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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

伊勢物語・慶長印本(嵯峨本)上

2020.08.18 23:15


〇底本

底本は国会図書館デジタルで閲覧。同館曰く

・書誌情報

タイトル:伊勢物語上

出版年月日:慶長13(1608)刊

請求記号:WA7-238

書誌ID(国立国会図書館オンラインへのリンク):000004011456

・解題/抄録

古活字版。嵯峨本。『伊勢物語』の最初期の刊本。嵯峨本は、本阿弥光悦、角倉素庵が刊行に関与したといわれ、流麗な活字の書体、豪華な装訂により、美しい古典籍の代表格とされる。本書の嵯峨本は、慶長13年から15年にかけ数種刊行されており、本書は、川瀬一馬氏の分類(『増補古活字版之研究』)によれば、そのうち最初に刊行されたもの(第一種イ本)。具引きの色替り料紙を使用し、整版の挿絵(上25図、下24図)がある。巻末に古典学者中院通勝(1556-1610)の刊語(整版)があり、花押を自署している。

引用已上。

慶長13年は108代後水尾天皇御時。征夷大将軍は2代德川秀忠。

〇凡例

・及・・で改ページ。・から・・までゝ見開き。

[ ]内註等。イは異本、殆ど假名遣に関するもの。元の漢字の註及家のいゑいへ折のをりおりの如き。

已上。



伊勢物語上

・・

むかしおとこうゐかうふりしてなら乃

京かすかの里にしるよし[之]し[志]てかりに

いにけりそ乃さとにいとなまめいたる女

はらからすみけりこのおとこかいまみ[見]て

けりおもほえすふるさとにいとはした

なくてありけれは心地まとひにけり

男のきたりけるかりきぬ乃すそをきりて

うたをかきてやるその[能]おとこし乃ふすり

の[濃]かりきぬをなむきたりける

 かすかのゝわかむらさき乃すり衣

 し乃ふの[能]みたれかきりしられす

となむをいつきていひやれりけるついて

おもしろき事ともやおもひけむ[无]

[挿繪1]

・・

 みち乃くの忍ふもちすりたれゆへに

 みたれそめにしわれならなくに

といふうたの[能]心はへなりむかし人はかく

いちはやきみやひをなむ[无]しける[已上1段]

むかしおとこありけりならの京は[八]は[者]なれ

こ乃京は人乃いゑ[へイ]またさたまらさりける

時に西の京に女ありけりその女世人

にはまされりけりそ乃人かたちよりは心

なむまさりたりけるひとり乃みもあらさ

りけらしそれをかの[能]まめをとこうちもの

かたらひてかへりきていかゝおもひけむ[无]

時はやよひ乃ついたち雨そをふりけるにやり

ける

 おきもせすねもせてよるを明しては

 春のもの[能]とてなかめくらしつ[已上2段]

・・

[挿絵2]

むかしおとこありけりけさうしける女

乃もとにひしきといふ者をやるとて

 思ひあらはむくらの宿にねもしなむ[无]

 ひしきもの[能]にはそてをしつゝも

二條[条]のきさきのまたみかとにもつかう

まつり給はてたゝ人にておはしけるとき

のことなり[已上3段]

・・

[挿絵3]

むかし東の五條[条]におほきさいの[能]宮[のイ入]お

はしましけるにし乃たいにすむひとあり

けりそれをほいにはあらて心さしふ

かゝりける人行とふらひけるをむ月の十

日はかりのほとにほかにかくれにけり

あり所はきけと人の[濃]ゆき[遊支]かよふへきところ

にもあらさりけれはなを[ほイ]うしとおもひ

つゝなむ[无]ありける又のとし乃む月に梅

乃花さかりにこそをこひていきてたち

・・

てみゐてみ[見]ゝれとこそに[仁]に[耳]るへくも

あらすうちなきてあはらなるいたしき

に月のかたふくまてふせりてこそを思ひ

いてゝよめる

 月やあらぬ春やむかしの[能]はるならぬ

 我み[身]ひとつはもとのみ[身]にして

とよみて夜乃ほ乃ゝゝとあくるに

なくゝゝかへりにけり[已上4段]

[挿絵4]

