伊勢物語・傳藤原良經寫本
伊勢物語
原文全文。傳京極良經本寫本の写真本から飜刻。
藤原良經は「はるたつこゝろをよみ侍りける/攝政太政大臣/みよしのはやまもかすみてしらゆきのふりにしさとにはるはきにけり」新古今春哥上一首目。
是1から70段まで闕。但し本に「下」乃至「二」等表記なし。
・印で改頁。
・「ゝゝ」印は「〱」を表す是ウェブ表記上の都合の爲。
・[ ]内飜刻者註等。本文加筆修正割註等その都度に表記。
又註書中の[イ]は異本但し是所謂定家本系一般にの意に過ぎず校訂が抑ゝの目的ではない爲にかならすじもどこかの本を詳細に比較したものではない單なる目安。
・一部めだつ假名づかいに元の漢字を附す。
・又、書体はひたすらに流麗精緻。
凡例已上。
・
伊勢物語
・
むかしおとこ伊勢乃齋宮に
内乃御つかひにてまいれりけ
れはか乃宮にすきこといひける
女わたくしことにて
ちはやふる神乃いかきも
こえぬへしおほみや人乃
みまくほしさに
おとこ
こひしくはきてもみよかし
・
ちはやふる神乃いさむる
みちならなくに[已上71段]
むかしおとこ伊勢乃くになり
ける女又えあはてとなり乃
くにへいくとていみしうゝら
みけれは女
おほよとのまつはつらくも
あらなくにうらみてのみも
かへるなみかな[已上72段]
・
むかしそこにはありときけと
せうそこをたにいふへくもあら
ぬ女乃あたりをおもひける
めにはみてゝにはとられぬ
月乃うちの[能]かつら乃ことき
きみにそありける[已上73段]
むかしおとこ女をいたうゝらみて
いはねふみかさなるやまは[にイ]
へたてねと[あらねともイ]あはぬひおほく
・
こひわたるかな[已上74段]
むかしおとこ伊勢乃くにゝゐて
いきてあらむ[无]といひけれは女
おほよとのはまにおふてふ
みるからにこゝろはなきぬ
かたらはねとも
といひてましてつれなかり
けれはおとこ
そてぬれてあま乃かりほす
・
わたつうみ乃み[見]るをあふにて
やまむ[无]とやする
女
いはまよりおふるみるめし
つれなくはしほひしほみち
かひもありなむ[无]
又おとこ
なみたにそぬれつゝしほる
よ乃人のつらきこゝろは
・
そてのしつくか
世にあふことかたき女になむ[无][已上75段]
むかし二條乃きさき[のイ入]また春
宮乃みやすむところと申ける
ときうち神にまうてたまひ
けるにこのゑつかさにさふら
ひけるおきな人ゝゝ乃ろくた
まはるついてに御くるまより
たまはりてよみてたてまつり
・
ける
おほはらやをしほ乃やまも
けふこそは神よのことも
おもひいつらめ
とて心にもかなしとやおもひけむ[无]
いかゝおもひけむ[无]しらすかし[已上76段]
むかし田むら乃みかとゝ申
すみかとおはしましけりその[能]
とき乃女御たかきこと申すみ
・
まそかりけりそれうせた
まひて安祥寺にてみわさし
けり人ゝゝさゝけものたてま
つりけりたてまつりあつめ
たるものちさゝけはかりあり
そこはく乃さゝけものを木乃
えたにつけてたう乃まへに
たてたれは山もさらに堂乃ま
へにうこきいてたるやうになむ[无]
・
みえけるそれを右大將にい
まそかりけるふちはら乃つね
ゆきと申すいまそかりてかう
のをはるほとにうたよむ人ゝゝ
をめしあつめてけふ乃み
わさをたいにてはる乃こゝろはへ[えイ]
あるうたゝてまつらせたまふ
右乃むまのかみなりけるお
きなめはたかひなからよみける
・
やま乃みなうつりてけふに
あふことは[八]は[者]る乃わかれを
とふとなるへし
とよみたりけるをいまみ[見]れは
よくもあらさりけり[けりイニナシ]そ乃か
みはこれやまさりけむ[无]あはれ
かりけり[已上77段]
むかしたかきこと申す女御
