の子たちは騒ぎながらも物音がする方に向かって構えた。現れたのは王様だった。

「うわぁっ」「あぁっ」

男の子たちはひるんで、一人は弓矢を落とした。

「武器を捨てなさい。私はそなたたちを殺しはしない」

王様は男の子たちに鋭く言った。武器を持ったままの子も王様の言う通りにした。

「戦が終わるまでここに隠れていなさい」

王様は藪や岩の影に男の子たちをうまく隠れさせた。そして素早く立ち去った。

 でも、間もなくして男の子たちは2人の仲間の兵士に見つかってしまった。

「お前ら!何やってるんだ!!」

男の子たちは兵士たちに引きずり出された。

「おれ…戦いたくなんかない!」

1人の男の子が思いきって言った。

「おれもだ!」

「この国の何が悪いんだ!あの王様がおれたちに何をしたっていうんだ!!」

男の子たちは一斉に兵士たちに飛びかかった。でもさすがに立派な大人たちにはかなわない。兵士たちはすぐに男の子たちをねじふせた。そして剣を突き付けた。

「答えろ。ここで剣にかけられて犬のように死ぬか、武射の国のために戦って栄誉を得るか」

「おれ、お前らの味方になんかならねえ!悪く生きるくらいなら良く死んでやる!」

「おれもあの王様と一緒に死ぬんだ!」

「なるほど。おい、お前はどうなんだ小僧!」

兵士は脇にかかえている男の子に聞いた。

「おれも…おれもここで死んでやる!」

「よし、分かった!」

そして、男の子たちはその場で兵士たちに斬られた。

 私は王様が走っていった方向に行った。山を降りてそう遠くないところで、王様は猛威を奮っていた。迫り来るたくさんの敵を次々と斬り倒し、誰も近寄れたものではない。矢も飛んでくるけど、王様はうまくかわしていて、その矢が敵兵の何人かに刺さっている。

 ところが次の瞬間、到底見ていられないことが起こった。1本の矢が王様の足に刺さり、王様は少しひるんだ。その隙に1人の敵兵が王様の首に斬りかかった。王様は倒れた。敵兵たちは一斉に王様にたかって、鎧の隙間を次々と剣や槍で刺した。

「王を討ち取ったぞ!!」

1人の兵士がそう叫び、周りの兵士たちは皆歓声を上げた。

 東京に帰る日、私は芝山公園に寄った。いつもの木の下に腰かけているタケルのところに行き、何も言わずに隣に座った。なんでいつも私が行くと、必ずいるんだろう。

「これから東京に戻るところなのか?」

「そうだけど」

タケルはちょっとうつむいて黙っていた。

 21歳で一つの国を治めていて、それが滅ぼされて必死で戦う中で自分も殺されるって、どんなんなのだろうか。その中で大切な仲間たちも片っ端から死んでいく……想像を絶するとしか言えない。私がかつて大切に育てていたタケル。あんなにか弱くて私にくっついてばかりだった、私のかわいいタケル。その心にある傷は、どれだけ深いものなのだろう。

「また私の夢を見たのか?」

「うん…」

「どんな夢だったのか?」

「…」

タケルは顔を上げて私を見た。

「あなたの…あなたの国が滅ぶ夢」

「…カナノはそこで、何を見たのか?」

「色々見たわ。いろんなところに行って…」

「私に一部始終を話してくれないか?」

タケルは体を少し私の方に向けた。

 私はその夢のことをすべて話した。四方八方から数知れない兵士たちが国を囲み、一斉に攻めてきたこと。ひげ面の男の人は必死で戦っていたけど間もなく殺されたこと。タケルがかばった武射の国のとても若い兵士たちが彼らの仲間の兵士に見つけられて、そこでタケルと一緒に死ぬことを選んだこと。そして、タケルが私の目の前で殺されたこと…