・・

昔おとこありけりひんかし[日无可之]の[能]五條[条]わたり

にいとしのひていきけりみそかなる

ところなれはかとよりもえいらてわらは

へのふみあけたるついひち乃くつれより

かよひけり人しけくもあらねとたひかさ

なりけれはあるしきゝつけてその[能]かよひ

ちに夜ことに人をすへてまもらせけれは

いけともえあはてかへりけりさてよめる

 人しれぬわか[可]か[加]よひちのせきもりは

 よひゝゝことにうちもねなゝむ[无]

とよめりけれはいといたうこゝろやみけ

りあるしゆるしてけり二條[条]の[能]きさきに

し乃ひてまひりけるをよ[世]のきこえあり

けれはせうとたちのまもらせたまひけ

るとそ[已上5段]

・・

[挿絵5]

昔おとこありけりを[おイ]んなのえうまし

かりけるを年をへてよはひわたりけるを

からうしてぬすみ出ていとくらきにき

けりあくた河といふかはをゐていきけれ

はくさのうへにを[おイ]きたる露をかれ

はなにそとなむ[无]おとこにとひける行さ

きおほく夜もふけにけれはおにある所

ともしらてかみさへいといみしうなり

雨もいたうふりけれはあはらなるくらに

・・

女をはお[をイ]くにを[おイ]しいれておとこゆみや

なくひをおひてとくちにを[おイ]りはや夜も

あけなむとおもひつゝゐたりけるにおに

はやひとくちにくひてけりあなやといひ

けれと神なるさはきにえきかさりけり

やうゝゝ夜もあけゆくにみ[見]れはゐ[井]て

こし女もなしあしすりをしてなけとも

かひなし

 しら玉かなにそと人のとひしとき

 露とこたへてきえなましものを

これは二條[条]のきさき乃いとこの[濃]女御の[能]御

もとにつかうまつるやうにてゐ[井]給へりけ

るをかたちの[能]いとめてたくおはしけれは

ぬすみておひていてたりけるを御せう

とほりかはのおとゝたら[羅]うくにつねの

大納言また下ら[羅]うにて內へまいり給ふに

いみしうなくひとあるをきゝつけてとゝ

めてとりかへしたまうてけりそれをかく

・・

おにとはいふ也けりまたいとわかうて

きさきのたゝにおはしけるときとや[已上6段]

[挿絵6]

・・

むかし男ありけり京にありわひてあ

つまにいきけるにいせおはりのあはひの[能]

うみつらをゆくになみ乃いとしろくたつ

をみ[見]て

 いとゝしく過行かたの戀しきに

 うらやましくもかへるなみかな[可那已下仝]

となむよめりける[已上7段]

[挿絵7]

・・

昔おとこありけり京やすみうかりけむ[无]

あつまの[能]かたにゆきてすみ所もとむとて

ともとする人ひとりふたりしてゆきけり

しなのゝくにあさま乃たけにけふり

の[能]たつをみ[見]て

 しなのなるあさま乃たけにたつ煙

 をちこち人の[濃]みやはとかめぬ[已上8段]

[挿絵8]

・・

昔男ありけりその[能]男[み]身をえうなき物に思ひ

なして京にはあらしあつまのかたにすむ

へきくにもとめにとてゆきけりもとより

ともとする人ひとりふたりしていきけり

みちしれるひともなくてまとひいきけり

みかはのくにやつはしといふ所にいたり

ぬそこをやつはしといひけるは水行河乃

くもてなれは[盤]は[者]しをやつわたせるにより

てなむやつはしといひけるそ乃さはのほ

とりの[能]木の[濃]かけにおりゐてかれいひくひ

けりその[能]さはにかきつはたいとおもしろ

くさきたりそれをみ[見]てある人のいはくか

きつはたといふいつもしをく乃かみにす

へてたひの心よめといひけれはよめる

 から衣きつゝなれにしつましあれは

 はるゝゝきぬるたひをしそ思ふ

とよめりけれはみな人かれいひのうへに

淚おとしてほとひにけり

・・

[挿絵9]