おはしましけりうせたまひて
・
なゝなぬか乃みわさ安祥寺
にてしけり右大將ふちはら
のつねゆきといふ人いまそかり
けりそ乃みわさにまうてた
まひてかへさにやましな乃せ
むしのみこおはしますその[能]や
ましな乃宮にたきおとしみ
つはしらせなとしておもし
ろくつくられたるにまうてた
・
まうてとしころよそにて[てイニナシ]はつか
うまつれとちかくはいまたつ
かうまつらすこよひはこゝにさ
ふらはむ[无]と申給みこよろこ
ひたまふてよる乃おましのま
うけさせたなふさるにかの
大將いてゝたはかり給やう宮
つかへ乃はしめにたゝなをやは
あるへき三條乃おほみゆきせ
・
しとき[記]き[幾]乃くに[のイ入]ち[千]里乃はま
にありけるいとおもしろき石
たてまつれりきおほみゆき乃
のちたてまつれりしかはある人の
みさうし乃まへのみそにすゑ[へイ]
たりしをしまこのみ給きみ
なりこ乃いしをたてまつらむ[无]
とのたまひてみすいしむ[无]とねり
してとりにつかはすいくはくも
・
なくてもてきぬこ乃石きゝし
よりはみるはまされりこれを
たゝにたてまつらはすゝろなるへ
しとて人ゝゝにうたよませた
まふみき乃むまのかみなりける
人乃をなむ[无]あおきこけをき
さみてまきゑのかたにこの
うたをつけてたてまつりける
あかねともいはにそかふる
・
いろみえぬこゝろをみせむ[无]
よし乃なけれは
となむ[无]よめりける[已上78段]
むかし氏のなかにみこうまれ
給へりけり御うふやに人ゝゝ
うたよみけり御おほちかた
なりけるおきなのよめる
わかゝとにちひろあるたけ[かけイ]を
うへつれはなつふゆたれか
・
かくれさるへき
これはさたかす乃みことき乃人
中將乃子となむ[无]いひけるあに
乃中納言ゆきひら乃む[す加筆]めのはら
なり[已上79段]
むかしおとろへたるいへにふち
のはなうへ[ゑイ]たる人ありけり
やよひ乃つこもりにそ乃日
あめそほふるに人のもとへ
・
おりてたてまつらすとてよめる
ぬれつゝそしゐておりつる
としのうちにはるはいくかも
あらしとおもへは[已上80段]
むかし左乃おほいまうちきみ
いまそかりけりかもかは乃ほとり[にイ入]
六條わたりに家をいとおもしろ
くつくりてすみ給けり神
な月乃つこもりかたきく乃
・
はなうつろひさかりなるにも
みちの[能]ちくさにみゆるおりみ
こたちおはしまさせて夜ひと
よさけのみしあそひてよあけ
もてゆくほとにこのとのゝおも
しろきをほむるうたよむそ
こにありけるかたい[ゐイ]お[をイ]きなた
いしき乃したにはひありきて
人にみなよませはてゝよめる
・
しほかまにいつかきにけむ[无]
あさなきにつりするふねは
こゝによらなむ[无]
となむ[无]よみけるはみちのくにゝ
いきたりけるにあやしくおも
しろきところゝゝゝおほかりけり[るイ]
わかみかと六十よこくの中に
しほかまといふ所にゝたるとこ
ろなりける[りイ]されはなむ[无]かの
・
おきなさらにこゝをめてゝしほ
かまにいつかきにけむ[无]とよめり
ける[已上81段]
むかしこれたか乃みこと申すみ
こおはしましけりやまさき乃
あなたにみなせといふところに
宮ありけりとしことの[能]さくら
の花さかりにはそ乃宮へな
むおはしましけるその[能]とき
・
右のむま乃かみなりける人を
つねにゐておはしましけり
ときよへてひさしくなりに
けれはそ乃人のなわすれに
けりかりはねむ[无]ころにもせて
さけをのみ乃みつゝやまとう
たにかゝれりけりいまかりする
かたのゝなきさの[能]いへそ乃院
のさくらことにおもしろしその[能]
・
木乃もとにおりゐてえたを
お[をイ]りてかさしにさしてかみなか