 私が話終えても、タケルはずっと沈黙していた。

「…皆は、どこに行ってしまったのか」

「分からないわ。国のほとんどの人が殺されていた…」

「なぜ…なぜ私だけここにいるのだ。国を、民を守れなかった私が、なぜここに来ているのだ。なぜ私以外皆死んで、私だけ残っているのだ!」

「……」

「たくさんの命を殺した上に国を守れなかった私が、なぜ今大切な人のもとにいるのだ。国や私のために命を犠牲にした人々を捨てて、私だけ幸せになれというのか!」

タケルは怒った勢いで立ち上がった。

 私は泣いていた。震えてしゃべることもできない。

 タケルはまた座り込んだ。

「タケル…大切な人って……」

少し震えがおさまってきて、私はやっとのことで口を開いた。

「カナノ……」

私はタケルの方を見た。

「カナノの言っていた恋とは、愛しているとは、このことなのか?」

「え…?」

「その人のことを思うと胸が熱くなるというのは、その人と一緒にいたいと思うのは、こういう気持ちのことなのか?」

タケルは私の方に体を向けた。今までにないくらい、真剣な目をしている。

「そうよ…それと同じ気持ちを、私もあなたに持っているの」

「カナノ、私は一体どうすればよいのだ。今私の助けになるのは、カナノだけなのだ」

私はタケルを見つめていた。タケルも私をまっすぐに見ている。

 私は立ち上がった。

「カナノ」

タケルも立ち上がった。

「私と一緒にいてほしい…」

「私には…私の人生があるの…幽霊と愛し合うことなんて、できないの」

私はそう言い切って、その場を立ち去った。

 私はなんで東京に来たんだろう。

 なんでこの会社で働いているんだろう。

 私は一体、何を目指して生きているんだろう。

わけもわからないまま会社で働きながら、時々芝山に帰省して、その繰り返し。いずれ

結婚してちゃんとした家に住んで、会社で昇格目指して旦那さん養って。それで…?私が夢見ていたことの意味って何?

「お前の居場所はここなのかよ」

 元カレの言葉。私はここにいて一体何をしているの?何のために、誰のために生きているの?私を頼りにしている会社の後輩たちのため?社長のため?自分の人生が豊かになるため?そうよ。私を頼りにしている人たちがたくさんここにいる。私の成長を楽しみにしてくれている人たちがいる。自分が立ち上げたプロジェクトがある。大学で学んだ、性別を問わずともに協力する考え、会社に入って強く保ち続けている、既成の枠組みを壊して挑戦する生き方。それらをずっと携えて、私は生きてきた。そして今も、これからも…。

 それならば、どうして何だか腑に落ちないような感じがするのだろう。なんで遠く離れたところにいる幽霊なんかに心を奪われているのだろう。

「私と一緒にいてほしい…」

タケルの必死な眼差しだけが、常に私の頭の中を支配している。

 仕事の業績が少しずつ落ちていく。社長や何人かの後輩たち、ナツホもいよいよ心配し始めた。仕事を片付けるために長い時間会社にいるようになって、外食や買い食いが増え、肌が一層荒れてきた。健康面も心配で、会社を少し休むことも考えている。

 ある休日、私は一人で見知らぬ街に散歩に出かけた。郊外の方でいくらか空気が澄んでいて、深呼吸をすると久しぶりに気持ちがちょっと軽くなった。広い公園があって、私は小さな丘の芝生の上に寝そべった。するとすぐに芝山公園を思い出した。どこにいても、何をしていても、私の頭の中にあるのは、故郷の芝山町のこと、そしてタケルのこと。

「今私の助けになるのは、カナノだけなのだ」

 都心の会社でバリバリ働く私に、何ができるっていうの?どうして幽霊なんかと愛し合うわけ?こんなこと私の人生に何も関係ない。…じゃあ、どうしてタケルが何度も、それもあんなにはっきりと夢に出てくるの?