ゆきゝゝてするかのくにゝいたりぬうつ乃

山にいたりてわかいらむ[无]とするみち[地]はい

とくらうほそきにつたかへ[えイ]てはしけり物

心ほそくすゝろなるめをみ[見]ることゝ思ふ

にす行者あひたりかゝるみちはいかてかいま

するといふをみ[見]れはみし人なりけり京

にその[能]人の御もとにとてふみかきてつく

 するかなるうつ乃山へのうつゝにも

 夢にもひとにあはぬなりけり

・・

[挿絵10]

ふしの山をみ[見]れはさ月の[能]つこもりに[に見消]

雪いとしろうふれり

 ときしらぬ山はふしのねいつとてか[可]

 か[加]のこまたらに雪乃ふるらむ[无]

その山はこゝにたとへはひえの[能]やまをは

たちはかりかさねあけたらむ[无]ほとしてなり

はしほしりのやうになむありける

・・

[挿絵11]

猶ゆき〱てむさし乃くにとしもつふさ

の[能]くにとのなかにいとおほきなる河あり

それをすみた川といふその[能]川乃ほとりに

むれゐておもひやれはかきりなくとを[ほイ]く

もきにけるかなとわひあへるにわたしも

りはやふねにのれひ[日]もくれぬといふに

の[能]りてわたらむ[无]とするにみなひと物わ

ひしくて京に思ふ人なきにしもあらす

さるお[を]りしもしろき鳥のはしとあしと

・・

あかきしきのおほきさなる水乃うへに

あそひつゝいをゝくふ京にはみえぬとり

なれはみる人み[見]しらすわたしもりにとひ

けれはこれなむ[无]宮こ鳥といふをきゝて

 名にしおはゝいさことゝはむ[无]宮こ[古]鳥

 わか思ふ人はありやなしやと[堂]

と[止]よめりけれはふねこそりてなきにけり[已上9段]

[挿絵12]

・・

昔おとこむさしの國まてまとひありき

けりさてその[能]くにゝある女をよはひけり

ちゝはこと人にあはせむといひけるを

はゝなむ[无]あてなるひとに心つけたり

けるちゝはなを[おイ]人にはゝなむふちはら

なりけるさてなむあてなる人にとおもひ

けるこの[能]むこかねによみてを[おイ]こせたり

けるすむ所なむいるまのこほりみよし

乃ゝさとなりける

 みよしのゝたの[能]む乃かりもひたふるに

 君か[可]か[加]たにそよるとなくなる

むこかねかへし

 我かたによるとなくなるみよしの[能]ゝ

 たのむ乃かりをいつかわすれむ[无]

となむ[无]人の[濃]くにゝてもなを[ほイ]かゝる事なむ

やまさりける[已上10段]

むかしおとこあつまへゆきけるにとも

たちともにみちよりいひおこせける

・・

 わするなよほとは雲ゐになりぬとも

 そら行月のめくりあふまて[已上11段]

昔おとこありけり人乃むすめをぬすみて

むさし野へゐ[井]てゆくほとにぬす人

なりけれはくにの[能]かみにからめられ[羅禮]に

けり女をはくさむらの中にをきてに

けにけりみちくる人こ乃野はぬすひとあ

なりとて火つけむ[无]とすをむ[无]なわひて

 むさし野はけふはなやきそわかくさ乃

 つまもこもれり我もこもれり

とよみけるをきゝて女をはとりてともに

ゐていにけり[已上12段]

・・

[挿絵13]

013

昔むさしなるおとこ京なる女のもとに

きこゆれは[八]は[者]つかしきこえねはくるしと

かきてうはかきにむさしあふみとかきて

を[おイ]こせてのちを[おイ]ともせすなりにけれは京

よりをむ[无]な

 むさしあふみさすかにかけてたのむには

 とはぬもつらしとふもうるさし

とあるをみ[見]てなむたへかたき心地しける

 とへはいふとはねはうらむ[武]むさし[無左之]あふみ

・・

 かゝるおりにや人はしぬらむ[已上13段]

むかし男みち乃くにゝすゝろに行い

たりにけりそこなる女京の人はめつらか

にやおほえけむ[无]せちにおもへる心なむ

ありけるさてかの女

 中ゝゝに戀[恋]にしなすは桑子[くはこイ]こにそ

 なるへかりける玉乃をはかり

うたさへそひなひたりけるさすかにあ

はれとやおもひけむいきてねにけり夜ふ

かくいてにけれは女

 夜も明はきつにはめなてくたかけの

 またきになきてせなをやりつる

といへるにおとこ京へなむまかるとて

 くりはらのあれは乃松の[濃]人ならは

 みやこ[宮古]のつとにいさといはましを

といへりけれはよろこほひておもひけら[羅]