しもみなうたよみけりむま
のかみなりける人乃よめる
よ乃中にたえてさくら乃
なかりせは[八]は[者]る乃こゝろは
のとけからまし
となむ[无]よみたりける
又人乃哥
ちれはこそいとゝさくらは
めてたけれうきよになにか
ひさしかるへき
とてそ乃木のもとはたちてか
へるにひくれになりぬ御とも
なる人さけをもたせて野より
いてきたりこのさけをのみてむ[无]
とてよきところをもとめゆく
にあまのかはといふところにいたり
・
ぬみこにむま乃かみおほみき
まいるみこ乃ゝたまひけるか
た乃をかりてあま乃かはのほとり
にいたるをたいにてうたよみて
さかつきはさせと乃たまうけれ
はかのむま乃かみよみてたて
まつりける
かりくらしたなはたつめに
やとからむ[无]あま乃かはらに
・
われはきにけり
みこ歌を返ゝゝすしたまひて
かへしえしたまはすき乃あり
つね御ともにつかうまつれり
それか[可]か[加]へし
ひとゝせにひとたひきます
きみまてはやとかす人も
あらしとそおもふ
かへりてみやにいらせたまひぬ
・
よふくるまてさけのみもの[能]かたり
してあるし乃みこゑひていり
たまひなむ[无]とす十一日の月も
かくれなむ[无]とすれはかの[能]むまの[能]
かみの[乃]よめる
あかなくにまたきも月乃
かくるゝかやま乃はいて[にけイ]ゝ
いれすもあらなむ[无]
みこにかはりたてまつりてき
・
のありつね
を[おイ]しなへてみねもたひらに
なりなゝむ[无]やまの[能]はなくは
月もいらしを[已上82段]
むかしみなせにかよひたまひし
これたか乃みこれいのかりしに
おはしますともにむまのかみ
なるおきなつかうまつれり
ひころへてみやにかへりたまう
・
けり御をくりしてとくいなむ[无]
とおもふにおほきみたまひろく
たまはむ[无]とてつかはさゝりけり
このむま乃かみこゝろもとなかり
て
まくらとてくさひきむすふ
こともせしあきの[能]よとたに
たのまれなくに
とよみけるときはやよひ乃
・
つこもりなりけりみこおほ
とのこもらてあかしたまうて
けりかくしつゝまうてつかう
まつりけるをおもひ乃ほか
に御くしおろし給てけり
む月におかみたてまつらむ[无]とて
小野にまうてたるにひえの[能]
山の[乃]ふもとなれはゆきいとた
かし[之]し[志]ゐてみむ[ろ加筆]にまうてゝ
・
おかみたてまつるにつれゝゝと
いとものかなしくておはし
ましけれはやゝひさしくさ
ふらひていにしへ乃事なと
おもひいてゝ[ゝイニナシ]きこえけりさ
てもさふらひてしかなとお
もへとおほやけことゝもあり
けれはえさふらはてゆふくれ
にかへるとて
わすれてはゆめか[と加筆]そおもふ
おもひきやゆきふみわけて
きみをみむ[无]とは
とよみ[よみイニナシ]てなむ[无]なくゝゝきにける[已上83段]
むかしおとこありけり身は
いやしなからはゝなむ[无]みや
なりけるそ乃はゝなかを[おイ]
かといふところにすみたまひ
けり子は京にみやつかへし
・
けれはまうつとしけれとし
はしはえまうてすひとつこに
さへありけれはいとかなしう
したまひけりさるにしはす
はかりにとみ乃ことゝて御ふみ
ありけり[けりイニナシ]おとろきてみれは
哥あり
おいぬれはさらぬわかれも[のイ]
ありといへはいよゝゝみまく
・
ほしきゝみかな
かのこいたうゝちなきてよめる
よ乃なかにさらぬわかれ乃
なくもかなちよもといのる
人乃このため[已上84段]
むかしおとこありけりわらはより
つかうまつりけるきみ御く
しおろしたまうてけりむ
・
月にはかならすまうてけりお
ほやけ乃みやつかへしけれは
つねにも[はイ]えまうてすされとも
との心うしなはてまうてける
になむ[无]ありけるむかしつか