 今これ以上考えてもきりがないし、日も暮れてきたから、私は帰り道についた。考え事をしすぎて頭がぼんやりしたまま、私は薄暗い道を歩いていた。ふと、道の真ん中に野良犬がいるのが見えた。この辺りはどうやら野良犬が多いらしくて、さっきから飼い主の見当たらない犬をちらほらと見かけている。その野良犬は不自然にそこにとどまっていて、よく見ると怪我をしているようだ。どうやらとても歳をとっていて、思うように動けないらしい。それでもどうにか体を動かして、ちょっとずつ歩いているように見える。その時、前の方から車がスピードを出して走ってきた。野良犬は「クゥ〜ン」とかろうじて声を出した。次の瞬間、私は道の真ん中に飛び出してその野良犬を抱え、道の反対側に連れて行った。車は急ブレーキをかけて止まった。運転手は何も言わず、すぐに走り去っていった。なんだか見覚えのある車のような気がした。私は車のナンバープレートを見た。社長の車だった。

「お入りなさい」

私は社長室の扉を開けた。社長が座っている周りに、上司や同僚の何人かがいた。

「こちらへ」

私は社長の方にまっすぐ歩いて行った。

「どうして呼ばれたか、分かっていますね」

社長は低い声でゆっくりと話した。

「はい」

私は毅然として答えた。

「あなたは我が社の誇れる人材の一人であった。入社当時から大きな業績を上げ、私たち一同はあなたのこれからの成長をとても楽しみにしていた」

私は黙っていた。

「しかし最近になって、業績は徐々に落ち、ついには我が社のうちで最も重い罪を犯した」

「…」

「あなたが助けた野良犬は、右耳と背中の真ん中に黒いぶち、太い足に短い尻尾。私が30代後半にしてやっと結婚が決まった相手が財産をはたいて買ってくれた指輪を、私から指ごと奪って逃げ、姿を消していた犬だ。婚約者はそれを知って、私の元から立ち去った…」

知らないわよ、そんなの。

「あなたは我が社の重大な決まりを破って野良犬を助けた。よりにもよってまさに私の幸せを奪った犬を、私の目の前で。それも用事があり急いでいた時に…」

社長はそう言って、脇にいる一人の上司の方を向いた。上司は私のところに来て、役職の書いてある名札を取り、社長の机の脇のごみ箱に捨てた。さらに私の鞄を奪い、中から名刺を取り出して、名刺入れごと捨てた。

「さあ、何か言いなさい」

社長は語調を強めた。

「それなら…それなら、私があそこにいなかったら、あなたはあの犬をひき逃げしていたのですか!?」

「当然だ。誤っているのは野良犬を処分しない自治体。あんな者どもがいてはならないの

だ」

「だからって…そんなこと許されるわけ?一つの命を犠牲にして平気でいられるなんて、どういう頭してるのよ!」

「誰に向かって口をきいているんだ!!」

社長の勢いに、私は心のなかで若干ひるんだ。

「あなたは一体何のために生きているわけ?自分で新たな道を切り開くという名目で追い求めているのは、もっぱら自分の幸せ。それを社員たちにも教え込む。大体、物にとらわれて人間関係が壊れるなんて、本当に愛し合っているとは言えないわ。人間という存在が高価なものや自分の利益ばかり求めて生きているものなら、幽霊でもいいから本当に大切なものを知っている人と愛し合った方がましなのよ!」

社長の怒った表情が、一瞬で冷静になった。

「あなたをこの会社に雇っているのは、他でもないこの私です。そしてあなたは私を裏切り、なお反抗の態度を示して、決して改めようとしない。それゆえ私からあなたに言い渡すことはただ一つです」

「言わなくて結構です。辞令届ならとっくに用意しています」

私は上司から鞄を取り返して辞令届を出し、社長の目の前に置いた。

「これにて失礼致します」

私は頭を下げて、社長室を出て行った。廊下ですれ違う社員は、みんな私を冷ややかな目で見て、ひそひそと何か言っている人もいる。でも、全く気にならなかった。会社の外に出ると、涙がぽろぽろ出てきた。何も悲しいことなんかないのに。大人なのに、こんなことで泣くなんて情けない。