しとそいひをりける[已上14段]

・・

[挿絵14]

昔みち乃くにゝてなてうことなき人のめ

にかよひけるにあやしうさやうにて

あるへき女ともあらすみえけれは

 しのふ山忍ひてかよふみちもかな[可那]

 人のこゝろ乃おくもみ[見]るへく

女かきりなくめでたしと思へとさるさ

かなきえひす心をみ[見]てはいかゝはせむは[已上15段]

むかしきのありつねといふひとありけり

みよの[能]みかとにつかうまつりてときに

・・

あひけれとのちはよ[世]かはり時うつりに

けれはよの[能]つねの[濃]人乃こともあらす人から

は心うつくしくてあてはかなることをこ

乃みてことに人にもにすまつしくへても

なを[ほイ]むかしよかりし時の心なからよの

つねの[能]こともしらすとしころあひなれ

たるめやうゝゝとこはなれてつゐ[ひイ]に

あまになりてあねのさきたちてなりたる

所へ行をおとこまことにむつまし

き事こそなかりけれ今はとゆくをいと

あはれとは思けれとまつしけれはするわ

さもなかりけりおもひわひてねむ[无]ころ

にあひかたらひけるともたちのもとに

かうゝゝいまはとてまかるをなにこと

もいさゝかなることもえせてつかはすこ

とゝかきておくに

 てをお[をイ]りてあひみしことをかそふれは

 とおといひつゝよつはへにけり

・・

かのともたちこれをみ[見]ていとあはれと

思ひてよるのもの[能]まてを[おイ]くりてよめる

 年たにもとを[おイ]とてよつはへにけるを

 いくたひきみをた乃みきぬらむ[无]

かくいひやりたりけれは

 これやこの[能]あまの[能]は衣むへしこそ

 君かみけしにたてまつりけれ

よろこひにたへて又

 秋やくるつゆ[川遊]やまかふと思ふまて

 あるはなみたのふるにそありける[已上16段]

としころを[おイ]とつれさりける人のさくら

のなかりにみにきたりけれはあるし

 あたなりとな[名]にこそたてれさくら花

 としにまれなる人もまちけり

返し

 けふこすはあすは雪とそふりなまし

 きえすはありともはなとみ[見]ましや[已上17段]

むかしなま心ある女ありけり男ちかう有

・・

けり女うたよむひとなりけれはこゝろ

みむとてきくの花乃うつろへるをお[をイ]りて

おとこの[濃]もとへやる

 くれなゐ[井]にに[尓ゝ]ほふはいつら白雪乃

 えたもとをゝにふるかともみゆ

おとこしらすよみによみける

 紅に[耳]に[仁]ほふかうへのしら雪は

 お[をイ]りける人の[濃]そてかともみゆ[已上18段]

[挿絵15]

・・

むかし男みやつかへしける女のかたにこ

たちなりける人をあひしりたりけるほと

もなくかれにけりおなし所なれは女の[濃]

めにはみ[見]ゆる物からおとこはあるもの[能]

かともおもひたらすを[おイ]む[ん]な

 あまくものよそにも人乃なりゆくか

 さすかにめにはみゆるもの[能]から

とよめりけれはおとこ返し

 あま雲のよそに乃みしてふることは

 わかゐる山乃かせはやみなり

とよめりけるは又おとこある人となむ[无]

いひける[已上19段]

むかし男やまとにある女をみ[見]てよはひて

あひにけりさてほとへて宮つかへする人

なりけれはかへりくるみち[地]にやよひはかり

にかえての[能]もみちのいとおもしろきを

お[をイ]りて女乃もとにみちよりいひやる

 君かためたおれるえたは[盤]は[者]るなから

・・

 かくこそ秋乃もみちしにけれ

とてやりたりけれは返事は京にいきつき

てなむ[无]もてきたりける

 いつのまにうつろふいろ乃つきぬ攬

 きみかさとには春なかるらし[已上20段]