うまつりし人そくなるせ
むしなるあまたまいりあつ
まりてむつきなれはことたつ
とておほみきたまひけり
・
ゆきこほすかことふりてひ
ねもすにやますみな人ゑひて
ゆきにふりこめられたりと
いふをたいにて哥ありけり
おもへともみ[身]をしわけねは
めかれせぬゆき乃つもるそ
わかこゝろなる
とよめりけれはみこいといたう
あはれかり給て御そぬきてた
・
まへ[けイ入]り[已上85段]
むかしいとわかきおとこわかき女を
あひいへりけりをのゝゝおやあ
りけれはつゝみていひさして
やみにけりとしころへて女乃
もとになを[ほイ]心さしはたさむ[无]と
やおもひけむ[无]おとこ哥をよみ
てやれりける[りイ]
いまゝてにわすれぬ人は
・
よにもあらしをのかさまゝゝ
とし乃へぬれは
とてやみにけりおとこも女もあ
ひはなれぬみやつかへになむ[无]い
てにける[已上86段]
むかしおとこつ[川]のくにむはら乃
こほりあしや乃さとにしるよし
していきてすみけりむかしの
うたに
・
あしのや乃なたのしほや乃[きイ]
いとまなみつけのをくしも
さゝすきにけり
とよみけるそこ乃さとをよみ
けるこゝをなむ[无]あしや乃なた
とはいひけるこのおとこなまみ
やつかへしけれはそれをたより
にてゑ[衞]ふ乃すけともあつま
りきにけりこのおとこの[能]この
・
かみもゑ[衞]ふ乃かみなりけり
そ乃いへのまへ乃うみのほとり
にあそひありきていさこのや
ま乃かみにありといふぬのひ
きのたきにのほらむ[无]といひて
のほりてみるにそ乃たきもの
よりことなりなかさ二十丈ひ
ろさ五丈はかりなるいし乃お
もてに[にイニナシ]しらきぬにいはをつゝ
・
めらむ[无]やうになむ[无]ありけるさ
るたき乃かみにわらうた乃お
ほきさしてさしいてたるいし
ありそ乃いしのうへにはしり
かゝる水はせうかうしくりの[能]
おほきさにてこほれおつそ
こなる人にみなたき乃うた
よますかのゑ[衞]ふのかみまつよむ
わかよをはけふかあすかと
・
まつかひ乃なみた乃たきと
いつれたかけむ[无]
あるしつきによむ
ぬきみたる人こそあるらし
しらたま乃まなくもちるか
そて乃せはきに
とよめりけれはかたへ乃人
わらふことにやありけむ[无]この
哥にめてゝやみにけりかへり
・
くるみちとをくてうせにし
宮内卿もちよしかいへ乃ま
へくるにひくれぬやとりの[能]かた
をみやれはあま乃いさり火お
ほくみゆるにかのあるし乃お
とこよむ
はるゝよの[能]ほしかゝはへ乃
ほたるかもわかすむかたの
あまのたくひか
・
とよみていへにかへりきぬそ
のよみなみのかせふきてな
みいとたかしつとめてそ乃いへ
のめ乃こともいてゝうきみる
の[能]なみによせられたるひろひ
ていへ乃うちにもてきぬ女かた
よりそ乃みるをたかつきにも
りてかしはをおほひていたし
たるかしはにかけり
・
わたつうみ乃かさしにさすと
いはふもゝきみかためには
おしまさりけり
ゐ中人乃うたにてはあまれ
りやたらすや[已上87段]
むかしいとわかきにはあらぬこ
れかれともたちともあつまり
て月をみてそれか中にひとり
おほかたは月をもめてし
・
これそこ乃つもれは人乃
おいとなるもの[已上88段]
むかしいやしからぬおとこわれより[はイ入]
まさりたる人をおもひかけて
としへける
人しれすわかこひしなは
あちきなくいつれ乃神に
なきなおほせむ[无][已上89段]
むかしつれなき人をいかてとお
・
もひわたりけれはあはれとやお
もひけむ[无]さらはあすものこし
にてもといへりけるをかきり
なくうれしく又うたかはしかり[かりイニナシ]
けれはおもしろかりけるさくら
につけて