 もう、すべてが終わった。故郷を離れてから抱いてきた夢のすべてが。もう、いいんだ。

 家に着いて、私はすぐにママに電話した。会社を辞めたこと。東京で暮らすのをやめること。そして、芝山に帰って暮らすこと。

 引っ越しの書類を色々書いて、家にあるものを片っ端から処分して、持ち物は数着の服とわずかな小物だけになった。

 2月の半ばの寒い朝、私は東京を立った。

 芝山町はさらに気温が低くて、雲一つない青空だけどキーンと冷えていた。ひもじくて仕方がない気持ちをこらえて、私は真っ先にあの場所へ向かった。

 私は丘を駆け登り、てっぺんの木の下にいるタケルの胸に飛び込んだ。

「もう会えないと思っていた」

「タケル…」

私は顔を上げた。

「私、会社をやめたの。東京で暮らすのもやめた」

「……」

「私は…これからずっとここにいるわ」

「私が…カナノの人生を壊してしまったのか」

「バカ言わないで!!どこにいても、何をしても、あなたのことばかり考えているの。ただあなたのことが好きなだけじゃなくて、純粋にあなたの助けになりたくて、どうしても忘れられなくて、もう何もできなくて…決めたの。どうしても消えないなら、このために何もかも捨てるって。もう都会で見栄を張ってプライド保って生きていくのは嫌だ。地位もお金も全くいらない。今、私の頼みになるのは、あなただけ。あなたに私だけが頼みであるように」

「…」

「あなたは、いつだって私の支えだった。ツーデーマーチで体調崩して親に怒られた時も、あなただけは私をかばってくれた。どんなにお世話が大変だって、私はあなたといて、本当に幸せだった」

「カナノ…」

「もう決めたの。あなたが私を必要とする限り、私はずっとあなたと一緒にいる。結ばれることがなくたって、身分も何も関係なくて何でも話せる、本当に信頼できる友達としてもいられるわ。あなたのためなら何でもする。あなたのために全てを捧げるわ」

そして、私はタケルの唇に私の唇をゆっくり近づけた。

 その時だった。

「口づけをやめよ。二人はまだ結ばれていない」

目の前に、祈祷師が現れた。タケルを私の元から連れ去り、夢に現れてタケルのことを語った、あの祈祷師が。

「王様、あなた様がここにいらっしゃるのは、この女性に本当に生きるべき道を示すためです。そして今、神があなた様に肉体をお授けになります。あなた様は、これからこの女性と共に生きていかれるのです」

タケルも私も、驚くばかりだ。

「しかし、私は…」

「国の民なら心配ございません」

祈祷師は、手に持っている葉のついた枝を掲げた。すると、大勢の古代人が現れた。ひげ面の男の人、子どもたちとその親たち、婚約していた女の人、武射の国の男の子たち…みんな、私の夢に出てきた人たちだ。

「父上、母上!」

タケルは、高貴な感じの夫婦のもとにひざまずいた。

「私は、国を守れませんでした…」

タケルの声がかすれている。

「息子よ、お前は国のために精一杯戦った。お前は、歴代の王の中で最も国の民を思う、立派な王であったよ」

「父上…」

「お立ちなさい。お前は本当に私たちの誇りですよ」

「母上…ありがとうございます…」

タケルは立ち上がった。

「王様、ここにいらしたのですね。私たちは地上では命を奪われましたが、今は神のもとに安らぎを得ています」

婚約していた女の人が、タケルに近寄った。

「そなたも、殺されたのか」

「はい。館に入ってきた兵士たちに暴行を受けた後…」

タケルは、かっと目を見開いた。そして、下を向いて涙をぼろぼろとこぼした。

「王様、お泣きにならないでください。私はもう大丈夫でございます。彼らは、私の魂を滅ぼすことはできなかったのです」

 タケルの国の善良な人たちを前にして、私は胸が詰まってきた。

「どうして…どうして、こんなにいい人たちが殺されてしまったの?いい国を築いていた人たちが。私みたいな汚れた人間が、こんなに素晴らしい国の王様と結婚する権利なんてないわ!タケルに肉体を与えるだけの力があるんなら、タケルの国を復活させて!タケルは、この女の子と結ばれればいいの!私のことはいいから!」