[挿絵16]

・・

昔男女いとかしこくおもひかはしてこと

心なかりけりさるをいかなることかあり

けむ[无]いさゝかなることにことつけてよのなか

をうしと思ていてゝいなむ[无]と思ゐてかゝる

うたをなむよみてもの[能]にかきつけ[計]け[介]る

 いてゝいなは心かるしといひやせむ

 世のありさまを人はしらねは

とよみてをきていてゝいにけりこの[濃]女かく

かきを[おイ]きたるをけしう心を[おイ]くへきことも

おほえぬをなにゝよりてかゝらむ[无]と

いといたうなきていつかたにもとめゆ

かむ[无]とかとにいてゝとみかうみ[見]ゝけれ

といつこをはかりともおほえさりけれは

かへりいりて

 おもふかひなきよ[世]なりけりとし月を

 あたにちきりてわれやすまひし

といひてなかめをり

 人はい[伊]さおもひやすらむ[无]たまかつら

・・

 おもかけに乃みいとゝみ[見]えつゝ

この[能]女いとひさしくありてねむしわひて

にやありけむいひを[おイ]こせたる

 今はとてわするゝくさ乃たねをたに

 人の[濃]心にまかせすもかな[可那]

返し

 わすれくさうふとたにきく物ならは

 おもひけりとはしりもしなまし

又ゝゝありしよりけにいひかはして男

 わ[和]するらむ[无]と思ふ心のうたかひに

 ありしよりけに物そかなしき

返し

 なか空にたちゐる雲の[能]あともなく

 み[身]乃はかなくもなりにけるかな[可那]

とはいひけれとを[おイ]のかよ[世]ゝになりに

けれはうとくなりにけり[已上21段]

昔はかなくてたえにけるなかなを[ほイ]やわ

すれさりけ[むイ入]女のもとより

・・

 うきなから人をはえしもわすれねは

 かつうらみつゝ猶そ戀[恋]しき

といへりけれはされはよといひておとこ

 あひみ[見]ては心ひとつをかはしまの[能]

 水のなかれてたえしとそ思ふ

とはいひけれとその[能]夜いにけりいに

しへ行さきの[濃]ことゝもなといひて

 秋の夜乃ちよをひとよになすらへて

 やちよしねはやあくときのあらむ[无]

返し

 あきの[能]よのちよを一夜になせりとも

 ことは乃こりてとりやなきなむ

いにしへよりもあはれにてなむ[无]

かよひける[已上22段]

・・

[挿絵17]

昔ゐなかわたら[羅]ひしける人のこともゐ[井]

乃もとにいてゝあそひけるをおとなに

なりにけれはおとこも女もはちかはして

ありけれは[とイ]おとこはこ乃女をこそえめと

思ふ女はこの[能]男をと思ひつゝおやのあは

すれともきかてなむありけるさてこ乃と

なりの[能]おとこ乃もとよりかくなむ[无]

 つ[徒]ゝゐつのゐ[井]つ[津]ゝにかけしまろかたけ

 すきにけらしないもみさるまに

・・

[女イ入]返し

 くらへこしふりわけかみもかたすきぬ

 きみならすしてたれかあくへき

なといひゝゝてつゐ[井][ひイ]にほいのことく

あひにけり

[挿絵18]

・・

さてとしころふるほとに女おやなくた

よりなくなるまゝにもろともにいふかひ

なくてあらむ[无]やはとてかうち乃くにた

かやすのこほりにいきかよふ所いてき

にけりさりけれとこの[濃]もとの[能]女あしと思

へるけしきもなくていたしやりけれは

男こと心ありてかゝるにやあらむとおもひ

うたかひてせむさいのなかにかくれ

ゐてかうちへいぬるかほにてみ[見]れはこの[能]

女いとようけさうしてうちなかめて

 風ふけはおきつしらなみたつた山

 夜はにやきみかひとりこゆらむ[无]

とよみけるをきゝてかきりなくかなしと

おもひてかうちへもいかすなりにけり

・・

[挿絵19]

まれゝゝかのたかやすにきてみれは[八]は[波]し

めこそこゝろにくもつくりけれいまは

うちとけてゝつからいゐ[井]かひとりてけ

この[濃]うつは物にもりけるをみ[見]て心う

かりていかすなりにけりさりけれはかの[濃]