さくらはなけふこそかくも
にほふらめ[ともイ]あなたの[能]みかた
あす乃よの事
・
といふ心はへもあるへし[已上90段]
むかし月日乃ゆくへをさへな
けくおとこ三月つこもりか
たに
を[おイ]しめともはるの[能]かきり乃
けふ乃日のゆふくれにさへ
なりにけるかな[已上91段]
むかしこひしさにきつゝかへ
れと女にせうそこをたにえ
・
せてよめる
あしへこくたなゝしをふね
いくそたひゆきかへるらむ[无]
しる人もなみ[已上92段]
むかしおとこ身はいやしくて
いとになき人をおもひかけたり
けりすこした乃みぬへきさま
にやありけむ[无]ふしておもひ
おきておもひわひてよめる
・
あふなゝゝゝおもひはすへし
なそへなくたかきいやしき
くるしかりけり
むかしもかゝる事はよ乃ことわり
にやありけむ[无][已上93段]
むかしおとこありけりいかゝあ
りけむ[无]そ乃おとこすますなり
にけりのちにをとこありけれと
子あるなかなりけれはこまか
・
にこそあらねと時ゝゝも乃いひ
をこせけり女かたにゑかく人
なりけれはかきにやれりけ
るをいま乃おとこ乃ものすとて
ひとひふつかをこせさりけり
かのおとこいとつらくをのかき
こゆる事をはいまゝてたまは
ねはことはりとおもへとなを[ほイ]人
をはうらみつへきものになむ[无]
・
ありけるとてろうしてよ
みてやれりけるときは秋に
なむ[无]ありける
あき乃よははるひわするゝ
ものなれやかすみにきりや
たちまさる[ちへまさむイ]らむ[无]
となむ[无]よめりける女かへし
ちゝのあきひとつ乃はるに
むかはめやもみちも花も
・
ともにこそちれ[已上94段]
むかし二條のきさきにつか
うまつるおとこありけり女乃
つかう[まつイ入]るをつねにみかはし
てよはひわたりけりいかても
のこしにたいめむ[无]しておほつか
なくおもひつめたる事すこ
しはるかさむ[无]といひけれは女
いとしのひてものこしにあひ
・
にけりものかたりなとして
おとこ
ひこほしにこひはまさりぬ
あまのかはへたつるせきを
いまはやめてよ
こ乃うたにめてゝあひにけり[已上95段]
むかしおとこありけり女をと
かくいふ事月日へにけりいは
木にしあらねは心くるしとや
・
おもひけむ[无]やうゝゝあはれとお
もひけりそ乃ころみな月乃
もちはかりなりけれは女み[身]
にかさひとつふたついてきに
けり女いひをこせたるいま
はなに乃こゝろもなしみ[身]に
かさもひとつふたついてたり
ときもいとあつしすこしあ
き風ふきたちなむ[无]ときか
・
ならすあはむ[无]といへりけりあ
きまつころをひにこゝかしこ
よりそ乃人のもとへいなむ[无]す
なりとてくせちいてきに
けりさりけれはこの[このイニナシ]女乃せ
うとにはかにむかへにきたり
されはこの女かえて乃はつも
みちをひろはせてうたをよ[みイ入恐書落]
てかきつけてを[おイ]こせたり
・
あきかけていひしなからも
あらなくにこのはふりしく
えにこそありけれ
とかきをきてかしこより人
を[おイ]こせはこれをやれとていぬ
さてやかてのちつゐにけふ
まてしらすよくてやあらむ[无]あ
しくてやあらむ[无]いにしへ[へイニナシ]とこ
ろもしらすかのおとこはあま
・
のさかてをうちてなむ[无]のろひ
をるなるむくつけき事人
のゝろひ事はおふものにや
あらむ[无]と[とイニナシ]おはぬものにやあらむ[无]
いまこそはみめと[そイ入]いふなる[已上96段]
むかしほりかは乃おほいまうち
きみと申すいまそかりけり
四十乃賀九條[条]乃家にてせら
れけるひ中將なりけるおきな
・
さくら花ちりかひくもれ
おいらく乃こむ[无]といふなる
みちまかふかに[已上97段]