私はそう叫んで、大声で泣いた。

女の人は、私のところに来た。

「カナノ様」

私は顔を上げた。女の人は、優しい目をしていた。

「私は、王様をお慕いしておりました」

やっぱり…。

「けれども、王様のお心の中には何かつかえているものがあったように思われていたのです。王様は時々、何か分かりませんが、私たちの暮らす世界を越えたものを見ているような感じがしておりました。しかし今、その理由が分かりました」

女の人は、生きていた頃よりしっかりしている感じがする。

「王様には、あなた様が誰よりも大切な存在であったのです。王様は今、あなた様だけをまっすぐに見つめておられ、心から愛しておられます。今、王様とあなた様が結ばれることが、私にとって喜びでございます」

「あなた……」

「さあ、お泣きにならないで、笑顔を見せてください」

私は女の人を見つめた。そして、思わず微笑んだ。

「そなたのことを守れず、またそなたの気持ちに気づくことができず、本当に申し訳なかった。私にも今、そなたの私に抱いていた気持ちが分かった」

タケルが女の人に言った。

「王様。どうかカナノ様への愛を、いつまでも大事になさってください」

タケルは、涙を流してこっくりとうなずいた。

「しかし…私が死んだ後、国はどうなったのか」

すると、年老いた女性が数人、タケルの前に出てきた。

「私たちは生き残り、戦の後武射の国に連れて行かれました。そこで国造様にお仕えすることになりましたが、私たちは、どのような状況にあっても自分ができる精一杯のことを行うという、王様のお言葉の通りにいたしました。私たちは国造様と武射の国のために懸命にお仕えいたしました。そして長年が経ち、戦や富ばかりを好んでいらした国造様はお心を入れ替え、周囲の国々の征伐をやめて、本当に国の民を思う政治を行うようになられました。私たちの国は、決して完全に滅び去ったのではなかったのです。王様は、私たちにも周りの国にも、本当に偉大なことをなさいました」

女性の一人の話を聞いて、タケルはその場に泣き崩れた。

 しばらくして、許嫁だった女の人がタケルの前にひざまづいた。

「王様、この時代で幸せにお暮らしになってください。私たちの分も、精一杯生きてくださいね」

女の人はそう言って微笑んだ。タケルは立ち上がり、女の人も立ち上がった。

「タケルのお父さん、お母さん、一年間心配かけてしまってごめんなさい。タケルは私のもとでとっても元気に過ごしていたわ!」

タケルのお父さん、お母さんは、私ににっこりして言った。

「息子をお世話してくれて、どうもありがとう」

「引き続きお世話になりますね」

「はい!」

「息子よ、私たちはいつでも、天からお前を見守っている。この時代の人々を愛し、精一杯生きなさい」

タケルのお父さんがそう言って、タケルに微笑んだ。

「はい、父上」

タケルも笑顔を見せた。

 祈祷師が枝を掲げた。祈祷師以外の古代人たちは、幸せに満ちた顔で天に帰っていった。

「タケル…私はあなたにとって、ちょっと年上過ぎよ」

「そんなことはない」

「それに、あなたに比べて心が汚過ぎるわ」

「カナノはとてもきれいな心を持っている」

「そんな…」

私はタケルの手をとった。

「私は……過去に彼氏がいて、何度も体を重ねていた」

「……」

タケルは黙っていた。すごく衝撃を受けているのが分かる。

「カナノ…私は……」

タケルの声がかすれている。私は、改めて自分のしたことがどういうことなのかを感じた。

「私は…カナノが今ここにいること以外、何も求めていない」

「タケル…ゆるして…」

私はタケルの手を強く握った。自分の顔がゆがんできて、涙がぽろぽろとこぼれる。

「ゆるしている…」

タケルも私の手を握り返した。私は涙をぬぐった。

「タケル、現代はあなたたちの時代よりも物があふれていて、なかなか思い通りにいかないこともたくさんあるかもしれないわよ。一見平和だけど、大変なことをたくさん見聞きしたり、経験したりするかもしれない。それでも大丈夫?」