女やまと乃かたをみ[見]やりて

 きみかあたりみつゝをゝらむ[无]伊駒山

 くもなかくしそ雨はふるとも

といひてみいたすにからうしてやまと

・・

ひとこむ[无]とい[伊]へりよろこひてまつに

たひゝゝ過ぬれは

 君こむといひし夜ことにすきぬれは

 た乃まぬものゝこひつゝそふる

といひけれとおとこすますなりにけり[已上23段]

[挿絵20]

・・

むかし男かたゐなかにすみけり男宮つか

へしにとてわかれお[をイ]しみてゆきにける

まゝにみ[三]とせこさりけれは待わたりけ

るにいとねむころにいひける人にこよひ

あはむ[无]とちきりたりけるにこ乃男きた

りけりこ乃とあけたまへとたゝきけれと

あけてうたをなむ[无]よみていたしたりける

 あら玉の年乃み[三]とせをまちわひて

 たゝこよひこそにゐ[井]まくらすれ

[挿絵21]

・・

といひいたしたりけれは

 あつさ弓まゆみ[由三]つきゆみ[由見]としをへて

 わかせしかことうるはしみせよ

といひていなむ[无]としけれは女

 あつさ弓ひけとひかねとむかしより

 こゝろはきみによりにし物を

といひけれとおとこかへりにけり女いと

かなしくてしりにたちてを[おイ]ひゆけと

えをひつかてし水のある所にふしに

けりそこなりけるいはにおよひ乃ちして

かきつけ[計]け[介]る

 あひおもはてかれぬる人をとゝめかね

 わかみ[身]は今そきえはてぬめる

とかきてそこにいたつらになりにけり[已上24段]

昔おとこありけりあはしともいはさり

けるを[おイ]む[无]なのさすかなりけるかもとに

いひやりける

 秋乃野にさゝわけしあさの袖よりも

・・

 あはてぬるよそひちまさりける

いろこの[能]みなる女かへし

 み[見]るめなき我み[身]をうらとしらねはや

 かれなてあま乃あしたゆく[具]く[久]る[已上25段]

むかし男五條[条]わたりなりける女をえゝす

なりけることゝわひたりける人の返事に

 おもほえす袖にみなと乃さはくなか[可那]

 もろこし舟乃よりしはかりに[已上26段]

昔おとこ女乃もとにひと夜いきて又もい

かすなりにけれは女の[能]てあらふ所に

ぬきすをうちやりてたら[羅]ひのかけにみ[見]え

けるをみつから

 われはかり物思人はまたもあらし

 とおもへは水乃したにもありけり

とよむをこさりけるおとこたちきゝて

 みなくちに我やみ[見]ゆらむかはつさへ

 水乃したにてもろこゑになく[已上27段]

・・

[挿絵22]

昔いろこの[濃]みなりける女いてゝいにけれは

 なとてかくあふこかたみになりにけむ[无]

 水もらさしとむすひしものを[已上28段]

むかし春宮の女御乃御かたの[能]はなの賀に

めしあつけら[羅]れたりけるに

 花にあかぬなけきはいつもせしかとも

 けふ乃こよひにゝるときはなし[已上29段]

・・

[挿絵23]

昔おとこはつかなりける女のもとに

 あふ事はたま乃をはかりおもほえて

 つらき心のなかくみゆらむ[无][已上30段]

むかし宮の[濃]うちにてあるこたちのつ

ほねのまへをわ[和]たりけるになに乃あた

にかおもけむ[无]よしやくさはよな

らむ[无]さかみむといふおとこ

 つみもなき人をうけへはわすれくさ

 を[おイ]のかうへにそおふといふなる

・・

といふをねたむ女もありけり[已上31段]

むかし物いひける女にとしころありて

 いにしへのしつ乃をたまきくり返し

 むかしをいまになすよしもかな[可那]

といへりけれとなにとも思はすやありけむ[已上32段]

むかし男つ乃くにむはらの[濃]こほりにかよ

ひける女この[能]たひいきては又こしと

おもへるけしきなれはおとこ

 あしへよりみち[地]くるしほ乃いやましに

 きみにこゝろをおもひますかな[可那]