むかしおほきおとゝ[おほきいまうちきみイ]ときこゆる
おはしけりつかうまつるおとこ
なか月はかりにむめ乃つ
くりえたにきしをつけて
たてまつるとて
わかたのむきみかためにと
・
お[をイ]るはなはときしもわかぬ
ものにそありける
とよみてたてまつりたり
けれはいとかしこくおかしかり
たまひてつかひにろくたまへ
りけり[已上98段]
むかし右近乃むまは乃ひを
り乃日むかひにたてたり
けるくるまに女乃かほの
・
したすたれよりほのかにみえ
けれは中將なりけるおとこ[のイ入]
よみてやりける
みすもあらすみもせぬ人の[能]
こひしくはあやなくけふや
なかめくらさむ[无]
かへし
しるしらぬなにかあやなく
わきていはむ[无]おもひのみこそ
・
しるへなりけれ
のちはたれとしりにけり[已上99段]
むかしおとこ後凉殿乃はさ
まをわたりけれはあるやむ[无]こと
なき人の御つほねよりわ
すれ草をしのふくさとや
いふとていたさせたまへりけれ
は給はりて
わすれくさおふるのへとは
・
みるらめとこはしのふなり
のちもた乃まむ[无][已上100段]
むかし左兵衞督[なりけるイ入]在原行平
といふありけりそ乃人乃いへ
によきさけありときゝてう
へにありける左中辨藤原
のまさちかといふをなむ[无]まら
うとさねにてそ乃日はある
しまうけしたりけるなさ
・
けある人にてかめにはなを
させりそ乃はなの[能]なかに
あやしきふち乃はなあり
けりはな乃しなひ三尺六寸
はかりなむ[无]ありけるそれ
をたいにてよむよみはてかた
にあるし乃はらからなるあるし[之]
し[志]給ときゝてきたりけれは
とらへてよませけるもと
・
よりうた乃ことはしらさりけれ
はすまひけれとしゐてよま
せけれはかくなむ[无]
さくはなのしたにかくるゝ
人をほみありしにあまる[まさるイ]
ふち乃かけかも
なとかくしもよむといひけれ
はおほきおとゝの榮花乃さ
かりにみまそかりて藤氏
・
のことにさかふ[ゆイ]るをおもひて
よめるとなむ[无]いひけるみな
人そしらすになりけり[已上101段]
むかしおとこありけり哥は
よまさりけれとよ乃なかを
おもひしりたりけりあて
なる女乃あまになりて世中
をおもひうむして京にも
あらすはるかなるやまさとに
・
すみけりもとしそくなり
けれはよみてやりける
そむくとてくもにはのらぬ
ものなれとよのうきことそ
よそになるてふ
となむ[无]いひやりける[齊宮乃みや/なり※是原割註][已上102段]
むかしおとこありけりいとま
めにしちようにてあたなる
心なかりけりふかくさの「能」み
・
かとに[なむイ入]つかうまつりける
心あやまりやしたりけむ[无]み
こたち乃つかひたまひける
人をあひいへりさて
ねぬるよ乃ゆめをはかなみ
まとろめはいやはかなにも
なりまさるかな
となむ[无]よみてやりけるさる
哥乃きたなけさよ[已上103段]
・
むかしことなることなくてあ
まになれりける[なれるイ]人ありけり
かたちをやつしたけれとものや
ゆかしかりけむ[无]かも乃まつり
みにいてたりけるをおとこ哥
よみてやる
よをうみ乃あまとし人を
みるからにめくはせよとも
たのまるゝかな
・
これは齋宮乃ものみたまひけ
るくるまにかくきこえたり
けれはみさしてかへり給にけ
りとなむ[无][已上104段]
むかしおとこかくてはしぬへし
といひやりけれはを[おイ]んな
しらつゆはけなはけなゝむ[无]
きえすとてたまにぬくへき
人もあらしを
・
といへりけれはいとなめしと
おもひけれと心さしはいやま
さりけり[已上105段]
むかしおとこみこたち乃せう
えうしたまふところにまうて
てたつた河乃ほとりにて