「大丈夫だ」

「どんなことに直面しても、それに向き合って生きていく覚悟はあるわね?」

「ある」

私は、祈祷師にうなずいた。

「私が天に帰ると同時に、王様に肉体が授けられます。その間、目を開けていてはなりません。それでは、またお目にかかる日まで…」

祈祷師は枝をかざした。すると、辺り一面に白い光が強く発せられて、私は思わず目をつぶって後ろにひっくり返った。

 気がつくと光は消えていて、古代人たちもいなくなっていた。

 私は起き上がった。

「タケル…」

「カナノ…」

タケルも起き上がった。

 私はタケルの体に触れた。がっしりした腕、血のかよって活気に満ちた体、何もかもが、はっきりしたものになっている。

 私はタケルを抱き締めた。タケルも、私を抱き締めた。


 私が家の近くまで来ないうちに、家族が道に立っているのが見えた。私は子どもみたいに思いきり駆け出した。ママもパパも、弟たちも、アキおばさんとケンおじさんも、アスカもいる。

「ママ!!」

私はママの胸に飛び込んだ。

「カナノ…!」

ママは私をしっかりと抱き締めた。

「ママ……」

それ以上何も言えなくて、涙がぽろぽろとこぼれた。ママも泣き出して、私の肩にママの涙がこぼれている。

 私はママから体を離した。ママは顔を上げて、私の後ろの方を見た。ゆっくり歩いてくるタケルをしばらく見つめていて、そしてすべてを悟ったようだ。他のみんなも、驚くばかり。

「タケルです」

タケルはそう言って、頭を下げた。

 私はみんなに、何もかも話した。タケルがいなくなった孤独感を誰にも分かってもらえなくて、みんなに不信感をつのらせていったこと。だんだん故郷から離れていくようになって、東京で新たな人生を始めていったこと。タケルが自分の国を滅ぼされて殺され、私が芝山に来る度に現れて、東京での生活とタケルのことで葛藤していたこと。社長と対立して会社をやめて、すべてを捨てて芝山町に戻ってきたこと。

 涙を必死でこらえようとしていたけど、無理だった。私はわんわん泣きながら、一部始終を話した。

 アスカが駆け寄ってきて、私を抱き締めた。

「カナノ、ごめんね…何も分かってあげられなくて…」

アスカは私の頭をぐしゃぐしゃなでた。

「辛かったのね。よくがんばった。カナノは何も間違ってないわ」

アスカは顔を上げた。

「タケルくんもほんとにがんばってきたのね。もう安心してね。もう一回みんなで暮らしましょう」

タケルの目からも涙があふれた。

「タケル、もう泣きすぎよ」

私はタケルの頬を手の甲でぬぐった。私の手はタケルの涙でぬれた。私は手の甲をぺろっとなめた。しょっぱい。タケルは、本当に生きている。

「うふふ」

私は思わず笑った。タケルも微笑んで、みんなも笑った。

 タケルは、結婚するまで体の関係は持たないと言った。私は全然辛くはなかった。むしろ、タケルのしっかりした姿勢がうれしかった。体の関係は誘惑に負けて持つものでもなければ、自分の欲望を満たすことばかり考えてもつものでもない。自分の体は、生涯を共にすると誓った相手だけに捧げるものだ。私は改めて、そう感じた。

 タケルの住民登録や何やらが大変だったけど、近所の人たちや仁王尊の昔から知り合いのお坊さんの助けで、何とかなった。タケルはアキおばさんとケンおじさんの養子になって、結婚するまでの間おばさんたちのうちに住むことになった。