返し

 こもり江に思ふこゝろをいかてかは

 舟さすさほ乃さしてしるへき

ゐ[井]なか人の[濃]ことにてはよしやあしや[已上33段]

むかしおとこつれなかりける人の[濃]もとに

 いへはえにいはねはむねにさはかれて

 心ひとつになけくころかな

おもなくてい[伊]へるなるへし[已上34段]

・・

昔心にもあらてたえにける人のもとに

 玉のをゝあはをによりてむすへれは

 たえてのゝちもあはむ[ん]とそ思ふ[已上35段]

むかしわすれぬるなめりと[登]と[止]ひことし

ける女の[能]もとに

 谷せはみみねまてはへるたまかつら

 たえむと人にわかおもはなくに[已上36段]

昔おとこいろこ乃みなりける女にあへり

けりうしろめたくやおもひけむ[无]

 我ならてしたひもとくなあさかほ乃

 ゆふかけまたぬ花にはありとも

返し

 ふたりしてむすひしひもをひとりして

 あひみ[見]るまてはとかしとそ思ふ[已上37段]

むかしき[紀]の[能]ありつねかりいきたるにあり

きてをそくきけるによみてやりける

 きみにより思ひならひぬよ[世]の中乃

 人はこれをやこひといふらむ

・・

返し

 ならはねはよ[世]の人ことになにをかも

 こひとはいふとゝひしわれしも[已上38段]

昔西院乃みかとゝ申すみかとおはし

ましけりその[能]みかとの御こたかいこと

申すいまそかりけりそ乃みこうせ給ひて

おほむ[无]はふり乃夜その[能]宮のとなり[奈利]なり[奈里]

けるおとこ御はふりみ[見]む[ん]とて女車に

あひ乃りていてたりけりいとひさしう

ゐ[井]ていてたてまつらすうちなきてやみ

ぬへかりけるあひたにあめ乃したの[濃]

いろこの[濃]み源のいたるといふ人これも物

みるにこの[能]車を女車とみ[見]てよりきて

とかくなまめくあひたにかの[能]いたるほ

たるをとりて女のくるまにいれたりける

をくるまなりける人こ乃ほたる乃ともす

火にやみ[見]ゆらむ[无]ともしけちなむ[无]する

とてのれるおとこ乃よめる

・・

 いてゝいなはかきりなるへみともしけち

 としへぬるかとなくこゑをきけ

かのいたるかへし

 いとあはれなくそきこゆるともしけち

 きゆる物ともわれはしらすな

あめのしたのいろこ乃みの[濃]うたにては

猶そありける

 いたるはしたかふかおほちなりみこ

 乃ほいなし[已上39段]

昔わかきおとこけしうはあらぬ女を

おもひけりさかしら[羅]するおやありて思ひ

もそつくとてこの女をほかへを[おイ]ひやらむ[无]

とすさこそい[伊]へまたを[おイ]いやらすひ[悲]と乃こ

なれはまた心いきおひなかりけれはとゝ

むるいきおひなしえお[おイ]む[无]なもいやし

けれはすまふちからなしさるあひたに

おもひはいやまさりにまさるにはかにお

やこ乃女をゝひうつおとこちの淚をなか

せともとゝむるよしなしゐていてゝいぬ

おとこなくゝゝよめる

 いてゝいなはたれか別れのかたからむ[无]

 ありしにまさるけふはかなしも

とよみてたえいりにけりおやあはて

にけりなを[ほイ]おもひてこそいひしかいと

かくしもあらしと思ふにしむ[无]しちに

たえいりにけれはまとひて願たてけり

けふ乃いりあひはかりにたえいりて又の

ひ[日]のいぬ乃ときはかりになむ[无]からうして

いきいてたりけるむかしのわか人はさる

すける物おもひをなむ[无]しけるいまのお

きなまさにしなむや[已上40段]