ちはやふる神し[し見消代加筆]もきかす
たつたかはからくれなゐに
みつくゝるとは[已上106段]
・
むかしあてなるおとこありけ
りそ乃おとこのもとなりける
人を内記にありける藤原
敏行といふ人よはひけりされと
また[またイニナシ]わかけれはふみもを[おイ]さゝゝ
しからすことはもいひしらすい
はむ[无]や哥はよまさりけれは
かのあるしなる人あむ[无]をかきて
かゝせてやりけりめてまと
・
ひにけりさておとこのよめる
つれゝゝ乃なかめにまさる
なみたかはそてのみひちて
あふよしもなし
かへしれいのおとこ女にかはりて
あさみこそゝてはひつらめ
なみたかはみ[身]さへなかると
きかはたのまむ[无]
といへりけれはおとこいといたう
・
めてゝいま[末]ま[滿]てよきてふ[みイ入]は
こにいれてありとなむ[无]いふなる
おとこふみをこせたりえての
ち乃事なりけりあめ乃ふ
りぬへきになむ[无]みわつらひ侍
みさいはい[ひイ]あらはこのあめ[はイ入]ふ
らしといへりけれはれい乃お
とこ女にかはりてよみてやらす
かすゝゝにおもひおもはす
・
とひかたみ[三]み[身]をしるあめは
ふりそまされる
とよみてやれりけれはみ乃も
かさもとりあへてしとゝにぬれ
てまとひきにけり[已上107段]
むかしを[おイ]んな人乃心をうらみて
かせふけはとはになみこす
いはなれやわかころもて乃
かはくときなき
・
とつね乃ことくさにいひける
をきゝ[〱]を[おイ]ひけるおとこ
よゐ[ひイ]ことにかはつ乃あまた
なくたにはみつこそまされ
あめはふらねと[已上108段]
むかしおとこともたち乃人を
うしなへるかもとにやりける
はなよりも人こそあたに
なりにけれいつれをさきに
・
こひむ[无]とかみし[已上109段]
むかしおとこみそかにかよふ女
ありけりそれかもとよりこ
よひゆめになむ[无]みえたまひ
つるといへりけれはおとこ
おもひあまりいてにしたまの
あるならむ[无]よふかくみえは
たまむすひせよ[已上110段]
むかしおとこやむ[无]ことなき女
・
のもとに人乃なくなりにける
をとふらふやうにていひやり
ける
いにしへはありもやしけむ[无]
いまそしるまたみぬ人を
こふるも乃とは
返し
したひも乃しるしとするも
とけなくにかたるかことは
・
こひすそあるへき
又返し
こひしとはさらにも[もイニナシ]いはし[志]
したひも乃とけむ[无]を人は
それとしらなむ[无][已上111段]
むかしおとこねむ[无]ころにいひち
きれる女乃ことさまになりに
けれは
すま乃あまのしほやくけふり
・
かせをいたみおもはぬかたに
たなひきにけり[已上112段]
むかしおとこやもめにてゐて
なかゝらぬいのち乃ほとに
わするゝはいかにみしかき
こゝろなるらむ[无][已上113段]
むかし仁和のみかとせりかはに
行幸し給けるときいまは
さる事にけなくおもひけれ
・
ともとつきにける事なれは
おほたかの[能]たかゝひにてさふら
はせ給けるすりかりきぬの
たもとにかきつけゝる
おきなさひ人なとかめそ
かりころもけふはかりとそ
たつもなくなる
おほやけ乃御けしきあし
かりけりをのかよはひをおも
・
ひけれとわかゝらぬ人はきゝ
おひけりとや[已上114段]
むかしみちのくにゝておとこ
女すみけりおとこみやこへい
なむ[无]といふこの[能]女いとかなしうて
むま乃はなむけをたにせむ[无]
とておき乃ゐてみやこしまと
いふところにてさけのませて
よめる
・
をき乃ゐてみ[身]をやくよりも
かなしきはみやこしまへの
わかれなりけり[已上115段]
むかしおとこすゝろにみち乃
くにまてまとひいにけり京
に[のイ]おもふ人にいひやる