「こんなにたくましい息子ができるなんて、ほんとに夢のようだねぇ…」

アキおばさんもケンおじさんも、すごく喜んでくれた。

 生活のめどが立ってきた3月の終わり、私とタケルは芝山町のみんなに祝福されて結婚した。チャペルで式を挙げるのがずっとあこがれだった私は、アスカの彼氏のソラさんが行っている成田の教会で式をしてもらった。披露宴で、私たちは古代人の衣装に着替えた。私たちが出てくると、みんなびっくりしたり喜んだりした。

 ブーケトスでは、アスカにブーケが当たった。その時、ソラさんがアスカに駆け寄った。

「アスカ」

ソラさんは、アスカの手を取った。

「僕と、結婚してください」

アスカは答えた。

「はい」

拍手が沸き起こって、ソラさんはアスカを抱き上げてくるくる回った。

「アスカ…」

私は涙がにじんだ。

 結婚して、私たちは実家の近くに新居を構えた。タケルも私も、お互いのぬくもりに本当に久しぶりに、それも昔よりもずっと深く触れ合えるのが、この上ない喜びだった。

 3ヶ月後、アスカとソラさんも結婚した。ジューンブライドなんてうらやましいなあ。二人は町の北の方の、飛行機がよく見えるところに引っ越した。二人とも航空博物館に勤めているから、それにも便利。

「ちょっとさみしくなっちゃうかしら?」

アスカは私に聞いた。

「そんなことないわよ!同じ町に住んでいるんだからいつでも会えるじゃない!飛行機嫌いな子どもが生まれないといいわねっ」

私はアスカをつついて、アスカは笑った。

 アスカが結婚して間もない頃、私が勤めていた会社の社長からお詫びの手紙とお菓子が届いた。私の姿勢を思い返して、自分が自己中心になりすぎていたこと、社会で地位を上げて豊かになることばかりを考えていたこと、それから命などといったお金に変えられない本当に大切なものに気づかされたこと、「野良犬を助けてはいけない」という決まりをなくしたこと、これからは周りの人々と協力する方針を一層強めていくということが書いてあった。そして、私の立ち上げたプロジェクトは後輩たちが引き継いでいるが、希望があればもう一回私を重役として雇ってくれるということも。私は、これからは故郷で生きていくということ、社長の益々のご活躍を願っていますということを書いて返事を送った。ナツホの話によると、私の理不尽な解雇の知らせを聞いた後輩たちや仲のよかった同僚たちがストライキを起こし、さらには株主や関係者からも批判の声が上がったらしい。でも、社長が改心するきっかけになった一番の出来事は、近頃本当に信頼できる素敵な男性に出会ったことなんだとか。

夏に入ってすぐ、最近彼氏ができたというナツホが、その人と一緒に芝山に遊びに来てくれた。私はタケルと一緒にナツホたちを出迎えた。ところが私はナツホの彼氏を見た瞬間、凍りついた。

「ナツホ…この人…私の元カレ…」

ナツホには、体の関係を持った彼氏がいたことは話していた。ナツホもタケルも、とても衝撃を受けているようだ。

 元カレももちろん驚いていたけど、私の前に進み出て言った。

「カナノさん…ご無沙汰しておりました」

「……」

それから、元カレは語りだした。ナツホとは、あるイベントで出会ったこと。なんだか惹かれ合ってお付き合いを始めたこと。ナツホから聖書の話を聞いて興味を持ち、色々学んだこと。神様の大きな愛に触れて、キリストを信じる決心をしたこと。そして、自分の体は神様が造ってくれた大切なものだから、誰かと生涯を共にすることを誓うまで、もう絶対に誰にも渡さないということ。

 大体言っているのはそんな感じのことだった。私には半分も意味が分からないけど、昔あんなに軟弱だった彼がこんなに毅然として希望に満ちた感じがしていて、この人は本当に変わったんだと思った。そして、元カレは私に言った。