むかし女はらからふたりありけりひとりは

いやしきおとこの[能]まつしきひとりは

あてなる男もたりけりいやしき男もた

るしはすのつこもりにうへの[能]きぬをあ

ら[羅]ひてゝつからはりけり心さしはいたし

・・

けれとさるいやしきわ[和]さもならはさり

けれはうへ乃きぬのかたをはりやりてけ

りせむかたもなくてたゝなきになき[奈記]になき[那支]けり

これをかのあてなるおとこきゝていと心

くるしかりけれはいときよらなるろう

さうの[濃]うへ乃きぬをみ[見]いてゝやるとて

 むらさきのいろこき時はめもはるに

 野なるくさ木そわかれさりける

むさし野乃心なるへし[已上41段]

[挿絵24]

・・

昔おとこいろこ乃みとしるゝゝ女を

あひいへりけりされとにくゝはあらさ

りけりしはゝゝいきけれとなを[ほイ]いとうし

ろめたくさりとていかてはたえあるまし

かりけり猶はたえあらさりける中なりけ

れはふつか三日はかりさはることありて

えい[伊]かてかくなむ[无]

 いてゝこしあとたにいまたかはらしを

 たか[可]か[加]よひちといまはなるらむ[无]

ものうたかはしさによめるなりけり[已上42段]

むかしかやのみこと申すみこおはし

ましけりその[能]みこ女をおほしめして

いとかしこく[うイ]めくみつかう給ひけるを人

なまめきてありけるをわれ乃みとおもひ

けるを又人きゝつけてふみやるほとゝき

す乃かたをかきて

 郭公なかなくさとのあまたあれは

 なを[ほイ]うとまれぬおもふも乃から

・・

といへりこの[能]女けしきをとりて

 名のみたつして乃たおさはけさそなく

 いほりあまたとうとまれぬれは

時はさ月になむ[无]ありけるおとこ返し

 いほりおほきしてのたおさはなを[ほイ]た乃む

 わかすむさとにこゑしたえすは[已上43段]

むかしあかたへ行人にむまの[能]はなむ

けせむ[无]とてよひてうとき人にしあらさり

けれはいゑ[へイ]とうしさか月さゝせて女の

さうそくかつけむ[无]とすあるし乃おとこう

たよみてもの[能]こしにゆひつけさす

 いてゝゆく君かためにとぬきつれは

 われさへもなくなりぬへきかな[可那]

このうたはあるかなかにおもしろけれは

心とか[ゝイ]めてよますはらにあちはひて[已上44段]

むかし男ありけり人の[濃]むすめ乃かしつく

いかてこのおとこにものいはむ[无]とおもひ

けりうちいてむことかたくやありけむ

・・

ものやみになりてしぬへきときにか

くこそおもひしかといひけるをおやきゝ

つけてなくゝゝつけたりけれはまとひ

きたりけれとしにけれはつれゝゝと

こもりをりけりときはみな月のつこもり

いとあつきころをひによゐ[ひイ]はあそひをり

て夜ふけてやゝすゝしき風ふきけり

ほたるたかくとひあかるこの[能]おとこみ[見]ふ

せりて

 ゆくほたる雲の上まて[帝]いぬへくは

 秋かせふくとかりにつけこせ

 くれかたき夏の[能]ひ[日]くらしなかむれは

 その[能]ことゝなくもの[能]そかなしき[已上45段]

・・

[挿絵25]

むかし男いとうるはしきともありけりか

た時さらすあひおもひけるを人のくにへ

いきけるをいとあはれとおもひてわ[和]かれ

にけり月日へてをこせたるふみにあさ

ましくえたいめむ[无]せて月日のへに

けること忘やし給にけむ[无]といたく思ひ

わひてなむ[无]侍世中乃人の心はめかる

れはわすれぬへき物にこそあめれといへ

りけれはよみてやる

・・

 めかるともおもほえなくにわすらるゝ

 ときしなけれはおもかけにたつ[已上46段]

むかしおとこねんころにいかてと思ふ女

ありけりされとこの[能]おとこをあたなりと

きゝてつれなさ乃みまさりつゝいへる

 おほぬさのひくてあまたになりぬれは

 おもへとえこそた乃まさりけれ

返しおとこ

 おほぬさと名にこそたてれなかれても

 つゐ[井][ひイ]によるせはありといふもの[能]を[已上47段]

昔おとこ有けりむま乃はなむけせむとて

人をまちけるにこさりけれは

 いまそしるくるしき物と人またむ

 さとをはかれすとふへかりけり[已上48段]

・・

・・