なみまよりみゆるこしまの
はまひさしひさしくなりぬ
きみにあひみて
・
なにこともみなよくなりに
けりとなむ[无]いひやりける[已上116段]
むかしみかとすみよしに
[行幸したまひけりイニアリ此本无]
われみてもひさしくなりぬ
すみよし乃きしの[能]ひめ松
いくよへぬらむ[无]
おほむ[无]神けきやうしたまひて
むつましときみはしらなみ
みつかき乃ひさしきよゝり
・
いはひそめてき[已上117段]
むかしおとこひさしくをとも
せてわするゝ心もなしまい[ゐイ]り
こむ[无]といへりけれは
たまかつらはふ木あまたに
なりぬれはたえぬこゝろ乃
うれしけもなし[已上118段]
むかし女のあたなるおとこのか
たみとてをきたるもの[能]ともを
・
みて
かたみこそいまはあたなれ
これなくはわするゝときも
あらましものを[已上119]
むかしおとこ女乃また世へす
とおほえたるか人乃御もとに
しのひてものきこえてのち
ほとへて
あふみなるつくまのまつり
・
とくせぬ[なイ恐書誤]む[无]つれなき人乃
なへ乃かすみむ[无][已上120段]
むかしおとこむめつほよりあ
めにぬれて人乃まかりいつる
をみて殿上にさふらひける
お[をイ]りにて[殿上已下十三字イニナシ]
うくひす乃はなをぬふてふ
かさもかなぬるめる人に
きせてかへさん
・
返し
うくひす乃はなをぬふてふ
かさはいなおもひをつけよ
ほしてかへさむ[无][已上121段]
むかしおとこちきれることあや
まれる人に
やましろ乃ゐての[能]たまみつ
てにくみて[むすひイ]たのみしかひも
なきよなりけり
・
といひやれといらへもせす[已上122段]
むかしおとこありけりふかく
さにすみける女をやうゝゝあき
かたにやおもひけむ[无]かゝる哥
をよみけり
としをへてすみこしやと[里歟さとイ]を
いてゝいなはいとゝふかくさ
のとやなりなむ[无]
女かへし
・
のとならはうつらとなりて
なきを[お]らむ[无]かりにたにやは
きみはこさらむ[无]
とよめりけるにめてゝゆかむ[无]と
おもふ心なくなりにけり[已上123段]
むかしおとこいかなりけることをお
もひけるお[をイ]りにかよめる
おもふこといはてそたゝに
やみぬへきわれとひとしき
・
人しなけれは[已上124段]
むかしおとこわつらひて心ち
しぬへくおほえけれは
つゐにゆくみちとはかねて
きゝしかときのふけふとは
おもはさりしを
・
飜刻已上
巻末に写真版解説在り。要点は已下の如。
・京都市守屋孝蔵氏所藏の本との叓
・縦横ともに四尺九分の胡蝶裝の冊子である叓
・又ふたつ折りとしたるもの三つを綴りて一帖とせり。さればもと四十八張ありたるものなるべし。いまさいしょの一張脱落して四十七張あり云々。
・三重の箱におさめその内箱なる桐箱の盖裏に紙貼付曰
「伊勢物語後京極殿良經公御筆」下に「仙室」の黑印。
是右方。
左方に
「伊勢物語後京極良經
墨附四捨五枚(花押)」
・傳聞、仙室は延寶頃のひとなりと云々。112代靈元天皇御時、征夷
大將軍5代綱吉およそ西曆の1673年から1681年迄。
・箱の上に金泥にて已下在り。
「 伊勢物語
いにしへのとりの
あとをはふみ
見れと
さらにも
あはぬ」
・古筆良仲の極札有。「後京極良經公」「良仲」「古筆了仲」「癸丑五月」云々
・後京極攝政藤原良經眞筆か否か不明。
已上。
書には疎い素人のめにはよどみなく流麗なふでにみえる。
書き癖さえもよみやすく整然とした印象。
底本は古典保存會發行。
昭和四年六月廿五日印刷、同八日發行と奧附に有。
定家本系の所謂71段以降の寫本。
もとからのかたちか、或は上卷遺失の下卷なのか。是不明にして想像以上の検証は不可能。