「俺をゆるしてください。俺もカナノさんをゆるします」

元カレは、私に手を差し出した。私はまだよくわけが分からなかったけど、元カレの手を握った。すると、自然と笑みがこぼれた。元カレも微笑んだ。そして、体の関係を持ってしまったことで抱えていた痛みが、すーっと軽くなっていくような感じがした。ナツホもタケルも涙ぐんでいたけど、表情はうれしそうだった。

「素敵な旦那さんじゃないっすか!」

元カレはタケルを見て、私に言った。

「ありがとう」

私はにっこりした。

 その日、私はナツホとも元カレとも、色々と楽しくおしゃべりをした。なんだか信じられないけど、それだけ元カレとの関係が生まれ変わって、私はとても嬉しかった。

「カナちゃん、今日は本当に楽しかったわ。タケルくんもありがとう、この時代を存分に楽しんで生きてね!」

「また二人で芝山に遊びに来てね!」

私たちは別れ際、お互いにずっと手を振り合っていた。

 

 芝山に住み始めてから、私の肌は見違えるようにきれいになっていった。外食が減ったのと、何より芝山のおいしい野菜をたくさん食べるようになったからだ。人間が作り出した便利さばかり追い求めた生活を抜け出して、私はちょっと不便ながらも自然と共に生きることを大切にするようになった。目に見える物とか地位とか彼氏とかじゃなくて、目に見えないもの、本当に信頼し合い大切にし合う関係、絆の大切さに、私は改めて気づかされた。町のおじいちゃんおばあちゃんの笑顔、おいしい食べ物、地域のいろんな行事。本当に大切なものは、はるばる出て行かなくてもこんな身近にあったんだ。でも、決してただ子どもの頃に戻ったというわけではないし、これまで東京で過ごしてきたのは全く無駄だったわけでもない。大学や会社で学んだことも使って、この町をもっともっと元気にするために、私にしかできないことが必ずある。

 この町には日本に、世界に誇れるものがたくさんある。はにわ、自然、飛行機…古代と最先端が組み合わさった、かなり変わった町。壮大で、温かさと希望に満ちたこの町に生まれ育ったことが、私にとって何よりの誇りだ。お金や自分の努力で得られるものではない。社会のなかで誰もが称賛するものでもない。それでも私には、この町がかけがえのない宝物であり希望だ。

「皆さん。古代人と現代人は、違った生き物などでは決してありません。生きる喜び、悲しみ、大切な人との絆。生きていくうえで本当に大切なものは、どんなに時が経っても、人間にとって決して変わらないものです」

芝山はにわ祭で、古代人たちが天に帰る時。国造様のお言葉を聞いて、私とタケルは思わず顔を見合わせた。そして、お互いにっこりした。

「私たちが大切にしていたものを、皆さんも受け継いで、そして子孫に、ずっとずっと伝えていってほしい。来年、再来年、皆さんと交流をしていくのを、古代人一同これからもずっと楽しみにしています。それでは皆さん、ありがとう。さようなら!」

古代人たちは、私たちに手を振った。私たちもさようならと言って、大きく手を振った。

 私たちは、天に帰る古代人たちが丘の上を登っていくのを見守っていた。タケルがいなくなってから一切行かなくなっていた、はにわ祭。祭りが終わってから現れて、祭りの途中で消えてしまったタケルと、今日はじめてはにわ祭の一日を一緒に過ごせた。

 行列の最後にいた国造様とお妃様が、丘の上に消えていった。でも私とタケルは、まだ丘の上を見つめていた。タケルの国の人たちによろしく…。タケルも同じことを思っているんだろうか。

 芝山町は、これからもっともっと活気のあふれた町になっていく。はにわ祭も、もっともっと楽しくなっていく。この町を、はにわ祭を、ずっと見守っていきたい。私と、タケルと、それから…私のお腹の中にいる子と。